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]]>物語は、連作短編の形式を採っています。香港である装置をある場所に仕掛けて毒殺をはかる連続殺人事件が発生、この事件を追う香港警察の女性の奮闘を描く「千禧前夜」。九月十一日――テロによって世界貿易センタービルが崩壊したその日に殺害された夫の事件解明を、被害者夫人より依頼された探偵に襲いかかる謀略と罠「器之罪」。
イギリスを舞台に、テロ爆破事件の背後で隠微に進行するもうひとつの事件の真相とは「薛丁格之焰」。獄中のテロリストに送られてきた一通の手紙に記されていたテロ予告――それを阻止するべく日本に飛んだ探偵事務所のボスを追うふたりの運命はいかに「永遠的少年」。香港民主化デモが吹き荒れる2020年の香港を舞台に、いままでの登場人物たちの因業と未来を描き出す「約定的地方」の全五編。
舞台はそれぞれ、1999年の香港から2001年のアメリカ、さらには2007年のイギリス、日本、そして2020年の香港と移っていくのですが、主人公も各話で異なっているところに注目でしょうか。1999年の香港を描いた「千禧前夜」のヒロインは、この話で描かれた事件の解決をきっかけに新天地へと旅立ち、この後の話にも大きく絡んでくるのですが、どのような形で、――という点についてはネタバレを避けるため、ここでは触れずにおきます。
「千禧前夜」は、香港で発生した連続殺人事件を描いた話ですが、この殺人の実行方法がふるっている。パソコンの中にある装置を仕掛けて、そこからガスを噴射して中毒死させるというものなのですが、このパソコンの入手経路を辿っていけば、犯人はたやすく捕まえることができるだろう、と捜査を進めていくも、この装置が仕掛けられたのはかなり昔であることが判明する。
この事実によって、被害者同士を繋ぐミッシングリンクを宙づりとして、連続殺人事件をスケールの大きなテロルへと転換せしめた趣向が面白い。実際、犯人はテロルの思想に共鳴していて、フーダニットの点から言えばこの人物の名前は、物語の冒頭で早々に明かされているのですが、事件の解明によってこの人物の正体が明かされるところはチと吃驚。奇妙な殺害方法は「あるもの」の陥穽を突いたもので、おそらく香港人しか知らない(というか、フツーの香港人でもこの「あるもの」は知らないんじゃないノ?)ものながら、それをテロルの犯行方法と刑罰を回避する手法に”悪用”した発想が恐ろしい。この話によって捜査する側の業が明示され、ヒロインがこの罪を背負って生き続けていくこれからの物語へと繋げていく構成の旨さも言うことなし。
さて、本作のテーマを挙げるとすれば、「テロル」「恩讐」「赦し」「償い」あたりに落ち着くかと思うのですが、それぞれの物語で描かれる事件に「テロル」が大きく関連してい、なおかつ登場人物が事件の真相解明によって大きな「業」を背負い、その「償い」をするため前を向いて生きていく生き様を描かれていきます。
続く「器之罪」は、911テロの発生したニューヨークの、現場である世界貿易センタービルにほど近い建物の一室で、この日に殺された夫の事件を調べてほしい――と、中年女性から依頼を受けた探偵が語り手のお話。本格ミステリらしからぬ展開で、ハードボイルドの骨法を会得した作者の真骨頂とでもいうべき語り口によって、主人公の過去と因縁が明かされていくのですが、このお話、頭デッカチで軟弱な本格ミステリ読みが裸足で逃げ出すような肉体描写が際だっているところが、個人的にはタマらない。
この物語の主人公は、「器之罪」のみならず後半にも登場するのですが、いずれのシーンにおいても手に汗握る格闘シーンが添えられてい、ムエタイはもとより、クラウ・マガ、ラウェイなんて言葉が飛び出してくるあたり、作者はけっこう格闘技好きなのかナ、と思った次第。本作の続編があるとすれば、次回は是非、シラットやシステマあたりも登場させてもらいたいところであります。
そんなハードボイルド・格闘小説的な風格を前面に押し出しつつも、”被害者”と”犯人“の構図をひっくり返して、タイトルにもある“罪”の実相を明かし、この前の「千禧前夜」と登場人物を繋げて連作短編とした構成が秀逸です。また「千禧前夜」でヒロインが背負った「罪」は、この「器之罪」でも変奏され、この後に続いていく趣向も本作の連作短編としての見所でしょうか。
作者じしんはトリック派というよりは、プロットと構図の反転で魅せてくれる技巧派という印象なのですが、こうした作者の才能がよりストレートに表れているのが続く「薛丁格之焰」で、舞台をイギリスに移し、テロの恐怖に震えるイギリス・ロンドンで怪しい車輌と人物を偶然目撃したヒロイン(ネタバレ回避のため、敢えてこの人物の背景については伏せておきます)が旧知の警官に連絡をとるも、テロかと思っていたものが誘拐事件へと転じ、――という話。
怪しい車輌から降りた人物は車のキーを溝に捨てて立ち去っているところから、車の中の身代金を取り出すことは不可能という密室の謎と、実際に発生した爆破事件の仕掛けとを連関させて、その裏で隠微に進行していた事象とその思惑が解明されていく展開は、収録作の中でもっとも本格ミステリらしいと言えるかもしれません。事件が解決したエピローグでさらなるどんでん返しが待ち受けている構成と、本作の主要テーマとなる「テロル」を支える復讐の連鎖が犯人の口から語られることで、物語の舞台を変えながらも911と地続きのリアルを読者の前に明示してみせる手法が秀逸です。
続く「永遠的少年」は日本が舞台で、――敢えて物語の年代は伏せておきますが、個人的にはこれが一番のお気に入り。獄中のテロ犯……この人物の名前をここでバラしていいか、悩んでしまうのですが、日本でも知ってる人はかなりいるであろうこの人。ちなみに「千禧前夜」の犯人もこの人物に影響を受けてテロを行っているのですが、この人物の思想が本作の重要なポイントにもなっています。
あらすじはというと、獄中のテロ犯から次なるテロはどうやら日本で行われるらしい、ということを知った探偵事務所のボスが音信不通となってしまったことをきっかけに、事務所の二人は、失踪した彼女を探し出すべく日本に飛ぶ。そして、予告メッセージをテロ犯に中継していた人物を突き止め、テロを阻止しようとするのだが――という話。
とはいえ、この大きな流れに、しっかりと現代本格ミステリのアレを配して、物語の視点人物と読者を誤導する技法が「器之罪」の変奏として示されているところも心憎い。そしてある登場人物の隠された出自と語りから、「薛丁格之焰」における「復讐」が変奏され、さらには日本における二つの時代の歴史が交錯する。またこの二つのうちの一つの過去を探偵の視点から描き出すことで、歴史的な罪を背負った次世代の「赦し」と「償い」が大きくクローズアップされていく構成によって、スケールの大きな物語に昇華させた作者の技倆が素晴らしい。
さらには本格ミステリの技法としては、ついにテロが実行される時間を0として、“-40:33:21”というふうにマイナスの時間を明示して、刻一刻とその時へと近づいていく緊迫感とともに、もう一つの時間軸ともう一人の視点を交錯させた技法に注目でしょうか。
個人的にはこの「永遠的少年」が本作のクライマックスと感じているのですが、続く「約定的地方」では現代の香港を舞台として、主要登場人物たちの背景を繋いでみせることで、本作に通底する「テロル」「罪」「赦し」の総決算が大展開されます。
この物語だけは、香港民主化デモに関する写実的描写が際だってい、ちょっと異色な印象があるものの、プロローグでチラっと示されたあるシーンに登場する男女の正体をフックとして、「罪」と「赦し」とともに、「正義」とはという重い問題に対する答えを模索する展開に、登場人物たちの生き様を重ねた趣向がいい。
暴力装置と化した香港警察と、コロナ禍において変容した香港の「いま」を背景に、制裁活動を続ける人物のフーダニットと、この人物の背景が二転三転する真相によって明らかにされていく本格ミステリ的手法も秀逸です。また、この前に「永遠的少年」という物語があったからこそ、「永遠的少年」で語られたある人物が抱える「過去」の重さと、この謎めいた人物の抱える「過去」が見事に重なり、その答えとなる「未来」をより明るいものにしようと決意する主要登場人物たちの姿は感動的(本作にずっと登場したヒロインの決意する姿に、自分が『虚無への供物』のラストシーンを思い浮かべてしまったのはナイショ)。香港の今に目を転じれば、もちろんそんな生やさしいものではないことは間違いないものの、この物語は美しき大団円によって幕を閉じます。
……なんだかあまりにコーフンしてしまって、もの凄く長くなってしまったのですが、もうひとつだけ。台湾で刊行された本作には、すでにもの凄い数の推薦文が寄せられてい、『おはしさま』に収録された「鰐の夢」の作者である瀟湘神氏や、『おはしさま』に長い論考・解説を寄せている路那氏などは、本作を評する際に陳浩基の傑作『13.67』の名前を挙げています。自分もまた、本作は『13.67.』に比肩する、香港の今を代表するであろう歴史的傑作と確信する一方、本作が『13.67.』とはやや異なる作品だということに留意しておく必要があります。
『13.67.』“のような”作風を期待すると、多くの“ガチな”本格ミステリ読者はやや失望するのではないか、というのが自分の懸念で、本作は、ハードボイルドの要素が際立つ「器之罪」や、サスペンスな「永遠的少年」など、『13.67.』に比較すると、よりエンタメに寄せていて、“ガチな”本格ミステリ読みよりは、もっと幅広い読者層にアピールできる一冊となっています。
この物語は、多くの日本人(“ガチな”本格ミステリ読みではなく)が愉しめると思うのですが、その一方で、政治的にナイーヴな日本人が、本作で作者が書きたかったことを真っ正面から受け止めることができるか、というとちょっと心許ないような……なんて心配をするまでもなく、本作の邦訳など夢のまた夢、でしょう。とはいえこれだけの傑作ですから、おそらく『13.67.』を世界的なヒット作にした仕掛け人のG.T.氏(台湾のあの人ね)あたりがすでに動き始めているかもしれず……だとすれば、欧米でのヒットと評価を受けてようやく日本でも出版が検討される、――という流れはあるかもしれません。ともあれ、いま読んでおいて決して損はない、そして中国語が読める人には是非手にとってもらいたい歴史的傑作といえるのではないでしょうか。超オススメ。
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]]>The post 2023-10-14『Twingowind presents clubEDEN』@下北沢THREE first appeared on taipeimonochrome.
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下北沢はライブハウスもたくさんあり、これまでも気になるバンドが参加しているイベントのお知らせをいくども眼にしてはいたものの、車移動がメインの自分にとっては、なかなか足を運ぶのにはハードルの高い場所でもあります。今回の下北沢THREEのイベントは土曜日の昼からだったので、だったら環八の渋滞もそこまでひどくはないのではないかと踏んで、足を運んでみることにした次第です。

ライブレポートを始める前に、まずTwingowindとはどのようなグループなのかという点に言及する必要があるかもしれません。2024年の今は、東条ジョナのソロプロジェクトとなっているのですが、このイベントが開催された2023年の10月の時点では、川﨑レオンと東条ジョナふたりがメンバーで、川﨑レオンがKey.とVo.、東条ジョナがVo.を担当。

東条ジョナはアーティストというよりは、コスプレイヤーとしての認知度の方が高いかもしれない。今回のイベントで実際の彼女を眼にしたわけですが、たしかにちょっと吃驚するくらい可愛かった(爆)。ただ演奏が始まる前、物販にひとりぽつんと座っていて、何となく暗い、物憂げな顔をしてたのが妙に気になってはいたのだけれど……(その理由はついてはこの日のイベントが終わった11月に知ることになる)。

さて、自分がTwingowindを知ることになったのは、東条ジョナがきっかけではなく、もうひとりのメンバーである川﨑レオンを介してでした。川﨑レオンといえばプログレ、マスロック界隈では知る人も多い超絶技巧のアーティストで、この日のイベントは、1番手が彼女のソロ(with Dr.)、2番手がメレ、そしてトリがTwingowind。

川﨑レオンのソロと、彼女もメンバーであるTwingowindのパフォーマンスが観られるという、自分的にはかなり満足度の高いイベントだったわけですが、最初の川﨑レオンの演奏からして凄かった。

ちょっと、こう、何というか……彼女の歌も鬼気迫るほどの勢いがあり、息の合ったDr.との相乗効果も相まって、masunoismの演奏が眼前で展開されているようなダイナミズムでした。

どんな感じかというと、こんな感じ。名曲「Bloopers」の動画をリンクしておきます。
彼女は、以前にソロでの演奏を吉祥寺NEPOで観たきりでしたが、苦難のコロナ禍を経験して(当時のもどかしさをnoteに切々と綴っていた)か、歌にますます磨きがかかったような気がしました。その鬼っぷりはPeter Hammillを彷彿とさせるkey.と歌いっぷりでした。

続くメレは、Gt.とBa.の、これまた二人組のグループで、この日はDr.とBa.を交えてのバンド編成。


フライヤーをぱっと見た印象では、可愛らしいフォークソングを演奏するガールズバンドのひとつかと思っていたのですが、始まるや意外に激しい演奏で、ガールズバンドらしい歌声とのギャップに新鮮なおどろきがありました。
で、3番手トリがTwingowind。このグループはそれなりに長く続くものと「このとき」は思っていたので、こうしてあらためて写真を見返すと感慨深いものがあります。

このイベントに足を運ぶ前に、TwingowindのEPは一通り聴いていたものの、実際に耳にした東条ジョナの歌声の素晴らしさには感嘆しました。ヴィブラートをかけない伸び伸びとした歌声と見かけの可愛さとのギャップは、彼女の大きな魅力のひとつで、この堂々とした歌声に、川﨑レオンのコーラスがすっと加わる。音源以上の見事なパフォーマンスでした――しかし、11月に突然、SNSで川﨑レオン脱退が報じられ、この日のライブを最後にTwingowindは二人での活動を停止してしまいます(この日、東条ジョナが物販でひとりぽつねんと座っていて、誰とも話をしていなかった理由はこれだったか、と)。

SNSでの二人のコメントを見るに、色々とあったようで、バンドの内情に興味のない自分としてはただただ残念ではあるものの、東条ジョナのソロプロジェクトとなった後も活動を続けていったほしいとは思う。

曲そのものは、まさに川﨑レオンの歌声をメインにしてもまったく違和感のない仕上がりで、それを東条ジョナが歌うことのキャッチーさこそが、Twingowindの魅力だったのではないか、――いま、あらためて二人が残した曲を聴き返すつけ、そんなことを考えてしまった次第です。

SNSを見る限り、東条ジョナは歌い続ける気マンマンだし、彼女の今後の活躍を期待したいと思います。ただ彼女はコスプレイヤーでそちら界隈の方の人気は相当と見え、Twingowindが彼女のソロプロジェクトとして復活するにしてもアイドル枠で行われることは間違いなく、自分がこうしてイベントに足を運ぶどうかは定かではないのだけれど……
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]]>The post 炒飯狙撃手 / 張國立 first appeared on taipeimonochrome.
]]>本格ミステリというわけではなくて、国際謀略もの、サスペンスといったジャンルにカテゴライズされる一冊ながら、タイトルは日本版も原版マンマの『炒飯狙撃手』であるところに注目でしょうか。キャッチーなタイトルだけを見ると、中華鍋を片手にピストルでドンパチやらかす主人公をイメージしてしまうのですが(実際、ジャケがまさにソレ)、ちょっと、――いや、かなり違う物語でした。
イタリアの小さな港町で、テイクアウトがメインの炒飯屋を営む台湾人の男が、”ある組織”から命令を受けて、イタリアの有名観光地であるトレビの泉で、台湾からやってきた要人を殺害するも、その後、彼は組織から追われる身に――。
一方、台湾では、基隆のホテルで、ある軍人が拳銃自殺を図ったと思しき事件の捜査に、退職間近の刑事が関わることになる。やがて、台湾では銃殺されたもう一体の死体が発見され、その背後には謎の組織が蠢いていることが明らかになっていく。その組織の正体は、そして組織とイタリアでの暗殺事件の関わりは、――という話。
こうしてあらすじだけざっと書いてみれば、中華鍋を片手にドンパチのイメージが湧いてくるタイトルとは裏腹に、シリアスな物語かと思ってしまうのですが、組織から追われる狙撃手を描いたヨーロッパ編と、退職間近の刑事の視点から事件の謎を探っていく台湾編ではやや印象が異なります。
まずシリアスに徹したヨーロッパ編では、ハリウッド映画的なドンパチは一切無し。何しろ追っ手から逃れようとする暗殺者は、タイトルにもある通り「狙撃手」で、彼を追う敵方も因縁のある狙撃手という組み合わせゆえ、まさに『ジョン・ウィック』の逆を行く息詰まる攻防で、狙撃手二人による狙撃シーンをジックリと描き出しているところが秀逸です。
中盤のプダペストを舞台にした静かなる狙撃戦は、本作の魅力を明快に現してい、さらに物語の終盤、ついに真の黒幕と相対して、雨の降りしきる暗闇で展開される狙撃手同士の対決が素晴らしい。このシーンの舞台となる場所を訪れたことはないものの、刑事と狙撃手がラスボスに立ち向かっていく見せ場は、原文を読んでもその光景が鮮やかに眼に浮かんでくるくらい。
一方の台湾編では、退職まであと十数日という刑事が、台湾各地を奔走して、事件解決の端緒を摑んでいく展開で、そこに相棒(といっても彼の上司)が単身イタリアに飛び、ヨーロッパでの事件と台湾の事件とを結びつけていく。この上司がなかなかに剽軽な立ち位置にいて、シリアスな国際謀略劇に軽いユーモアを添えています。
国際政治的には曖昧な立ち位置にある台湾という場所において、必然的に生まれた武器商人暗躍の背後に、中国の壮大な歴史を絡めた物語を縦軸として、退職間近となる刑事の家庭事情を横軸に据えた結構が魅力的で、この刑事の恵まれた、――とはいえ世代間のささやかな問題を抱えている家庭と、アウトローである狙撃手の生い立ちを対蹠させた見せ方もまた見事。この謀略劇を経て、主人公である狙撃手が得たものと失ったものは何なのか、彼の想いを読者に委ねたラスト・シーンも印象的。
実はこの作品、続編となる『第三顆子彈』が昨日刊行されていて、あらすじを読む限り、こちらでも、本作で活躍した狙撃手と、退職した刑事が再登場となる様子。今度の事件は大統領狙撃事件とのことで、いま読んでいる香港ミステリを読了次第、取りかかる予定です。
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]]>The post 腐屍花 / 柏菲思 first appeared on taipeimonochrome.
]]>作者が、『強弱』で第六回・金車島田莊司推理小說賞に入選する前の作品で、『嗜殺基因』の後日譚とでもいうべき本作は、『嗜殺基因』とともに、「異類人性」シリーズと銘打たれた一冊で、血の呪縛、そしてアウトサイダーの呪われた宿業を描いた異色作。
物語は、全寮制の学校に通うことになったボーイと魔少年とのボーイ・ミーツ・”ボーイ”、――つまりは男同士なので、薔薇小説なノ?と勘違いしてしまうのですが、さにあらず。全寮制の学校には女生徒も一応いるものの、主要登場人物はおしなべ男ばかりで、魔性少年に惹かれるボーイを除けばそのほとんどが、クズ野郎ばかりという布陣であるところに注目でしょうか。これは作者も後書きに書いているのですが、同性愛を企図したものではなく、女性の視点から、男性嫌悪症の男を描いてみたかったとのこと。男性が男性を憎悪するというのかどういうものなのか、その疑問をさらに深掘りしてみるために、複数の男性を登場させてみた、とのこと。
さて、先っきから魔少年と書いていますが、この主人公である男の子が女かと見紛うほどの中性的な美貌を誇るところが本作のポイントで、何しろ、初登校の日に、駅のトイレでこの魔性少年に出会うことになったボーイが、一目見て女かと勘違いしたくらいの美少年で、彼がトイレで用足しにズボンを脱いで男のアレをポロンするまでは完全に女と信じ切っていたくらいというから相当なもの。
この魔少年ですが、その美しさに加えて、何ともいえない翳りがあり、独特のムードを醸し出している。その美しさゆえか、周りの男衆どもは、彼のことを虐めたくてタマらなくなってしまうという毒を持っている、――とこのあたりは、『キマイラ』シリーズの主人公・大鳳吼を彷彿とさせるものがあります。とはいえ、大鳳吼のような異人種というわけではなく、その実態はというと、”殺人鬼”の子ども。殺人鬼といっても、これにはそれなりの深い背景があり、そのあたりのいきさつを、”殺人鬼”たる母親の視点で描いているのが『嗜殺基因』で、『嗜殺基因』を読んだ読者であれば、あの作品で描かれてなかったあるシーンが、本作の前半部で魔少年の視点から活写されているに、軽い衝撃を覚えるのではないでしょうか(自分がそうだった)。
『嗜殺基因』では単なる気の弱い苛められっ子だった少年の正体がこれだったとは、というおどろきとともに、逃れることのできない血の宿業に囚われたボーイを不憫に思う気持ちが湧いてくるくすぐりがまた心憎い。
主要登場人物の男衆が次々と魔少年の蠱惑的な魅力にとらわれ、次々と道を踏み外してしまう展開で、そうした男たちが学校の教師だったり、校内のワルだったりして、中盤までの魔少年危うし!の流れが、後半はスリラーな趣向に転じていくところも本作の見所でしょうか。一方で、この魔少年に対する純愛が昂じて、隠微な共犯関係を引き寄せてしまったボーイの一途な想いが溢れ出すラスト・シーンが美しい。
そして本作においては、作者がこの後発表していく物語のテーマがいくつも鏤められていることが確認できたのは収穫でした。例えば本作ではもっとも印象的ともいえる終幕の舞台となる海。宗教的でさえあり海におけ魂の浄化――これは『孤島教室』に繋がっていることは間違いないであろうし、さらに苛烈な虐めに耐える少年という設定は、『強弱』や最新作の『三浦屋的小玉』においても繰り返し描かれている。それを『強弱』では本格ミステリに、そして『三浦屋』では怪談に、というふうにジャンルの切り替えを行って巧みに物語へと昇華させていく作者の手腕が光る本作は、作者の原点ともいえるのではないでしょうか。
さて、『強弱』から遡って、作者の初期長編を読んできたわけですが、初期からテーマは一貫しており、とくにアウトサイダーに対する眼差しと、そこから苛烈な物語を説き起こしていく作者の小説技巧がもっとも際だっているのが本作ではないか、と感じました。
『嗜殺基因』も決してハッピー・エンドとはいえない結末ではありましたが、あの物語の背景が明かされる本作では、さらなる悲劇が描かれてい、ラストでは地の文でハッキリ「ハッピーエンドはやってこない」ってな終わり方をするところは作者の真骨頂。
スリラーでありながら、地の文で饒舌に作者の思想が語られる異色作で、ボーイズ・ラブ的な表層と相反して、むしろ純文学的な感触を抱く読者が多いような気がするのですが、いかがでしょう。
作者の個性がもっとも濃厚に詰まった物語で、かつ相当に激烈な一冊。なお、読んでいる最中、頭ン中では、中国語でありながら、中井英夫と福永武彦の文体をハイブリットさせたような日本語語りで再生されていたのはナイショです(爆)。
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]]>The post 時間が空いてしまいましたが、ぼちぼちブログを再開します first appeared on taipeimonochrome.
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]]>The post 2023-09-22『Danceable Ensembles』@SOUND CREEK Doppo first appeared on taipeimonochrome.
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ライブハウスは未だに病院や施設と同様、厳格な感染対策をいまだ続けており、よほどの覚悟がないと入店は難しい――と考えていた自分が、9月15日に吉祥寺NEPOで開催された『NEPOctober fest EVE!!』に行ってみたいきさつについては、少し前のエントリに記した通り。

で、このイベントに行って、なんだ、想像していたのとは全然違ってすっかり『日常』に戻ってるジャン、とすっかり安心した翌週には、今回のタイトルのイベントを観に行きました。場所は四ッ谷。それも初めてのハコ。吉祥寺NEPOでライブハウスが『日常』に戻っていたことを確認できたとはいえ、前のエントリでもふれた通り、イベントの主催者やハコによっては、未だ客に不織布マスクの着用を必須とし、声出し禁止としている等の話も耳にしていたので、まだまだ油断はできません。

実はこのときまで、コロナ禍以降、山手線の内側に入ったのは一度きりだったので、いったい都内はどんなふうになっているのかまったくイメージできていませんでした。しかし、車を駐車場に預けて四ッ谷駅の周りをウロついてみると、思いのほか皆が”ごく普通の格好”で歩いている――

コモレ四谷の下に並ぶ飲食店のなかを覗いてみても、いわゆる尾身食いをしている客などひとりもおらず、2019年にタイムスリップしかたのような風景(もちろん皮肉で言ってる)に少しだけ安堵して、せっかくだからと『THE ALLEY』で軽く食べておこうと店内に入ってみることにしました。ソファで寛いでいる外国人観光客(おそらく香港人)も日本人たちも、ごくごく普通に振る舞っているに驚きつつ、メディアの報道はいったい何だったのか、と訝りながら麺を食べ終えると、会場となるSOUND CREEK Doppoへ向かいました。

10分ほど前に到着すると、地下の入口に続く階段にはすでに数人が並んでいる。ほどなくして会場に入ると、感染対策を強いる雰囲気もなく、前に並んでいた客たちも普通に店内に入っていくのを見て、ホッと息をついたのは言うまでもありません。

上にも述べた通り、ここは初めてのハコでしたが、何より椅子とテーブルが設えられていいてるのが素晴らしい。この日の出演はBANANA NEEDLEと、自分のお目当てであるhenrytennisで、ステージにはすでに一番手となるBANANA NEEDLEのハモンドオルガンが右手にデン、と設置されていました。

BANANA NEEDLEは、ハモンドを主体としたベースとドラムのトリオ構成。曲的には非常にポップで、プログレというよりは聞き心地のよい軽快さを備えたジャズといった雰囲気。ハコのサイトを見ると、「お馴染みのBANANA NEEDLEとDoppo初出演のhenrytennisが」とあったので常連の様子。実際、演奏は三人とも非常にリラックスした感じで、音響の良さも相まって堪能しました。

続くhenrytennisは、前々から是非とも実際にその演奏を観てみたかったバンドのひとつ。とはいえ、自分がこのバンドを知ったのは、彼ら3rdアルバムである『Freaking Happy』からで、数年前のこと。

このあと、傑作『Bay Leaf and Singers』を2022年にリリースし、いまに至るわけですが、最近でこそプログレという認知が進んでいるものの、自分が知ったのは、どちらかというとカンタベリー方面からの情報でした。日本においてストレートなカンタベリーの音色を特色とするバンドのアルバムといえば、自分の場合まず思い浮かぶのは、『East Wind Pot』、『De Lorians』あたり。

『East Wind Pot』はリリースが2006年のはずで、『De Lorians』が2019年。いずれも印象的なのはオルガンと管楽器の音色で、henrytennisもその構成において共通点はあるものの、たとえばHatfield & The Northの持つ牧歌的な空気や明るさをもっとも濃厚に感じさせるのがこのバンドの大きな魅力のひとつだと感じていて、実際に生で聴いてみると、そうした個性はもとより「ゴキゲン」という言葉が相応しい高揚感が素晴らしかったです。

henrytennisで好きな曲は、という問いにまず挙げたいのが『Bay Leaf and Singers』の最後を飾る「Daylight Fire Section」で、特に終盤の混沌がsaxのフレーズによって美しく転調する構成がかなりツボ。
ちょっとVan der Graaf Generatorの名作『Pawn Hearts』に収録された「”A Plague of Lighthouse Keepers」の後半(“Land’s End (Sineline)”から”We Go Now”)を想起させる(自分はどうもこの「混沌がある楽器の一閃によって転調する」展開がメッチャ好み)。

この日の演奏でも「Daylight Fire Section」は演奏されて、このときは感激のあまり泣いてしまった(爆)。観たかったバンドが、ずっと聴きたかった曲を眼の前で演奏してくれている、というのはもとより、やはりこの曲が自分は本当に好きなんだなァと感じ入った次第です。

henrytennisはこのイベントのあとProgTokyoに出演したり、結成20周年記念のイベントを新宿MARZで開催しているのですが、自分はスケジュールが合わずいずれも断念。そして、来月2月には『BE HIGHER SELF』というイベントが中目黒であって、出演バンド3つがすべて好きという滅多にない(とはいえ、去年の11月に奇跡的なイベントがあって観ることができたのですが、これについてはまた後日)機会ではあるものの、祝日ゆえ、多分自分は参加できず……

「現代ジャズとプログレを橋渡しする稀有なバンド」であるhenrytennis、ジャズ、プログレ、カンタベリー、このあたりに好きな人であればライブに足を運ぶ価値のあるバンドだと思います。
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