10月25日(日)、おなじみ天神寄席の名物コーナー鼎談(中入後、トリ登場の前に開催)に、大阪大学名誉教授(医学博士)の仲野徹先生が出演する。

イラストの先生はちょっと枯れた感じですが、実物はぜんぜん元気♬ 税込1,980円
久々のご登場なのでホスト役の髙島先生からコメントをお願いしたら、さすが仲野先生、すらすらすら〜と書いていただきました(太字は仲野先生)。
*

「徴兵制」はダメダメですが、「徴農制」ええかもしれませんね。
いまさら、だけど普通に天神寄席の前売を買うと2,500円(当日3,000円)ですが、ナカノシマ大学からだと2,300円でOKです(しかも当日精算)。
ナカノシマ大学はスーパーローテクなので、すみませんが「いつもニコニコ」の現金払いで当日精算お願いいたします。
お申し込みはこちら→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20261025
]]>猛暑がどうにかゆっくり去って、「昼間はまち歩きしてもええかな」という季節にイケフェス大阪2026(生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2026=OPEN HOUSE OSAKA 2026)がやって来る。

青山修司さん。青山ビルは元々、野田源次郎邸として建てられたものなので、各部屋が小ぢんまりとしていて居心地がいい。蔦はあの甲子園球場から株分けされたものでいまや「本家」以上に名物だ
今年は10月24日(土)と25日(日)に大阪都心部をはじめ大阪市内・府下各所で開催される。参加建物数224は過去最多だ。
それに先駆けて、いつもイケフェス大阪で全国から「建物推し」のみなさんが殺到する船場近代建築の2大スター、青山ビル(1921年竣工)と生駒ビルヂング(1930年竣工)にちなんだ講座を開催する。テーマは「青山ビルと生駒ビルヂングの 『持ち主は』どんな人だった?」。講師はまち歩きの達人である陸奥賢さんだ。
*
ナカノシマ大学は2009年10月1日に座談会「21世紀は街場で学べ!」(講師=鷲田清一、内田樹、釈徹宗、平松邦夫 ※敬称略)でスタートしたが、「建築」をテーマにした講座は早くも2010年8月26日(木)に「目指せ!ビルマニア養成講座」というお題でBMC(ビルマニアカフェ)の方々にそのおもしろさを紹介していただいた。
そして2014年10月、イケフェス大阪がはじまると10月のナカノシマ大学は、牽引者である髙岡伸一先生や倉方俊輔先生をはじめ作家の万城目学さん、建築家の遠藤克彦さん、イラストレーターのコジマユイさんたちに登壇していただいて今日に至っている。
今回の講師である陸奥賢さんは、いわば「建築畑」の人ではない。

生駒時計店会長の生駒伸夫さん。彼の祖父である生駒権七氏が建てた名建築を堺筋平野町の角で守り継ぐ。レンガの風合いがシブい
その時代ごとに流行った建築資材やデザイン、ディテールについて解説するよりも、少々違った角度から入ってくる。
「どんな人物がその建築物を発注したのか」「発注できるだけの資本力があったのはどんな事業をしていたからか」「どんな人物によってその建物は受け継がれたのか」そして「取り壊して最新のビルに改築、という道を選ばずに1世紀を生きながらえているのはなぜか」
そのようなところを、とてつもない資料の中からネタを厳選して話をしてくれる。
*
陸奥さんが案内人となるまち歩きは、3桁どころか4桁に達するほど開催されているが、いつも思うのは「地場」についての好奇心と知識の集積。
「地場」の中身は、その土地にいる「人」と「産業」(ひとびとの「生業」)ではないかと勝手に感じている。
そういう人と一緒に街を歩くと、目には見えない街の「記憶」まで垣間見ることができて、とくに歴史の集積が深い大阪ではその「記憶の掘り起こし」がないと、薄っぺらいものになる。

陸奥さんのまち歩きは、大阪市内・府下を問わず広域にわたっている。写真は岸和田市と泉大津市、和泉市に囲まれた泉北郡忠岡町にて。「日露戦争を境に当地での包帯の生産が急増しました」
10月14日(水)のナカノシマ大学では、イケフェスで建物の中に入って見るのとは別の感慨に浸れることと思うので、まち歩き好きにも建築好きにもお薦めしたい。
きっと、「これまでには知らなかった船場」に出会えると思います。お申し込みはこちらへ→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20261014

発行/(一社)生きた建築ミュージアム大阪 発売/株式会社140B 税込1,300円(本体1,182円)
この本も会場で販売します!
]]>
当日は店長自ら売りにまいります!
9月26日(土)のナカノシマ大学「女たち4人が語る ここだけの山崎豊子」の会場で販売する本について、当日出張販売に来てくれる南森町の西日本書店(天神橋筋商店街沿い)の店長、槌賀(つちが)啓二さんから「それやったらこの本どないです?」という連絡があった。
この日はお店がお休みどころか最終土曜日の午後だから書き入れどきのはずなのだが、ナカノシマ大学のためにわざわざ本町の相愛大学まで出て来てくれる。ほんまにありがたいことである。
槌賀店長が選んだラインアップはこの6点。
*

文藝春秋 税込2,640円
この本の発刊がなかったら今回の講座は実現しなかったであろう、山崎豊子の著書最新刊。前半に登壇される荒井真理亜先生の寄稿『「相愛」について』や、後半に登壇される二人の姪(小八木利子さん・香西順子さん)を含めた、甥っ子姪っ子たちによる座談会「山崎豊子生誕100年『おばは妖怪でした』」なども載っているし、帯のコピー「あの戦争で生き残った者として何をすべきか」に相応しい、『大地の子』と『運命の人』についての、小説には書ききれなかった取材秘話や後日談などが切々と綴られている。税込2,640円

新潮文庫 税込693円
実家の昆布商をモデルに執筆した、山崎豊子のデビュー作。森繁久彌は原稿を読んで菊田一夫に頼んで戯曲化してもらい舞台にかけ、さらに脚色を加えて自らが主演する映画にもして、大ヒットに。創元社の編集担当は、国語の教科書で誰もが知る、あの小林秀雄だった。

新潮文庫 税込781円
吉本興業の創設者、吉本せいをモデルに執筆。山崎豊子の「作家」としての地位を確立させた第39回直木賞受賞作品。『暖簾』同様に舞台作品にも映画にもなった。毎日新聞の先輩で作家の井上靖は「おめでとう、橋は焼かれた(もう逃げられへんで〜)」と激励。スーパーハードな作家人生がはじまった。

新潮文庫 税込605円
名作短編集として語り継がれる1冊で、この本のファンは実に幅広い。冒頭の「船場狂い」は、船場に憧れてその周りを転々とするも、決して船場の女になれない主人公の屈折を存分に描く。タイトルとなっている「しぶちん」は実在の大阪商人独特の金銭哲学を描いたもので、作家本人にも共通する。

新潮文庫 税込1,155円
最初に英訳された山崎作品。映画は監督・市川崑、主演は伝説の二枚目・市川雷蔵。脇を若尾文子、越路吹雪、山田五十鈴、草笛光子、中村玉緒、京マチ子ら豪華女優陣が固めて人気を博したが、山崎豊子は「ああいうなんか大阪を色目で見たようなおもしろおかしい、妙な映画になってしまった」と散々だった。

新潮文庫 税込990円
南河内の大地主の総領娘として生まれ育ち、美貌の歌人として脚光を浴びた石上露子(1882〜1959)をモデルにはしているが、サディスティックな人物造形が凍りつくように恐ろしくもあり、実に見事で引き込まれる。この作品以後山崎豊子は「女性の主人公」を執筆しておらず、そういう意味でも記念碑的な作品である。
*
『作家・山崎豊子』に加え、スーパースタンダードとも言える5作品。もちろんAmazonでも近くの書店でも買える本は多いですが、ぜひ会場で手に取ってみてください。
この1週間で50人近く増えまして、いま8割がた席が埋まっています。どうぞお早めにお申し込みください→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260926
たぶん、もう二度とは開催できない貴重な講座だと思いますんで、はい。
]]>
今回のナカノシマ大学9月特別講座は、田中光子さん(文藝春秋)という編集者がいなかったら開催はなかったと思う。というより、田中さんがいなかったら『作家・山崎豊子』という本も生まれなかったはずである。

2018年9月27日(木)、ナカノシマ大学9月講座「作家・山崎豊子との52年」で講義する野上孝子さん。今回も同じ相愛大学本町キャンパスで開催します
私は、山崎豊子(1924〜2013)の秘書として半世紀を作家と並走した野上孝子さん(1939〜2021)を取材したことがきっかけでとても良くしていただいて(ひつこいヤツだと思われていただけかもしれないが)、彼女が大作家を偲んで書いた『山崎豊子先生の素顔』の文春文庫版が発刊される2018年9月に、ナカノシマ大学に登壇していただいた。
野上さんは本の「あとがき」で田中さんのことをこのように書いておられる。
(野上孝子『山崎豊子先生の素顔』文春文庫)

田中光子さん。入社2年目に松本清張(1909〜92)の担当となり、『松本清張全集(第三期十巻)』を編集。山崎豊子は『運命の人』文春文庫版を編集。雑誌『文學界』の元編集長で、柴崎友香の芥川賞受賞作『春の庭』の担当編集者でもある。後輩の某女性編集者は「文春の宝であり良心」と彼女を評していた
野上さんと田中さん間にはとてもいい空気が流れていて、野上さんは口癖のように「やっぱり田中さんがいるから仕事がやりやすいよね〜」と言っておられた。親子ほど離れた歳の差なのに、野上さんは田中さんを姉のように慕っていた。
山崎豊子の没後は、展覧会や講演会などで文藝春秋や新潮社などの出版社や毎日新聞社、ラジオ大阪などのメディア各社と山崎家の連合チームで動くことも結構多いのだが、田中さんはチームの人たちから「気さくで頼りになる存在」だとリスペクトされていた。私もど厚かましいながら、いつも頼りにしている。
*
この『作家・山崎豊子』には初収録講演も載っている。
大阪の財界人・文化人たちの手で1923(大正12)年に設立された社交クラブ「清交社」にて山崎豊子が「大阪と小説」というお題で話した講演録は、清交社の会報に掲載されただけだったのが、今回初めて書籍に所収された。
田中さんは清交社の担当者にも熱心にお願いして、初の転載が成されたという次第である。私も以前会報でこの講演を読んだが、率直かつユーモア満載で非常におもしろい講演録だったので、実にうれしい。
「作家の講演ぐらい珍しくないだろう」と多くの人がお思いかもしれないが、山崎豊子という作家は違う。
講演どころかエッセイやコラムの執筆、文学賞の審査員、テレビ出演、雑誌のグラビア撮影のような「人気作家に依頼される仕事」はほとんど受けず、ひたすらに取材→作品執筆→校正→出版の日々を修行僧のように歩む日々だった。
1962(昭和37)年1月23日の、堂島ビルヂングの9階にあった清交社で行われた講演は、山崎豊子がまだ『白い巨塔』を書く以前、殺人的日程に身を投じる前だったということもあって、とても貴重である。

『作家・山崎豊子』より、38歳になったばかりの山崎豊子の講演。『暖簾』はどんな人たちが読んでいたか、という出版社の数字を紹介したり、『暖簾』をヒット作品に押し上げた意外な「応援者」にも触れたり、聴衆を飽きさせない
この講演は山崎豊子の小説とは違って、「虚構としての小説と、モデルとなった実在の人物とは違うんやで〜!」と自分自身がエラい目に遭った実例を交えて思いのたけをズバズバ話し、しっかり笑いもとっている(電車の中で読むのは危険かもしれない)。『作家・山崎豊子』はまずここから読んでいただいても良いくらいおもしろいので、ぜひご一読ください。
*
今回、田中さんには講座の進行と聞き手をやっていただけることになった。
第1部では、学内図書館で初めて「女学校時代の山崎豊子の作文」を掘り出してくれた相愛大学教授・荒井真理亜先生の、第2部では、山崎豊子の姪で姉妹の小八木利子さん・香西順子さん二人にとって「パワフルすぎるおばの思い出」の聞き手を務めていただきます。
田中さんは『作家・山崎豊子』を1冊作った編集者だけに、「泣く泣く掲載できなかったネタ」もたくさん持っておられるはず。それも楽しみです。
それにしても、こんなグレートな編集のプロが進行と聞き手をしてくれるとは、ナカノシマ大学の受講者はかなりラッキーだと思います。ぜひ26日(土)の午後は相愛大学本町キャンパスにお越しください。
お申し込みはこちらまで→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260926
]]>
この8月に、文藝春秋から発売された山崎豊子の最新刊『作家・山崎豊子』には、「1」でご紹介したように相愛大学人文学部教授の荒井真理亜先生が学内の図書館で発見した、相愛女学校時代(1936 〜41年/12〜17歳)に山崎豊子が書いた5篇の作文が全文掲載されている。

『作家・山崎豊子』(文藝春秋)はナカノシマ大学会場でも販売
『作家・山崎豊子』には「よくぞこれだけたくさん集めたもんだ」と驚くほどの未発表原稿がてんこ盛りで、改めて戦争の意味を考えさせられるシリアスなものもあれば、「未亡人に間違えられた」という『暖簾』執筆時のエピソードを語る講演などバラエティに富んでいるが、本のトリを飾るに相応しいのが親族による座談会「山崎豊子生誕100年『おばは妖怪でした』」である(初出は『文藝春秋2024年11月号』)。
出席者は以下の通り
︎山崎定樹さん(山崎豊子の甥=兄・定彦の息子)
︎小八木利子さんと香西順子さん(山崎豊子の姪=長兄・正三の長女と次女)
︎山﨑泰さん(山崎豊子の甥=弟・武の長男)
定樹さん、利子さん、順子さんにとって山崎豊子は「叔母」で、泰さんにとっては「伯母」。そのため「おば」とひらがなで表記されている。
*
甥の定樹さんにとっては、私生活での作家・山崎豊子は
(太字は文藝春秋『作家・山崎豊子』から)だったそうで、その「強烈な体験」が一人ひとりの証言から明かされる。姪の順子さんによると

香西順子さん(文藝春秋提供)
という。要は「山崎家の中心」で、それを支えていたのが豊子の母(彼らの祖母)の、ますだった。順子さんが続ける。
豊子が新聞記者から作家へと飛躍するにつれ、山崎家では完全に「別格」扱いされていたそうだ。順子さんの姉、利子さんは
彼女たちの母親にとって豊子を守るますは「強大な壁のようなお姑さん」だったのだ。
そして定樹さんの記憶では
1960年代では、それは確かに珍しかったのであろう。さらに順子さんは
と、祖母に半ばリスペクトを込めて語っている。
ますはきっと、自分たちの世代が逆立ちしても手が届かなかった「スーパーキャリアウーマン」となった娘が誇らしかったのではないだろうか。
*
「豊子おばちゃん」は家事はしない代わりに甥や姪たちに注ぐ愛情は桁外れだった。順子さんの記憶では
高価な本をプレゼントしてくれる親戚はいるが、「全集2種類、本棚ごと」とはなかなかトゥーマッチな叔母だったことが分かる。
最年少の甥・泰さんにとっては、伯母の豊子は物心ついた時はすでに人気作家。「いつもオーバーアクションで、笑顔で大きな声で話しかけてくれる人」だったらしい。
「おばちゃん」が人気作家になってからの社会的プレッシャーは相当のものだっただろうから、他愛もない話ができる甥や姪との時間は何よりもかけがえのないものだったはず。そのおばちゃんを泰さんが本当に有名人だと実感したのは、年末おなじみの番組でテレビに映った伯母を観た時だった。
すると、たたみかけるように利子さんが

小八木利子さん(文藝春秋提供)
すかさず順子さんが
私も、秘書の野上孝子さんから何度かお聞きした。
『白い巨塔』の財前五郎は田宮二郎、村上弘明、唐沢寿明、岡田准一が演じているし、『華麗なる一族』の万俵鉄平は加藤剛、仲代達矢、加山雄三、木村拓哉、向井理。『不毛地帯』の壱岐正は仲代達矢、平幹二朗、唐沢寿明。『二つの祖国(大河ドラマは「山河燃ゆ」)』の天羽賢治は九代目松本幸四郎(現・二代目松本白鸚)、小栗旬。『大地の子』の陸一心は上川隆也、井上芳雄。『沈まぬ太陽』の恩地元は渡辺謙、上川隆也。『運命の人』の弓成亮太は本木雅弘……。
「どんだけイケメンおるんや!?」と誰もが思う。それはそれで豊子おばちゃんの「書く力」の原動力になったのではなかろうか……。
彼女が阪神ファンだったかどうかは分からないが、「世界一美しいワインドアップ」と言われた、あの左投手も大作家のお気に入りだったそうです。
*

9月26日(土)のナカノシマ大学では、『作家・山崎豊子』のトリを飾る座談会に出演してくれた姪の小八木利子さんと、利子さんの妹・香西順子さんのお二人が第2部に登壇して、「魅力的、でも大変なおば・山崎豊子」のお話をしていただけます。本の中でも利子さんが
とリスペクトしたら、妹の順子さんが
すかさず、いけずで返しておられる。活字にはならなかったお話も含めて(絶対たくさん出そう)お楽しみください。
聞き手はこの本の編集者である文藝春秋の田中光子さん。次回はその田中さんのことを書かせていただきます。
ナカノシマ大学のお申し込みはこちら→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260926
]]>これまでに、「山崎豊子」をテーマにしたナカノシマ大学を4回開催してきた。

100号の節目での人気投票で1位に輝いた号。奈路道程さんのイラストもキレッキレ。『月刊島民』は全36号すべてダウンロードして読めます
きっかけは今から10年前、『月刊島民』があった頃のこちらの第90号、特集「山崎豊子をあるく。」である。
私は島民の担当者ではなかったが、どういう訳か山崎豊子の特集が作りたくてたまらなくなり(たぶん『しぶちん』あたりを読んで「これや!」と思ったのだろう)、担当Oに頼んであちこち取材させてもらった。
大阪では、秘書だった野上孝子さん(1939〜2021)、船場の瓦町にあった頃の平岡珈琲店の小川清さん、毎日新聞大阪本社学芸部の有本忠浩さん。お江戸では最後の担当編集者で『約束の海』の矢代新一郎さんを新潮社で取材した。

『月刊島民』90号より
「中島ひとりに任せといたら危ないわ」と、当時20代だったもう一人の担当Eが「船場を描いた山崎豊子」や「山崎豊子年表ラブの書店員コメント1〜3」などをまとめてくれ、それに加えて「山崎豊子の出身校、相愛の先生」からも談話をもらってくれた。
その談話の方が、今回ナカノシマ大学に登壇する「4人の女性」の一人、相愛大学人文学部教授、荒井真理亜さんである。
*

『作家・山崎豊子』表紙は『大地の子』執筆中の写真(文藝春秋)
今年8月に発売された山崎豊子の最新刊『作家・山崎豊子』が誕生するに至った大きなきっかけは、荒井先生が2019年に相愛大学図書館の所蔵資料であった校友会誌『相愛』に、相愛女学校時代(1936〜41年)の山崎豊子が書いた作文数点を見つけたことである。
(毎日新聞2025年1月11日)
最新刊『作家・山崎豊子』には、校友会誌『相愛』に掲載された女学校時代の作文「淡路島」「海の夜情」「曠野」「雲」「現代の学生」など5篇が所収されているが、「ほんまに女学生が書いたんか!?」と思えるほど構成も描写も手練れな文章で、荒井さんは毎日新聞の取材に
と答えている。この5篇や、文章に対する荒井先生の評はこの本に詳しく書かれているから『作家・山崎豊子』をぜひ読んでいただきたい。新潮社の編集者・前述の矢代さんは「『淡路島』は、『華麗なる一族』の冒頭をほうふつとさせる」と指摘していて、以下のように語っている。

荒井真理亜先生(相愛大学提供)
*
これまでに、「山崎豊子」についてのナカノシマ大学を4回開催したと冒頭で書いたが、文藝春秋『大地の子』『運命の人』の編集者だった平尾隆弘さん(2016年/2025年)、新潮社の矢代さん(2024年)、そして彼女の秘書を50年以上続けた野上孝子さん(2018年。2021年没)など、大ベテランの方々に講師をお願いしてきた。作家が活躍した1950年代後半から2010年代前半までの時代を考えると、当然といえば当然であるが。

そういう意味では、若手の荒井先生が今回「山崎豊子を語る講師」として登壇してくださるというのは非常にうれしい。
しかも会場が山崎豊子が1936年から5年間通った同じ相愛なので、二重の楽しみと言えます。あとの3人の女性についてはまた後日に。
受講お申し込みはこちら→https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260926
9月26日(土)15時に、相愛大学本町キャンパスでお会いしましょう。
]]>
9月12日(土)に迫ったナカノシマ大学9月講座「本を作って売ろう 実践的! 出版講座」の講師、北尾修一さん(編集者・百万年書房代表)のことを知ったのは昨年3月。たまたま観ていた NHKニュース「おはよう日本」で、「新しい出版の形“ZINE”が若い世代の心を捉えている」みたいな内容だった。

2025年3月24日(月)NHKニュース「おはよう日本」より
ニュースではZINEを売り場の目玉として積極的に品揃えしている[有隣堂グラングリーン大阪店]を紹介するほか、ビルの屋上などで開かれている「ZINEフェア」の熱気を取材していた。
そのフェアに足繁く通い、新しい書き手を発掘しては本にして実績を挙げている編集者兼出版社の社長として、北尾修一さんをクローズアップしていた。
面白そうな内容だったので急いで録画し、何かの機会でお目にかかりたいなと思っていたが……「自分がやっている研究会に来てもらったらええんや」と思い、有志による出版の研究会をお江戸でやっていたので、百万年書房のHPでアドレスを調べ「東京でこんな研究会をやっていますが、よろしかったらお話しいただけますか?」とメールを送ったら、なんと6分後に快諾の返信が来た。早い!
研究会は彼自身の歯切れの良い「ZINEばなし」で大盛り上がり。その後の懇親会で、「大阪で『ナカノシマ大学』という市民講座をやっていますが、来阪のご予定があればぜひご登壇を」とお願いしたら、
「大阪はブックフェアや文学フリマでよく行っているので、ぜひお声がけください」とこれまたご快諾いただいて、12日(土)当日を迎えるに至っている。
*

9月12日(土)は、百万年書房の本も含めて販売する予定ですが、白瀬世奈の本は2刷も完売して10,000部を突破したそうで、3刷は間に合わず。残念(涙)
ナカノシマ大学を前に、北尾さんの著書や作った本を読んでいると、この人の持論である「出版はもっと自由なものだ」を体現していて、興味が尽きない。
『いつもより具体的な本づくりの話を。』(イースト・プレス)はナカノシマ大学当日にも会場で販売するので、ぜひ手に取ってページをめくり、この人の本づくりのスタンスに触れてほしい。
結構分厚い本だが、フォントが読みやすく行間もゆったりしている上に、新しい発見がてんこ盛りでかつ「腑に落ちる」文章なので、読み進むのが楽しみな1冊である。
とくにグッと刺さったのは、第2章(企画を立てる)の冒頭「企画と『企画っぽいもの』」の項。
(北尾修一『いつもよりも具体的な本づくりの話を。』より)
さらに第9章(つくった本を育てる)の「編集者と消火活動」にはこんなことが書かれていて、目から鱗が落ちた。本が売れているとたまにトラブルを抱えることもある。そんな時にどうするかという一文だ。
(同)
あれもこれもやってて忙しいわ……なんて言うとるからいつまで経ってもあかん、という戒めとして読んだ。

タイトルはポップだが「好きなことして生きていく」ための方策はお金の管理も含めて緻密なのがエラい
*
そして実際に北尾さんが編集した、二人の女性が書いた百万年書房の本。白瀬世奈『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』と、平城さやか『ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています。』
細かい感想はまたどこかで書きたいけど、両方とも今の時代の「リアル」がありありと浮かび上がってくる内容で、著者に共感して感情移入してしまい、夢中で読み終えてしまった。この二人はそれぞれ自費出版の本を出していて、それを北尾さんが見つけて、著書に結実されたのだろう。
いずれの本も、著者がブックデザインにまで関わっていることにも注目したい。
二人とも、SNSで「バズってる」ようなインフルエンサーでもなんでもない。大手出版社の編集会議では「知名度」というモノサシで真っ先に外される書き手だろう。東京の、何冊も本を出している知り合いの書き手が話していたことを思い出した。

お忙しいのをお構いなしに世田谷区の百万年書房代表にお邪魔したら、ええポーズを取ってくださった。感謝
他人がつくった指標ではなく、自分の肌感覚で「この人の原稿はおもしろいかどうか」。
北尾さんはそんな編集者としての「あたりまえ」をあらためて私たちに問うてくる。
当日が本当に楽しみであるが、質問が多すぎるだろうから、時間通りに終わるだろうか?
あと10人で締め切りますので、この機会をお見逃しなく→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260912
]]>
2009年に産声をあげたナカノシマ大学は、リアルな意味で「大阪の歴史がたり」の場所だと思っている。
「そんな話はこの人やないとアカンやろ」という人に登壇してもらい、古代から現代までの「大阪」のある部分をスパッと切り取って、受講者をその時代、その世界に引き込んでいく、という面白さがある。
最近では、黎明期からのアメ村に足繁く出入りして、「誰もやっていない仕事」を確立していったDJのMARK’Eさん(2024年8月講座)や、南海ホークスがあった当時の大阪球場の熱気を知る野球評論家の江本孟紀さん(2025年7月講座)たちのおかげで、私たちは「あまり知られていない大阪の歴史」に触れることができている。
7月22日(水)に登壇してくれた中川和彦さんは、心斎橋にスタンダードブックストアを開く前、「南海電車と御堂筋線を結ぶ通路沿い(髙島屋地下)の店で、発売日に雑誌を高層ビルのように積み上げては完売させていた」という2000年代前半のことを話してくれたが、当日受講していた20代の学生くんたちにとっては生まれる前のことだし、「雑誌がそんなにたくさん売れるんだ!?」ということも含めて「?」であったろう。
でも知らない時代を垣間見ることができたり、知っている時代の新たな見方ができたりするという体験を異なる世代の人と共有できる場は、主催者である私自身にとっても、うれしい限りである。
*

彼が店主をつとめるPARCOの地下2階[TANK酒場]にて
8月19日(水)に登壇される古谷高治さんは、90年代のアメ村[TANK GALLERY]の店主、2002〜19年まで続いた心斎橋のカフェ&ダイナー[digmeout]のカフェマスター、そして現在はPARCOの地下2階にある[TANK酒場]の店主であるが、この人が「いつもの場所」にいることに安心する客は、30数年前からずっと変わらず「とても幅広い世代」カバーしている。
私は江弘毅氏が編集長をしていたMeets Regional編集部に1996年から98年までの2年間在籍したが、当時のミーツには1970年代生まれの編集者が3人いて、古谷さんと同世代だったこともあって「きのう、古ちゃんの店で……」みたいな会話を編集室でよく聞いていた。
彼に対してはその程度のことしか知らなかったが、私が担当していた連載「ママいるぅ?」の作者である日限萬里子(ひぎり・まりこ/1942〜2005)さんはアメ村や堀江で若い人間が開いた店に足繁く顔を出しては面白い話を仕入れたり知っている人を紹介したりして店の人といい関係を作り、私との打ち合わせの時には「若い子がやっている面白いトコ」の話をあれこれ教えてくれた。
「アメリカ村をつくった人」と言われる日限さんを見て一番カッコええと思ったところは、「アメ村創世記メンバー」で固まったりサロンにしたり、自分が「名士」になったりせず(持ち上げて利用したい人はいたが)、常に「あたらしい、おもしろいコト(人)」を探して歩き回っていたことだろう。ミーハーでイケメン好き、お茶目なお姐さんで、「止まる」「退屈する」ことが嫌いな人だった。

Meets Regional1998年4月号「炭屋町 先駆者の系譜。」
日限さんの連載の中で、「アメリカ村」と呼ばれる前はアメリカンカジュアルで一世を風靡した石津謙介のブランド「ヴァンヂャケット(VAN)」があった街だと書かれていて、驚いた記憶がある。
てっきり東京の青山だと思っていたら、大阪発祥だった。
中学時代からVANの服に夢中になっていた私は「いつかはそのことを書いてみたい」とは思っていた。すると別なところから、かつて石津謙介のもとでVANのノベルティ(通学カバンやロッカーにVANのステッカーを貼るのが一種のステイタスだった)をあれこれ作っていた方に出会う機会ができて、日限さんと彼を引き合わせ、二人から60年代のアメ村の話を聞き、アメ村のあたらしい流れを作っている若い人の店も取材したりした。
その時に行った店の一つが古谷さんの[TANK GALLERY]である。今から28年前の『Meets Regional』1998年4月号に、以下のようなことを書いた。
*

この写真(撮影・バンリ)はバンリさんとMeets Regionalのご厚意で今回のナカノシマ大学のチラシにも転載している
(Meets Regional1998年4月号「炭屋町 先駆者の系譜」から)
*
原稿の出来はさておき、古谷さんの「たたずまい」も良さも28年前からまるで変わっていないことに驚く。
もちろん、いろいろな面で変わったというところは当然あるだろうが、肝心なところは変わっていない。
「大阪の街の人間」に会うと安心するのはそういうところ。中川さんやMARK’Eさん、[ザ・メロディ]の森本徹さん、[アラビヤコーヒー]の髙坂明郎さんなどにも同じ「安心」を感じてしまう。
古谷さんによる、1980年代から今日までの、アメ村〜心斎橋がたり、どうぞお楽しみに!
https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260819
]]>
「スタンダードブックストアの中川さんがナカノシマ大学に登壇します」
(たぶんこの人だったら知ってはるだろう)という人にチラシを見せると、案の定「あ〜!」と声を上げる人が多くて、そういう時はチラシを渡す手にも熱が加わる(暑いのにすみませんね)。
スタンダードブックストア(心斎橋店)がオープンしたのは2006年の12月。140Bの創業と同じ年だった。
それまで知っている中川和彦さんは、なんば髙島屋地下の書店[鉢の木]の店主だった。私が京阪神エルマガジン社の販売部にいた2000年代前半、「雑誌を摩天楼のように積んでは完売する」店として有名だったので(南海電車と地下鉄御堂筋線を結ぶ通路からすぐの場所だった)、SAVVYやMeets Regionalの人気特集が早々品切れになると、カートに雑誌数十冊をワイヤーで括り付けて直接納品する、という形で追加リクエストに応えていた。
*
そういう中川さんが、髙島屋地下の[鉢の木]とはぜんぜん趣が違う書店をつくられたのは知っていたし、新刊営業やイベントで何度もお邪魔はしていたが、本格的に「一緒に仕事をした」のはもう12年も前、2014年のことだ。

3月上旬の寒い時期だったように思う。書店員仲間の人たちと弊社にやって来られた。
映画が公開されるまで3か月しかない!? けれど切羽詰まった感じではない匂いがした。
*
西加奈子さんとは140Bもお付き合いがあった。
弊社が雑誌『大阪人』を編集していた頃(2011年4月〜12年3月)、9月号「旅する24区」では、ミナミのラウンジで女性の黒服として働いていた頃の話「ぎらぎら」を寄稿してくれて、読むたびにげらげらが止まらず、巻頭で掲載させてもらった。3月号「司馬遼太郎と大阪」では精神科医の名越康文さんとの対談に出演いただき、両者の司馬遼太郎観「人たらしの歴史オタク。大阪人なので醒めて見ているけど人間に優しい」という説に大きく頷いた。

雑誌『大阪人』2011年9月号(右)と2012年3月号
雑誌の中に西加奈子さんの作品や言葉があると、「華」も「活力」も「笑い」も加味される。とても貴重な作家に目をつけた中川さんたちの目はさすがであるが……自作の小説で忙しい作家の方に、こんな日程で新たな原稿を頼むのはハードルが高い。
映画が公開される6月下旬までに「西加奈子をテーマにした本」を完成させて書店の棚に並べられるかどうか……。イメージが湧かなかった。
*
しかし、中川さんや現場の熱気を知る書店員の人たちと弊社の長机でわいわい話をしているうちに、「このメンバーやったら面白いことができるのではないだろうか?」という気に、自然となったのもまた事実。それで、『大阪人』でも西さんの担当だった青山ゆみこさんに編集をお願いし、A5判36p(表紙4p+本文32p・2色刷り)というボリュームで刊行することになった。
著者(編者)は「大阪の本屋実行委員会」、タイトルは『西加奈子と地元の本屋』。発売は「映画が封切られる前の6月中旬」とした。
タイトルを考えても巻頭は西加奈子さんに登場してもらわねば。
「対談だったらスケジュールを調整してくれるのでは」ということで、西区江戸堀[Calo B00kshop & Cafe]の店主、石川あき子さんが主催していたイベント「書店員ナイト・リターンズ」の目玉企画にこの対談を入れ込んでいただき、スタンダードブックストア心斎橋で開催することになった。
「西さんと誰かの公開対談」がこの本に収録されたら面白いことになるわ……と盛り上がってきた頃に、お相手が芥川賞作家の津村記久子さんと決まって(西さんは対談で、「うち、作家界で津村記久子の一番のファンだと思うんです。全作品コンプリートしてるし」と語っている)、スタッフの盛り上がりも最高潮となって当日を迎えた。
*

地下の入り口から。奥はすでに満杯となっている(2014年4月18日)
2014年4月18日(金)「書店員ナイト・リターンズ」。
書店員を中心に、取次関係者、編集者、スタンダードブックストアの常連客など180人の本好きが集まった。このシーンを映像にしようと映画『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』の製作委員会に入っているMBSも撮影スタッフやアナウンサーまで投入して、熱心にカメラを回していた。
スタンダードブックストアで4桁のイベントを開催している中川さんは、怒濤のように押し寄せる来場客を相手に手慣れた司会ぶりでさすがやなぁ〜と思ったが、それ以上に感心したのは、書店員やお客さんだけにではなく、トーハンや日販など取引のない販売会社(=取次。スタンダードは「大阪屋」と取引していた)の人とも気軽に会話していたことである。これまでに見ないタイプの書店人だった。

登壇者の緊張を抜く絶妙の合いの手を入れる中川さん
*
「書店員ナイト・リターンズ」の大きな山を越え、青山さんは対談の構成と原稿まとめの作業、阪神間・神戸を含む大阪市内・府下40エリアの書店員のみなさんには「ウチの店ではこんな本が売れている」アンケートをせっせと書いていただいてすぐに原稿にしたり、地元書店員7人による「ぶっちゃけ座談会」を開いたり、サイン会などで西加奈子ファミリーとも面識のある、ご存じ紀伊国屋書店梅田本店の「アニキ」百々典孝(どど・のりたか)さんからは「いつかは跨ぐぞ! 西加奈子宅の敷居」という愛がほとばしりまくりの原稿を書いてもらったりして、超薄型の本には似つかわしくないほど濃くてアツい仕上がりとなった。
6/6(金)見本出し、11(水)取次搬入、13(金)発売。
初版は「文芸関連書」にしては異例の10,000部。たぶん中川さんが取次各社に根回ししてくれたのだろう。そうでないとこんな部数はありえない。6月21日(土)の映画公開日にも間に合ったし、試写会の会場でもたくさん売っていただいて、いつの間にか在庫がなくなってしまう。しかし増刷しようにも定価が安すぎた。

イラストは神戸市のごみ分別キャラ「ワケトン」やQBBチーズでおなじみのザ・ロケット・ゴールド・スター、デザインは雑誌『Talking Rock!』の田中直美
この本は「映画公開前&公開中に売り切る部数」という見込みで増刷は端から考えていなかった。この税込380円(今なら387円)の本は、5,000部増刷した場合2,600部以上売らないと採算が取れない。
「初版本をそんなに取ってくれるんなら12,000部ぐらい刷っとけばよかったなぁ〜」というのも後の祭りである。
なんだかんだと私自身の失敗も多かったが、それでも今この本を開いて読むと、12年前の、古河大阪ビルの会議室でやいのやいの言いながらページを考えていった熱がそのまま伝わってくる(400円でお釣りが来る本だとは信じ難い)。それは、中川さんが起こした「渦」に巻き込まれていくことが、けっこう楽しかったからだと言える。
*
ラストページには、7人の書店員&取次社員の「大阪の本屋実行委員会 おそるおそる立ち上げ編集後記」が書かれていて、最後は中川さんの一文で締められている。
[スタンダードブックストア]という店舗は現在、大阪にはないけれど、中川さんはこの言葉通りのことを実践しながら各地で「古本屋台」に出張し、7月22日(水)のナカノシマ大学にも本とお酒(ソフトドリンクも)を持ち込んで話をしてくれる。講義中も、本もお酒も買えるのはスタンダードブックストアとまんま一緒だ。
盛夏の夕暮れ、芝川ビルのモダンテラスに中川さんの「本屋」が登場するなんて、ちょっと楽しみでしょ。
申し込みはこちらから→ https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20260722
]]>
本日6月26日(金)18時に予定しておりました、ナカノシマ大学6月講座
「料理家・小林カツ代が広めた 大阪人『おいしい』の真髄」
は開催を延期させていただきます。
大阪市内の豪雨が収まらず、主要河川が増水し、鉄道など交通機関にも支障をきたしています。
講師と受講者のみなさまの安全を考え、延期せざるを得ないと判断しました。
直前のご連絡でまことに申し訳ありません。
延期ですので、改めて本田明子さんの講座をナカノシマ大学で開催いたします。
その時は改めてご案内させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ナカノシマ大学事務局(株式会社140B)