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はじめて一箱古本市に参加したとき,売りたい本が3タイトルありました。1つは本書,もう1つは「NEW パンチザウルス」,最後が『旅のべんり手帳 一人で旅に出よう』。最後の本は数年前,一箱古本市に並べたときに買っていただいたのみならず,その後,この本を探している何人の方とのやりとりもできた記念の本です。
『NEWパンチザウルス』と本書は何度か並べたものの,結局,いまだに手元にあります。
『恭一&現の時事放談』のすごいところは,この本で昭和のサブカルが終わったメルクマールとなる内容だというところだと思います。1992年まで昭和のサブカルは続いていて,それは本書で終了しました。
本書は「宝島」での連載をまとめたもので,その後,「ロッキンオン・ジャパン」に移って続き,そちらをまとめたものも単行本化されています。ただ,「恭一&現の時事放談」は決定的に本書に尽きます。にもかかわらず,世間では本書の評価をあまり目にしません。私の古くからの知人以外で,本書を評価されたのは唯一,ロフトで行なわれた一箱古本市の際,サポートしてくださった「西から来た円盤回し」こと,Dull BQQKSさんだけです。
とにかく本書を買っていただきたく,本サイトに登録しました。(売れるまで追記予定)
タイトル 恭一&現の時事放談
発行年 1992年
定価 1200円
状態 良
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小説家として司城志朗の名前は矢作俊彦との共作,つまりカドカワノベルズ3タイトルを通して知りました。当時は,高橋源一郎が書いたとおり,この3タイトルがどのように執筆分担されているのか気になってしかたありませんでした。
初めて単著『ペルーから来た風』を読んだとき,矢作俊彦っぽい印象(『マイク・ハマーへ伝言』風グラフィティ)が前面に出て,それにしてはキャラクターがやけに人形っぽいところに特徴を感じました。その後,ノベルズ,文庫書下ろしを立て続けに発表した司城志朗の小説にオリジナリティを感じるようになったのは,一連の推理小説,サスペンス小説を通してでした。
結城昌治や天藤真,赤川次郎あたりに通じる昭和50年代までのパズラー推理小説の意匠をこらした軽い小説,ユーモア小説の書き手という感じ。巻き込まれ方の物語構造が多く,コピーライター風のしゃれたセンテンスと相俟って,単著でも矢作俊彦に通じる印象もあります。そのなかで,キャラクターの人形っぽさは『ペルーから来た風』を読んで以来,実は変わらず司城志朗の特徴なのだと思うのです。
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タイトル ペルーから来た風
発行年 1985年
定価 1400円
状態 良
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昭和60年代前後の数年間,朝倉喬司の執筆活動を追ってさえいれば,興味深い事件,表現などに遭遇できる時期がありました。今世紀に入ってからの興味深さと,それはどこか決定的に違うものだったように思います。
出品する前に『犯罪季評』を読み返しながら,朝倉喬司が関係した犯罪に関する読み物(のすべてではないにせよ)に,(笑い)が行間に充溢するどころか,誌面に出てきたことを思い出します。
1980年代というのは,今の基準に照らしてみると喜怒哀楽がまったく異なって表されたように思います。本書を読み返しながら,今の基準がまっとうなのであって,当時が妙だったことに,ようやく気づきました。
事件犯罪に関して書かれたもの求めたのは,行間の(笑い)だった気がするのです。魔の抜けた,にもかかわらずそれは殺人事件であったり,詐欺事件であったり。書き手の怒りをストレートに伝えるのではなく,喜怒哀楽がズレて伝わるような伝え方。それは特殊なことではありません。おのずと沸き起こるであろう感情を違和感で一度,吊るしてから落とすような感じ,といえば少しは当時の様子に近づくかもしれません。なぜ,そんなめんどくさいことをしようとしたのか,実際にしたのか,理由はよくわからないのですが。
90年代に入ってからの悪趣味ブームは,喜怒哀楽のズレを意図的にしたもので,80年代の必ずしも意図的ではなかったそれと,どこかで決定的に違うものでしょう。
『犯罪季評』の朝倉喬司の発言がとても面白い。長い発言が続き,どちらが言っている内容か見た目でわからなくても,これは朝倉喬司だろうとあたりがつきます。
たとえば,
現実に対する感覚が鈍っている分,情報に対して過敏になるというおかしな身体のありかたを感じます。
同書,p.182.
朝日新聞名古屋支局襲撃について,
声明文の中の「うその言論で日本民族をほろぼそうとしてきた」というのは,局所的に何かを注入されて出てくる概念ですね。「うその言論」とパッと言っちゃうという短絡がある。そういう要素は確かに日本のジャーナリズムにあります。ただ,それは凝縮された集団性をつくるような論理じゃないはずなんです。もうちょっとスリリングで先鋭な論理が基軸にならないと,こういうことをやる集団はできないはずです。
同書,p.203.
(中略)
いちおうイデオロギッシュな背景を擬装しているわけですよ。ところが,60年代を生きてきたぼくらからみると,イデオロギーに免疫がなさすぎるという感じがするんです。たとえば「反日分子」という言葉を公にするには,そうとうイデオロギーを相手のゲームをしてこなければなかなか言えない。言っている自分が怖くなるはずなんです。イデオロギーってものが社会の隅のほうに押しやられた結果,ちょっとしたことで敏感に感応しちゃうような部分が出てきたのかしら。
同書,p.204.
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タイトル 犯罪季評
発行年 1991年
定価 300円
状態 良
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矢作俊彦の文章を捜していた頃,東郷隆の本に遭遇した。『戦場はぼくらのおもちゃ箱』の帯を矢作が担当していた。佐山一郎が編集していた当時の「スタジオ・ボイス」にアフガニスタン帰りの軍事評論家として登場したのもその頃だ。
連載「コンクリート謝肉祭」に登場する「軍事評論家」は東郷隆で,たぶん歴史小説を書く前に刊行されたのが,この小説に続く“定吉七番”シリーズだ。
第1作目となる本書が何度も捲り返されたのは,解説を矢作俊彦が書いているからだった。
矢作俊彦は文庫の解説を書かせると,すべてをもっていってしまうくらいうまい。安部譲二『殴り殴られ』,高橋源一郎『虹の彼方に』,石丸元章『アフタースピード』とどれも面白い。特に『定吉七は丁稚の番号』の解説は抱腹絶倒もので,ただ,今日のモラルに照らすと,そのたのしみをつまびらかにする術はなかなかない。矢作俊彦が描いてきた,そして今も描き続けている「フラットな対人関係」を理解していなければ,妙な誤解を生んでしまうかもしれない。
本書が書かれた当時,矢作俊彦が連載してた「眠れる森のスパイ」に登場する「R計画」は,もともと東郷隆と映画のシナリオとして準備していた(らしい)「ザ(ジ?)・イタマエ」の設定のひとつだったことを,少し後,矢作俊彦がホストをしていたラジオ番組に東郷隆がゲスト出演した際,明らかにした。
タイトル 定吉七番は丁稚の番号
発行年 1985年
定価 500円
状態 可
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矢作俊彦の『マイク・ハマーへ伝言』を手にしたときの読書体験はすごく特殊なもので,いまだそれに越えるものがない。繰り返し4回読む間,他の文章を一切目にしなかった。さすがに読み返し5回目になると,この小説に似た雰囲気を探し求めたくなった。もちろん矢作俊彦の文章に代替などない。既刊の作品を手に入れて読む。その繰り返しだ。『神様のピンチヒッター』よりも,『死ぬには手頃な日』を読み返すことが多かった。一人称にかぎりなく近い三人称小説としては,その後にまとめられた『舵をとり風上に向く者』の方が『マイク・ハマーへ伝言』に近いものの,単行本どころか連載が始まるまで,まだ時間が必要な頃のことだ。
だから,当初は「A DAY IN THE LIFE」や「レイン・ブロウカー」「バスルーム・シンガー」の3編を繰り返し読んだ。焦燥感をスタイリッシュに描く「レイン・ブロウカー」は特に見事だった。
それに比べると,「バウ・ワウ!」以降の4編を読み返す回数はそれほど多くなかった。こういう小説も書くのか,くらいの感じで読んだことを思い出す。「敗れた心へ乾杯」は,先に読んだマンガ『ハード・オン』(画・平野仁,双葉社)後半のインサイドストーリーっぽくて,短編として読むには設定が唐突すぎるようにも感じた。
40代を過ぎてから,ところが東南アジアを舞台にした2編,そこにアラブとスペインが加わった後半4編(文庫版には同じくスペインが舞台の「挫けぬ女」が加えられている)が突然,面白く思えるようになった。たぶん,高見浩の新訳でヘミングウェイを読むことに衒いをなくしたのがきっかけだったはずだ。それまでは,高見訳の軽さのようなものにどうしても違和感をもってしまうことがしばしばだった。加えて新潮文庫の,まるで講談社文庫を横恋慕したかのような版面と文字のバランスも許せなかったのだ。
慣れてしまえばどうってことはないのだけれど,その一線を越えるには何がしかの勇気のようなものが必要だった。
『死ぬには手頃な日』のおさめられた短編小説(特に後半4編)は,ヘミングウェイの小説に通じる。これらの単行本がまとめられたのと同時期に連載された「コンクリート謝肉祭」であからさまに記しているにもかかわらず,矢作俊彦とこのアメリカの小説家の接点を考えられずにいたのだった。「暗黒街のサンマ」も,三輪車で山手の坂道を下る小説も発表されていなかった(『マイク・ハマーへ伝言』に2行ほどで,その手がかりが書かれていたものの)。それらがニック・アダムスものに通じることなど,想像する術がなかったのだ。
そこで単行本『死ぬには手頃な日』に戻ると,本書の装幀を担当した合田佐和子は,そのあたり,つまり矢作俊彦がヘミングウェイ通じることを見据えてデザインしたように思う。でなければ,地色の赤にスミの見返しに闘牛の写真をコラージュすることはあるまい。もちろん合田佐和子の手にかかると,その“ヘミングウェイ”も昭和初期の日本で活躍したようにシンボライズされてしまうのだけれど。
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タイトル 死ぬには手頃な日
発行年 1982年初版/販売商品1984年第3刷
定価 2000円
状態 良
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「地球ロマン」と,しばらく間をおいて発行された「迷宮」の編集者は武田洋一さんです。Wikipediaに「武田崇元」として項目がありますので,興味ある方はそちらをお読みください。
武田さん自身,どのような考えをもとに出版活動をされているのか定かではありませんが,読み物として面白い,という視点で武田さんが関係したなかでは金井南龍『神々の黙示録』が忘れられない一冊です。手持ちのものは一箱古本市に並べたところ,何回目かで通りすがりの方の手に渡っていきました。
路上というのは本当にあなどれない場で,金井南龍の私家版のような本を読み,面白かったという方がいらっしゃったり,武田さんとは別の意味で面白い八切止夫の本を並べたときには,昔,八切止夫からサインをもらったことがある,という方がいらしたり。
この手の本は手離れしづらいため(手元にあった「地球ロマン」「迷宮」は一度,売ってしまったものの,「ドキュメントCBA」掲載号は買いなおしてしまいました。『神々の黙示録』は古本屋を覘くたびにチェックしているものの,いまだ目にしません),並べるものは限られます。本書は,武田洋一さんが「武田崇元」名義で書かれた本です。
タイトル 出口王仁三郎の霊界からの警告
発行年 1983年
定価 1000円
状態 良
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1975年,「NHK少年ドラマシリーズ」のラインナップとして放送された「赤外音楽」の原作本です。ただし,テレビドラマと小説では物語は異なります。
小説版はある種,淡々と物語が進みます。テレビドラマ版を先に観ており,その記憶が強く残っていたため,小説版のラストは途中で終わってしまっている印象を受けました。
昭和50年代に発行された雑誌「地球ロマン」復刊2号,総特集=天空人嗜好に「ドキュメントCBA」というとても宇宙友好協会の歴史をまとめた面白い読み物が掲載されています。この記事を読み進めながら思い出したのは,本誌で紹介されている三島由紀夫の『美しい星』と,本誌では紹介されていない『赤外音楽』でした。
宇宙友好協会(CBA)については,「地球ロマン」の特集を読んでいただくのが一番わかりやすいのですが,信じる/疑うとは別の次元でとても面白く,『美しい星』が映画化されたいま,『赤外音楽』がもう一度,映像作品になったら面白いと思いながらサイトにアップしました。
本サイトでは,SF,オカルトのカテゴリーに入る本,雑誌を紹介することが少なくありません。その場合,もっとも優先しているのは,読み物として面白いことで,それは「隠された真実」云々とはまったく別の価値観です。
『赤外音楽』は昔,新書版を手に入れて読みました。参加しはじめて何度目かの一箱古本市で売れたのでその後,文庫版を見つけてを買っては読み,ときどきの一箱古本市に並べました。売れることもあり,売れないこともあります。