ひさびさ猫おばさんちへ。 今年1月、猫おばさんの友人宅で捕獲し、おばさんちの子になった『グレッティ』↓↓↓(左から2匹目) 生後11か月かな?すっかり大きくなって、こたつで皆とお昼寝。触れないことはないけど、触るとすぐに ... ]]>
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ひさびさ猫おばさんちへ。
今年1月、猫おばさんの友人宅で捕獲し、おばさんちの子になった『グレッティ』↓↓↓(左から2匹目)
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生後11か月かな?すっかり大きくなって、こたつで皆とお昼寝。触れないことはないけど、触るとすぐに身を引いて嫌がる。
「あなた、子猫の時、膝に乗ってきてたの覚えてないのー」
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そうそう、まだらちゃんこと『ティー子』

やっぱり猫慣れはしてても、人慣れはしてなくて、どうしても触らせてくれない。手を伸ばすとこたつから出て、縁側に逃げていってしまった。
おばさんもえさを食べている時に、後ろからお尻触るくらいだって。
「ティー子、いつか少しでいいから触らせてよね!」
と言うことで、最後に…….
猫おばさんちは現在、グレッティを入れて総勢9匹です!
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1月某日早朝、猫おばさんからLINEが 「子猫保護しました、うちに居ます」 子猫とは猫おばさんの友人宅に居ついた子猫のことで、それより少し前に、画像が送られてきていた。 保護出来たんだ!と早速猫おばさん宅へ ... ]]>
1月某日早朝、猫おばさんからLINEが
「子猫保護しました、うちに居ます」
子猫とは猫おばさんの友人宅に居ついた子猫のことで、それより少し前に、画像が送られてきていた。

保護出来たんだ!と早速猫おばさん宅へGO!
上の画像右の白地に薄グレーのハチワレ。性別は男の子。
(左の子は、捕獲前日に行方不明に・・・・)
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先住猫ともすでに馴染んでるw
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おちびの里親を募集していたのだけど、なかなか見つからず月日は過ぎていき・・・・
ある日、猫おばさんに訊いてみた。
「おちびちゃん、もしかして名前つけたとか?」
「うん、つけたよ、グレッティ」
つけたんかい!!
しかも
グレッティ!!
あ、やっぱりおばさんちの子になるのね(9匹目)
そしていつもながら、個性的な名前w
少し前にも見に行ったけど、すっかりグレッティは猫おばさんちの子になっていたのであった。
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SNOWで撮影しちゃったから白飛びしてるけど、薄いグレーの部分がすこーーし濃くなっていた。きっともっと濃いグレーになるんだろうな。
グレッティったら、触ることは出来たけど抱っこはさせてくれないの。
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そうそう、まだらちゃんことティー子!
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猫慣れはすぐにしたけど、相変わらず人慣れはしていなくて・・・
「いつか触らせてね、まだらちゃん」
そんなこんなで、猫おばさんちに9匹目の猫が加わったのであった。また遊びに行ってこよう。
※YouTubeに動画アップしました。
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記事にするのが2か月も遅くなってしまった……. 2022年12月23日は、ミルの三回忌。 2年経ったわけだけど、私からしたら「まだ2年?」それほどミルの不在を長く感じている。 この2年はほんといろ ... ]]>
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記事にするのが2か月も遅くなってしまった…….
2022年12月23日は、ミルの三回忌。
2年経ったわけだけど、私からしたら「まだ2年?」それほどミルの不在を長く感じている。
この2年はほんといろいろな事があった。ミルが居ない事に絶望しながらも進めた、調停の準備。つらかった。ほんとつらかった。
今はというと、たまに悲しみの発作に襲われ、ミルが居ないという現実に、これまた絶望しかけることも。なので、そこからは目を背けているかも。
この悲しみは一生続くかも知れないし、どこか直地点を見つけるかも知れない。こればっかりは、自然に任せるしかないなと思っている。
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はじめに 前回、前の動物病院を民事調停に掛けるべく、その申し立ての直前までの経緯を書いた。 2018年ミルの不調が出始めてから、2019年8月に歩けなくなるまで一貫して『老化』と言い続けた獣医。 もっと早く ... ]]>

前回、前の動物病院を民事調停に掛けるべく、その申し立ての直前までの経緯を書いた。
2018年ミルの不調が出始めてから、2019年8月に歩けなくなるまで一貫して『老化』と言い続けた獣医。
もっと早く診断し治療に入れれば、悪化させることはなかったのではないか。それに加え暴言を吐かれた事が許せなかった。
2つの動物病院にカルテ開示を請求したが、セカオピの病院では開示をしぶられ時間がかかり、やっと申立書を出そう!と思ったが、その前に第三者に見解を聞いた方が良いのではないかと、すでに死去してこの世に居ないペットの相談が出来る病院やサイトを探した。
そして見つけた某獣医師会の電話無料相談。そこで予想外の新事実発覚!!
[※やっと本題に入ります。諸事情あり後編を書けずに時間が過ぎてしまい、大変申し訳ありませんでした。]某獣医師会の電話無料相談を見つけた。
相談は週1日、水曜日のみ。時間も2時間のみ。
見つけた翌日が水曜日だった為、すぐに相談する事が来た。電話口に出たのは女性。受付の方かな?と思ったが女性の獣医だった。
今迄の経緯を話し、見解を訊いてみた。
耳から脳へ炎症が広がることはあるのか、もっと早く治療を始めていたら、治ることはなくても軽い状態で済んでいたのではないか、と。
すると、開口一番こう言った。
「耳から炎症が広がったとは思えないですね。」
え?!!
「まず、耳から脳へ炎症が広がったとしたら、飼い主がきづかないはずがないです。耳は汚れていましたか?」
と訊かれた。
「蛇行歩行をし始めた頃ですか?汚れていません。症状が進んでからは、汚れていたことはあります」
「そもそも耳から炎症が脳へ広がることは無くは無いですけど珍しいです。野良猫で治療が出来ないような猫なら、炎症が進んでしまって脳へ広がることもあるかも知れませんが、飼い猫で脳へ進むほどの炎症なら、その前に飼い主が気付くはずです」
そう言われればそうだ。
ミルが2018年初め、蛇行歩行をしだした時、ミルの耳は汚れていなかった。
症状が進んで寝たきりになる少し前、耳の毛にべたっと茶色っぽい物が付くようになって、前の動物病院で診察の時に掃除して貰ったことはある。その後少ししてセカオピした時にも、まだ少し汚れていると言われ、再度掃除してもらっている。
でも臭いなんてなかったし、その電話口の獣医が言うようにダラダラ耳だれもしていなかった。
「そんな・・・・」
じゃあ、レントゲンは?!
セカオピで脳のレントゲンを撮ったら、耳の骨に炎症の跡のような物が写っていると言われたけど、それは何?!
「内耳の状態はレントゲンではわかりづらいんですよね、CTやMRIでないと」
「え・・・・」
そう言われてみると、貰ったレントゲン写真を観てみても、どこに炎症の跡があるのかわからない。パソコン画面で見ているからかな?と思っていた。
じゃあ、脳炎でなければ何なの??
「血管が切れて小脳障害が起きてたと考えた方が自然です」
え?!!血管?!!
蛇行歩行から始まったミルの症状は何かというと
【小脳障害】
これは確かなようだ。前の病院の獣医も「加齢でバランスを取る小脳の働きが悪くなっている」としきりに言っていた。
電話口の女性獣医によると、小脳変性から小脳障害が起こっているが、原因は脳梗塞や血管が切れることで起こるのだと。
切れた血管が太いか細いか、位置による(障害の出方が違う?)
再疎通があったり、周りの血管が補ったりすると、復活することもある。だが、その後また、他の血管が切れてを繰り返す。一旦良くなっと思ったら、気圧の影響で再び切れてしまうことも。
蛇行歩行から寝たきりになるまで1年半かかっているのを考えると……
脳の血管が切れ、蛇行歩行に
↓
再疎通することなく、追加で細い血管が切れたのではないか
ということだった。そして電話口の女性獣医は続けた
「むしろ、血管が切れるまで長く生きられたということですよ」
これが泣かずにいられようか。(今も書きながら泣いている)
さらに、こうも言われた。
「寝たきりになってからも1年3ヶ月も生きられたのは、
内蔵、消化器が丈夫だったから(心臓も)」
号泣しそうになるのをぐっと堪える。
ミルは脳炎というより、血管が切れたことによる『小脳障害』の可能性が高いということはわかった。
ならば…..一番の問題点を質問してみた。
最後に一番肝心な問題について質問した。
それは、蛇行歩行が始まってすぐに診断されて、すぐに治療に入っていれば、完治とまではいかずとも、症状が改善され、寝たきりにまで進行することはなかったのではないか、という事。
「そんなぁ・・・じゃあどうする事も出来なかったってことなんですか…..」

大事に大事に大事に育ててきたミル
猫を飼うのが初めての私は、猫は高齢になると腎臓病を患う確率が高くなると知り、腎臓に対してはとても気を付けた。
7歳からは毎年腎臓の検査を欠かさなかった。フードも腎臓対応の高齢用に替えた。
少し数値が基準値から外れた時、SDMA検査(早期発見出来るとされる検査)もした。フードも速攻療法食に替えた。
肝臓が一時期悪かった時、こんなに大切に育ててきて、なんで?と泣いた。
それも一時的で、その後ミルはどこも悪くなく、16歳と高齢なのに毎晩大運動会をするほど老いを感じさせなかった。
それなのに…….
最後の3年、ミルにあんな思いをさせてしまったのは、私のせいだ。
もっと早くセカオピしていれば、もっと早く治療していれば、完治はせずとも、寝たきりは避けられたのではないか。
私はミルにどう償えばいいの
ミルが亡くなってからずっと、「毎日毎日死にたかった」
調停だって本当はしたくない。でもこれをしないと進めない。その先に何があるのかどんな変化があるのか、はたまたなくて、死にたい思いはずっと続くのか。
そんなのはわからないが、ミルと私がその後どうなったのか、どうしても前の獣医に知らせたかったのだ。ミルに暴言を吐いたことを謝罪させたかったのだ。

電話の最後に、相談に乗って下さった獣医さんに名前を訊ねた。
もし今後猫と暮らす事があった場合、地元の動物病院で納得した診断が得られなかったら、この獣医さんに診てもらいたいと思ったから。
だが、匿名で受けている為、「〇〇〇市の獣医」としか言えないと言われた。
実際に診察して答えているのでなく、相談者の話を総合して判断しているのだから、それは仕方がない。
私の変化はというと…..電話を切り、ミルの骨壺を抱きしめ泣き叫んだ。
そしてやっとミルに心から「本当によく頑張ったね」と言ってやることが出来た。それと同時に、心の重しがすっと軽くなったのを感じた。
あれから4か月。
ミルを失った悲しみや、こうしてやれば良かったという後悔や、それとは逆にこれはやめてあげれば良かったという後悔は消えることなくあるが、それまでとは全然違っているのは間違いない。
今言えるのは、獣医との出会いは運。納得がいかない時は言うまでもなく、病気や症状の重さによっては、セカンドオピニオンだけではなく、サードオピニオンも視野に入れた方がいい、ということだ。
もし、この女性獣医に出会っていなかったら、今もそしてこの先も一生、私は苦しみ続けていただろう。想像しただけで恐ろしい……
[※後編のアップがかなり遅くなってしまいましたが、読んで下さりありがとうございました]
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はじめに ※記録としてなので細かく書いています。不快な方は閉じてください。 ミルが亡くなって約1年と半年。6月8日新事実が発覚した。 それについて書くには、それまでの経緯を書く必要がある。だが【医療過誤】や【民事調停】と ... ]]>

※記録としてなので細かく書いています。不快な方は閉じてください。
ミルが亡くなって約1年と半年。6月8日新事実が発覚した。
それについて書くには、それまでの経緯を書く必要がある。だが【医療過誤】や【民事調停】と言った話なので、内容的に書いていいものか迷った。
(以前Twitterでほんの触りをつぶやいた際、やりとりすらしていない獣医にブロックされたこともあり)読んで不快に思う人もいるだろうから。
だが、新事実を報告するには避けて通れないし、ここは無料のブログサービスでもなく、私が所有するブログなので書くことにした。
それにこの件に関しては、全てが終わったら書こうと思っていたから。
昨年12月、ミルの一周忌前に書いた記事で、「命には限りがある、ミルだけが不老不死なわけない、そう気づいたら気持ちが少し楽になった」と書いた。
それは嘘ではないし、(その時点では)ミルの死を受け入れることは出来た。
だがそれとは別に、私はずっと【自責の念】に苛まれていた。
ミルが亡くなってから、いや、脳炎(の可能性が高いでしょう)と診断された時からずっと、どうしてもっと早くセカオピしなかったんだ。セカオピして治療を早く始めていれば、治っていたかも知れない、と…..
その自責の念は死後強いものとなっていた。
(※記憶を頼りに書いている部分があるので、細かいところで違っているかも知れませんご容赦を)
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2018年3月辺りから、ミルは蛇行して歩くようになった。真っすぐにではなく左右に蛇行するのだ。
おかしい……
すぐに気づき、当時長年通った動物病院から替えた病院の診察時に話すも、老化で小脳が衰え、バランス感覚が悪くなっていると言われた。
猫を初めて飼う私は、歳を取るとそんな症状も出てくるのか、、と思った。
そのうち片側(左)に頭を傾けるようになる。
ブログのコメントで「斜頸ですよ」と言われた通り、それは斜頸という症状でやはり老化現象だと言う。
足の先を内側に曲げた状態で、歩き方もゆっくり、斜めになって足を滑らせて歩くようになり、トイレでも用を足せなくなり(トイレに辿り着けない)廊下や台所などあちこちで粗相するようになった。
目も瞳孔が開き、どこかうつろでどこを見ているのかもわからない。徘徊をしてはごみ箱に前足を突っ込んだり、部屋の隅で方向転換も出来なくなっていった。
それでも老化だと言われた。
どんどん体を動かせなくなり、支えてやらないと歩けなくなった頃、ミルの首の後ろがこわばったように、顔を上に向けるようになった。後ろにひっぱられてる感じ。
診てもらったら
「どうしてなのかわからない、上が見たいんでしょ。枕でもかってやったら」
そう言われた。
何それ……わからないくせにそんな言い方ある?
その時一気に不信へと変わった。これはただ事ではない。老化なんかでこんな症状が出るわけがない。
もうその頃は、立ち上がることも出来ず、そこでやっと転院したのだ
セカンドオピニオンで受診した動物病院は、いつも混んでいて遠くからも患者が訪れるという動物病院。
診察台にミルを寝させるやいなや、「脳の症状だね」
後ろに首を反らすのは「後弓反張」と言って脳からくる症状と言われた。
典型的な症状らしく、なぜそれが前の病院でわからなかったのか!……
ウイルス検査、血液検査、レントゲン検査をしたところ、耳の骨にうっすら炎症の跡があるという。その時ミルの耳も汚れていた。前の病院で耳の掃除をしてもらったばかりなのに。
私が耳の炎症が脳に広がったということはないかと訊くと、その可能性はあるかも。最初左に傾いていたのは、左耳が炎症を起こしていて、その後どちらも傾くとなったのは、両耳に広がったのではないか、と言った。
とはいえ、原因はMRIを撮らないと特定出来ない。脳腫瘍の可能性もある、とのことだった。
処方されたのは、ステロイドと抗生物質。炎症を抑えるステロイドと、免疫力が落ちるので感染予防と、細菌性の脳炎かも知れないので、抗生部物質は必須。
原因を特定は出来ないけれど、ミルは脳炎と言うことで治療は進んでいった。
許せない……..
蛇行歩行の時点で治療すれば、耳だけの炎症で治まったのではないか。ミルをこんな苦しい目に合わせることもなかったのではないか。
前の獣医を許せない!
だけど、今はミルの治療が優先。とにかく症状を緩和させる為、治療に専念した。ミルが生きているうちは….
そしてミルは蛇行歩行してから寝たきりになるまで約1年半。寝たきりになってから約1年3ヶ月。症状が出だしてから約3年、長い闘病の末、天国へ旅立った。
転院した後、ミルと私がどうなったのか、どうしても前の獣医に知らせたい。
早く治療に入れば、ミルは寝たきりになることもなく、今も生きていたのではないか。
どうしてもその気持ちがぬぐえずにいた。
例えそれが無理でも、「上が見たいんじゃない?」なんて言い方、獣医としてひどくないか。その2点を伝え謝罪を要求したい。
ミルが亡くなって約3か月後の2021年3月、弁護士に相談。
動物病院に電話をして、口頭で伝え謝罪を求めることは容易だが、それでは只いちゃもんを付けてるだけ、営業妨害と取られかねない。
だから私は正当な権利を使いたかったのだ。民事調停か民事裁判か。
弁護士に何をしたいのか、何を要求したいのか訊かれ
「その後のことを伝えることと謝罪」と答えた。
それならば、民事調停をするといいと言われた。
裁判は勝ち負けを決めるだけ、謝罪はしてもらえない。それならば、同じく申請する時に請求額を決めなくてはならないが、調停で話し合いをした方がいい。調停ならば弁護士も必要なく、あなた一人でも出来るのでと。
まずは問題の前の動物病院へカルテ開示請求の電話をする。
すると受付から獣医に電話を替わり、なぜ必要か訊かれる。その質問される想定をしていなかったので、口ごもっていると「持っていたいのかな?」と訊かれたので「はい」と答える。
そして次にこう訊かれた。
「ミルちゃんはどうしましたか?」
ここで「脳炎だった」とは言わず「昨年12月に亡くなりました」とだけ伝えた。獣医もただならぬ気配は感じていて「そうですか・・」とだけ言った。
「郵便で送りましょうか」と言われ、てっきり取りに行き、獣医と対面しなくてはならないと思っていたので、ほっとした。
そしてカルテは翌々日には届いた。緊張しながら開けてみると、受診した日付と処方した薬剤名しか載っていない。あと会計の明細もお願いしたので、そこに付け足してあった。
これだけ?
人間のカルテと大違いで、これじゃあ治療の経過がわからないではないか、と思ったが、薬剤名から脳炎の治療はされてないのはわかる。
セカオピ後亡くなるまで診てもらった動物病院へは、なかなかかけることが出来ずいたが、2021年4月半ば、意を決して電話したら、やはりどうしてカルテが必要なのか訊かれ、ここでは正直に調停で必要だと伝えた。
伝えたことを後で後悔する。
なぜなら、開示をしぶられたからだ。
まず「開示していいか、獣医師会に訊いてからじゃないと、時間を下さい」と言われた。
(カルテ開示に獣医師会の許可がいる??)
むしろ獣医師会が職業論理として定めた『小動物医療の指針』には、『飼育者から診療簿の開示を求められた場合には、積極的にこれに応じるよう努めなければならない』と明記されている。
返事の電話は一向にかかってこず、6月初めにこちらから訊ねた。
ずると、獣医師会には訊ねていないのか、どういう返事があったのか話はなく、「ではカルテ開示しましょう」となった。
カルテのコピーとレントゲンデータ。死亡している為診断書は書けないので、その代わりに治療経過も書いてく下さることになった。
それからまた時間は流れた。
診察をしながらの書類作成。時間がかかるのは仕方がない。それにしてもかかり過ぎている・・・・
8月初め、こちらから電話。
「再来週には渡せるから、電話してから取りに来てください」
そう言われ、やっと動物病院へ受け取りに行った。
言っていた書類は全部そろっていた。レントゲンデータはUSBメモリーに入っていた。
カルテを見ると前の動物病院とは全く違い、人間のカルテ同様、処方された薬剤名だけでなく、症状と処置も書かれていた。
院長曰く「(前の病院の様に)処方箋だけ書く病院の方が多いです。うちは誰が見ても流れがわかるようにしてあります」
そしてここで、はっきりわかった。出し渋っていたことが。
「うちの病院名は出さないでくださいね。もし出す必要がある場合、連絡してからにしてください」
そう言われたのだ。「関わりたくない」というような言葉も。
「調停と言ったって、裁判と変わりないですから。」←これはそのまま言われた。
そもそも前の動物病院は、獣医師会に所属していないのに、そう伝えても「そんなはずはない」と。
一癖ある院長で、通院中もいろいろあったが「カルテを持っていたい」だけでは、治療経過は書いて貰えなかっただろうから、事実を話すことは仕方がなかった。
何とか2つの病院のカルテは揃った。
この後、裁判所に直接電話で【申立書】の書き方を教えてもらった。HPにペットの医療過誤のテンプレはなかったから。あと、カルテなどの資料をコピーし、内容をまとめなければならない。
なのに私の気は重く、なかなか手を付けることが出来ないうちに、季節は初夏へ…….
2022年6月。
その準備をする前に、第三者の獣医の意見も聞いた方がいいのではないかと思い、相談出来るサイトや病院を探した。
すると、とある獣医師会の無料電話相談を発見!
相談は週1日のみ受け付けている。すぐにその日は来て、当番の獣医の見解を聞くと、思いもよらぬ展開に!!
そんなことって…..じゃあ私は何で今まであんなに苦しんできたの?
※長くなったので、続きは後編へ。なかなか書けずにいたのに、ひっぱってごめんなさい。
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身辺整理をしていたら、ミルとツーショットの写真が出てきたので、ブログに上げておく。 (旧「あゝ 猫道」にひょっとしたら載せているかも知れないけど) ノーメイクの飼い主と、無理やり撮らさせて不機嫌なミル。 2006年12月 ... ]]>
身辺整理をしていたら、ミルとツーショットの写真が出てきたので、ブログに上げておく。
(旧「あゝ 猫道」にひょっとしたら載せているかも知れないけど)
ノーメイクの飼い主と、無理やり撮らさせて不機嫌なミル。


2006年12月30日 ミル5歳
今から約16年前。うちにパソコンとデジカメがやってきた年で、毎日毎日ミルを撮ってたね。
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ミルが亡くなって1年と3ヶ月。 脱衣場にずっと置きっぱなしの、ミルが使っていた防水シーツ。 洗おう洗おうと思いつつそのままで「いい加減にしないと」と思い手にしてみたけれど、これって洗わなくて良くない? 脱衣場に置きっぱな ... ]]>

ミルが亡くなって1年と3ヶ月。
脱衣場にずっと置きっぱなしの、ミルが使っていた防水シーツ。
洗おう洗おうと思いつつそのままで「いい加減にしないと」と思い手にしてみたけれど、これって洗わなくて良くない?
脱衣場に置きっぱなしだと湿気るので、窓際で干してからしまおうと部屋に持って行き広げてみると…..
しみの取れない裏側。吐いたフードのついた表側。匂いを嗅いでみると懐かしい匂いがそこにあった。
(洗えるわけないじゃん!)

さらにミル毛発見!!

ミルちゃん、こんなところにも居たのね!!
先日も、出先で昨年クリーニングに出さずしまった上着にミル毛を発見し、ティッシュにくるんで帰宅。
帰宅後、晩年ミル毛を入れていた瓶にしまった。

最初、毛玉を作ろうと思って丸めていたけど、するんじゃなかった。丸めずふわふわのまま保存しておけば、ミルのふわふわ感をそのまま体験出来る。

なので、丸めてフエルト状になった毛玉を、今度はほぐしてふわふわに戻している。
ちなみにオチはない。
ミルを抱きしめたいよ!!!!
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一周忌にって、随分記事にするのが遅くなってしまって、ごめんなさい(T∇T) 前回の記事にも書いたように、ミルの一周忌を迎えるのに沈んでいたら、なんと!ミルにブーケが届いたのだ! 贈って下さったのは、元々YouTubeの視 ... ]]>

一周忌にって、随分記事にするのが遅くなってしまって、ごめんなさい(T∇T)
前回の記事にも書いたように、ミルの一周忌を迎えるのに沈んでいたら、なんと!ミルにブーケが届いたのだ!
贈って下さったのは、元々YouTubeの視聴者さんで、Twitterにも来てくれたフォロワーさんでもあり、今ではかけがえのない友達のmariちゃん!

見て!クリスマスをイメージして赤のブーケ!
私はばかの一つ覚えでピンクばっかり選らんじゃうから、とっても新鮮!可憐でミルちゃん淑女みたいよ~

一周忌にと買ってあった、KINTOのフラワーベースにもピッタリ。
その後、長~く楽しませてもらって、今はまつぼっくり飾っています(*´∀`*)

mariちゃん本当にありがとう☆これからも仲良くしてね!
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注)この記事は、ミルの一周忌2021年12月23日に書いた記事です。 今日はミルの一周忌。 2020年12月23日 18:38分、ミルが旅立った。これを書いてるのが、2020年23日18:17 一周忌を怯え ... ]]>

注)この記事は、ミルの一周忌2021年12月23日に書いた記事です。
今日はミルの一周忌。
2020年12月23日 18:38分、ミルが旅立った。これを書いてるのが、2020年23日18:17
一周忌を怯えていたというほどでもないのに、2日前くらいからその時を思い出しては、いつも以上に悲しくなってしまい、今朝は昨日の通院の疲れもあり、沈み込んで布団からなかなか出られなかった。
じっとしてると考えてしまうので、倦怠感が激しいけれど、今日は動いていた。実はこれを書き出しのも、その時刻をじっと待っていることに耐えられないから。
今日はまず朝食を取ってから、ミルを連れて庭に散歩に出ることに。
ミルは元野良だったので、外に出たがって出たがって…..悩みに悩んだ末、ハーネスとリードで散歩に行くことに。
(※今か今かと待つミル)

ぽかぽか陽気でミルも気持ち良さそう。

(※2017年6月 同じ場所でミルと撮った画像がお気に入り)



午後からは昨日処方された薬を調剤薬局に取りに行きがてら、スーパーにとっと(まぐろの刺身)を買いに行ってきた。
そしてさきほど、それをミルに供えた。

あれから1年。周りの人は、あっという間に一年だねと言うけれど…..
ミルが亡くなって1ヶ月のYouTube動画に頂いたコメントに、とても印象的なものがあった。その方はミルより2年先に愛猫を亡くされた方で、一周忌を迎えた時の事をこう表現されていた。
「やっと長い一日が終わった….と思いました」
1年が長い1日かの様に感じるって、どれほどの事だったのだろう。これから一周忌を迎えるまでの日々を、私はどう過ごすのだろう、そう思ったがそれはその後すぐにわかった。とても長くつらく悲しい日々。
もうすぐ長い1日が終わる………
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今朝、ミルが初めて夢に出てきた。 昨年12月23日に亡くなって初めてだ。話題として出てきたことはあるけれど、姿形が出てきたのは初めて。 夢の中でもミルは高齢という設定で、それなのに家から居なくなってしまって、なのになぜか ... ]]>

今朝、ミルが初めて夢に出てきた。
昨年12月23日に亡くなって初めてだ。話題として出てきたことはあるけれど、姿形が出てきたのは初めて。
夢の中でもミルは高齢という設定で、それなのに家から居なくなってしまって、なのになぜか私は『ミルはどこかで亡くなってしまったんだ』と思っているのだ。
いや違う、きっとどこかにいるはず、ミルを探さなきゃ!と庭に出た。
「ミルーー!ミルーー!お願いミルを一緒に探して!!」
ミルが生前脱走した時のようにまずは庭の隅々を探す。するとすぐに見つかった。金木犀の木の下で寝そべってる!しかも元気な頃と同じ姿で!

そっとそっと気づかれないように近づく。これも脱走した時と同じだ。距離を詰めたら、勢いをつけて力いっぱいミルをつかむ。
当時は捨て身で飛び掛かって、ひざを負傷していたが(あまりにも強く掴むのでミルがぎゃん!と鳴くことも)夢の中では片手でミルの腕をつかんだ。
少し抵抗されたが捕獲することが出来た。

柔らかい体と、柔らかい毛の感触、グレーのしましま、まあるい頭……
『この子をまた抱くことが出来るんだ』
大事に大事に且つ、急いで家に入りミルを離した瞬間、消えた……
「ミル!!ミルーー!!!」
今度は家の中を探す。
『どうしていないの、やっぱりあれは夢だったの?…. 』
そう絶望していたらだんだんと夢から覚醒しだし、ミルが居ないのか居るのかわからなくなって、完全に目が覚めて確認したら、ミルは居なかった。
ミルは死んだのだ。

『ミルが生き返るのなら、彼と今生の別れになってもかまわない』
そうこないだ思った私を許してください。
生き返るなんて非現実な事、現実派の私が思うのもくだらないけれど、それくらいの気持ちということだ。言うまでもないか…..
—————————-
※追記
夢から覚めてTwitterでつぶやいた後、悲しくて苦しくてリン酸カルシウムになったミルを抱いて泣きました。また耳やられました。一時的ですが・・・・
どれだけ泣いてもいい丈夫な耳をください。
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