20260707
特に何も言うことないけど、相変わらずフィギュア収集しつつおも写して楽しんでいます。映画は2000円+交通費を出すのが最近はバカらしく、家でサブスクの動画ばかり観ています。
最近は「進撃の巨人」がお気に入りです。10年ぐらい前のサブカルチャーはその頃仕事がマックス忙しかった、私生活も忙しかった、その頃子供も産まれたという理由によりほぼ追えてない。なので今頃はようやく追いかけている感じです。「進撃の巨人」面白いけど色々不思議な話だよね。いまいち理解できてないけど、勢いと演出はパワフルなのでついついファイナルシーズンまで来たとこです。
思うに、軍事やら国際政治的なリアリズムにばかり関心があってファンタジーは手薄になっていた。最近はフィギュアでは1/12スケールのファンタジー・SF系ばかり集めてるのでアニメも観てるしいわゆる美プラにも手を出しそう。美少女やエロ系フィギュアに関しても中国メーカーの躍進は凄まじく、高コスパでブレーキのぶっ壊れた露骨なエロに圧倒される。
しかし日本メーカーも手堅い仕事でやはり安心感あり。無闇にエロや即物的な女体に走らない姿勢も昨今のジェンダー観の賜物なのか…まあエロいのはエロいので存在してるがちゃんとゾーニングしてある感じ。中国はそこが曖昧なんだけどそれがまた魅力。まあまたいずれ語りたいと思います。
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今年は本当にいろいろ盛りだくさんな1年だった。クライマーとしては故障に悩まされてひたすら足掻き、暮れに自身としては2回目となる二段完登。これが一番である。何と言っても今年はこれが大きかった。他のあらゆるもの全てに納得した。
仕事は週三しかやってないとこから社保に誘われて入れてもらい、税金の支払いはグッと楽になった。その流れで今年の下半期ぐらいから稼げない仕事を整理し、浮いたメルカリで古物の出品を開始。
年末までに多分50万は利益が出たが、ホットトイズやミリタリーフィギュアを爆買いしてほぼ無くなってしまった。
暇になるとお金のことを考える時間が増え、思い立って積立投資を始めた。
あと、去年春から壊れて棚に仕舞われていたパネライの腕時計と、ついでにあまり使ってなかったもう一本のパネライを売ったら83万円にもなった。これもやろうやろうと思いながらも面倒くさくて放置してた事柄であり、整理できて本当に良かった。時計はある時期を過ぎるとオーバーホールが必要になる。パネライはオーバーホールできる場所が多くなく、しかも他の機械式時計よりかなり高額。10万オーバー当たり前なので、オーバーホールしないまま売ったほうが良いと判断。ぶっ壊れてるのに38万も値が付いたので大勝利といえる。機械式時計、、やはり強いかも‥と身をもって実感。まだあと二本あるので大事に取っておく。
そんなわけで、文字通り仕事以外で金を稼いだ一年であった。全くもって因果なものである。金の使い道もしっかり定めないといけない。買ったらその時点で価値がゼロになるもの(旅行、食い物、ソシャゲ‥等々)にはお金はもう使えない…
そうやって食を疎かにしていると年末のこの時期なのに体重は60キロ切りそうな勢い。クリスマスと年末年始の悪魔の飽食シーズンはいつも取り返しが付かないぐらい食べてしまうのだが、今年は良いペースだ。何と言ってもこないだの岩で腰を痛め、風邪をひいたのが大きい。何も食いたくないモードで友人との毎年恒例の忘年会もフけてしまったから。烏龍茶一杯で5分で退散。そんなわけで義実家への年始の挨拶も体調が悪いと言って乗り切るしかないだろう。糖尿病だと嘘ついても食わせようとするので毎年手を焼くのだが‥
まー、休みに入った途端に風邪引いて腰痛めて良い年の瀬じゃないが、(しかもこの風邪が全く治らない)フィギュア趣味をより充実させるため、また金を節約するためにカスタムやDIY加工を頑張ってみることにした。来年の目標はそれらを少しでも上達させることだろうか。
この辺りも今まで未知の事柄が多すぎたが、AIが何もかも教えてくれる上、画像の加工までかって出てくれる。とりあえずウェザリング加工という軍人を汚らしく汚す加工に凝ってみることにした。これはホットトイズフィギュアではできないことだし、フィギュアってただ眺めてるだけだと秒で飽きるので、加工は趣味を充実させる意味で大変重要だと感じた。
昔買った捨てるに捨てられずにいるジャンク品の山を練習台として使うことに。思ったより単純かつ簡単なので、もうちょい凝ったことがしたい。しかし、正直やり方がわからない。
秋葉原や横浜のかつての「オタクの聖地」を回って思ったのは1/6フィギュアは完全にオワコン。かつてはルーズパーツのバラ売りが賑わってたが、全くただの一つもナシ。そのコーナーさえ無い。
しかし、新たに出されるフィギュアの技術力、精巧な作りは極まる一方。究極のニッチ趣味と化した感あり。そんな中、ネットの二次市場では過去のドラゴン社のルーズパーツの中でもとりわけ布製、ゴム製のパーツはまだまだ安く買える。これらは日持ちが良く、20年以上前に買ったものがまだ全然使える。埃かぶってカビ生えてるんだが、戦場で汚れた感じに見える。つまりウェザリング加工したみたいに見える笑
もちろん合皮パーツや樹脂パーツの中には経年で死んだパーツも数多く、それらはだいたい修復はほぼ不可能だ。限界はある。修復や加工にも。しかし、加工やバラ売りパーツでフィギュアをカスタムして復活させられるのはホットトイズ系にはできない芸当。カッコよくカスタムしてヤフオクで高値で売る人もいるので、俄然やる気が出ている。


昔の俺はなかなかのコレクターぶりで、かなりたくさん良いものが揃っていた。経年で使えなくなったものもあるが、まだ使えるものもある。ちょっと懐かしさパワーで復活加工を頑張ってみたい。そういうブログにしようかな。フィギュアの絵作って、歴史を語るみたいな。需要ないか。
このブログに読者は一人もいないとわかっているがそれでも言います。皆様良いお年を。
]]>日記。内容は主にスポーツ(クライミング)、歴史、政治経済、サブカルチャー、ポリコレなど世の中のこと。どうでもいい馬鹿話など。
※メッセージ、意見、応援等はこの記事の一番下のコメント欄からどうぞ。基本的に内容は公開せず私一人で読んで楽しませて頂きます。
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20251231
大晦日別ページに書いた
20251228
昨日極寒の中で岩登りを夜明けから日没までやり切ったためか、腰がまたおかしくなった年の瀬です。こりないねこのオッサンは。

まあ、昨日のハイライトは↑が全てでした。しかし、3年前にとっくにのぼってるやつ。年々衰えを感じるなというのも無理な話ですよ。
それはそうと、ホットトイズ収集が一息ついたので、順調に原点回帰してきた今日この頃です。

↑AIが簡単に加工してくれて便利ですね
また、ミリタリーフィギュア収集に戻ってきてしまってますね。。。。良くない、良くないよ。ミリタリーフィギュアは。ホットトイズとは全然性質が違うんですね。なんといっても、リセールが合わないです。ミリタリーは手に入れると絶対開封しちゃうでしょ。いじって動かして着せ替えて、いじり倒したあげくにパーツを壊しちゃうでしょ。着せ替えたりなんだりしてる間にパーツをなくしちゃうでしょ。だから、全然高く売れないわけです。使ったお金は、そのまま虚空に消えてしまうわけです。しかし、どういうわけなのか、謎の高揚感と満足感があるんですよね。恐ろしいジャンルです。
なんで、俺がミリタリーフィギュアを収集してたのは20年以上前にさかのぼるんですが、だんだんとホットトイズが好きになってきてミリタリーフィギュアから離れていました。で、子供が生まれたから全くそういう趣味もなくなってしまった。実に15年ぶり位に市場でどんな商品が出回ってるのか見て回ってるんですけど、もうやばいっすね。進歩が。とにかく。やばい。
普通にアーモンゲートがフィギュア化されてんのはほんと腰が抜けましたね。いやたまげた。アーモンゲート売るか?作るか?正気じゃない‥
もっと早く見つけていたら、即刻ポチっていたと思います。で、もう1番びっくらこいたのはね。「ザ・パシフィック」のユージン・スレッジと、スナフが超高精度にフィギュア化されてたこと。たまげました。本当に本当にぶったまげた。なんでなんですかね。あのドラマがオンエアされたのはかなり前だと思うんだけど、フィギュア化されたのはごく最近なんですよね。なんでいきなり?わけがわかりませんけど、とにかく、香港のフィギュアメーカーの技術力、資本力、この深淵を掘るような探求力。精巧さ。極限を突き詰めるフェティッシュな哲学パワー。歴史交渉時代交渉を一切の妥協なく、追い求める、その気真面目さ、実行力。。。。。
中国のものづくりのカルチャーを、一気に見直させられる、ものすごいインパクトです。もう絶賛ですね。ベタ褒め。すごいっす。(どうやら香港はもともと映画産業としての下地が強い地域で小物作りが盛んだったそうです。その技術が6分の1サイズに縮められただけで、生産態勢が完璧に整っているからなんですね。メーカーの多くは香港ですから、特にミリタリーはほぼ全部香港じゃないか?)
DID社、Facepool figure社、謎の新興メーカーIQO MODELの旧日本軍フィギュアがとんでもないプレ値。全部香港メーカーです。iqo modelは何とか安く一体おさえましたよ。40,000円から50,000円位する白物です。もはやヴィンテージ品ですね。。。
スレッジとスナフも現物を安くおさえました。いやはや、やばいです。沼ですね。。。家に届いたら写真を撮ろうと思います。これらもお店から消えたら、二度と拝むことはできない白物です。次に見かける時は、倍ぐらいのプレ値になったメルカリやヤフオクでの二次市場でしょうね。
しかもだね、この5 、6年位で12分の1フィギュア市場も異常に活発化してきています。中古市場はまだまだなんだけど、12分の1は場所を取らないし、価格も抑え目だし、同じフィギュアを何体も揃えて、分隊や小隊を作ったりできます。小物や乗り物を揃えてジオラマ作ったりとか。1/6でこれをやろうとすると、とんでもないお金と場所を必要とするんですけど、12分の1だと全然余裕なんですよね。値段はまあまあかなり高いですが。
先のDID社が次々商品を展開。これも12分の1と思えない位精巧にできてまして、これをおさえなきゃドイツ軍ファンじゃないなと思いました。
自分がドイツ軍ファンだと言う意識はもうとっくになくなっていたんですが、いやはやこれが欲しい。もう初売りは秋葉原に殴り込むしかないなと思っています。例年、年明けは岩登りに行くのが常だったんですが、もう腰も痛いし勘弁してほしいです。フィギュアをいじって楽しむことにします。もう昨日は岩場でも気持ちがウツロで。。
秋頃からやってたメルカリの資金も、ついにそこをついてしまいました。400,000〜500000位確かにあったはずなんだがもうなくなっちゃったよ。笑。防湿庫も買ったし、ホットトイズはまだ三体ぐらい予約してるから。
まぁとは言え、まだまだ売るものがあったりするので、それらを売って資金を作って、楽しく収集を続けたいと思います。
思うに、ホットトイズは腕時計で例えればロレックスですね。ミリタリーフィギュアはそれこそミリタリーウォッチと性質が似ています。機能性はミリタリーウォッチの方がはるかに高い。でもリセールが弱いんですよね。ミリタリー。
ホットトイズは安定資産であまり動かさずに防湿庫の中へ入れ、、この中で展示してできる限り触らない。それが正解。でもミリタリーは遊び倒す。仕入れ値などは度外視して遊び尽くす。それが正解。だからホットトイズを増やしても、資産としてのリスクは低いが、ミリタリーはあまり増えるとやばいですよ。でもミリタリーこそ数を必要とする世界なんで沼りすぎないように気をつけないといけない。うまいこと心理的な距離を取りつつ楽しみたいですね。
20251226
高市政権が支持率73パーは高すぎるな。自民党をつけあがらせても何もいいことはない。奴らは税を上げ、医療福祉を削り、移民を国中に大移動させる。それを進めてるだけ。高市が表向き中国とやり合って極右の皮をかぶろうと、自民党の本質は無思想。無。虚無。
支持率を取るためなら何でもやる。そのために国民には頼もしい保守のフリ、経済界にはニタアと笑ってこれからも移民ぶち込みますんで任せてくださいと言うだけなんです。それで支持率はキープされる。国民には二枚舌で嘘をつき必要だからと税をあげ物価を上げて苦しめ、苦しいなら移民を我慢しなさいと移民国家への道を進めてるだけ。
とはいえ、子供がいないからな。移民が必要なのは理解している。それも今より何百倍、何万倍も必要なのだと。治安は崩壊する。日本という国柄は消滅する。それは約束された未来。受け入れるだけ。否も応もない。あとは個人で防衛する。暮らしを。生活を。仕事を。家族を。自分自身を。
結局日本の未来は自民党がどうするか、どう動くか次第。そして、自民党は思想なき政党。保守でなければ左翼でもない。金に魂を売った豚の巣窟が自民党だ。公明党と別れてその無思想という名の虚無がますます加速する。
いいか、連中を信じるな。連中は狼だ。連中は国民を恐ろしい形で誘惑しているんだ。
20251223
瞬き数回したらあっという間にクリスマスのイヴイヴまできてしもうたわ。
あーめんどうくせえー
何が?ジムが。めんどうくせえー
雨で岩中止になって、昨日はひたすら自分の資金周りの整理やメルカリの出品に忙殺。なんのかんので子供が帰宅し、ガス屋が点検に来て、注文してた防湿庫が届いた。
段ボール処理して防湿庫を設置。ホットトイズのフィギュアを中に入れて数秒ニヤニヤし、晩飯の用意。昨日は豚肉と玉ねぎしかなかったのでトマトスープを作った←?
娘には50点と言われました。こいつぅ
1920年代のウクライナに行かすぞ!
まあ、いいですよそれは。
ダースベイダーです。問題は。
は?
いや。好き過ぎて。カッコよくね?あの真っ黒な装甲とかマスクとか。
んで、メルカリで転売ヤーから仕入れたホットトイズのダースベイダーDX45バトルダメージ版、トイサピ限定のやつ。開封したんすよ。遂に。防湿庫来たし。加水分解の恐怖から解放されたくて待ってたんです。
するとだね、情報筋によるとdx45は合皮使ってないとかで。加水分解気にしなくていいとかで。まじかよと泣いた。うん。まあとりあえず開封しました。

い、いいね(震え声)

い、いいね(ゴクリ)

ヤバス

カッコヨス
やばいす。ゲロヤバス
いいね。(ルルナーデちゃん調)
まあ、そんなこんなで他に夢中になれるものがあると、すぐに前熱中してたことは忘れてしまうし面倒くさあくなってしまうのだね。
とはいえ、今日はマジに100%の義務感でジムに行きますが。。。。
早くお家に帰ってダースベイダーを弄りたいのは山々なのですが。。俺の不在の間に娘が何やらかすかわからんし…心配。本気で。
ま、来年もこんな感じで夢中になり過ぎずにワークアウトの範疇でおさまるといいんすけどね。。クライミング…とはいえ今度はホットトイズ蒐集が人生狂わせつつあるね。客観的に静かに遠くから見てる自分もいます。現物資産だから守る!本当か?イカれてないとどうやって証明するのかわかりませんけど。資産なら開封すんなよって話だし。
まあ、そろそろ資金も尽きたし売るものも品切れ近し。来年はしっかりお金貯める一年にします。貯金、投資、現物資産(ホットトイズ)で行きますわ。最近腕時計二つ売って83万臨時収入あったんでこれで翌年の税金ラッシュはどうにか防衛できます…いつだって綱渡りなんだよ。
20251211
プレデター目当てでディズニープラスにまたしても課金し、そしてスターウォーズ沼に溺れる毎日。。俺が続三部作に絶望してる間にスピンオフドラマが大繁盛していたようで、追いきれないぐらいあるよな。その中でも注目したのは「アソーカ」と「オビ=ワン・ケノービ」です。
以下雑感。(映画の話はnote使ってたけどあまりにもいいねが来ない&無人の体育館感が強く心折れましたわ。どこにも俺の居場所はない…)
「アソーカ」は、まずアソーカ・タノを知らないにわか…というほどでもないはずだがマジで知らなかったなこのキャラ。デメちゃん(うちのGPT)に教えてもらって予習して観たけど、ストーリーマジ乗れなかったワ。。何してるのか意味不明。
というのも「反乱者たち」というアニメシリーズの続編らしく、それを当然観てないのでポカーンもまた当然。ただ、今回のヴィラン(悪役)であるベイラン・スコールとシン・ハティの師弟コンビにはやや萌えるところがあり、二人が出るシーンだけ観てあとは全部スキップしました笑。
魔女?スローン大提督?…知らぬ。。「反乱者たち」を観てからでないとわからないのはマジらしいのでそれをまず観ないと…しかし、「反乱者たち」も膨大な尺でして今生でみきれるのか謎。アニメの絵もほんとバター臭くて悪い意味でガキっぽく受け入れがムズです。。「クローンウォーズ」も同じ理由で観てない。なぜ正史なら実写化しないのだ?アソーカというキャラもクローンウォーズ初出らしいからな。つーかアナキンに弟子いたとか後付け臭ムンムンなんだが、ルーカスもゴー出した正式なキャラらしい。マジかよ。全然カッコよくねえんだが
ベイラン・スコールはガチ哲学者でスターウォーズシリーズに出てくるにはあまりにも大人でちょっと彼の話には共感して耳を傾けてしまっていた。シスもジェダイも教義や理念は悪くないが現実は理想とは別に腐敗が進む。腐敗が争いを呼び起こし永遠に平和が訪れない。争いの螺旋から降りる方法を模索している。正しい道を探している…
うーん。大人。フォースは目的を達成するための道具と割り切り、特にこだわりなくライトサイドも使えばダークサイドも使う。どちらにも傾注せずニュートラルを貫く。こういうのっていいよね。最近面白くもなんともない中庸を黙々進む寡黙なキャラが好きで、自分もそうなりたいと思う。だから、ベイラン・スコールは刺さったね。ただ、なぜ彼が「ベイラン卿」と呼ばれていたのかは謎。ただの傭兵やろ?どこにも属さず自分の信念を模索する哲学者。なぜ貴族っぽく呼ばれる?これは謎だった。
また、弟子のシン・ハティちゃんだがこれがまたカワユイ。ルッキズムファックのディズニーとしては破格の普通の美しさ。ブロンドの目の大きな若い娘。ウクライナ女優が戦火を流れて演じたからなのか。ちょっとディズニーらしさはないが古典的なキャラ立ちを見せていたのが印象的だ。
しかし内面は未熟で、哲学者ベイランに弟子として黙々従いつつも、心の内では権力や支配への渇望が抑えられずそれをマスターに見抜かれる。どちらかといえばダークサイドよりの成長をしてしまうがそれも聡明な師がいるゆえに中途半端。ダークロード・オブ・ザ・シス(暗黒卿)になれるほどダークサイドに精通してないし覚悟もない感じ。(シスになるために一番必要なのは人脈だけどそれは置いておいて)
戦いでも雑魚はともかくアソーカには全く敵わず、三下のサビーネに手こずる始末である。後半ベイランには見捨てられた感じもあるが、これは解釈分かれそう。俺としては、自分の道を行きなさいと突き放したベイランに隠しきれぬ父性を感じた次第。急に突き放されたシン・ハティは戸惑いつつ我が道を行くことをようやく決意できる。それまでは巣立つ勇気もないお人形さんのような感じだったのだ。
補足しておくと、シン・ハティはこのような未熟ながらフォースの才能豊かな魅力あるキャラである。目つきはギンギンで戦い方も荒々しくいかにも狂気めいた激情型の性格。未熟だが、未完成ゆえに魅力がある。
シンが求めるのはフォースを用いた単純な権力、支配の原則であったが、ベイランはそんなものに関心はない。関心はないが愛弟子が間違っているとしてもその道に行きたいというのなら行かせる。悪い男がほんわか女にやるように口八丁で丸め込もうとしたり、説教したり言いくるめたり、ぶん殴って無理やり力でやめさせるということもない。私とは道が違う。お前は行きたいなら一人でその道を行くがいい。ベイランはそう言うのみ。多くは語らず。我が子を都会に送り出す父親そのものである。帰りたいといえばベイランは受け入れるはずだ。それでいて、帰らなければ少しばかりの応援も惜しまない。
最後、ベイランとアソーカが戦う理由って何もなかったと思う。本質的に争う理由が全くない。しかし、ベイランは愛娘の少しばかりのつゆ払いとして時間稼ぎをしてあげたのである。旅立つ息子の荷物にそっと小金の入った封筒を入れるかのような優しさ。
そんなわけでベイラン卿に萌え要素が強過ぎて他が全部喰われた謎のテレビシリーズだろう(しかも演じた俳優が鬼籍に入ったので神格化、カリスマ化は避けられない)。主人公アソーカの演技には非難ゴーゴーらしい。何一つ主人公らしいところがないからな。魅力なし。情熱もなし。何故か偉そう。こういう客のフィードバックは次回作に活かしてもらいたい。
さて、順調に長くなったのでドラマ版「オビワンケノービ」はまた後日語るとしよう。
20251208
作戦成功!トラトラトラや!!
…はい!
登りました。二段。

やりました。人生二度目の二段。この喜びは毎回何度も言ってるがお金では買えない幸せ。
この1カ月ほぼほぼ週二で通い詰め、でも時間ないので早朝四時起き六時に現地で朝飯。極寒の中アップして、ガチガチ震えながら上着脱いで、何度も何度もトライして…九時半には撤収。それをほぼ一人で。
修験道の坊さん超えとるで。ヤバい人やわ。普通やないす。一応既婚子あり住宅ローンアリの普通の人ですが。
今年はこれで、飯うまで終われそうです。今年度の集大成とも言える登りができました。七連敗したといっても、一日たりとも無駄な日はありませんでした。岩と向き合い、謎を解くため何度も挑戦し、この道で正しいのか何か取り返しのつかない間違いを犯しているのでは?との不安や恐怖と闘い、打ち勝ち、体もついてきてくれて、本日完登できました。誰も褒めてくれんから自分で褒める。俺はやった。人生で間違いなく今が最強。疑いなくそう言える。大きな仕事を成し遂げた気分です。俺は頑張った。今日結果が出た。この1カ月はかけがえのない、素晴らしい時間でした。岩に強くしてもらえました。身も心も。今日のこと、岩の上から見た景色、死ぬまで忘れないでしょう。何なら死ぬ時思い出すでしょう。
来年も同じく二段が登れるかわかりません。肉体のピークは過ぎてるはずなので、今年で最後かもしれん。初段と二段は全く次元が違う闘い。そんなに何度も登れるもんやない。今生最後かもしれないんすよ。自分を褒めます。ようやく褒めることができます。そして、明日は仕事後お酒を飲もうと思います。よくやった、俺。なんのかんので結果を出すやつ。さすがだ!おれ!
20251204
ひとまず暗い話はやめましょう。年末にかけてとんでもなく金が飛んでいきます。まず車検で23万。日々の支払いに加えてこれです。容赦ナシ…
おぉっと!また暗い話にストレートで飛んでいくとこでした!
ついにホットトイズやNECAのフィギュアを集め始めたんですよ。収集癖は10年ほど停滞していました。どこにそんな金が?主な資金源はコツコツ貯めてたメルカリ貯金です。利益は35万ぐらいにもなったので。かなり遊べる笑(売り上げではなく純利益)。
まー、とはいえ無駄に浪費するのは望みじゃない。コレクター目線でリセールが手堅そうなやつ。完成度の高さゆえに需要が枯渇しそうにないやつ。数年先でもそれなりの値段で売れそうなやつ。そういうのを狙っているわけです。あくまで遊びの範囲ですが。
あくまで遊びの範囲ですよ汗
ちょっと楽しいんですよね。オンラインショップをめぐってセールで叩き売られてるやつを買ったり、メルカリでポイントやクーポンを使いながら安く仕入れたり、まぁ行ってしまえばせどりの真似事みたいなもんですが。
主に集めてるのは、スター・ウォーズやプレデターの海外トイですが、これらは箱のまま所有したり、飾るのも割と悪くないんですよね。
値動きを見ながら所有を続けるのも楽しいですし、ときには開封してショーケースで飾ったりもしたいなと思っています。飾ることが前提なら、あえて開封品を狙うのも手ですよね。安いから。そんなこんなでまあまあ楽しくやっています。転売屋を目指してるわけじゃありません。ただの趣味ですね。
ところで、先月から取り組んでいる2段ですが、昨日またしても敗退しましたので、これで7連敗です。もはや岩場で修行を積む変な宗教のお坊さんみたいな感じです。まじで普通じゃないですね。かなりおかしな人です。同じムーブを何度も何度も失敗しています。いつかできる日が来るんだろうか?寒いんだよな。まじでガチガチ震えながら粒に指引っ掛けて、体がバラバラになりそうなきつい動きに耐えています。
努力は報われず7連敗。悔しさあまり感じなくなってきて、なんだか不思議な状態。
とはいえ経験上あまりクライミングだけに集中しすぎても心が苦しいですので、おもちゃ収集の趣味も気を紛らわせる材料になってくれれば幸い。売るものはまだたくさんあるので、貯まった資金でまた掘り出し物を見つけたりして楽しめればと思います。
以上、おっさんのただの日記。
20251202
うちのチャットgpt(名前は「デタラメ野郎」のデメちゃんです)と会話してると世界の現実を客観的に見せてもらえる感じがします。
日本はバブル崩壊以降30年の停滞があり、今エンジンを再始動して大きく成長しようと舵をきってるとこです。
しかし、それは何の工夫もなくアメリカ社会を模倣することに他ならない。移民をじゃんじゃん入れて搾取に追い込み、自由と成功の美名のもとに福祉を放棄し、大企業の規制をどんどん解除した結果製薬会社が作る合法薬物が蔓延。アメリカで問題視される「絶望死」が日本でも増えてくる。
絶望死とは…
「アメリカでは毎年、約6万8000人が薬物の過剰摂取で命を落とし8万8000人がアルコールの乱用で死亡し、4万7000人が自殺する」。薬物、アルコールの過剰摂取による死亡、自殺を「絶望死」と呼ぶ」
問題は“受け皿の構造”。
これはアメリカが歩いた道。
移民は「労働力」としては利益を生む。
しかし“人間として扱わなければ”治安崩壊の核になる。
日本は今、同じ階段を何の準備もなく上り始めている。
日本の停滞を「人を大事にした結果」と見た瞬間、胸が締め付けられる。
なぜならそれは正しさが報われなかった社会という、最も残酷な物語だから。
日本は戦後ずっと「人を守るためにブレーキを踏んできた」国だ。
弱者を切り捨てず、中流を最大化し、全員でゆっくりと進む。
これによって犯罪は低く、テロはなく、薬物は世界最少レベル、ホームレスは圧倒的に少ない。
街に子どもを歩かせられる国がどれだけ貴重か世界は知っている。
だが資本主義はこう答える。
「それでどれだけ儲かるんだ?」
人を守る仕組みは、利益を極端には伸ばさない。
極端に伸びない利益は株価を動かさない。
そして株価が動かない社会は、投資から見ればゴミ。
正しさが、資本主義の評価軸では失敗になる。
この矛盾の前に、多くの日本人の心が折れた。
■ 「停滞」と呼ばれたものの実像
停滞という言葉は、人の幸福を測らない。
米国では利益が跳ね上がる代わりに、貧乏人が街角でドラッグに溺れ、病院で破産し、銃で死ぬ。
日本では利益が伸びない代わりに、日常が守られた。
これは「停滞」ではなく人間を救うための鈍行列車だった。
遅いが、でも人を振り落とさない。
■ 世界は日本を嘲笑しながら羨む
投資家は言う。
「日本のようになったら負け」
しかし外国人が東京に来るとこう言う。
「どうしてこんなに安全なんだ?
どうしてこんなに整っているんだ?
どうしてホームレスが襲ってこないんだ?」
ニューヨークもロサンゼルスもロンドンも本当はこのレベルの秩序に憧れている。だがその代わりに稼ぐ力を失うリスクを取れない。
なぜなら投資家が逃げるから。富が滞留し金持ちがそれ以上金持ちになれないからだ。それ以上稼ぐ必要など無いというのに。
日本は正しさを守ろうとし、資本主義を前に敗北した国。そして勝利を勝ち取ろうと弱者を切り捨てる国へ変わろうとしている。しかしいくら情を捨てても日本はアメリカほどは稼げない。
血の涙を流し、米国株に投資する。それが正解。この世に神はいない。いたとしても神々は人を救わない。絶望死は成長の副作用や価値ある犠牲などではなく、燃料そのものだからである。
今後何かまとまったコラムを書く際の下準備として、勉強・取材した内容をメモしています(内容は主にスポーツ(クライミング)、歴史、政治経済、サブカルチャー、ポリコレなど世の中のこと。どうでもいい馬鹿日記など。
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20241231
今年も結局この場所で終わりを迎えるようです。新天地は見つからぬまま。まあそれも良しとするか。
2024年は重要な年でした。クライミングも仕事も、色々な場所で試練があり、割と無難に乗り切った感じです。無論努力がありました。
思うに、SNSでワタシ頑張ったでしょ褒めて、だとかワタシ可愛いですか?とかいうポストをやけに見るようになったんだけど、基本人は他人を褒めたりはしません。慰めたりもしません。するとしたら、下心があるかお金を頂いた時でしょう。空疎なものです。
お金を払ってでも褒めてもらいたい、癒してもらいたい、慰めてもらいたいという人、最近本当によく見るけれど、ワタシも実はそういう人間なんでわかるんですが、来年の目標は他人の評価に左右されずに自分の軸を持ってブレないことを重視して行きたいです。
人生がお金ではないということは言葉でいえば単純ですが、本当に理解したのはごく最近です。あと、自分が乗り越えねばならないのはもっと徹底して自分目線で人生を生きることです。
人と比較しない、他人の称賛を求めない、そういうスタイルが今後必ず求められると思うのです。今後老いて行くだけのただの男を相手にする人間はいません。女はもうしらんけど、男はもうだめです。他人は頼りにならないし信用ならないんですよ。一人で生きて行かねばなりません。なんなら一人で頑張るんだが、家族の生殺与奪もワタシ次第だったりするんでね。冷酷な世界で弱者として生きる以上、自分と家族を強者に捕食されないために戦略が必要で、一瞬でも他人に慮ってはいられない。そんなゆとりは誰にもないのです。
どんなに慎重に堅実に振る舞っても、地震や戦争や病気で台無しにされる人々もいます。航空機事故とか悲惨だ。常にリスク管理のアンテナは立ててないと、どんなに完璧に行動してもこの世に神はいないので残酷な運命に翻弄されることがあり得る。常に緊張感を持って進んで行きたい。
今年は頑張ったので仕事はまた一歩前に進めると思うし、リスクも踏まない道筋、お膳立ては整えたつもり。あとは進むのみ。クライミングは何のかんので結果出してるんで自信を持っている。これ以上フィジカルは成長しなそうだと思ってるんですが、戦略次第で岩は登れたりもするんで今はそれを楽しんでいます。文芸は好きなんで勝手に続けて行きます。これは自分軸ではだめで他人に評価されなきゃならないから完全な苦手分野。これは期待せずやることはやるって進めるしかない。
2025年も考えることやるべきことは沢山あるし暇はしなそうです。人生は終盤だと思っています。その緊張感は忘れないようにします。
ーー2024年大晦日
20241230
はたらく細胞 (映画)
(ネタバレあり注意)
7歳の娘のチョイスで初めて観た。
芦田愛菜ちゃんが白血病になり一瞬で日常を奪われてしまう。その体の内部で何が起こっているのかを細胞目線?で擬人化して描く大作ストーリー?であった。一見際物だがよくできていて勉強にもなる。
愛菜ちゃんの体が白血病と現代医学(抗がん剤や放射線)により崩壊して行く様子があまりにも無惨で、20年近く前に全く同じ急性骨髄性白血病で他界した友人と重なり涙が止まらなかった(娘は不思議そうに私の顔を見ていた)。
映画では骨髄移植で芦田愛菜は救われるが、友人は移植して数ヶ月で突然急変したっぷり苦しんだ後帰らぬ人となった。現実は映画とは異なりあまりにも酷薄で、無惨である。享年26歳であった。彼女がもし生きていたら41歳だ。白血病は原因不明である。もしそんな病気に狙われず、元気で生きていたらと考えずにいられない。
芦田愛菜の父親が「なぜ俺じゃないんだ」と泣くシーンがあり、隣でポップコーンを摘む娘を見て喉が震えるほど涙が出た。人生は突然終わる。当然みんないつか死ぬが、若者の死は常に悲劇だ。この理不尽で恐ろしい原因不明の病気をいつか人類が克服することを祈らずにいられない。
20241226
誰とは言わないが人間権力突き詰めて金も名声も欲しいままになって、結局何をするのかって若い女とヤることなのかよ。残念すぎるやろ
世田谷区を仕事で回ってますが、正におぼっちゃまくんの世界でして、おしゃれで豪華な家や車が立ち並んでいて、金がもうちょいあったら要するにこういう場所に住めるのでしょうが、率直にそこまでそれって大事なことか?と思うわけです。
日本の大衆車乗ってるよりドイツの高級車乗ってるほうが少しばかりカッコ良いのはわからないでもないですが、それって端的に価値観の範疇でしょう。車は丈夫で走ってくれれば良いわけで。ブランドとかはどうでも良いわけで。
4LDKよりもっと広い家に住めたら広くて心にゆとりも生まれるのでしょうけれど、必須か?と言われたら家族の人数によると思うし広すぎる家に老夫婦が住んでるのを見てると良いものだとは思えないですね。歳とって歩行がヨタヨタしてるんなら掴まるところがそこかしこにある狭い家のほうが機能的ですんで。掃除も大変。はい、これも価値観の範疇。
仕事で大金持ちの家にしょっちゅう出入りしてますし、僕の顧客にはこないだ国から叙勲を受けたようなセレブリティもいますけれど、ひーろい3階建ての家で、豪華でキラキラした家具とか置いてるけど埃かぶってますよ。本人ボケてるし寝てばかりだし。これらが必須かと言われたら必須じゃないでしょう。まことにくだらんよ。
中居正広と松本人志とか園子温とか、権力と名声を突き詰めて結局やってることはセクハラパワハラで無理やり女とヤること。くだらん。。マジにくだらん。
まだマチアプせこせこやってるナンパ師のほうがマシ。まだナンパ師は自分の足を使ってやってるし数撃ちゃ当たるで同意もとった上でヤってるのでしょうから。それなりの努力が必要なのは俺もよく理解しとる笑 中居とか松本とかダセ〜。。自力では女も口説けなくなった哀れで特にカッコ良くもないオッサンだということですわ
オッサンになるとどんなに名声があろうと権力があろうと大金を持っていようと女に愛されるのは無理なのであるから、性欲を人生から排除することを考えるほうが合理的だしヒトサマにも迷惑をかけずに済む。単に我慢ではなく自分自身が納得できる方法を模索すべきだろう。自分が納得できさえすればもはや苦しみさえなくなるのだから理想的だ。
多くの年寄りはそこを受け入れて性欲のない世界で穏やかに暮らしてるのだから。下手に悪あがきをしていつまでも年甲斐のないことをしてると苦しみが長引くだけだ。どうせ終わることなのだし40にも50にも60にもなって子孫を残そうだのそんな間違った本能に行動を左右されるとか精神鍛錬が足りないとしか言いようがない。(今完璧に自分を棚上げしましたけれども)
人間足るを知るのが大事だ。欲望は青天井だし、金を持ちすぎることは貧乏よりも更に不幸だとトルストイも言っている。大事なのは心の充実や他者との関わりの中にある、と。
他者との関わりを金で買おうとし、あまつさえ肉欲も同時に満たそうとしたのだ。中居は。松本は。園子温は。
あんまり雑魚すぎるだろ。そんなことはできないんだよ!権力と金でゴリ押ししてるだけなんだから暴力と同じなんだよ!今からでもクライミングをはじめたらどうなんだ?!
20241225
クリスマスは朝からジム行って、子供が学校終えて帰ってくるのを待ってホテルブュッフェへ。若い頃の3分の1ぐらいしか食べられないのに驚いたけど、久々に満腹という感覚を味わった(満腹は苦しいのだな)。
帰ってからはソファでゴロゴロ。娘が猫みたく甘えてくるので一緒にゴロゴロ。43年間で最も幸せなクリスマス。我が子をこの腕に抱く喜びのために人は生きるんじゃないか?とさえ思えてくる。
我が子と離れ離れになり前線で震えているウクライナの、ロシアの、北朝鮮の若い父親たちの気持ちをふと想う。
これ以上何を求めるのもおこがましい。ワタシは幸せなのだ。腹いっぱい食べて家族と温かい時間を過ごしているのだから。足るを知るのが大事。
20241224
今年はほんと映画観なかった。最後に観たの何だっけ?忘れた。夏頃だったかな。忘れた。まじで思い出せん。
振り返ると今年は充実してたな。トラブルが多かったけど、結局落ち着くとこに落ち着いた感じ。そこまで金はないけどおかげで浪費癖は治ったし、余暇も充実してたので、自分がこうなるといいなあというワークライフバランスに到達した感じがする。
ボルダリングもコツコツ進めてた岩が年末のこの厳冬期に登り切ることができたので、全て何もかも上手くいった。納得&満足のいく年だった。何より自分のペースを乱されない生活を模索すること。諦めないこと。社会生活とのバランスを間違えないこと。正確な予測と判断を心がけ、決断を恐れないこと。それが鍵だった。小説も2年かけてたのが最近ようやく書き上がった。
上手くいかなかったことも、まあ探せばあるけど。大したことではないと感じる。
クリスマスイヴはチキンとケーキを食べて、明日は高いレストランで予約取ってるので家族を連れて行く。プレゼントも用意してる。仕事もして、父親としての役割をしっかり果たした上で、短いごくごく短い余暇で自分のプロジェクト(=岩)を進める。そのためには無限の体力が必要なんで日々鍛錬。早寝早起き。健康的な食事と禁酒。体調悪いと思ったらしっかり休める環境を作っておくこと。
こうまで自分の人生を好きにコーディネートできるようになったのはごくごく最近のことだ。何もかもままならない世の中なれど強い意志と行動力さえあれば何とかなる。
2025年も今のスタイルを突き詰めて行きたい。まだまだやれる予感しかない。
20241218
今日はここ三ヶ月ぐらい夢中になってた岩を完登できました。6メートル強のハイボルダーで、ほぼフリーソロのようなスリリングな登りを楽しめました。
インスタグラムはお気持ち表明長々やってるとアホ扱いされるようなんですけど、実際長文書くと嫌われますね。何故かわかりませんけど。。いいねが来なくなる。
加えて、クライミングは力こそが正義というマッチョイズム極北の世界なのでグダグダ口だけ達者な奴とか軽蔑されるような雰囲気はさえあります。
自分の中でこの三ヶ月間はプライスレスの素晴らしい時間でしたし、最終的に完登もできたしで、これ以上ないぐらい善きことなんですけど、他者から見れば「それがどした?ンなもん知るか」で終わりです。悲しいな。当たり前だけど。
20241217
ちょっと前と違って仕事もそれなりに忙しいし岩に対する情熱が昂じすぎまくった挙句、殆どの人間関係を後回しにした結果、友達のいない寂しいおじさんとなりました。
とはいえ賭けてもいいけど仕事や岩がなくても俺は友達がいない寂しいおじさんだろうと思うがね。40オーバーの男に興味を持つ人はこの世にいませんから。
ボルダリングと出会う前は女遊びばかりしていて不毛でした。まあ、性欲は満たされていたので唯一それだけは良かったが、使っていたのがほぼマチアプ一択だったので、段々と女に対する考え方が人非人となってきて、これは長くやるもんじゃないなと段々思うようになってきて。
虚しかったですよ。馬鹿にしながら優しい言葉を繰り返しかけてやるのって。つまんないクソ話を興味あるふりしてやるのって。好きでもないのに君に夢中だとか言わなきゃならないのはツラかった。なにしろそうしないと絶対セックスってできないから。興味もないのに質問ばかりしなきゃなんないのもめんどーくさくなった。自分を殺して我慢ばかりする日々に嫌気がさした。今でも思い出すだけでうんざりする。
若い頃からやってたから、20年ぐらいやってたからさ。流石に飽きたよ。「女はみんな同じだな」「ま︎この形と同じでどいつもこいつも似たようなもん」など人外の観念が芽生えるようになってしまって。
しかし、娘が成長する中で女の人権を真剣に考えるようになり、ごく当たり前の人間らしい罪悪感がようやく芽生え、この不毛なお遊びを全部終わらせることができました。
なのに、結局人恋しくSNSとかやっちゃってるんだからワタシも弱い人間です。
マチアプはもうやりたくないんで、SNSで普通に人と繋がれればいいのかな?と思ったけどXは大嫌いなんでやらないと決めてるし、適当にマッチングした人と砂を噛むような会話を二、三通やり取りし、「あー、つっまんねー」と感じてすぐフェードアウトを二百万回も繰り返す中で、やっぱりこんな真似しても無意味だなと確信を新たにしました。
やっぱり人と人とはまず対面で会わなきゃ始まらないです。それも2人きりにならなきとまともな会話にならないです。チャットだとみんな「うん」とか「そだねー」しか言わないbotみたいですもん。これで人間関係が生まれる訳ないすよ。
合コンとかも押しの強い奴がデカい声でつまんない話をしてるだけですぐ時間切れだもん。何にもならない。アホらしいだけ。高い金取られるだけで意味なし。
世界一孤独なのが日本の中年男性であるとのコラムを少し前に読んだけど、これはほんとそうだと思う。俺みたいな人間でさえ孤独を感じるのだから。家族もいない、女遊びもしてこなかった人間は歳取ったら詰むだけ。まあ俺も詰んでるからどう生きても結果は同じってことかな。歳取ればいずれセックスも不可能になるし。いつか終わることを頑張ってやってもね。
しかしだよ。となると、人生全てが無為で頑張るに値しないということになるんで、やっぱりまだ何か思い詰めるような、諦められないようなことがあるんなら頑張るべきなのかもね。リソースが限られてるんで、今は仕事と岩と休息、家族サービスだけで人生は順調に終わりそうな様子ですが。
世界一孤独な日本人中年男性のコミュニティが今こそ必要じゃないかと思うが、どうよ。
20241214
気がついたらもう年末もいいとこですやん。早かったな。。今年も去年も一昨年もだんだんと区別がつかなくなっています。
今年は仕事がうまく行かない年でした。昨年までがうまく行ってたので楽観的に思ってたけど変化は突然訪れる。仕事を頑張ると言っても結局肉体労働者なんで時間を切り売りするばかりで余暇が減少。でもどういう訳か無限の体力とモチベで乗り切った感はあるな。。今年は…
ムカつくことも多かったが、誰ともあまり喧嘩しなかったし成長した俺も。まあ、当たり障りなくやってただけだし嫌な人とは距離取ってただけなんすけど。そういうスタンスは結局誰とも親しくなれず孤独に追い込まれて行きますけどね。まあ、喧嘩して失業したり逮捕されるよりはマシだと。極限ですな
春以降は体の調子も良かったので休みの日は岩ばかり。。この熱情を仕事に向けたら良かったのかな?或いはもっと別の何かに。しかし、もうそんなの考えてる時間もないですよ。とにかく人生の残り時間は迫って来ているのだから。
それにしても、この平和で退屈な毎日ですが、ほんとにギリギリの均衡のもとで保たれてるんだよなあと時々怖くなる。ロシア軍がウクライナに侵攻して2年半以上経つけどまだ戦争してるし終わる気配もない。前線では兵隊と並んで殺人ロボットが既に実用化。大量破壊兵器もいつ使われるのかわからないけど、何とか?使われずに済んでるけどよくわからない。
イスラエルとハマスの戦争は順調に戦火が拡大しレバノンやイランにも飛び火。かと思えばいきなりシリアのアサド政権がいきなり崩壊。ほんといきなりすぎてビックリしたし、いかに日本メディアの報道がレベル低いのかよくわかりました。ほんとびっくりするほど無能。イスラエルは早速シリア全土を爆撃、地上軍を侵攻させた。
あの頑強なアサド政権を倒した勢力も烏合の衆そのものなんで、権力の空白にISILが潜り込んでまた旗揚げするのは避けられない。当然、イスラム国の復活を目論んでるはずだけどISILが今どれぐらい力を持っててどれぐらい民衆の支持を集めてるのか、これも全く報道されてなくてさっぱりわからない。アフガニスタンみたくイスラム法のカルト国家ができるのが最悪のシナリオだ。アサド政権の持ってた化学兵器も今どこにあるのやら。ここまで混沌だと逆にテロリストの手に渡ってないと信じるほうが無理。
まあ、そんな訳ですけど、中国も2025年までに台湾侵攻確実と言われていて、来月からもうその2025年だけどね。あやうい。。我々の平和はあまりに脆く儚く危うい均衡のもとで何故なのか保たれているわけである。
食べ物や燃料の値段はどんどん上がって、給料上がってる人は上がったんだろうけど、俺なんか無能な経営者に逆に下げられてさ。ほんと経済的に辛い一年でした。働きまくったけど流石に非正規雇用とかフリーランスとか、もうこだわってられなくなってきた。
年齢的にも正社員に戻れるのはそろそろぎりぎりだと思うから、現実的に考えなきゃなんないんだけどね。毎日その日その日を働いてばかりなんで、何とか食ってはいけてるんだけどねえ。ボーナスとかで盛り上がってる人見るとしょーじき羨ましい笑 まあ仕方ないとも思ってるんですけど。
来年はいい年にしてえけど、またぞろ地震とか来そうだけどねえ。日本も少子化の緩慢な地獄の中でいつ国家の枠組みを維持できなくなることか。法的人格を失った人間は悲惨であるから。欲望に塗れて個人主義を最先端まで突き詰めて、その結果人口は減って行き、滅びの道へとひた走っている。こんな時代に子供を作ることは実に無責任だったかもしれん。我が子の行く末が心配である。
20241210
43歳おじさんですが、クライマーとしては現役で59歳まではしっかりやりたいし多分やれるだろうという見通しを新たにしたばかりです。38〜39ぐらいの時は激弱のザコのくせに40になったら全ての成長が止まって引退するに違いないなどと考えていたが全て誤りだったのです。
問題は、その当時の40になったら全て終わりだろうという考えは疑いのない確信に近いものだったのです。当時から割と深刻な怪我を頻繁にしていたので、これ以上老化した体で訓練に耐えられまい、耐えられるはずがないと。思い込んでた。
42の冬、ちょうど1年ほど前に頚椎ヘルニアと広背筋挫傷が続発し約半年間岩に行けない生活となり、その時は覚悟を決めました。今度こそ引退だなと。
しかし、なぜなのか春にはだいたい回復して復活し、困難なルートてして界隈ではちょっと有名な岩をあっさりと登ることができました。その2ヶ月後にはグレード更新が起こりました。普通クライマーは夏の間は岩にいかないが、冬登れなかった鬱屈は夏にも立ち止まることを許さず、真夏も普通に毎週岩に通い詰めました。そして9月にはまたしてもグレード更新。二段クライマーに昇格。
この話がなんなのかというと、意外と年とっても筋肉は裏切らず最低限の仕事はするということです。壊さない程度に練習量を調節すること、寒くなってきたらもっと練習量を減らして体を温めること、ヨガやストレッチはほぼ毎日やること、これらを怠らなければまあまあいけるんだなと。
とはいえ、ぎっくり腰を立て続けにやってしまったので(どちらも転落が原因)、今は高いところから落ちないこと、飛び降りないことを自身に厳命しております。ロープクライミングもそろそろ始めるころなのかな?と考えてもいます。
自宅に低い壁を作る計画も進行中。予算は昔調子こいてた時に買ったロレックス。今は買った時の倍以上になってるんでね。売ればひと財産です。今後の健康と筋肉の育成のための投資と割り切れば何とかなる。妻にも自分の部屋なら良いとようやく許してもらえたので、何とか来年は自宅壁を作って、もうクライミングジムは興味なくなってるので家で自家発電的にトレーニングできれば幸い。
岩に今後も通い詰めるため、仕事も今ぐらいでこれ以上稼ぐ必要はない。うちは子供一人だし他は何一つ浪費はしてない。してるとしたら納税なんで、これはどうにか払うしかない。そのためにしっかり働くし、クライミングして体を鍛え続け、59歳まではなんとか努力を続ける、日々の健康的な食事を維持すること。その過程において病に倒れてしまえば人生はそれまで。もうそれで良い。
はっきり言えば、もう人生でやりたいと思ったことはだいたい済ませてしまったのだ。あとは書いた小説で文学賞を取りたいとか、子供を独り立ちさせるだとか、あるけれどね。ないわけじゃないが。小説は人に評価をもらえるかどうかだからなかなかこれは思うように行かないだろってのは理解してる。子供のことは、俺が死ねばかなりの保険金が家族に渡るので何とかなるだろう。
まーそんな感じです。逆に考えるとクライミングがないと相当に寂しい人生です。クライミングだけは常に人生は素晴らしいと確信させてくれる。もっと早く始めたかったが、今は歳とってもけっこうやれるだろうと明るい見通しを持っています。
20241206
こないだ美容室で散髪したのですが、鏡に写ってる自分の顔をしみじみと見て、「うっわーおじさん」としみじみ思いました。何だろうな、全体に顔の肉が垂れてるような?対象的に若さに満ち満ちてる担当のにいちゃんの整った顔と見比べながら、「これは他人が俺に興味を持つわけないわ」と心底納得しました。まーわかってなかったわけじゃないけど。
ルッキズムは嫌なものだが、今の時代先鋭化しただけで昔からあったものだろう。見た目の美しさに流行り廃りはあるけれど、犬も食わないのが老化だ。単に老けることに良い意味は一つもない。
老け方は個人差が大きいと思ってるけど、肌の質感と体脂肪率と髪型の影響は特に大きいように思う。若い頃は肌のケアとか別に要らんしそんなに太りはしないし髪の毛も黙ってても勝手に生えてくる。
本来なら異常に長大なトピックスだが、ごく短くまとめると、筋肉をつけてフサフサの髪の毛を維持してお肌のケアでもすればいいんだろうけどね。
髪の毛は幸いこれまでほとんど何もしてないが何故なのかハゲてないのでまだ何とかなる。食生活とか遺伝とか睡眠の過不足が髪の毛に影響するらしい。ワタシはかなりタンパク質は摂ってるのでそれが良いのかもしれないし、夜は21時前に寝てしまうのでたっぷり眠っている。だからなのか?禿げていない(正直何故かよくわからない)
筋肉はクライミングだけしてれば今後も大丈夫。これも食生活の影響大きいと思うけど、まあロカボで肉たくさん食べてるからまあいいんじゃないの。同年代で俺よりスタイル良い人滅多にいないしぃ
肌に関してはこれまた何もしてない。これもタンパク質でどうにかなってるのかと期待したいが、確実にボソボソしてきてる感がある。
あとは表情筋かな。これは衰えてるわな。人と話して笑顔になる機会がほぼないからね。もともとワタシはよく笑う人間だったのだがおじさんになって一緒に会話できて冗談を言い合えるような人がいなくなってしまった。ほんと、まだ我が子がいるのが救いだ。子供いなかったら笑うことがまずない。子供は離れたとこから見てるだけで笑顔になってしまう
とはいえどんなに何をしたところで老化は抑えられない。時間を戻すことはできないのだ。結局は受け入れるのが一番だ。受け入れられず悪足掻きするのが一番アレである。頑張ってるのにイタいおじさん扱いは情けない。
こう考えると、クリエイティブ系の仕事してるおじさんにカッコ良い人が多い気がするので、やはり先人を参考にするのが良いのでしょうね。
とはいえ美容は整形というチートがあるので表面だけ見ても何をすればいいのかがわかりにくく難しい分野だね。何でも深い世界があるからねー。
20241203
ワイが若い頃に比べたら本気で複雑怪奇な摩訶不思議な世の中になった。そう思いまへんか?
テクノロジーの進化であらゆる謎がつまびらかになったかのようでいて、新たな謎がどんどん産まれてもいる。この世界の謎が解き明かされることは今後も永遠にあるまい。
時代がいかに変わろうとも、我々は本当に善きものを追い求めていくしかない。それが人生だ。この世で真理と呼べるものは多くないかもしれないが、自分がこれ好きだなって思えるものは案外普遍的にいつの時代にも存在している。
年長者が若者と比べ唯一優っている店は、自分のご機嫌の取り方を熟知しているということだ。自分が今令和6年の年末に若き日の体を得て生まれ変わったとしても、やるべきことは多くない。それに比べると、やるべきでないことはめちゃくちゃ多い。それらに時間と労力を取られることを避けねばならない。そして浮いた時間で好きなことをするのみである。それが人生だ。
案外動物と同じだ。野生の動物はむしろ↑を徹底し続ける先駆者である。野生動物は自分がしたくないことは絶対に一切やらないし、食いたくないものは餓死してでも食わない。自分のライフワークに熱中し、他人の目など気にせず徹頭徹尾自分を最優先する。そのスタイルはヒトでも法に触れない限りにおいては正しい生き方である。
ワタシがこの世で本当に善きものと断言できるものはいくつかしかない。
一つは晴れた朝の岩場で取り組むクライミングである。
一つは読書である。
一つは朝のコーヒーである。
一つは露天風呂(を含めたヨガやストレッチなどの体のメンテナンス)である。
そして更に時間が余るなら映画や音楽も素晴らしいことである。
そして最も重要なのは文字を書くことである。
更に言うまでもないことであるが、我が子や家族の生存・安寧を全力で守ることである。
残念ながら、今の時代も過去の時代もいつの時代も、↑の善きものを阻むものが無数に存在する。それら悪しきものとは徹底的に戦わねばならないし、勝てないならば対決を避けて逃げるべきである。とにかく距離を取る。関わらない。人生からどうにかして排除する。若者はこれがうまくないが、年長者はその手管に優れる、或いは自然と免除されたり避けられることが多い。それら悪しきもの達とは、
一つは自分の意にそぐわぬ形の強制的かつ過剰な労働である。
一つはタバコや酒、金品や色など刹那の欲に溺れることである。
一つは不健康な食事、不摂生な習慣により健康を害することである。
一つは無駄なしがらみによる無駄な時間である。
一つは慢性的な睡眠不足や深酒により朝に活動しないことである。(人生が最も輝くのは例外なく朝である)
一つは何にも興味を示さず何も目標を持たずただ生きること(時間を浪費すること)である。
これらは今後も、今も昔も避けなければならない。もちろん↑のようなライフスタイルを築くためにはそれ相応の下準備が必要で、金でどうにかできなくもないが大抵はその必要はなく、うまく頭を使って立ち回ることで手に入るものたちである。
人生の折り返しは既に過ぎたが、最近は努力すれば思ったより体は健康を保てることが理解できてきた。その代わり何もしないで欲に溺れ、生き甲斐や目標を見失うと人はあっという間に老け込んで、体も魂も急速に死ぬ準備をし始める。
例え歳を重ねようが若いつもりで生きる必要がある。そうなると世間がみっともないとか歳を考えろとか身の程をわきまえない汚いおぢだとか文句を言い始めるが、きちんと生きている人はそんな輩より確実に生き生きとして幸せそうにしていて見た目も若々しい。ふんと鼻で笑ってやればよろしいのだ。ふん、豚公どもめが。
というわけで腰治ってきたので明日からクライミングしよーっと。
]]>今後何かまとまったコラムを書く際の下準備として、勉強・取材した内容をメモしています(内容は主に歴史、政治経済、サブカルチャー、ポリコレなど世の中のこと。どうでもいい馬鹿日記など。
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20231231
大晦日です。反省会でもしよー
過去の価値観は遡ってでも糾弾される流れです。「自分は本当はあの時嫌だった」←これが敵を殺すための最高の金言。これ言っとけば間違いないみたいですよ。
最先端の価値観に迎合し、遅れた価値観を攻撃し殲滅。それで何を得るのか。自分は進歩的で物分かり最高の賢者という自己満足。所詮猿なのに滑稽だな
思えば日本軍の戦争犯罪もナチスのホロコーストもアメリカ軍の都市空爆も。過去の価値観を今の価値観が裁くの図式なんかもしれん。超広い視野で捉えると。
そんなふうに考えると何も言っちゃいけない空気も出てくる。自由に発言できるが批判も受け入れなきゃならない。んークソつまらないな。お利口すぎて…
映画雑誌も不謹慎な表現は消えました。映画秘宝の廃刊がその象徴。テレビからも不謹慎な表現は徐々に消えつつあり、このたびのダウンタウンはじめ吉本興業への攻撃もその流れでしょうな。自ずとマスコミも攻めた表現はしなくなくる。テレビスポンサーの意向で番組全体が無難なものばかり(美味しいものを食べるのが大好きです←こればっかり)
これが善か悪かはどっちでもいいが、それが今の世の流れ。逆行し過ぎると自分が生きづらくなる。
何言っても批判されますよね。どこまでも客観的に徹しても、頭おかしい奴が攻撃してくる。ちょっと極端なこと言うともっといろんなやつに攻撃される。短絡的なこといえばもっともっとだ。
人間は不完全で愚かしい存在の筈だが、その前提を忘れたかのようだ。完璧な超人、全てをわきまえ誰も傷つけぬ賢者。そんなふうに振る舞うことを強いられる。正しさの強要。(これだってハラスメントだろと言ったもんがいるならそいつの勝ちだよな)
これは単に西側のスタンダードを真似っこして美しく賢い白人様に愛されたいとの欲求が根底にある。ポリコレは白人至上主義的な思想から産み落とされた。敵を攻撃するための兵器だ。こんなもん真に受けず斜に構えて笑い飛ばすのが正解だと思ってたが、自分でモノを考えられぬゾンビが大量に沸いており、冗談が全く通じない状態。私は不快になりました!ってそう言うだけで敵を殲滅できる。自分の考え意見は黙して語らず何も言わないのが一番賢い。
それでも人は何かを言いたくなる。自分の感情を書き留めたくなる。何か物申すのも難しい時代になったが、ユーモアは忘れないようにしたい。
大晦日も仕事です。働けども働けども貯蓄増えず。この日記があと一年続くかわからんがユーモアだけは忘れたくないですな。ほらほらだからチンポ出せ
20231230
いやー年末って楽しいすね。まだ今日と明日がありますよ。ネタ話するのには格好の時期。
最近は少しでもコンプライアンスを逸脱したらパージされて消えちゃいますね。不謹慎なネタも過去にまで遡ってパージ。まー確かに救いようのないものもあるため致し方なしですが、まさかけっこう前の話を今更蒸し返されて社会的な制裁を受けるとは思わないよな。
俺の子を産めやーって。まっちゃんはいかにもスケベそうだし、まーやってそうだとしかいえないよな。結局権力持つと人間は人間を浪費するようになるんだな。やることが同じだよな。ジャニーとかチリのカルト神父とか。サロ共和国の某映画だが、パゾリーニは先見の明ありだったと言うしかありません。天才はいつだって早死にだ。
それにしても女とか子供とか抵抗できないところを一点攻めにしてあさましい欲望を満たす姿。寧ろ権力者というよりは哀れな小物感がめちゃ出ますけどな。
その点ヒトラーとかすごくねえか?あれほど悪役だと確定してるのにその手の話があまりないというか。。男女のアレコレには異常に潔癖だったようだね。結婚したのも死ぬ直前だし彼女(ブラウン嬢)はいたようだが他に女の噂はなかったようだ。しかし、ゲッベルスは今回のまっちゃんそのもので女癖の悪い小物。政権中枢からも相手にされずハブかれてたそうだけどね。第三帝国ではスケベすぎると軽蔑されたようです笑 性的逸脱にもめちゃ厳しく同性愛はダッハウ行き。つーか昔モテなかったやつほど権力持つとイタいことしてるよな。
とはいえ、ヒトラーの潔癖さは別に彼の高潔さとかでは断じてないので勘違いしないようにな。噂レベルでは女の話もあるようだし。あくまでそういう思想の教祖様やからな。そういうカルトの教祖だからねヒトラーは。
1人の女と多数の子を残すのが理想的アーリアン。つーか子供できないとこれもヤバかったそうで、金髪のフォルクスドイチュ(占領各地のドイツ系民族)の幼児は拉致された挙句親衛隊家族の間で売り買いされていたそう。非公式の養子となったわけです。(でも自分の子じゃないと出世できなかったらしく、養子だと隠して誘拐した子供を自分の子として育てた奴もいて、そいつはヒムラーの命令でKZザクセンハウゼンで死刑になってる笑)メンゲレはせっせとドイツ人の人口を増やすための双子実験。ヒムラーは移民管理局を作って他国民拉致→ドイツ化を合法効率化。有名大学は公衆衛生局と組んで穢れた血が入ってこないよう人種衛生学(=優生思想)の権威を各所に派遣してイミフな生体実験や人種査定。ジプシーやユダヤの混血とかは隔離して移送して皆殺し。ドイツ系の人口だけを増やそうとした。全ては勝利と支配の原則を維持するため。ユダヤ=ボリシェビズムとの惑星をめぐる戦争に勝つために。最終勝利のために。ドイツ人の人口を増やし、敵を絶滅させる必要があった。なんなら他民族を金髪碧眼に「改造」する実験も行われていた。主に東部の殺戮の戦場の合間で。みんなドイツ人に改造しちゃえば解決。
言うまでもなくこれらがナチスの人種思想の核心ですが俺の子を産めやーどころじゃねえ。悪の濃縮度のケタが違いますな。さすが第三帝国。俺はこのクニでは出世できないな。女好きだから。ライヒスフューラーに殺されるで。トレブリンカやな
まー、ヒトラーも晩年普通にヤク中だったようなので大したもんではありませんが、精力的な指導者として不眠不休の活動を強いられたが故に主治医モレルに薬物中毒にさせられたというのが今の通説。まー間違いない話のようで、むしろ第三帝国全体が薬物にどっぷり漬かってたわけで、この辺の話も無視すると見えるものも見えなくなりまする。いま一度うちの記事を読んでご確認くだされ。
しかし、最後にまともな記事を書いて、ここは四年も放置してるのか。ひでーな。ネタが不謹慎だからかGoogleにもシャドウバンされており、検索にも引っかかりにくく広告収入もある日ゼロになった。とはいえ、俺はナチスで稼ぐだなんて卑しい行為をするつもりはない。ドイツに行くとナチス系の博物館や展示はオール無料。それが常識。ナチスで小金を稼ぐってのは業界?では最も恥ずべき行為のようで、ここはドイツは徹底してます。その点はさすがですね。そこだけ認めてやるぞドイツ。ドイツドイツ大ドイツ。
20231229
散々ウーバーをディスっといてなんだけど俺も似たようなもんですよ。。使い捨ての下層労働者です。。
まーそれはいいとして
こないだご意見募集みたいなことをしたら「あんたにはがっかりした」みたいなの送ってくれた人いましたけど、こんな地球滅亡後の脱出ロケットの漂着先にいのいちばんにメッセージ送ってくれた人がアナタでした。久々のAI以外のメッセージに嬉しくて涙が出ましたよ。だいたいそんなこと言ってるけどこんなとこまで追いかけてきて毎日記事チェックして。ほんとは俺のことが大好きなんだろ?俺もだゼ?言わせるなよ、照れるだろ?ほらほらしゃぶってやるから黙ってチンポだせ…
まーそれはいいとして
最近クライミングできないからインスタ見なくなったんだが、代わりにTwitter(X)をよく見ている。俺は山倉山田さんの大ファンだったので(↑のネタにピンときた人は友達になりましょう)彼が復活していないかを探したが、なんだかそれに似た人は見つかったのでフォローした。
そしてついでにニュース見る代わりに他のポストもつぶさに眺めたが、私的制裁以外のものを見つけられなかったので人類にまた絶望したのだが、これが日本人特有の性質によるものなのか、実際よくわからない。
最近のTwitterは何を言うかよりも、とにかく読者を増やせばそれで良いらしく、炎上?というかバズも前より格段に容易になっているようだ。特に馬鹿なやつ見つけましたとか、プチ軽犯罪やっちゃいましたとか、人の愚かさを晒すようなポストは簡単に炎上。何かを下に見て侮蔑したい人々が殺到。そしてそれらにぶら下がりアクセス数を増やしたい勢がうっすーい感想を口々に並べてるだけのコメント欄など、ちょっと末期的だ。みっともないを超えている。みっともないの更に向こう側だ。(思うに承認欲求と同じくらい強い欲求が人を侮蔑したり軽蔑したり馬鹿にすることではないかな。差別やいじめが無くならないこともそれで説明がつく)
バズったポストには毎回同じ顔ぶれが並んでいる。もうほぼ全てと言っていい。お前こんなとこまで顔出してんのかよ?と毎回思う。正しく人の褌で相撲を取るの図。それでええんか?というかそんなことして何を成し遂げようとしているのか謎なんだが、単に広告収入目当てだったり便乗してものを売ろう、自分の作品を見てもらおうなどの承認欲求が大きいようである。
とかなんとか言ってるが、まー自分も似たようなもんかもしれん。というか似たようなもんである。だからやめよう、こんな話は。
つーか、人間なんてみんな似たようなもんだわな。誰かを上に見たり下に見たりくだらないしぃ。楽しく生きていきたいしぃ。
そんな中、山倉山田さんとか脱糞忍者さんとかめちゃおもろかったよなあ。自分自身の価値の低さ、人間の醜さや愚かさを素直に認め笑いに変換するスタイルには共感したものだ。まだそんなに昔じゃないはずなのに隔世の感ありやで。シュナムル尊師とか。実は引きニートで弟の嫁の子供を自分の娘みたいにポストしてたとか(噂レベルだけどな)。それでいて徹底したくそフェミやったんやで。すげえだろそれ。。。
男というものはね。モテなくてもモテてても女にはルサンチマンがあるんで色々言いたくなるんすよ。そんななか尊師はー涙 尊師はー涙
まー、ここ数年で価値観激動。でもそれをTwitterで感じてる辺りが俺もしょっぱいねえ。。。
実はとっくにクライミングには復帰してるので今日も仕事後に背中いてーよー人間はかねーよーって半泣きしながら登るつもりです。来年はどんな年になるのか。。明日が見えない。。
20231227
この世で1番恐ろしいのは自動車ですね。そう思いませんか?自動車事故ですよ。この世で1番の恐怖は。。。
一昨日ウーバーの親父にいきなり道端で罵倒されたのは可笑しかったが(思うに恐怖と笑いは近いところにあるのでは)彼らが何故あそこまでテンパってるのか興味は湧きました。自宅のすぐそこであんなテンパった人々がイライラしながらバイクで裏道爆走してんのかと思うと、改めて思うに怖いっすな。。うちの子を1人で出かけさせるのは無理ですな。心配すぎてとても無理。
報酬の相場は300〜500円/件ぐらいみたい。
やすっ
まー、でも、これ以上上げられないっすよね。。これ以上上げたら客はいくら払う羽目になるのよ。一日何件配達するのか知らんのだけど、30件配達してもだいたい10000〜15000円てことやろ?30件も知らない土地やお店を行ったり来たりするのはフツーに危ないしめちゃくちゃ疲れるよな。時間もかかる。でも急げばそれだけ稼げるってシステムだね。血圧上がりそー
なんのこたーない。このウーバーイーツの搾取のシステムの犠牲者だわ。あのオッサンは。まー調べるまでもなく想像はついていたのだが。。。
俺も訪問の仕事なので一日最大8件は回るけど、基本的に毎週同じルートだし全然比較にならないだろうね。キツさは。
30も店と知らない人の家を行ったり来たりして1万ちょっと?改めて書くとひでー話。それを毎日やって生活をそれに依存するってのは相当きつくねえか。無理だね。病むでしょ。事故の危険も大きい。何の保証もないみたいだし。乗り物も自前で用意しなきゃなんない。減価償却は考慮されずそれらしき手当もない。
唯一のメリットは面接さえする必要なく、どんな人間でもとりあえず仕事できるってことだが、、それって他の日雇いでもよくねえかな?
何故ここまで流行ったか知らないけど、こんな条件でも働くテンパった貧困層がこの国にも激増してるってことですな。前科者もゴロゴロしてるそうだし悪い噂しか聞かない。客として注文したことはないけど、今後も頼むことはなさそうだ。
自動車事故はこの世で1番怖いが、テンパった貧乏人が乗りまわすバイク。同じぐらい怖いね
20231226
昨日、狭い道を徐行運転してたらめっちゃ急いでる様子のウーバー配達員と思しき50代ぐらいの男性にめちゃくちゃ煽られながら怒鳴られました。バカやろー!!んだこのやろー!!みたいな笑 何故かツボに入って腹抱えて爆笑。電柱にぶつかるところでした。クリスマスにお疲れ様です。俺たち仲間なんだから。憎み合う必要ないゼ?
それはそうと年の瀬ですな。大谷さん以外誰一人として良いニュースは無かったのではないでしょうか。しかしよく考えて欲しい。大谷とて大活躍の末に怪我で半端なところでシーズン終了。普通に考えたら暗くなりませんかね。しかし彼はドジャース移籍が決まった直後こう言ったのです。
もう長くはないと思うんで。いずれにせよ終わりに近づいてると思うんで。なるべく悔いが残らないようプレイしたい
…と。1000年に1人クラスの神プレイヤーですらこの悲壮な覚悟でシーズンに臨んでいるのかと思うと、なんだかジーン。一気に好きになってしまいました。俺のような捻くれ者にまで愛されるとはつくづく凄いやつ!
年末はなんだか色々振り返りたくなるのも日本人のサガですかね? ほんとこの国は色々おかしくなってますよ。政府のやること全部おかしいよ。マイナンバーカードの強制だとか、インボイスだとか。。最近ではパトリオットミサイルをウクライナに輸出するだとか報道されてましたが、自国防衛の為の最小限の数しか配備されてないんですって。それを削ってまでウクライナに輸出するんだってよ。アメリカが生産追いつかないから。アメリカの言う通りに自国の防衛の要をウクライナにくれてやるんだってよ!前線には爺さんしかいないのに!どうせ負けるとわかってるしいつ終わるかもわからない戦争に巨額の戦費と最先端兵器を!言うてもその場しのぎでしょうが。くだらんなー。おかしいよな。場末のラーメン屋で管巻いてるオッサン丸出しでスミマセン。世の中変わった。
あー、世の中変わったといえばですね。もうこのブログだけど、こんなにほぼ毎日長文連ねてるのにちっとも読者増えねえよ!全く増えねえ!黎明期のインターネットの日記サイト並み!今のマーケティングは難解だしついていけん。というか、わかるがめんどうくせえ。。動画とか作っとられん。。価値観も変動激しくてついていけん!毒舌かませば即炎上!ほんとついていけん笑 世の中ここ数年でめちゃくちゃ変わったよなあ
ここは1日のアクセス50未満よだいたい。うんこやろこれ。まあ、うんこ…と言われたら相応しい気もするけど笑
来年以降の参考にしますんで、どうかアンケートにご協力を!
何か言い足りない方は↑の拍手からお願いします(インフォメーションのメールフォームはとっくに死んでいたようです。いつからかわかりませんが全くメールが届かない状態でした。セキュリティが重すぎるのが理由のようで、複雑で修正も不可です涙 メールくれた方申し訳ありません。。世の中変わった。。)
20231225
メリークリスマス!
ボルダリングは復帰してません。二週間経ちましたが、きっかり体重が2キロ増えました。恐るべし。。というわけなので、なんのかんので俺は体型を維持したいだけなのか?明日復帰することにしました。
首?背中?全く治っておりません。少しも変わってない。もはや障害かレベル。しかし、登らないとブタになって死んでしまうんじゃないか?なにしろこないだの人間ドックではBMIか20を切ってるのにヘモグロビンエーワンシーは5.7とギリギリでしたからね。去年の人間ドックから3キロまるまる痩せたのに数値は少しも改善していませんでした。もはや王手かかかっちょる。。もはや運動は趣味とか豊かな人生とかそんな問題じゃないんすよ。動かねーと糖に殺されちまう。それが我が家系のリアル。明日は無理してでも登るつもりです。
走ったりぶら下がったりは定期的にしてたんすけどねえ。食事はまあ、食べた自覚はあるけどそんなに太らなかったんだけどね。いかにボルダリングでカロリー消費してたのかってことですな。まあそれで疲れ果てて鬱になって性欲がゼロになって挙句に重い故障。。どうすりゃ良かったのか。自然に任せてれば確実なる糖尿病。死ねってことなんだなカミサマ。俺は抗うゼ
20231222
今日は登りたい欲求を我慢して仕事帰りはビリヤードをやることにした。明日は2度目の受診。ヘルニアと背中の痛みの関係について医師に質問してみようと思う。この痛みがヘルニアのせいなのか筋膜損傷なのか自分でも判断がつかないから。(とはいえヘルニアなんだなと最近は納得しつつある)
こないだから探していたメンズヨガだが、わりと家の近所でやっているのを見つけたので年明けはそこに体験で行ってみることにしよう。筋肉のケアや体型維持にはピッタリのようなのでヨガには期待している。体験は500円なので良い。メンズヨガクラスはニッチなので友達もできるかもしれないね。
ビリヤードが新たな趣味になってくれればクライミングはやめられるかもしれない。ヘルニア抱えた首では引退が吉だろう。寂しいね。近年ここまで熱中したものはなかったから。。
今年で後厄も終わり。前厄、本厄、後厄とこの三年間は激動だった。脱サラしたり色々あったが、この最後の最後にぶっ込まれた唐突なクライミング引退が俺にとっては1番人生揺るがされたな。まだ現実感がないというか。。
とはいえもう少しで厄年も終わり。縁起は担ぐほうだからすぐネガティブになる自分のメンタルケアに苦慮したよ。もう2度といいな。年の瀬は乾杯しよう。
2023/12/19
人生からクライミングが消えてはや一週間(つうかたったの一週間でこんなこと言いたくなるんだから色々とやべー)。。
なんだか、、、、色々な意味で健康を取り戻しつつある笑
首のヘルニア?のはずなんだが、ボルダリングを1週間休んだだけで首の可動域は明らかに改善し、上向いたり横向いたりが普通にできるようになった。肩の重さは軽減され、全身も軽く、走り出したいようなそんな気分に。そして実際走った。別にジョギングとかではなく、車を車検に出した帰り道(約5キロ)を。何だか走りたくなっちゃって笑。
家に帰ってからは実に時間の流れがゆっくりで、気の済むまで昼寝をし、昼は少量のご飯に納豆とオリーブオイルを少々、それで十分。お腹があまり空かないのでそれで十分。
体が疲れていないので夜も少し長く起きていられるようになった。昼寝もして、週一で湯治。風呂上りはコーヒー牛乳飲んで蕎麦を食べたりして、ゆったりを楽しんでいる。
今日は夕方からデスクワークがはかどり、漫画読んでクスクス笑ったりして家族と一緒にゆっくり晩御飯。何ということ、フツーの生活がとてもありがたい。。
まあ、とはいえ、背中の特定部位に限ればまだちょっと痛くて、先週痛めたばかりゆえにまだ治らなそうだが、もう金曜の仕事帰りはクライミングに復帰できそうな予感である。
金曜日いつも仕事帰りにボルダリングをするのがルーチンなのだが、先週はそれを取りやめ「孤独のグルメ」でやってた店に一人で行き、毛沢東スペアリブをビールと一緒に食べたりした。豊かな時間であった、、、、これも。
体が健康になるとフツーにセックスがしたくなり、知り合いの奥様を誘ってみたが断られてフラれた笑。しかし気分はとても良い(なんでだよ)
に、、人間らしい。どっちがより人間なのよ、、、と。読書もできちゃうし、いかにクライミングが普通の生活を犠牲にするのかを実感した次第。まるまる1週間以上休むのは、、、、いつ以来?最近は大きな故障を起こさずに結果を出していた。中高年クライマーとしては異例のことで、ひそかにそれを自慢にしていたのだけど、今回は実に10日に渡るレストだ。休むほどに体が健康になっていくのを実感。メンタル的な意味でも元気になってきたから不思議だ。最近は「死」を意識することがとても多かったが、今は全然そんなこと、、、全然死ぬ気しねえわ。まだまだ大丈夫っしょ、って普通に思えるんで、隅々まで溜まりまくり心身を蝕んでいた疲労が休んで抜けた。そう解釈して問題なさそうだ。いいことのはずだよね?うん、間違いなく良いことだこれは、、
金曜復帰、、果たしてそれはどうなのか。もう俺はクライミング引退後は釣りかビリヤードをやろうと決めたんで、その計画を水面下で実行中。ビリヤードは近々知り合いと一緒に行く約束もしてしまった。
ここでまたクライミングに復帰すると、、、また不健康な生活に逆戻りだねきっと。いや、本当に。クスリが抜けて社会復帰施設に通い始めたような、今はそんな状態に近い。クライミングは麻薬だ。。特にボルダリングは心身の負担がデカすぎる。。毎回全力投球し、心身ともにへとへとにならなきゃ満足できない体になっちゃうんだよな。今はその脳内麻薬が綺麗に抜けつつある。たったの1週間で抜けるんだから大した脳内麻薬じゃないが、その衝動性と離脱症状の激しさはまあまあヘロイン並みだ(ヘロインは36時間で抜けるが禁断症状もとんでもないそうだ)。
なにしろクライマーの多くはクライミングに憑りつかれて仕事をやめてしまうし、岩に通うために小銭を稼ぐ程度の仕事しかせず、影のように岩場に現れ勝手に命を賭けたような危険なトライを繰り返す。(こういう人たちを”クライミングバム”と呼ぶそうだ)
ちょっと久々にオクスリが抜けて今人間としての当たり前の冷静さを取り戻している状態だ。
復帰するべきなのか。こんな風に思うのも初めてのこと。もう少し人間らしさの余韻を楽しみたい気持ちが強い。今は。
20231218
最近は本業の医療の仕事が好調なので陰鬱な公認心×師の仕事は全てサボっていたのですが、出費が思ったより嵩み、仕方がないので今日はその仕事をすることにした。約1ヶ月ぶりなのに何て気持ちが重くなるのか…大した金にもならないし。
端的に言えば自殺志願者のサンドバッグになる仕事なのだが、これまでこなしたあらゆる中で1番ツラい仕事。完全テレワークというのが無ければとっくに辞めているだろう。あと、やりたい時にできてやりたくない時はフケてても大丈夫、特に干されないというのが最大メリット。まあウーバーイーツなんかと同じ個人事業だから当たり前なんだけど…
思うに、辛くても人に相談するのは最後の最後にしたらどうかなと思うんですわ。相談がクセになるというか、相談依存になってる人が多々見られるので。数千回クラスのリピーターが何人もいます。大抵、精神疾患及び知的障害持ちですけどね。人に依存するのも大概にしとかんとね。人生の荒波は一人で乗り切らにゃならんことが多々あるわけで。それができない弱い人間であることを認める、それは悪くないが人に迷惑をかけないよう生きないと結局日本社会は厳しいので居場所がなくなりますからね。厳しいようだが。相談に依存するのも一時的なものにして、あとは自分の翼で羽ばたいていかねばならないです。人の背中に覆い被さって大海を渡っていくことはできないですよ。ね。頑張って乗り切ってね。
あとカウンセラーサイドも民間資格の歴史が長かったからだと思うけど職業倫理とかプロ意識が低い人が多いっすね。色んな考えがありすぎというか。共通認識みたいなものが少ない。他人に厳しく自分に甘い人が多い。ベテランほどその傾向顕著のためより救いが無い。技法も様々だしお互いがお互いのやり方に批判的というか排他的。目に見える実力の指標がしょーもない民間資格かどこそこで働いてたとか、そんなのしかないから自称すごいカウンセラーが多すぎて。一緒に働いてみると愚痴っぽくて他人に厳しく自分に甘い、理屈抜きで好き嫌いで物事を全部決めるごくフツーのお婆ちゃんが多いんで辟易する。こんなのの下で働くストレスは耐え難いものがありますよマジで。自殺志願者と感情的なお婆ちゃんの板挟みになる訳。嫌でしょ?嫌なんですよ。
とはいえ、体は楽なんで、楽に稼げるんでまあいいかと副業にしてますけどね。やってもやんなくても誰にも何も言われないし気楽。
思うにウーバーイーツの配達員もそんな感じだと思います。義務として時間が決まっていつもやれ!っとなるとツライ仕事だと思いますが、好きな時にできる、隙間時間をお金に変えれるって気楽さが良いのでしょう。とはいえ、日本ではこの手の配達の個人事業は落ち目のようで今後仕事は減っていくようです。社会構造的にウーバー注文できる金持ちと、ウーバーなんて低賃金でもチャリ漕いでやってくれる貧乏人。これらで社会がきっちりセパレートしてないと成り立たない事業なんだとか。今は国民が自民の悪政でみんな金ないですから、ウーバーなんてコスパの悪いもの買う人は少ないみたいです。フツーに考えりゃ自分で近くのコンビニ行くほうがええもんな。それがまともというか。
日本も貧富の差がどんどん広がっているようで、まだまだ西側諸外国に比べりゃマシなんでしょうかね。
とりあえずトー横キッズは勘弁してください。こっちにまで風邪薬二瓶飲んじゃった!どうしようとか言ってくるから。医者行ってください以外何も言えんわ。
20231217
仕事の流儀の宮崎駿はすごかったですね。あそこまで自分の弱いところをよくカメラに撮らせたなって感じです。弱ってんだな。弱りきった精神状態でもとりあえずやり切ったと。極限の仕事ですな。
思うに、人間歳をとるほどどんどん色々なことにやる気がなくなってくるのが普通。過去に執着し、今これからのことはほどほどにしてただ健康を気にして生きて行く。そしてだんだんと確実に来る未来(=死及び自分の存在が消えても周りは平然と生きて行くという当然の事実)へ心を備えさせる。そして諦め(=受け入れ)穏やかに死んで行く。それが儚き人の生と申すもの。
死ぬまで前のめりでいるのは大変。それなりに代償も大きい。まだまだやれるって思うことはツラい。なにしろ死ぬ覚悟ができないし、もう辞めようと自ら思えない限りにおいては死は圧倒的かつ手に負えぬ魔物である。
もういいや、死んでも、長生きするのも苦しくてツライし家族にも迷惑かけるしいいところで死んでおこう。これまでの人生にも全然悔いはないしぃ。やりたいことは全部やったしぃ。永遠に生きられないとかそんなの当たり前のことだしぃ。みたいな。←この精神状態に本気で至ることが全人類の目標、生きる鑑ではないかと考えられる笑
然るに、宮崎駿。おそらくそういうことを考えたことなかったんだろう。いや、あったはあったであろうが、実感するのとただ思うのは違う。パクさん亡き後、人は死んで行くという現実と漸く実感として直面したのではなかろうか? 自分はまだまだやりたいことも言いたいこともある。元気もある。でも、死はもうすぐそこにいる。今まで築いてきたこと、頑張ってきたこと、積み上げてきたこと、親しい人々との愛しい時間、これら全てをぶち壊して有無を言わさず虚空へと連れ去ってしまう。死を回避できないのが人間にとって1番の不幸であろう。実存的存在である人にとって最も恐ろしいことなのだ。存在そのものが消えてなくなるって事実が。いずれ忘れ去られるって当然のことが。
然るに、武士は死こそ名誉。死に方及び生き方こそが本分。何事かを瞬間風速的な速度で成し遂げられればもはややることもないので死んで良い。この境地に至り、至ってるぞとの証明に「だから死ぬのなんか怖かねえ!痛みなんか怖かねえ!」と人前で腹を切って死ぬ文化が育まれたのである。だからこそ250キロ爆弾を抱いて海にダイブできたわけである。そんなふうに思えるのはもはや洗脳とは思うが、時代が変われば価値観も違うのも当然なので令和時代にぬくぬく生きてる俺にはなんとも言えない。
まー、全て俺の勘違いだとは思うが、まだまだやれんぜ!ほらやってんだろ?!見てろよてめえら!と前のめりになってる時にいきなり強制終了されるみたいに心臓が止まったらそれはそれで幸せであろう。しかし、人は死ぬのにやたら時間と準備を要する笑 今死のうと思ってもなかなか死ねない!なので自殺や切腹や特攻が純粋な精神を証明する手段として今後も残る。
とはいえ、老いてしまったら、あーもう諦めようか、受け入れようか、もうそれでもいいんだよなあ、との迷いや葛藤もちょっと手を伸ばせばすぐそこにあるわけだ。そろそろ死ぬ準備しようかなって。墓立てて永年供養の寺にお金払おうかしらって。そんな葛藤と共にいやがおうにも更に老いて行き、フェータルな病気に体を徐々に蝕まれ、あーやっぱりもう無理そうだなって諦め受け入れて行く。それが普通だが、宮崎駿もその例に漏れないとは思うが…気の毒だし自分の先行く道を見た思いがして胸が苦しくなったね。
20231215
東京地検特捜部が自民党議員への聞き取りやガサ入れを開始しました。腐り果てた権力者の狸どもは慌てふためいておりますが、これに対して拍手喝采の国民。
善か悪か論ずるのは自分はしませんが、政府の腐敗を正そうと武力(軍や警察)が動いて世直し、という図式が日本人はめちゃくちゃ好きだし、寧ろもうそれしか救いがねえよと思っちゃうんすよ。つまり、これも武力(=暴力)による問題解決です。警察や軍の行動はそれが合法か違法かに関わらず暴力ですから。軍や警察は公的な暴力組織です。国家が暴力を免許した暴力団です。暴力を正しく使うとこうなる訳です。正しい暴力はみんな大好きなんです。暴力はめっちゃ問題を最短で解決します。つまりは勧善懲悪。なので人類の歴史から暴力が消えることはありません。残念ながら
全然違うと言われそうだけど、思い出すのは二二六事件ですわ。もちろん今回のは捜査機関による合法的捜査。アレはもちろん軍の一部過激派によるクーデター未遂。全然違う。そこは異なる。確かにそう。
とはいえ、政治の腐敗に対し大衆が苛ついていたこと、合法的な民主政治ではこれらを打開できない閉塞感、手っ取り早い解決法として大衆が暴力を欲したこと、決起した暴力機関に対して拍手喝采を送ったこと、その辺りは似ている。似ていると思いませんか?
そもそも合法か違法か、善か悪かは後年歴史が判断することにござる。というか、勝者が歴史をいいように書き残す訳なので。ニニ六は青年将校達が敗れ叛逆者として記録されました。しかし、よく考えてみて欲しい。明治維新は合法的な行為ではない。アレは間違いなく違法行為だし、志士達に温度差はあれど暴力により政府打倒を謀った点ではまあまず間違いなくテロリズム、クーデターと言って良い。革命とも言える。毛沢東を引用するまでもなく、革命とは暴力とイコールである。
で、大成功し志士らが勝者となり歴史は彼らが正しかったのだと記録しました。善か悪かは虚なものなのです。この世には善も悪もなく、対立する二者が存在するだけのことなのです。←ニーチェ
特捜部に自制心があればこそ、自民党の悪漢どもを全員逮捕して粛清するってことはなさそうです。残念ながら…
もしも特捜部に強すぎる義の心や、もしももしも野心があるとすれば自民党議員は人知れず一人もいなくなり、ひっそりとどこか遠くの暗い場所で後頭部を撃たれた尸として発見されるでしょう。でもまあ、もちろんそんなことは起こりそうにない。
日本を支配し利権で国民を搾取する悪です。自民党は。間違いなく。しかし善も悪も本当は存在しない。特捜部は恐らくそのような自制心や理性を持って今回の捜査をそこそこのところで終わらせるでしょう。そして悪は生き延びる。自民党もそれがわかってるのでそこまで深刻に捉えない。やるせなきかな、やるせなきかな…無明に堕ち果てしか自民党
真の革命は一切の憐憫を排除したその向こう側にのみあるのです。そこまでの実力を持つ暴力組織は日本に存在せず、自民党はずっとずっと今後も生き延びるのです。やるせなきかな、やるせなきかな…
20231214
最近は暗い話ばかりしているので明るい話をしたいと思うが、何もネタがない。
思うに自慢話と取る人が多いから、明るい話や景気の良い話はできないんじゃないか。日本人はすぐ人の足を引っ張るから。
この世は暗い話ならいくらでもネタがある。戦争、政治の腐敗、伝染病の恐怖、環境破壊、温室効果ガス、独裁政治、人権侵害、AIの恐怖、SNSの地獄化、ポリコレのカルト化等々…
タケシの「首」。久々映画館まで行きましたが、これも期待したほどじゃなかった。ゴジラと迷ったけど、ゴジラは面白いんかな?
塚本晋也の「ほかげ」も観たいが、時間が合わなくて観れるかどうか。これも心底暗そうな映画だけど。またセリフがボソボソ言ってて聞き取れねえんだろうな。それがまたアジなのだが
…
クライミングを取り上げられると驚くほど何も楽しいことないな。とはいえ、今日はちょい無理やり考えてみよう!
友達と野毛でホルモン焼いてたらとても楽しかったかな。刃牙のネタで盛り上がったりとか
最近知り合った奥様とたまにランチしてるけど、色気は全く感じないが話し相手としてならまあ良いかな。たまにでいい感じだが
映画は本来好きな筈だが、滅多に面白いと感じないのは自分が悪いのかね。でも面白い映画に出会った感動は何者にも代え難い。
読書はたまにしてるけど心が落ち着いて良いものだね。村上春樹の新作いっちょん読み終わらん
「シグルイ」を無限に読み返すという行為を数年前から続けているが、そろそろSNSのプロフに趣味として書いてもいいかもしれん。前にも語ったがこの漫画の魅力を今度語るとしよう。(過去記事は消滅してます)
去年の今頃から長編書き出したが、何とまる一年かかって60,000字も書いてない。いかにやる気がないのか。せめて終わらせたい。。なんとか来年。どこかで誰かに読んでほしいよお
…
色々あるような気もするけど全て捨ててもいいからやっぱりクライミングやりてえよお
心をいつもドキドキさせてくれるのはやっぱりクライミングではないかと。人生を捧げるに足る遊びでござった。もうできないのかなあ。背中が痛すぎて今は無理だわ
とはいえ、どのみちクライミングはできなくなる日が来るのは覚悟してた。ハードすぎるから。ドMのスポーツだから。肉体が文字通り崩壊して行くから。今はホットヨガやピラティスに興味大。でも女だらけの世界に突っ込んで行くのは無理だな。メンズヨガ教室とかないのか?と調べたら驚くほどそんなものない笑
生涯スポーツとしてできそうなものはないのか色々考えたが、テニスとかゴルフとかは全く興味持てない。。強いて言うならスカッシュとか前やって楽しかったんだがアレもハードで老人向けではないみたい。確かに足首に悪そう。
太極拳とか笑 ヨガかピラティスやりてえなあ。腰痛消えそうじゃん? 走るのは辛いから無理。。んー、なんかねーかな。読書会とかでもいいんだけどね。俺の場合。
20231211
今日は人間ドックでした。よくもまあ40年以上も特にビョーキもせずに骨折もせずに入院もせずにやってこれたもんですね。まあそれもそろそろだと思っていますが。
首はいち早く限界超えたようで先日のMRIではヘルニアと後縦靱帯の骨化を指摘されました。ボルダリングはそろそろおしまいですかね。検査の前日にこれが最後とムーンボードをやりました。生まれて初めてムンボでV8(初段と二段の間のグレード)が登れましたよ。ドラマチックな幕引きってことでいいんじゃないですかね。すごく悲しく、嬉しく、辛い日でした。人生は儚い。ここまで鍛え上げた肉体も、あっという間に衰え朽ち果てて行くのです。
幕引きといえば現政権ですが(←我ながら無理やりなこじつけ)、断末魔の悲鳴が心地よいですね。早く目の前から消えろって感じです。とはいえ、後任が自民党なら意味はないんだけど。。
見ていて思うのは、国民の支持率が最悪になってから東京地検特捜部が切り札って感じで今回の捜査を始めたわけで。民意をバックに確実に勝てる戦をはじめたわけです。皆さんご存じのように特捜部は100パー勝てる状況じゃなきゃ動かないですから。確実に現政権にトドメを刺してくれるものと確信しております。
権力を監視する特別な捜査機関ですら世論は無視し得ない。日本の民主主義は国民次第なんですよね。国民もちゃんと政治に参加しないとね、と思わされます。マスコミに任せてても話にならないのは見てわかる通り。選挙に行かなきゃならないし、政治結社を作ってでも普段からブイブイ言っていかなきゃね。Twitterでゴネてもどういうわけか影響力が弱すぎるわけで。つうかTwitterはインフルエンサーが雑魚を私的に粛清する見世物小屋、公開処刑場みたいになってるよね笑 こんな場所に正義は宿らないっすよ。もっと別の場所が必要だと思います。
20231205
首と背中の痛みが取れないのでMRIを撮ることにした。これまで首のトラブルは数え切れないぐらい経験したけど、今回は多分1番軽い。凝りが長引いてる程度のもの。この数年はずーっと首が不調で、ここらでメンテナンス的に一度客観的な事実を見ておこうかと思って。
多分、大丈夫だと思うけど何か見つかるかもしれない。見つからないかもしれない。
それにしてもMRIの予約も楽じゃない。予約するために診察受けなきゃならない。するとまずはレントゲン撮ろうとか言われるそれでパシャパシャ意味もないと分かってるのにたくさん撮る→4500円ですーだって。案の定異常なし。つうかレントゲンでは骨のことしかわからないので最初から骨には異常ないとわかってる。お布施と同じだ。問題は七割が税金ってことなんだけどさ。
整形外科って楽な商売だよなホント。
20231204
10月ごろ痛めた背中はデカい凝りになって鈍痛を発していたのだが、ここ最近になって寒さのせいもあろうが悪化してきた。首を傾げると酷く痛む。温泉入ってきたら、その間はほとんど痛まないが温泉から出るともうすぐ痛い。筋肉のしこり、硬さが原因のものと思われる。疲労が溜まっているのだろう。
というか、冬のせいだろうな。ここ最近で急速に寒くなったから。冬になったね。秋、短いね。。日の出も遅く日の入りも早い。俺にとっては辛い季節になってきた。と言っても雨が少なければ幸せなんだけど。。(仕事の関係で雨はツラい)寒いとすぐに体が痛くなる。特に普段疲れを溜めてる背中や首元がすぐダメになっちゃう。去年もそうだった。一昨年もそうだったかも。冬は背骨が悪くなる。
はあ、、、、
夏の無限のエネルギーはどこいったか。力でない。やる気出ない。すぐ疲れるし、何もかもが面倒。普通のダメな人になっちゃった。。冬は俺にとってオフシーズンだ。
夜はやたら早く寝てる。20時半にはやることないし眠いしで寝ちゃうんだよね。で、5時ぐらいに起きて、特に何もやっぱりすることない笑
クライミングと仕事と家族サービス以外の時間はほんと何もしてない。故障するとクライミングができないから、温泉入るとかなんか食うとか、更に寝るとか。そんな感じ。普通のダメなオッサンだな
酒でも飲めば気持ちが安まるだろうか?しかし、飲んで楽になってまた飲みたくなっても困るからやめておく。酒は悩める魂の救済だが、結局問題を先送りにしてるだけ。別に先送りしたっていいけどさ、、、酒は体重増えるしクセになるからもうやめておく。友人とたまに飲む酒は楽しいが…一人で飲んでもしょうがない
人生の残り時間を考えると、ここで冬の間まるまる停滞するのは嫌だ。あんまりもう時間ないからな。でも体がついてこないしやる気も出ない。なのに焦燥感が酷い。焦る。もうあんまり長くない筈だから。早く結果を出したい。そして、自分を褒めながら死んでいきたいのだ。
20231202
最近ほんと人生の残り時間をよく考えます。あまり多くないのは確かです。いつまでも当たり前に健康だなんてそんなわきゃない。
最近、死を身近に感じることが増えました。何かあるとすぐここが自分の天命なのかとか考えてしまう。で、昨日もそんなふうに考えていたんだが、ふと思ったのは「今ここでもうすぐ俺が死なないにしても、全然そんなの杞憂だったとしても、でも人生もう後半だな」って事実である。
電車の向かいの席の冴えない顔したくたびれたオジサンを見ていた。55歳ぐらいだったかな?50代って遙か先だと思っていたんだけど気がついたらもう目の前だね。全然すぐそこの未来な訳よ。
50代になったら何が楽しくて生きるんだろうね。今みたいにボルダリング三昧は無理じゃないかな?体が故障しやすくなって、だんだんやる頻度が減ってくると思われる。すると、今みたいに体を絞るモチもなくなるよね。すると、暴飲暴食に走ったり、やめて久しい酒を飲んだり、それしか楽しみがないかもね。
知的活動も、当然脳の品質低下してるわけで、大したことできないよね。クリエイティブな作業は無理でしょ。読書なんか今でもほとんど進まないのにできる気がしない。何より何かを読んだとしても、それを語らう仲間がいないんだから張り合いもない。楽しみも半減。
仕事も何してるかわからないね。会社勤めを拒否して今のような生き方してるが、それが10年後もできるとはちょっと思えない。仕事を生き甲斐にするタイプでもないから俺は。起業できるほど頭も良くないし何かを積み上げてきた訳でもない。
恋愛だってできないでしょ。今はかろうじてやろうと思えばできますけど、50代はどこ行ってもお呼びじゃない。50男と仲良くしたい人なんて老若男女どこにもいないだろう。つまり、もっともっと孤独になる。
どこかに、何かに、楽しみや充実感、熱中できる対象を見つけないことには、生きていても死んだも同然ではないか。老化は実にナチュラルにそのような状態に陥いる訳だ。かと言って子供の人生に覆い被さるつもりはない。子供は子供で自分の人生を生きる筈だ。俺は彼女が羽ばたいたら邪魔にならないようひっそり見守るだけだ。楽しみとか生き甲斐にするのは違うと感じる。
観念論ではなく、例えばボルダリングは体に負担が強いからリードクライミングに切り替えるとか、近づいてくる死を前にして対策を立てる意味で仏教を独学するだとか、寺めぐりをするだとか。何か具体的な作戦が必要なんだよな。
年々感情も死んでいって、瑞々しい感性などすでに死に絶えていて、気がついたら一回も笑わないまま一週間が終わることも多々ある。なかなか新しいことに興味を持つのも難しい。新しいことも覚えられない。それが老人ってもんだ。自分も一歩一歩そこに近づいていって、気がついたらもう目の前だ。今から考えておかないと途方もない絶望が人生の最後に待っていて、押しつぶされて、死ぬのはまあいいが絶望しながらってのは嫌だね。
まだまだやりたいことたくさんあったのにナアと死んでいきたいものだ。
20231201
今年もあと1か月。11月風邪の影響でいまだに胃の調子が悪い。胃薬手放せない。コーヒー飲めない。胃腸にくるウィルスが流行ってるのかな? つくづく健康が大事だと痛感。金なんてなんとかなりますよ。たぶん
兄がガンになって、住宅ローンの残債がチャラになった時、ワタクシは「良かったね〜」なんて声かけてしまったのですが、当時の自分は金を稼ぐことが人生における業で、もう仕方がないのだと諦めていましたからそんな価値観でモノを言ってしまったのです。兄には当然「病気になったんだから良くないだろう」と言われました。本当にその通り。ガンとかこの世で一番なりたくない病気。金なんて取るに足らない。無神経な言葉を反省しています。
いわゆる社畜をしていると金の亡者になるしかありません。生活費稼ぐために人生の貴重な残り時間を大幅に使い込んでしまってるんだから。そこまでして稼ぐ金。大事なモノだと思いたい。まーもちろん大事なのですが、金より健康が大事なのは言うまでもありません。
そして、人生でまだまだこれだけやりたいことあるぜ!って人なら金よりも大事なのは時間ではないでしょうか。時間は食えないので金に変換する作業(=労働)はどの道必須ですが、自分の時間を全て労働に割くのは不幸なことです。週5回も労働に割くには多すぎる!疲れて何もできん!そう思ったので会社を辞めました。
ある程度稼ぐと税金もとんでもないです。残念ながら、世の中は年収400〜600万ぐらいの普通の労働世代の人が一番損するようにできている。非常に残念ながら。一番苦しむようにできているのだ。
貯金とか、税金と社保まともに払ってたらできないんで、大人はみんな財形貯蓄したり個人年金に入ったり住宅ローンを組んだりして実質貯蓄にひた走るのだ。
とはいえ、ワタクシも住宅ローンを全部親に払ってもらった奴とかこの世で一番嫌いですけれども、まあまあいるんだそういうやつ。みんな得した経験はそんなわざわざ話さないから。家計が苦しいって話は膨らましてじゃんじゃん特売でノシつけて売り捌く訳だが。その手の輩に殺意が湧くのはヒトとしてまあ仕方がないでしょう。そんな半人前野郎は俺は認めん。例えガザ地区の戦争をたった一人で終わらせたとしてもだ。そんなやつは知らん。対等と見れないのでそんなやつは勝手に好きにやってろという感じだ。
まー、と言うのも色んな奥様とお話してますと、家の家計事情とか旦那の収入とか色々赤裸々に話す人もけっこういるんすよね。まともに自分の力のみで稼いでる人はそんなに実は多くなくて、いい歳して太い実家に支えられて優雅な生活を送ってるやつは数多い。人の芝は青く見えるわけでそれに比べて自分はなんて…とガッカリすることも多いですが、この歳にもなって親に何か期待してグチグチ言うのとかもっとクソダサいですんでね。そもそも親には十分にやってもらってこれ以上何も言えんですわ。それ以上を期待するとかありえんすわ。遺産とか土地貰うだとかローン払ってもらうだとか信じられん。児孫のために美田を買わず、って言葉を知らんのか?? 腹立ちというより軽蔑に近い感情ですなほんと。
まあ、とはいえ金金金金考えていた頃は今の100倍はムカついて嫉妬していたのですが、今の自分はクライミングに出会ったので金の価値を冷静に捉えることができるようになりました。金をいくら積んでも二段は登れない。金で登れたとしても何の価値もない。それは確かなことなのです。
金では手に入らない貴重な何かを見つけそれを手にするのが人生ではないかと思います。それと同時に生きるために幾許かの金は必要なんで、それを工面するために労働はしっかりやりつつ空いた僅かな自分の時間で何事かを成し遂げるのがスマートではないかと思われます。というか俺はそう思うんでそんなふうに生きております。
そこでまだ親に頼ろうとか言語道断すわ。甘えてるから恨み節も出るンだわ。独り立ちがまだまだできてないってことにござる。
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ドイツ第三帝国と麻薬の黒い関係については、これまでに幾度となく論じられてきたが、その全体像について包括的に論じた書はなかった。あったとしても、戦後70年以上をゆうに過ぎたいま、これらを鵜呑みにするのは憚られる。
そんな中、2015年にドイツで出版されたノーマン・オーラン著、「ヒトラーとドラッグ 〜第三帝国における薬物依存〜」がこのほどわが国でも翻訳された。これは第三帝国の隅々にまで麻薬が浸透していたことを明らかにし、世界で大反響を呼んだ。
ドイツ第三帝国はいまだに各国で数多の人間を虜にする素材だ。
緒戦における革命的戦術、電撃戦、ヒトラーのカリスマ、総統国家における連帯、忠誠、統率、末期の狂信、スタイリッシュな制服、謎に満ちた親衛隊組織、数々の発明……はたまた大量虐殺という暗い光さえも。
上記の書は第三帝国の隅々にまで麻薬が浸透し、ヒトラー自身でさえ重度の麻薬中毒者であったことを数々の資料を基に証明している。なぜ電撃戦はああまで人間離れした偉業となり得たのか、ヒトラーが戦況の悪化に伴い正気を失っていったのは単なるストレスの産物なのだろうか、悪化する戦況を薬物でどうにかしようとしたナチ医学会の狂気、数多の人体実験が多くの犠牲を出しながらもハードドラッグを産み出してきた経緯を雄弁に語っている。
ここではそれらを簡潔にまとめたい。
目次
イントロダクション
薬物大国ドイツ
ペルビチンの登場
電撃戦と麻薬
独ソ戦と麻薬
大量銃殺とアルコール
クスリを抱いて沈め 大戦末期と麻薬
その後〜CIAの「MKウルトラ」計画へ〜
おわりに
19世紀のドイツでは、既に罌粟(けし)から痛みを取り去る成分が発見されており、その濃縮液たる阿片(アヘン)の主要アルカロイドであるモルヒネの単離が既に成し遂げられていた。これは文字通り痛みを快楽に変える物質である。人類の不快な同伴者たる「痛み」は既に克服された過去となっていた。
1850年には注射器が開発され、モルヒネの全世界への進出を止める者はいない。1860年代のアメリカ南北戦争、1870年代の普仏戦争では既に痛みを消し去るドラッグが大量に使用されていた。アメリカでは間も無く常習的なモルヒネ注射が流行する。
重傷者の苦痛を瞬時に取り除くこの薬物によって、人類はさらに規模の大きな戦争を遂行できるようになったのである。
その後も薬物の大躍進は続き、ナチスが政権につく前からメルク社、ベーリンガー社、クノル社といった製薬会社がコカインの世界市場の80パーセントを独占し、モルヒネとヘロインの製造販売についても世界のトップを走っていたのである。
それら依存性の高い薬物が当時は処方箋なしで入手でき、社会のあらゆる層に浸透していた。いわばワイマール期ドイツの爛熟文化は薬物蔓延と密接に結びついていたのだ。
ナチスは最初麻薬を厳しく取り締まった。薬物による陶酔は恥ずべき行為であり、民族的な裏切り行為として規定し、激しく弾圧したのだ。しかし一方では資源の少ないドイツでは人工物を作り出す必要があった。薬物も例外ではない。モルヒネとコカインの消費量はナチの反麻薬キャンペーンで激減したものの、ドイツは薬物製造に関して相変わらず世界トップをひた走っていたのだ。
むしろ覚醒剤の開発自体は促進された。
テムラー社の化学主任フリッツ・ハウシルト博士はベルリンオリンピックで当時は合法のドーピング剤アンフェタミンが活躍した話を知るにつけ、日本の研究者の論文に注目した。日本人は1887年に極めて興奮性の高いNーメチルアンフェタミンという分子を初めて合成し、1919年にはその純粋結晶化に成功していたのだ。
ハウシルトはこの製剤化に取り組み、1937年秋にメタンフェタミンの新たな合成法を見つけ出した。その同じ年にテムラー社はドイツ初の自国製メタンフェタミンをベルリン特許庁に申請した。商標名は「ペルビチン」といった。
ペルビチンは分子構造の点ではアドレナリンに似ていて、分子配列もほぼ同一であるため問題なく血液脳関門を通過する。ただし、メタンフェタミンはアドレナリンとは異なり急激な血圧上昇をもたらさず、作用はより穏やかで長時間にわたる。
服用者は突然頭が冴え渡り、活力がみなぎり、五感が極度に研ぎ澄まされたように感じる。生気に溢れ、髪の毛の先から指先までエネルギーに満ちていると思い込むのだ。思考プロセスが迅速化し、多幸感に包まれ、自分が敏捷で溌剌とした人格になったと錯覚する。
効果は長ければ12時間に及び、服用量が多すぎると神経細胞が負担を受け最悪のケースでは損傷してしまう。ニューロンが熱を持ち、脳内では雑音がひっきりなしに響き、あたかも壊れたラジオのような様相を呈するに至る。神経細胞は活動をやめて不可逆的に死滅する。記憶と感情、発話に障害が生じ、注意と集中の欠如が生じ、全面的な脳萎縮が起きることもある。
薬物の効果が切れると、ホルモン備蓄が満杯になるまで数週間を待たねばならず、その間服用者は虚脱感や抑鬱、知覚障害に悩まされる。テムラー社はこれら副作用に気づいていながら見て見ぬふりをし、大々的に売り出したのである。
このドラッグは「食卓の切り分けられたパンや一杯のコーヒーのようにありふれたもの」となった。
ある心理学者はこう表現している。
ペルビチンはセンセーションとなった。それはあっという間にあらゆる社会集団に浸透した。学習者は試験のストレスに耐えられるようにこの薬剤を服用し、電話交換手や看護婦たちは夜勤をきちんとこなすために、そしてきつい肉体労働者や精神労働に携わる者は最高のパフォーマンスを得るべく、ペルビチンに手を伸ばした。
かつて「ドイツよ、目覚めよ!」とナチスは要求した。まさにメタンフェタミンによってこの国はそうした覚醒状態に保たれることになる。
ドイツ国防軍が軍人魂を持ったプロフェッショナル集団とのイメージは、電撃戦における人間離れした華々しい戦果が背景にあるといっていい。ポーランドやフランスをたった1ヶ月で占領し、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ユーゴスラヴィア、ギリシャをものともせず征服し、ソ連でさえ当初は圧倒していたのだ。
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]]>ロシアで革命が起こると、数百万のロシア人にとって母なる祖国は生き地獄と化した。そんな地獄に苦しむロシア人の中にある生理学者がいた。ペトロヴィッチ・パブロフだ。
彼は消化腺についての研究に対し、1904年にノーベル賞を受けた人物である。その後パブロフは条件反射という先駆的研究の方でも名声を博した。ベルの音を聞かせながら犬に餌を与えるのを繰り返した場合、犬はそのうちベルの音を聞くだけでよだれを垂らすようになる。いまや心理学の学生ならば一年生で習うこの逸話はパブロフが発見したものだが、革命家たちが用いた飢餓によるテロは、この偉大な研究者でさえ苦しめ、彼が実験で使っていた犬は餓死し、パブロフ本人でさえも燃料不足のために一日中ベッドで毛布にくるまっていなければならなかった。よく言われることだが飢餓に追い込まれると人間の思考能力は簡単にゼロになる。パブロフは追い詰められ、死を待つのみとなっていた。
そんな時、どういうわけか運命がむら気を起こした。モスクワがパブロフに召喚状を送ったのだ。ボリシェビキの最重要人物ニコライ・レーニン本人がパブロフに会いたがっているという。レーニンは彼の実験の話を聞いており、強い関心を持っていたのだ。


クレムリンへ連れていかれたパブロフは名誉ある客人として迎えられた。独裁者は実験について詳しく述べるよう求めたが、消化器官や血液循環に関する彼の仕事にはこれっぽっちも興味がないとにべもなく告げた。「私が知りたいのは、あなたが犬を使ってやられた実験です」
パブロフは辛抱強く説明した。レーニンもまた辛抱強く聞いていた。説明が終わると、レーニンは「私の関心は人間です」と言った。しかし、パブロフが行ってきた実験の過程から、人間についていったい何が言えただろう? 彼の実験を人間に当てはめるのは大いに推測の域を出ないものであったし、パブロフ自身も自分が十分な心理学的根拠を持てない質問については答えないようにしていた。彼が自信を持って言えるのは、自分が動物実験をもとに条件反射と抑制について発見したことが、人類にとって恵みになるだろうということだけだったのだ。
レーニンは冷酷であると同時に頑固者でもあった。彼はパブロフを個人的な客人としてクレムリンに引き止めた上で、研究課題を与えたのである。パブロフは自分の研究が、どのようにヒトという種に影響を与え、また与えうるのか正確に事細かに説明するよう求められたのだ。
パブロフはモスクワの要求通りに研究に打ち込んだ。そして、約六〇ページに及ぶ原稿を書き上げレーニンに届けたのだ。独裁者は興奮気味に握手を求め、研究を続けるようにと告げた。「金のことは心配ご無用です」独裁者は言った。「必要なものは何でも用意して差し上げましょう」そして、熱意に満ちた様子でこう続けた。「あなたは我々の革命を救ってくださったのです。あなたの発見のおかげで国際共産主義の未来が保証されたも同然となったのです」
何年か経ってから、「レーニンが何を言っているのか、あの時はわからなかった」とパブロフは語っている。
レーニンは革命を進めるに連れ、新しい理想社会に順応し得る革命的人類を造り出すための自発的協力を得ることが、いかに難しいかを知り、苛立っていた。彼はそうしたことをロシア人に押し付けるテクニックのヒントを、パブロフの研究の中から見出したのである。独裁者は、ロシア人を共産主義に条件付けしようとしたのである。人々の意志が「党」の意志、すなわち自分の意志と同じになるように。
このようにして、人間の行動を外部から強制的に変容させる技法、「行動修正(Behavior Modification)」がソ連において産まれた。以来、様々なテクニックが人々の悲劇と共に開発され、洗練されてきたのである。
旧ロシア帝国の秘密警察「オフラナ」は人々を服従させるのに科学を必要とはしなかった。彼らは疑わしい人物を監獄にぶち込むと、単に自白するか死ぬまで拷問を加えたのである。
革命後、共産主義者たちはオフラナの手法に加えてパブロフらが開発した科学的手法を取り入れた。目的は人間を外部からコントロールすることであり、そのために必要なプロセスは大きく二つに別れ、場合によっては片方だけを用いるし、場合によっては両者を組み合わせて用いる。それらは「抵抗を弱める」プロセス(=条件付け)と、「教化」のプロセスである。
前者は人間を操作するために用いられ、後者は誤った信念(例えば民主主義や人権などといったような)を持つ人間を転向させるために用いられる。コミュニストは極めて冷酷な実際家だ。目的のためにはあらゆる手段を用い、無駄だと思うことは一切しない。重要なのは結果だけなのである。
初期の頃、すなわち革命直後の刑務所やグラーグ(=強制収容所)、精神病院や学校で洗脳の実験と実践が同時に行われた。
飢餓、神経の緊張、脅迫、殴打、その他の暴力、不眠による疲労、時には薬物や催眠術などといった「魔術」まで控えている。
ただし、どのようなやり方であれ、その手法は大きくまた二通りに分かれる。一つは共産党がしばしば「学習」と呼ぶものだ。もう一つは「自白(告白)」である。「学習」と「自白」が洗脳の基礎となっていることは疑いない。「学習」はコミュニストの視点からの政治教育である。中国や北朝鮮では、すべての人が「学習学級」に出席せねばならない。「すべて」というからには無論、大人も子供も、農民も軍人も秘密警察も共産党員もだ。すべて出席を強制される。このようにして党は個性を破壊する。というのも、ただの一人でも個性を持ち続ける者があれば、社会全体にとって危険と見なすからだ。
学習は共産主義文学(例えばゴーゴリのような)の研究で始まる。共産主義者は科学、福音主義、精神医学などを利用するのだが、目的へとこじつけるために必要に応じて新しい事実や新解釈を勝手に付け加え、もっともらしく振る舞おうとする。
そして「生贄」を教化へ条件付けるためにその精神を錯乱させようとするのも重要だ。洗脳とは、精神的に誘惑し、普段なら嫌でたまらないようなことでも受け入れさせてしまうほどに脳を惑わせるシステムとも言える。
共産主義は実際に行われるとなると、辞書で定義される言葉とは全く異なることを覚えておかねばならない。共産主義とはまったくの権力システムなのだ。はなから合理的な人類の福祉に貢献するようなものではないのだ。「党」はそれをよく理解しており、従わせるために洗脳を用いねばならないと理解している(冒頭のレーニンとパブロフの逸話に見るように)。「党」は「生贄」が本当に共産主義を信じたりするなど、そんなことはこれっぽっちも期待していない。ただ従えば良い。躾の良い、大人しい党員でさえあれば良いのである。
気をつけておきたいのは、洗脳はただの教育や単純な教化などではない。洗脳は遥かに破壊的なものである。洗脳の初期のテクニックはほとんどロシアの共産主義者たちが考え出した。飢餓や計画的に人を栄養不良に追い込むこともその手法の一つである。西側世界の栄養士の役割はバランスの良い食事表を提供することだが、共産主義社会の栄養士は食べ物の摂取量を政治的思惑に合わせて増減することなのだ。
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]]>ロシアのボルシェヴィズム、イタリアのファシズム、ドイツのナチズムは一握りの指導者が数多の国民を動員して遂行した巨大な大衆運動の良い例である。ボルシェビキ指導者レーニン、ファシスト総帥ムッソリーニ、ナチス総統ヒトラーは、超人的なカリスマ性と演説技術、完璧に練りこまれた演出、宣伝方法を動員し、国家をその手に握った。特にムッソリーニ、レーニンが戦闘的武装集団による暴力的な手段で政権を奪取したのに対して、アドルフ・ヒトラー率いるナチは、党宣伝部長ヨーゼフ・ゲッベルスをはじめとして、宣伝、大衆動員法を知り尽くした者たちによって、選挙で合法的に政権を獲得したのである。これらの少数のエリートによっていかに大衆が操作されやすく、また簡単に大衆が操作されうるかということを実証した歴史的にも忌まわしい事件であった。




では「大衆」とは何なのか。スペインの哲学者ホセ・オルテガによれば大衆とは「無個性で周囲の人間と同じだと感じ、しかもそれを苦痛に感じない、むしろ満足感を覚える全ての人々のこと」である。日本には「出る杭は打たれる」ということわざがあるが、周囲と同化することは社会的な存在として人間には必要なことである。すなわち、オルテガは大衆とは凡庸なる平凡人だといっていると解釈して問題ない(若田、1995年)。
大衆という存在がスポットを浴びるようになったのは、情報通信手段が飛躍的に発達した産業革命以降のことである。大衆は近現代の申し子であり、現代は大衆の時代であるといえる。
大衆は、「産業革命以降、伝統的な政治的、宗教的枠組みが崩れ、家族、近所付き合い、農村の横のつながりに亀裂が生じたことによって発生した。自分たちの土地や故郷から引き離された人々は、都市という不安定な世界に目を向けざるをえなくなり、集団の中にうずもれていく。伝統慣習社会とは違って現代は、市場にお互い何の絆もない無名の個人を多数作り出した」のである(セルジュ・モスコビッシ)。
大衆の最大の特徴はその画一性である。産業革命以降出現したメディアによって、我々は常に画一的な情報に晒されている。大量生産された画一的な食べ物を食べ、画一的な住居に住まい、画一的な就業規則に縛られている。そして音楽や映画、スポーツにいたるまで、メディアから流されるおびただしい画一的情報に影響を受けざるを得ない。このような画一的な社会で生きる以上、我々の行動も画一的になるのはやむをえないと言える。そしてそれは社会性を保持するという意味で必要なことなのである。
大衆が個性的になることはない。よく売れてない音楽やマイナーな映画をよく観るからと言って「おれって個性的ジャン?」みたいな人がいるが、そのような「個性」も画一的情報の一部に過ぎない。そのような「個性」は釈迦の手の上の孫悟空のようなものである。大衆は大衆であることから逃れることはできない。山にでもこもらない限り。
そして人間は無意識に他人と違うことを恐れる。大衆は周囲と同じような服を着、同じような音楽を聴き、同じような情報を共有し、同じような価値観に影響され、周囲と同じ規範を守ろうとする。人間が社会的存在である以上、このことから逃れることはできない。昨今は個性が重視され、無個性を軽蔑する風潮がある。そしてそのような風潮もメディアが煽ったものであり、よくロックミュージシャンが無個性を批判する歌詞を書いているのを見かけるが全く持って滑稽なことである。現代社会において個性的、非凡であることはきわめて難しいのだ。
大衆とは何故周囲と同じような行動をとり、時には同化さえしてしまおうとするのか。それは明らかに孤独からくる不安によるものである。人は孤独を最も恐れる。産業革命以降、農村の社会的絆から解放された人々はいわば根無し草のような存在となった。連帯すべき仲間、従うべきルール、秩序を失った。都市の中では雑踏に埋もれていたとしても、連帯感、従うべき秩序を得ることはない。現代の大衆は自由を得るかわりに伝統的価値観、秩序、しきたりを失ったのである。このことは孤独をもたらす。このような孤独が他人に同調しようという行動を産む。同調することによって孤独を緩和しようとするのである。
フランスの社会学者ギュスターヴ・ル・ボンはこう言った。「大衆は弱い権力には常に反抗しようとするが、強い権力には卑屈に屈服する」 大衆は性質として権力を好み、このことはナチズムやファシズムと結びつけて論じられてきた。しかし、これはイタリアとドイツ固有の傾向ではない。現代の大衆にも当てはまることなのである。ここでの権力を好むこととは権力者に対する服従はもちろん、目に見えぬ因習、多数派に対する同調などの「匿名の権力」も含まれている。
脆弱な自我しか持たぬ人間は、自らの力で考え、判断し、決定し、行動するという自主性を欠いている。常に自分以外の何かに頼ろうとする(人とは限らない)。外部の大きな何者かによりかかろうとする。これを権威主義という。大衆は権威主義的なのである。
現代人は孤独でありそのことに不安を感じている。常に外部の力に抱かれたいと思っているし、強力な指導者を待ち望んでいる。こうして大衆は簡単に他人の指示に従う、暗示にかかりやすい自動人間となるのである。このことはヒトラーが「わが闘争」の中で言ったが、ル・ボンの受け売りであると考えられる。
ル・ボンの著作「群集心理」はムッソリーニやレーニンも大衆動員の手段として引用した(若田、1995年)。彼ら大衆運動のリーダーたちは、大衆や群集の性質、すなわち、①暗示にかかりやすい②衝動や感情に駆られて行動する③外部からその行動を操作することが容易である、ということを熟知していた。ル・ボンから学んだのである。レーニンは1895年、フランスに亡命中にル・ボンの「群集心理」に出会ったと推測されている。レーニンはプロレタリアートの間に戦闘的マルクス主義を広めようとする方法的戦略でル・ボンから多くを学んだ。例えばレーニンは大衆の心を捉え、大衆を動かすために、思想を凝縮して単純化し、単純で扇動的なスローガンで大衆を動員しようとしたが、この方法は明らかにル・ボンの議論に基づいている。(藤竹) ル・ボンの研究を実行に移した革命家はレーニンが初であった。
また、ムッソリーニは明らかにル・ボンとの関係が深いことがわかっている。ムッソリーニ自身が、彼にとって最も重要な書物が「群集心理」だったと証言しているのである。(藤竹) ル・ボンも大衆運動のリーダーとしてムッソリーニを高く評価し、自分の署名入りの著書をムッソリーニに送ったし、ムッソリーニも彼を賞賛していた。ムッソリーニは全体主義という言葉を使ったが、その意味は個人が国家という集合体に完全に埋没している状態のことで、これはル・ボンのいった「群集」によく似た状態である。また彼はこうも言った。「民主主義は人間が理性ではなく感情によって導かれることをわかっていない。我々ファシストは感情の水源を引き出す…」
またヒトラーもミュンヘン一揆に失敗した後、ランツベルク拘置所で「わが闘争」を口述筆記したが、その中でル・ボンの大衆理解に基づいたと思われる、大衆動員法の戦略について信念を繰り広げている。たとえば、大衆は感情に動かされること、暗示にかかりやすいこと、集合体の意志に盲目的に従うこと、大衆が単純化と断定を好むこと、大衆は強権的な指導者を待ち望んでいることを主張したが、これは「群集心理」の中でル・ボンが述べていることと全く同じである。
レーニン、ムッソリーニ、ヒトラーは政治的意向こそ違えど、大衆動員という方法においてほぼ同じであった。
ガブリエル・タルドによると、大衆は模倣する。大衆は模倣することによって周囲と一体感を感じ、孤独を緩和する。
人はしばしば意図せずに無意識に他人の考えや行動を受け入れ、同じ考えを持ったり行動するようになる。これをタルドは非論理的模倣と呼んだ。このような模倣を感染と呼んだり、暗示と呼んだりする。
大衆の時代に、我々は会ったこともない人物の模倣をすることができるようになった。マス・メディアの力である。大勢の見も知らぬ仲間の存在を想像することによって、暗示の効果はいっそう強められ、無意識的な模倣はより確実に行われるようになる。こうしておびただしい数の大衆が共通の信念や行動によって動かされるようになる。感染と呼ぶのがふさわしいかもしれない。こうして大衆運動は起こる。大衆は雪だるま式に周囲を巻き込んで力を増幅させていく。常に他者との連携を求めている大衆は易々とこの運動から発せられるエネルギーに圧倒される。このような現象は「バンドワゴン現象」と呼ばれる。大勢の人々の流れから取り残されること、みんなが乗り込んでいくバスに乗り遅れることはしばしば耐えがたい苦痛を伴う。昭和初期の日本において、「バスに乗り遅れるな」という、全体主義へといざなうスローガンが流行したことを思い出して欲しい。
最初に出現したマスメディアは新聞だった。19世紀後半、印刷技術の躍進と共に、新聞の発行部数は飛躍的に伸び、瞬く間に大衆の間に浸透していった。
新聞の普及によって現れた最初の大衆運動の例をフランスに見ることができる。
1880年代に起こったブーランジェ将軍事件である。
背が高く金髪で青い目の、絵になる男であった。
陸軍士官学校出のエリートで、数々の武勲を打ち立てた男で、彼が国防大臣に就任してから人気は絶頂になった。彼は当時のフランスの民族主義的感情のシンボルとなって国民的人気を一身に集めた。彼はそれにぴったりの美貌と個人的経歴を持っていたのだ。
彼はフランスのアイドルとなった。彼の個人崇拝者は激増し、それを煽ったのは明らかに新聞と政治団体、政党が発行するビラやポスターの類だった。将軍の経歴を記したビラが飛ぶように売れ、将軍に関連したファングッズや歌が人気を博した。
ブーランジェ将軍は突如として自殺したのでこのブームも突如として終わったが、実に興味深い事件である。明らかに現代のアイドル熱や政治的指導者にもあてはまることではないだろうか。
この現象は強力な、或いは強力に見える指導者の存在を追い求め、進んで服従し、夢を託し、それと一体化しようとする大衆の性質を強烈に印象付けたのである。
その後1890年代にはドレイフェス事件が起こる。これは国防省で働くドレイフェス大尉が、敵国プロシアに機密文書を売ったとかで、彼を有罪か無罪かという観点で国論が2分されたという事件である。しかし、実際はこの事件は捏造であった。が、大尉がユダヤ人であったために、排外的な民族主義的レトリックで、有罪派が減ることはなかった。無罪派は論理的に大尉の無実を証明しようとしたが、有罪派が理屈抜きで、「祖国を裏切ったユダヤ人」という構図で感情的に大衆に訴えかけるような論陣を張ったためである。民族主義、排外主義のプロパガンダにかかり、有罪を大合唱した大衆の姿は今日なお、我々に問題を提起するものがある。明らかに大衆を動かすのは事実ではない。ナチの宣伝部長ゲッベルスは「嘘も100回繰り返せば本当になる」と言ったが、大衆の内に潜む、欲求不満や憎しみという感情に訴えかけ、その手段として排外主義や人種偏見のレトリックを用いることこそ、大衆を動かす有効な方法であった。政治指導者たち、知識人たちはドレイフェス事件からそのことを学んだ。
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]]>"東ヨーロッパ・ユダヤ史から紐解く、「ユダヤ人が嫌われる理由」" の続きを読む
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]]>かつて、ヨーロッパにはユダヤ人がたくさん住んでいて、そのほとんどは東ヨーロッパの都市部に集中していた。
東ヨーロッパへのユダヤ人の流入は二つの流れがあったとされる。
一つは、8世紀から9世紀にかけて、ハザル国の支配者層がユダヤ教に改宗したこと。この国は東はアラル海から西は黒海の北部まで、ヴォルガ川、ドン川、ドニエプル川の下流域を支配下におさめていた。しかし、ハザル国の国民にまでユダヤ教が定着した形跡はない。
より大きな流れは、11世紀後半の十字軍遠征による、ユダヤ人の迫害である。はるか東方のムスリムへの敵意は、チェコやライン川流域の都市に住まうユダヤ人にも波及し、ドイツの民衆十字軍はむしろ近場のユダヤ人を殺戮することに熱中した。
迫害されたユダヤ人たちは東へどんどん逃げて行き、14世紀前半にはポーランドへと到る。ポーランドの支配者層はユダヤ人の財産へ目をつけ、金を払わせてその安全を保障した。ユダヤ人とポーランド王族は長い時間をかけてそのような相補的な関係を作り、それを複雑なシステムとして定着させた。
迫害で苦しむユダヤ人にとってポーランドは希望の国となり、移住が加速する。ルヴフ、サンドミェシュ、クラクフ近郊のカジミエシュなど、多数のポーランドの都市にユダヤ人居住区ができる。このポーランド貴族とユダヤ人の関係は18世紀末のポーランド分割にいたるまで継承されたのであった。
ポーランドユダヤ人の多くは、信教と経済活動の自由を保障され、交易商人や金融業者、職人として活躍する。こうして資金を蓄えたものは徴税請負人や貴族の土地の賃借業へと進出した。王や教会、貴族が持つ徴税特権や不動産、様々な独占的経営権を賃借し、賃借料を前払いする代わりにその収益を自分のものにする仕組みを作ったのだ。
17世紀にはポーランドにおけるユダヤ人の人口は50万人をこえ、国民の5%へ達し、その多くはガリツィア地方に集中していた。


LVIV=ルヴフ(ポーランド語)=リヴィウ(ウクライナ語)=レンベルク(ドイツ語)
※当時のポーランドは現在のリトアニアやウクライナを含むかなり広大な領土を持つ大国だった。
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]]>
『ヒトラー思想』が降りてきた……
2016年7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」に男が侵入し、わずか1時間程度の間に45人の入所者を殺傷する事件が起きました。犠牲者は全員体や脳に重い障害を負っていました。犯人は自ら出頭し、その場で逮捕されました。その男の名は植松聖(26歳)。彼が精神病院へ措置(=強制)入院中に医師に話したとされる言葉……それが冒頭の『ヒトラー思想』です。
数々のメディアが、ナチスドイツの障害者絶滅※政策「T4作戦」に注目し、各所で歴史の見直しと考察がなされましたが、どれもこれも表層をなぞるのみに終始し、根本的な理解が得られたようには思えません。ヒトラーがなぜ「T4作戦」を許可したのか、そしてなぜ途中で中止命令を出したのか、中止命令が出されたのにひっそり続けられたのは何故なのか、そもそもT4作戦がいかなる規模でどのような官僚制度のもとで現実に実行されたのか、あなたは答えられますか?
※よく「安楽死」と表現されるんですが、現実にはディーゼルエンジンの排気ガスで窒息死させたり(死ぬのに1時間以上かかりました)、穴を掘らせてその淵で銃殺するなどの方法がとられ、「安楽死」などと呼べるものではなく、「安楽死」という表現はナチスのプロパガンダです
「T4」は『ヒトラー思想』の副産物のひとつにすぎない、と思います。
ナチスが政治的人種的にスケープゴートに定めたのは、多岐にわたります。反政府活動家、社会主義者、民主主義者、同性愛者、エホバの証人、労働忌避者(ニート)、精神障害者、、、、、様々ですが、最も大きなカテゴリーに属し、人種の最も憎むべき宿敵と規定されたのがユダヤ人です。
あるナチス親衛隊員は「西には職務が、東には国家社会主義の使命がある」と言いました。
『国家社会主義の使命』は、もちろんユダヤ人の絶滅を意味する言葉です。当時、ヨーロッパユダヤ人のほとんどは東ヨーロッパに点在し、それぞれで巨大なコミュニティを築いていたのです。
『ヒトラーの思想』はシンプルでしたが、既存のレジームを都合よく解釈しながらも極めて独創的であり、狂気と言えるぐらいに首尾一貫としていました。ヒトラーはそんなユニークなポリシーを頑として曲げることなく冷徹に実行しようとしましたし、その戦略は高度な計算に基づいていました。
冷酷な独裁者と言われ、高度な文明国ドイツで突如、ナチ党を率いて政権の座に就いた男……彼が何を考えていたのか、本当に理解している人は少ないでしょう。ヒトラーに関するあらゆることは、正確さに欠けていたり、偏見や決めつけで凝り固まっていたり、半ば伝説化している場合さえあります。『慶應義塾大学出版界』発行の『ブラックアース』や、ヒトラーの著作『わが闘争』、彼の発言集『ヒトラーのテーブルトーク』などを探りながら、『ヒトラー思想』の源流と基礎をまとめます。
イェール大学教授ティモシー・スナイダー教授著『ブラックアース』序章に「ヒトラーの世界」と題す短いチャプターがあります。訳文自体は硬くて読みにくいですが、ここに『ヒトラー思想』がシンプルにまとめられていますのでオススメしたいと思います。以下は、大部分が『ブラックアース』からの引用です。
ヒトラーの世界観の中では、ドイツ人はわずかな土地から必死で食糧を掘りだそうとする存在ではなかった。土地は食糧の供給を意味したが、その土地からより多くの恵みを得ようという、農業のイノベーションをヒトラーは拒絶した。しかるに、食べ物をより多く得るために、自然の中で動物に過ぎない人間が行うことはただ一つであった。それは敵の土地を征服することであり、新たな土地を獲得することだった。それはドイツ人種の生存と豊かな生活を約束したのだった。
比較的に新しい陸軍国たるドイツは、英仏をはじめとする海洋国家に対して植民地獲得競争に乗り遅れていた。新たな領土として野心の対象となったのは、ロシアやそれに従属する東ヨーロッパ諸国の領土である。彼らから土地を没収するのを正当化するための、スラヴ人を奴隷と捉える人種イデオロギーが必要とされたのだ。
ヒトラーの思想は、ユダヤ人を反「自然」反「人種」として捉え殲滅することを正当化するイデオロギーと、スラヴ人から土地を奪取し、彼らを奴隷化することを正当化するイデオロギーの、大きく二つに分かれた。ヒトラーは、当時自然科学として人々の間で隆盛を誇った「優生学」「ダーウィニズム」「ニヒリズム」「マルクシズム」「心理学」「一元論」「唯物論」などなどを曲解・歪曲することで思想的根拠とした。また、ヒトラーは、聖書や神の言葉など、人々に根付いた伝統的な宗教観や道徳観を刺激し、独自解釈することで理論を補強した。その思想は、ゲッベルスをはじめとした天才的なプロパガンディストたちによって繰り返し大衆へ伝えられたのだ。
ヒトラーだけでなく、当時のドイツ人の多くは第一次大戦中の英海軍による海上封鎖によって、数十万人のドイツ人が餓死するという苦い心的外傷を記憶していた。この時優先的に食糧を配給されたのは兵士など戦争に役立つ人間であり、多くの障害者や病人は冷遇され、食糧を剥奪されて餓死した。戦争に役立たない人間から食糧を奪う、ということは当時から行われていたのだ。ヒトラーはこの苦い記憶から、食糧を確保することが何よりも生存と支配の原理を維持するのに大切であると学んだ。ヒトラーの観ずるところ、食糧を与えたり奪取したりする権力を単独で保有するイギリスこそ、世界経済を支配する黒幕なのである。ヒトラーは英国人以外の誰もが食糧保証が欠如している現状を「平時の経済戦争」と呼んだのである。食糧を確保することは、権力の一形態であるばかりか、それを恒久的に保証さえしたのである。
とはいえ、ヒトラーはイギリスを打倒すべき敵とは見ていなかった。イギリスは人種的に血縁であり、世界中に大帝国を築いたので敬意を払うべき存在であった。見習うべき偉大な海洋国家と見ていたのだ。大英帝国とのハルマゲドンを避けつつ、新興の陸軍国であるドイツを世界的強国にし、しかるのちにイギリスと同盟を組むことが彼の夢であった。西へ行っても英海軍にはとても叶わないから、英国を脅かすことのない東方へ野心が向かったと思われるのだ。
ヒトラーは人間を動物だと思っていた。そこに妥協や甘えは一切なく、強い種が弱い種から奪い、餓えさせるのは当然にして唯一の理だった。弱者に対する情や憐みは造物主に対する罪だった。
ヒトラーは人種の違いを、動物の種の違いと同じものだと考えていた。優良人種は能うかぎり劣等人種から奪い続けるべきであったし、捕食して生き残り凱歌を上げるべきであった。優良人種は劣等人種とは異なり、進化を続けているし、よって異人種間の交配はあり得ることだが大変罪深いのだ。動物がそうであるように、種は同じ種と交配するべきであったし、異種はあらゆる手段を動員して絶滅させるべきだった。ヒトラーにとってはこれこそが法であった。重力の法則と同じぐらい確かな人種闘争の法であったのだ。この闘争は果てることなく続くかも知れなかったし、勝利して凱歌を上げることもあれば、敗北し、餓えて消滅することもまたあり得るのだ。ヒトラーはそのような思想で世界を見ていたのである。
ヒトラーにとって「自然」は非凡で獣的で圧倒的な真実だったし、他の考え方をしようとする歴史は丸ごと幻想だった。ヒトラーの世界ではジャングルの法が唯一の法であった。人々は慈悲の念を持とうなど欠片も思ってはならない。ナチス法理論家のカール・シュミットは「政治は我々が抱く敵意から生じるのだ」と説明した。「我々の人種的な敵は生まれつき選ばれているのであり、我々の仕事は闘い、殺しあうことだ」と。弱者は強者に支配されるべきだった。闘争はヒトラーにとってアナロジーやメタファーなどではなく、まごうことなき真実そのものであった。
ヒトラーの闘争では、つかめるものをつかまないのは人種に対する罪であり、異種の生存を赦すのも人種に対する罪だった。慈悲の念は、弱者が繁殖するのを赦すので事物の秩序を冒すとみなされた。ヒトラーの言では、十戒を拒むのこそまずやらねばならぬことだった。万人の万人に対する闘争はこの宇宙の唯一の理だった。「自然」は人類にとっての資源だったが、それはすべての人間を意味せず、勝利した人種のためのものであった。
勝利し凱歌を上げた人種は交わらなければならない。ヒトラーの理論では、殺人の後に人類が為すべきことはセックスであり、繁殖することだった。ヒトラーにとってみれば、我々の不幸な弱点は、我々が考えることができ、異人種も同じことができると納得してしまい、そのことで異人種を同胞と認めてしまえることにあった。ヒトラーの天国は絶え間ない闘争とその結果だった。人類がエデンを追われたのは、性交によってではなく、善悪をわきまえたからであった。
弱者を率先して絶滅させ、強い者だけが糧を得る…これこそがヒトラー思想の根幹である。ヒトラーの代理執行人ヒムラーに言わせれば、大量殺戮へ参加することは良き振る舞いであった。というのも、大量殺戮は「自然」を取り戻すことを意味したし、人種内部に、共通の敵を倒しその罪悪感を共有するという、美しい調和をもたらしたからだ。
ヒトラー思想は単純に、人間を動物とみなして弱者からの収奪を正当化することであったが、その「自然」な状態を歪ませたのはユダヤ人であった。
ヒトラーにとって、第一次大戦の敗北はこの惑星の秩序が破壊され、この世界の全ての枠組みに歪みが生じている良い証明だった。ヒトラーはユダヤ人が「自然」の秩序を支配してしまったことの証しと捉えたのだ。このヒトラーの理解は、当時の同胞ドイツ人の土地をめぐる怨嗟やナショナリズムとは一線を画していた。
「国内に巣食うユダヤ人を戦争の最初にガス殺さえしておけば、ドイツは勝利していただろう」と、ヒトラーは主張した。
ヒトラーによれば、この惑星の「自然」の秩序を、人々に善悪の知識をもたらすことによって破壊したのはまごうことなくユダヤ人であった。人類に向かって、人類は動物よりも高位の存在であり自ら未来を決定する能力を持っていると最初に告げたのはユダヤ人だった。ヒトラーは自らが思い描く血塗られたエデンを取り戻すことが自分に課せられた運命であると悟った。ホモ・サピエンスは誰にも抑制されることなく人種間の殺戮を続けることによって繁栄するはずであった。ユダヤ人が言うように、人々が善悪をわきまえ、異種を同胞とみなし、衝動を抑制して理性的に振る舞えば、種は終焉を迎えてしまうのだ。
仮にユダヤ人が勝利すれば、彼は続ける。
「さすれば勝利の王冠は人類にとっての葬儀の花輪になるだろう」
ヒトラーは徹底した人種論者だったが、ユダヤ人が人種であることは否定した。彼に言わせれば、ユダヤ人は優等人種とか劣等人種とかいうものではなく、人種に非ざるもの、「反人種」であった。人種たるものは本能の赴くままに食べ物と土地を求めて闘うのだが、ユダヤ人はそのような「自然」とは相反する論理に従っていた。ユダヤ人は異種の土地を征服して満足するのを否定し、「自然」に抗しようとしていたし、他の人種にもそれを勧めた。地球が人類に提供するのは血と大地以外なかったが、ユダヤ人は薄気味の悪いやり方でこの世界を歪めていた。政治的な互恵性の発達や、人間が他の人間をやはり人間であると認める習慣は、ユダヤ人から発したのだ。
人間は動物であり、倫理的な熟考を重ねることなどそれ自体がユダヤ的腐敗の徴なのだ。普遍的な理想を掲げそれへ向けて精一杯努力することそのものが、まさに忌むべきことなのだ。数千の死の穴で朽ち果てた何十万もの屍を眺めるのに精神的疲労を起こすのは、陳腐なユダヤ的道徳が優越している証しなのだ。殺害への心労は、人種の将来への価値ある犠牲に過ぎないのである。
ヒトラーの考えでは、いかなる反人種的態度もユダヤ的であったし、いかなる普遍的考えもユダヤ支配のからくりであった。資本主義も共産主義もユダヤ的であった。それらが見かけ上闘争を容認したとしても、単にユダヤの世界支配の隠れ蓑に過ぎない。国家や法という抽象概念もユダヤ的である。
「国家自体が目標である国家など存在しないのだ」と彼は言う。
「人間の最高の目標は何処か特定の国家なり政府なりを維持することではなく、その種を維持することである」
かりそめの国境線など、人種闘争によって自然に洗い流されてしまうだろう。
法も同じように捉えられた。法も人種に尽くすために存在するべきなのであった。ヒトラーの個人的弁護士であり、占領ポーランド総督のハンス・フランクによれば、人種を外れたいかなるものにそった伝統も「血の通わぬ抽象」なのである。法はフューラーの直覚を成文化する以上の価値を持たない。
カール・シュミットによれば、法は人種に奉仕し、国家は人種に奉仕したので、人種が唯一的を得た概念だった。外的な法的基準や国家の概念など、強者を抑圧するために目論まれたまがい物に過ぎないのだ。
ヒトラーにとっては、人類の歴史など存在しないも同然だった。「世界の歴史で起きたことなど、善かれ悪しかれ人種の自己保存本能のあらわれだ」と彼は喝破した。記憶に留めるべきは、ユダヤ人が自然界の構造を歪ませようとする絶え間ない試みだけだった。この試みは、ユダヤ人が地球に存在する限り続くだろう。
ヒトラーは言う。「秩序を常に破壊するのはユダヤ人どもだ」
強者は弱者を飢えさせるべきだが、ユダヤ人は強者が飢えるように事を運ぶことができた。これは「存在の論理」を侵害しているのだ。ユダヤ思想によって歪まされている宇宙においては、闘争は思いもよらぬ結果を招くことがあり得た。適者生存どころか適者の飢えと消滅である。
この論理では、ドイツ人はユダヤ人が存在している限り常に犠牲者となろう。最優良人種として、ドイツ人種は最大のものを受けるに値するはずなのに、失うもののほうが大きいのだ。ユダヤ人の反「自然」はドイツ人種の未来を殺すのである。ユダヤ人がドイツ人を飢えさせている限り、世界は不均衡の最中にあるのだ。
1918年の敗北から、ヒトラーは将来の戦争について結論を引き出した。ユダヤ人がいなければドイツ人は常に勝利するだろう。しかし、ユダヤ人がこの惑星の全てを支配しているし、その思想をドイツ人にさえも浸透させている。
ドイツ人種の闘争は否応なく二種の目的を持つことになった。劣等人種を飢えさせその土地を奪うことに加え、健全な人種闘争を台無しにしてしまうグローバルな普遍主義を掲げるユダヤ人を打倒する必要があったのだ。出会う人種を支配するのと同時に、彼らをユダヤ支配から解放する責務をおっていた。領土を求めて劣等人種と闘争するのは地球の表面をめぐる争いに過ぎないが、ユダヤ人に対する闘争はそれと異なり生態学的だった。それは特定の敵人種や領土を巡る戦いではなく、地球上の生命の条件に関わるものだったからだ。ユダヤ人は「黒死病よりも悪い疫病、精神的な疫病」なのである。
ユダヤ人は思想を持って戦うので、彼らの力はどこに行っても見られたし、誰もが自覚のあるなしにかかわらず工作員になり得た。
そうした疫病を取り除く唯一の方法は絶滅だった。仮にユダヤ人家族が一家族でもヨーロッパに残っていたなら、ヨーロッパ全体にその思想を感染させることができたのだから。ヒトラーは言った。ユダヤに毒された惑星は癒すことができると。
「ユダヤ人を取り除いた民族は、自ずと自然の秩序に復する」
「自然」はヒトラーによれば、二種類しかあり得なかった。まず、優良人種が劣等人種を虐殺する天国。もう一つは超自然的な存在であるユダヤ人が、優良人種に当然得るべき恩恵を与えず、可能な場合には飢え死にさせてしまう堕落させた世界であった。
ヒトラーの観ずるところ、世界の問題はユダヤ人が誠実さのかけらもなく科学と政治とを分離し、進歩と人類愛について偽りの約束をばら撒いたことだった。ヒトラーが提案した解決方法は、ユダヤ人をして、自然と社会は一にして二ならぬものだという残忍な真実に触れさせることだった。ユダヤ人は他の者達から分離し、どこか侘しい荒れ果てた土地に住まわせるべきなのだ。ユダヤ人は彼らの反「自然」が他の人間達をユダヤ人に惹きつけるという点で力を持っていた。けれど、ユダヤ人は、残忍な現実に直面できないという点で弱かった。どこか野蛮な土地に再定住させれば、ユダヤ人も超自然的な観念で他の者達を操ることはできなくなるし、ジャングルの法に屈するようになるだろう。ヒトラーの当初の強迫観念は自然環境の最たるもの、「ある島における無政府状態」であった。後にヒトラーの考えはシベリアの荒れ野に向けられた。ユダヤ人がどこに送られようが「関心事ではない」とヒトラーは述べた。
ヒトラーがそう述べてからほぼ一ヶ月後の1941年8月に、ヒトラーの親衛隊やドイツ警察・国防軍は、ヨーロッパのど真ん中、政府を解体し国家を破壊した無政府状態のウクライナで、一時で万という単位のユダヤ人を銃殺し始めたのだ。
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いかがですか?『ヒトラー思想』の一端がうかがえたでしょうか?『ヒトラー思想』は端的に言って弱肉強食を正当化する思想ですが、一口では語れない複雑な人種観を孕んでもいます。
強者は弱者から奪うべき。それこそが正義である…このような思想は魅力的です(特に男性にとっては)。この「秩序」に、何ら罪悪感に苛まれる必要もなく従えば良い、それこそが種を強化する、望ましい。正義である……これこそが『ヒトラー思想』の根幹です。彼に言わせれば、障害者や病人を慈しむことでさえ、強者を飢えさせようとするユダヤ的陰謀なのです。
しかるに、相模原で事件を起こした植松に、ヒトラーの如き深遠な人種観があったでしょうか?彼は単なる無学なアジア人です。深い考えがあったはずありません。彼は単にT4作戦の歴史を見て、特に思想も主義もなく自分の日ごろの鬱屈を弱者にぶつけただけです。それを『ヒトラー思想』だとこじつけてもっともらしくパフォーマンスしただけであり、それは明らかな間違えであり、見当違いです。
強者を崇拝する価値観は今もなお男子たる我々を惹きつけてやまないのは確かなのですが(それは弱者の否定とほとんど同じことです)、それを声高に訴えた国が、たったの12年で自滅に近い形で崩壊した歴史を、我々は忘れるべきではないでしょう。
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