2018年現在、その関係は逆転してしまっていると言える。2002年に小田急・相鉄の海老名駅前に出来た商業施設ビナウォークは、近隣住民の買い物の目的地としての役割を本厚木から奪ってしまった。のみならず海老名に出来たTOHOシネマズは、「いやー、映画って本当にいいものですよね。さよなら、さよなら、さよなら」と厚木市に向かって最後通牒を突きつけた結果、本厚木の映画館厚木テアトルがPARCOごと2008年に閉鎖してしまった。
そして、反撃はとどまるところを知らず。今度は人類未踏の地とも言われていたJR相模線海老名駅前に、2015年ららぽーと海老名がオープンした。そしてららぽーと周辺の区画はなおも開発が続いており、オシャレな店が沢山出来ているうえに高層マンションもバカバカと建っている。その高層マンションの宣伝文句には大抵”花火が綺麗に見られます”などと書いてあるのだが、マンション住人のお目に叶うようにせっせと打ち上げているのは厚木市である。同情を禁じ得ない。
いくら海老名の発展が目覚ましくても、本厚木にはロマンスカー停車駅という小田急線内の格付けで上位にあるという自信がこれまであった。海老名駅の利用者がロマンスカーを使うには、一旦本厚木で降りた上で乗り換えを行わなければならない。この不便さたるや、逆の立場になったらたまったものではない(なにしろ本厚木駅は小田急線の単独駅であるから…)。ところがこれも、2016年3月のダイヤ改正で海老名駅にもロマンスカーが止まるようになってしまった。本数は本厚木停車より少なめに抑えられているものの、今後本厚木の凋落が続くようであれば数字が逆転する可能性がある。実際、2018年ダイヤ改正で海老名駅停車の本数は大体1.5倍くらいに増えているのだ。
こうなってしまっては、厚木市民22万5千人の力を結集して小田急電鉄にクレーム電話しなければならない。毎日1人1分間の無言電話をかけるだけで、1日3750時間分もの電話対応人員を雇わなければならなくなるだろう(本当にやらないでね)。そしてそういった厚木市民の怨嗟の声が届いたのか、小田急電鉄はロマンスカーを本厚木に停めるか海老名に停めるか、完全に住民の判断に委ねることにした。
その方法が綱引きである。ロマンスカーが厚木市と海老名市の境にある相模川橋梁に差し掛かると、一旦そこで停車して先頭車両と最後尾車両との間で牽引合戦をさせる。勿論上り方面の先頭車両に乗るのは海老名市在住の運転士で、最後尾車両は厚木市出身の運転士である。牽引に成功し、ロマンスカーが停車した駅こそがこの区間での停車駅になるのである。公平で最良な方法だ。
…このように牽引を競わせた結果、大体両運転士の技量(というか車両の牽引性能)が拮抗することが多く、本厚木駅と海老名駅の中間にある厚木駅がロマンスカー停車駅として脚光を浴びることになるのだが、それはまた別の話。
(追記)
※本記事は2018年4月1日エイプリルフール用に投稿した嘘記事です。
この馬上弓くらべ大会、朝10:00に開会セレモニーが始まり15:50に閉会式という午前午後にわたるイベントである。かつては2日制でやっていたらしいが、現在では大会の予選から本戦まで圧縮して1日でやるようだ。流鏑馬の腕に応じてA〜D、そして子供クラスのクラス分けがあり、それぞれで優勝者を決める。朝一で行われるのはAクラスの予選で、そこからB、子供、C、Dクラスの本戦が続きトリにAクラスの本戦がある。
こういった小規模な大会のものでも、流鏑馬は見ていて非常に絵面が美しい。的の横を疾風のように駆け抜けたと思うと、いつの間にか的は射られてまっ二つに割れている。全速力で走る馬の上から射られた矢の絶対速度がどれほどになるのか分からないが、とにかく戦場で騎馬隊に出会ったら恐ろしいということは判った。火縄銃を使って、馬にひるんでもらうしか対策は無いだろう。
さて、午前午後にわたる馬上弓くらべ大会であるが、流鏑馬のトップ中のトップであるAクラス競技者の腕前を見たいのであれば、朝一とトリの間の競技は見なくても良いため観客によっては中抜けで暇になってしまう。そこで、流鏑馬の馬がダッシュしているすぐ横では別のイベントも同時開催されていた。それが小田原市で毎月定期的に行われているクラフトイベントの特別開催回、出張カミイチである。
カミイチは月例イベントとして毎月第4土曜日に開催されている。会場は小田原球場の傍らにある上府中公園。通常開催回のレポートはこちらに。

このカミイチはクラフトの出店者が集まるイベントであるとともに、フード方面でもパン屋とか珈琲屋とか移動販売車とかの出店が多い。丁度馬上弓くらべ大会を見にやってきた観光客の胃袋を、大いに誘惑したことだろう。もちろん私の胃袋も、大いに誘惑された!
会場の外側をぐるりと取り囲むように配置されていた移動販売車は、普段のカミイチでお馴染みの店があり、また今回初めて見るような店もあった。
屋台ブラックは初めて見たのだが、実は屋台だけでなく実店舗が下曽我にあるとのことだ。小田原系とも少し違うのだろうか。1杯500円のわりにしっかりとラーメンしていた。
バナナカレーを売りにしているNatural Mystic。ただ今回はバナナでなく、西京味噌とカシューナッツペーストを隠し味に用いたミスティックカレーソース使用の料理を販売していた。
ミスティックカレーソースは個性があってとても面白い味だと思う。ただ西京味噌の和風感が一番目立つので、ミスティックという横文字系の命名はしっくり来ないかも。
小田原市の久野、つまり足柄駅から足柄駅に乗り換える途中にある和菓子店である(その表現はどうなのよ)。天どらというのはシンプルにどら焼きを天ぷらにしたもの。
天ぷらのタネとなったどら焼き自体が甘さ控えめで落ち着いた味。どら焼きの中心部が冷たい、と思ったらそこにはバターが隠れていた。凝った作りでとにかく面白いけれども、1個食べたら充分満足してしまうかもしれない。注文の都度揚げてくれるのはグッド。
出張カミイチには沢山の珈琲屋が移動販売車なりブースなりで出店していた。それぞれにこだわりの豆をこだわりの焙煎で提供している模様。
この店名は”からり”と読むらしい。店主ご夫妻の出身地をくっつけて作った造語であるそう。三島の方に実店舗がある。
ノボリに書いてある”オーダーメード”とは、客の好みの焙煎にしてくれるということらしい。
THE MOBILE COFFEE STANDは最近いくつかのイベントで名前を聞くようになった。豆はコーヒーロースト海老名のものを使っているらしい。
海老名からはるばる小田原まで出店している。行動半径が広い。
エチオピアの野生のコーヒーというキャッチフレーズで、ブースでコーヒーを販売していた。
超浅煎りのコーヒーとして売られていたのは、ほとんど焦がされていない豆のコーヒー。味はお茶漬けに入れるおかきに近い感じがする。ただコーヒー豆の個性は後味で主張してくるし、液体にとろとろ感があって面白い。ポピュラーな黒い液色のコーヒーを置き換える飲み物ではないと思うので、これはこれで合うお茶請けを考えなければならない。
梅は残念ながら満開と言える程咲いてはいなかった。流鏑馬にクラフトマーケットに満開の梅なんて、欲張りの要求はお天道様に聞き届けられないものです。
]]>某情報源より手に入れた情報によると、今年から秦野どぶろく祭りは里山うまいもん楽市という名称に変わり、まほろば大橋を含めて会場を転々とし3日間行程でやっていたところ、1日限定のイベントへと縮小されてしまったようだ。それに伴い、まほろば大橋での開催はなし。唯一使用する会場が渋沢にある小田原百貨店渋沢店近くの駐車場というコンパクト&目立たないイベントになってしまった。渋沢なんて、普段行く事はまず無いのに。それでもどぶろくの振る舞いはあるようであるから、新酒の誘惑に誘われてフラフラと切符を握りしめ行ってきた。
そもそも小田原百貨店という百貨店があるということが初耳である。よく目を近付けて見て欲しいのだが、小田急百貨店ではなく、小田原百貨店である。昭和28年に創業して、小田原周辺を中心に9店舗を擁するスーパーマーケットであるらしい。そもそも百貨店じゃないじゃないの。
小田原百貨店渋沢店の場所はここ。渋沢駅から大して歩かない。
見た目はやっぱりスーパーマーケットだ。そして少し離れた駐車場に目をやると、人の集まりと”秦野どぶろく祭り”のノボリが。
改称は結構唐突な判断だったのかもしれない。来年からは、ちゃんとノボリが更新されるかな?
振る舞いのどぶろく。今回も既に瓶詰めされた状態のどぶろくを樽の中にドボドボ出して、それをすくって提供という形だった。どぶろく提供者の四十八瀬自然村という団体については昨年のレポートを読んでもらうとして、今年は会場の目立たなさもあって比較的おかわりフリーな雰囲気があったということを付け加えておこう。
フードも選択肢がいくつかあったけれども、大鍋で煮立てていた石狩汁、鹿ジビエ肉のシチュー、スッポン雑炊といったメニューがなんと一杯100円で提供されていたのが印象的だった。それもごまかしのような少量でなく、しっかりとした量で具もたっぷり。
イベント自体は目立たなかったものの、酒とフードに満足せずに帰った人はきっと居ないに違いない。是非また来年もやって欲しい、そう思った。
]]>
各地で行われるどんど焼きは特段珍しいものでもなく、大体ローカルニュースでまとめてその開催が報じられる程度の扱いになる。ところがどんど焼きのやり方に何かしら珍しい特徴があると、毎年のように取材が来てテレビなどでも放映されるイベントになるものだ。その珍しいどんど焼きの例の一つが伊勢原市神戸(ごうど)で行われるどんど焼きで、飾りを燃やして起こった火に若者が投げ込まれるという豪快なもの。もし私がテレビ番組制作側の人間であったとしたら、画面切り替わりと同時に「せ〜の」と投げ入れられる場面が映って、「小正月を迎えた本日、各地でどんど焼き行事が行われました」とナレーションが被って、「伊勢原市の神戸地区では毎年お祝い事があった若者が火に投げ入れられます」と説明したあと投げられた若者のインタビューを映してどんど焼きニュース一丁上がりとするだろう。いかんせん分かり易い画を提供してくれるどんど焼きであり、ニュース番組での紹介以外にも2012年にはナニコレ珍百景で珍百景認定されるなどしたようである。
ただ、テレビで見るに留めず実際にこのどんど焼きを見学してみたいとなると、ネット上であんまり具体的な情報が出てこない。いや出てくるには出てくるのだが、一部には18:00頃開始と書いてあり、また一部には19:00以降と書いてあるなどどうも情報が錯綜しており不明瞭だ。あれだけテレビで取り上げられることの多いイベントの情報が少な過ぎやしないか。そう思ったので、その辺りを確認する意図もあって”珍百景”どんど焼きを見に行ってきた。
事前に得ることの出来ていた情報では、テレビの映像として取り上げられるようなどんど焼きは夜に行われるけれど、同日(1月14日)の午前8:30から地区にある木下(こかげ)神社と呼ばれる小さな神社での例祭が行われ、どんど焼きもその神社の神事に付随した扱いになるということだ。
夕方頃に木下神社に足を運んでみたのだが、例祭を行った形跡などもあまり見当たらず、境内に縄が渡され紙垂が垂らしてあったくらいであった。
同日に少し北に上がった相模国三宮比々多神社でもどんど焼き行事が行われていたのだが、そちらの境内にあったお祭り感とは全く異なっている。例祭日の境内の雰囲気が無い。
木下神社の境内に張られていた縄は、地区の家々の間にも渡されている。大磯左義長で見た道切りのシメにも似ているが、道祖神にも関連する大根がぶら下がっているのは発見できなかった。
この縄の写真を撮ったのは国道246号の”比々多”信号の小径を北側に入っていった所であるのだが、さらに北側に行くと神戸の公民館があり、建物の前に藁と正月飾りで作った仮屋がある。
この仮屋が2基あるのがポイントなのだ。これによって開始時刻が18:00と書かれたり、19:00以降と書かれたりという現象の謎が解ける。それでは当日18:00以降からのどんど焼きの動きを追ってみよう。
18:00。神戸公民館の前には見学者とおぼしき人だかりが少々。マスコミっぽい人影は無い(毎年テレビで放映されたり、ローカルメディアに写真が載ったりするのに?)。公民館の中では木下神社での神事の後、14:00から神楽が披露されその後半纏を着た男衆が待機している状態であったのだが、座の中で艶歌の合唱が始まり18:10頃に若い男衆がぞろぞろと外に出てくる。男衆は2基ある仮屋の左側のものに群がり、設置された場所から引っこ抜いて神輿のようにそれを担ぐ。
そしてどんど焼きを行う指定の場所までそれを担いでいく。掛け声は「ヤートーサーセー、ヨイトコラサーセー」、さらにときに周囲の家々にぶつかりながら足取りもフラフラと暴れ担ぎをするなど、比々多神社例大祭で見た神輿の担ぎ方そのものである。違いと言えるのは、お囃子が鳴っていないことと暴れる直前に金物を鳴らして神の訪れを表現しないこと。これは時間帯の問題で配慮しているのか、あるいは仮屋が厳密には神輿と違って神様そのものではないということなのか、その辺りも興味深い。
どんど焼きの行われる鈴川の土手には、あらかじめ炎が燃え盛って用意されていた。その中に仮屋を放り込んで、火の勢いが収まってきたらみな近付いて団子を焼く。ちなみに炎の用意されていた場所は鈴川と東名高速高架との交差点である。
元々古くからこの場所で行われていたのか、それとも東名高速が出来てからこの場所で行うようになったのか。比々多神社の人形山車の移動範囲が東名高速高架の登場により短縮されたという事例もあるので、後者の可能性も充分にあると思われる。
公民館の左に設置されていた仮屋は、神戸の上地区のものであったらしく、そちらのどんど焼きが終了したのが18:40頃。それからしばらくはまた公民館内部で男衆が待機するかたちになる。大体19:00頃にテレビクルーがやってきて、19:45くらいに右に設置されていた下地区の仮屋を動かす段になった。また出立の前には艶歌が歌われ(ちなみに東京音頭の替え歌だった)、先程と同じように仮屋を引っこ抜く。
国道246号をわたって今度は先程よりも南側の地点でどんど焼きを行うようである。こちらがテレビで放映される若者が飛び込むどんど焼きなので、見学をしたいなら少なくとも19:30頃までに神戸公民館にいるか、あるいはどんど焼きの地点で待ち伏せしているのが良いだろう。
下地区のどんど焼きを行う地点は大体この辺り。
確かにこちらにはそこそこの人出があって、取材陣以外にも地元の方でない見学者もありそうだった。
そして炎の中に半纏を着た若者が投げ込まれる。「イチ、ニー、サン」の掛け声で投げ込まれて、投げ込まれた若者は慌てて炎から戻ってくる。マジックのタネも仕掛けもなく、本当に危険な通過儀礼的な行事だ。
家の新築などの目出たい事があった若者が投げ込まれるので、大磯の一番息子のようなこれから目出たい事があるようにと祈願するものではない。同じどんど焼きの周辺行事であっても違いがあるのであった。そもそも、この神戸のどんど焼きはあまり道祖神の気配のないどんど焼きという特徴があるかも。
そしてこの若者を投げ込むどんど焼きがいつ始まった行事なのかは不明であるが、投げ終わっていまだ燃え盛る炎に最後に全員で一礼を行うのが神事らしくとても印象的に見えるのであった。
では、相鉄本線の駅に出なければならないちょっとした用事とは何かというと、まず第一が二俣川の免許センターである。二俣川、実際に二股をかけている最中の場合行き先を告げるときにちょっとドキッとする。
その次に重要なちょっとした用事が、海老名駅より2駅横浜方面に行ったさがみ野駅の駅前にあるちゃんぽん屋に食べに行く場合だ。そのちゃんぽん屋は”博多どんたく”という店名で、少なくとも10年以上前から当地で営業を行っている。
ちゃんぽん屋と表現したが、博多豚骨らーめんのお店でもあり、また店内に酒瓶が並ぶ居酒屋でもある。ただこのお店が神奈川県内でコアな人気を誇る理由は、まるで二郎系ラーメンのような野菜の盛りが特徴的なちゃんぽんによるものだ。しかも、噂のデカ盛りちゃんぽんを頼んでみようと思いAちゃんぽん(普通)とBちゃんぽん(大盛)があるうちのBちゃんぽんを注文するとまず制止される。ちゃんぽんだからデカ盛りは当然であると言わんばかりに、Aちゃんぽんの時点で既に規格外のデカ盛りなのだ。
面白いのは、Aちゃんぽんを最初から注文した場合でも「ちゃんと食べきれるの?」というような顔を店主にされることだ。直接苦言を呈されることは無いのだが、この絶妙な間が毎回発生するのが面白い。そして結構通っているのだけれども、いまだ顔を覚えられていないということもなんだか可笑しい。端的に言うと、凄く作りたくなさそうにちゃんぽんを作られる店主だ。多分日本で一番ちゃんぽんを作りたくないちゃんぽん屋の店主だと思う。
それで、このデカ盛りちゃんぽんの味の方はというと、掛け値無しに美味い。白濁したスープとそこに染みる具の魚介の出汁、そして麺のしっかりとしたコシなど、九州で食べられる本格的な味だ。実際九州に行ったことのない人にも、このちゃんぽんを基準としてちゃんぽんの味を評価してもらいたいくらいである。量はたまらなく多いけれども。
このデカ盛りちゃんぽん、かつてはデカ盛りサイズ(現在のAちゃんぽん)を小小ちゃんぽんとして、超デカ盛りサイズを小ちゃんぽん、何も知らず普通のちゃんぽんを頼むと超超デカ盛りのちゃんぽんが出てくるというクレイジーなことをやっていた。しかも現在でもそうだが、超デカ盛りにしても良心的な価格なものだからなおさら間違い易い。さがみ野駅になんらかの用事があって、駅チカだし夜遅くても営業しているしということで何の気無しに入店した一見が何人爆沈したのだろうか。店主の作りたくなさそうな顔は、デカ盛りの壁に無情にも息絶えた客を何千人と看取ってきて到達した涅槃の表情であるのかもしれない。いや、メニュー名を適切なものに変えなさいよ(笑)。
…という書き出し、それからタイトルに至るまで麺や食堂の記事と一緒だが、実際この2つの店は本厚木のラーメン屋2枚看板と言っても良いほどで、優劣を付け難い店ではないかと思う。
厚木本丸亭、麺や食堂この2店とも、店舗が本厚木駅から少し離れた県道601号沿いにある。麺や食堂は小田急小田原線の車窓から見える場所にあるが、本丸亭はそれよりも南に100mほど行ったところにある。県道601号が円弧状に曲がっていることもあり、本厚木駅から行くとしたら所要時間はどっこいどっこいだ。
本厚木では麺や食堂が神奈川淡麗系醤油ラーメンの泰斗であるのに対して、厚木本丸亭は神奈川淡麗系塩ラーメンの泰斗であるという。それならばその神奈川淡麗系って一体何ぞや?という話になるけれども、鶏出汁を使ってあっさりとした味であれば淡麗系になるらしい。そんなラーメンは日本中いたるところにあるはずだけれども、あえて神奈川のラーメンだけ”淡麗系”と呼ばれるのは、やはり神奈川で食べられるラーメンというとこってりした家系というイメージが蔓延しているからだろう。確かに、博多で豚骨でない普通のラーメンを食べさせる店が増え始めたとしたら、たとえどこでも食べられるような珍しくもないスープであったとしてもその現象自体には名前を付けたくなるだろう。
話が逸れてしまったが、その淡麗系の本丸亭は2001年くらいからこの本厚木でやっている。この店の2000年代くらいの行列は凄いものであったらしいが、現在ではそこそこ待たずに入ることが出来る。というのも、2000年代くらいに注目を集めたのは有名な店主がラーメン作りの達人としてメディアに紹介されることが多かったためで(中村屋や、なんつッ亭などと一緒に取り上げられていた)、現在はその名物店主が「塩らー麺本丸亭」という横浜の店舗の方に行って分裂してしまったということで、本丸亭の味を知りたくば本厚木の本店に行くべし、とは言いにくい状況になってしまったのだ。
さてそんな厚木本丸亭の塩ラーメン。現在ではベース価格も850円からと、強気の価格設定である。まあZUND-BARでも820円からだし、中村屋が780円、麺や食堂の塩そばも750円からなので客もそれくらいの値段は覚悟して行くものなのかもしれないが。一世を風靡した店の塩ラーメンということで、初めて食べる人は一口目のインパクトを求めてスープを啜るだろう。そして、「あれ、物足りなくね?」「なんか塩辛いだけじゃない?」という感想が浮かぶかもしれない。実際私が初めて食べた時の感想、そんな感じでした。
一般にプレミアム価格の塩らーめんは、使っている塩がモンゴル岩塩だとかの高級塩であるため、一口目に塩のミネラル分が引き起こす雑味や甘味など分かり易い特徴が出易い。というか、価格に納得させるためそう作っている。それに対して本丸亭の一口目はシンプルな味わいで、まるで温かい海水を飲んでいるかのような感触だ。でも、麺を啜って具を食べ進めると、これが正しかったのだとわかる。
麺は佐野ラーメンで使われる製麺所の、青竹で打ったプリプリのもの。噛めば小麦の香りが口の中に広がる。具には細かく刻まれたネギ(噛めばネギの臭みと甘味が広がる)と、特徴的な春菊(噛めば苦味が広がる)。ワンタンは噛み締めると肉汁と強いショウガの香りが鼻腔をつく。共通しているのは、塩スープと組み合わされると個性が引き立って非常に美味いということだ。つまり単体で旨味を主張するスープをスープに対する添え物の麺と具で食べ進めるラーメンではなく、シンプルでオーソドックスな塩スープに合う個性をどんどん追加していきましたといったようなラーメンなのである。温かい海水のように感じられたスープは、象徴的な意味でも個性的な具を自由に丼の中で泳がせる海の水なのだ。そして具を噛み締めて一緒に味わうことで、塩スープの味の細部も引き立ち凄さが分かってくる。
創業者の名物店主たる金子透氏は、大阪の揚子江で働いてその後”丸亭”という豚骨ベースの店を出し、さらにその後店を畳んで本厚木に移り”本丸亭”を出した、と言われている。このスープを基調に具を味わわせるラーメンの珍しさは、確かに関西の料理の味作りなのかもしれない。塩分濃いめが好きな厚木以西味覚にも合わせてきている感じがあって、なかなか一筋縄では行かない、そんな感想でした。

初午祭は白笹稲荷の境内で行われる年中行事の内ひとつであるが、それ以外にも境内を利用して行われる、神事ではないイベントがちょくちょくあるという。たとえば今年4月1日に開催されている”ちゑのわ市”というのは、近隣地域からフードとクラフトの出店者を集め投げ銭ライブなども行ったいわばミニ大磯市のような催しであり、また昨年今年と秋口に開催した/する”こんこん市”というのも同様にフード&クラフト&ミニライブがセットになった催しだ(ちなみに今年は11月26日に開催されるという)。白笹稲荷神社の境内というのは大磯市やカミイチの会場よりは狭いものの、神道の行事に限定されない色々なマーケットイベントの会場として採用されるようになっているようである。確かに、集客力もそこそこある初午祭の会場として白笹稲荷神社を知っている人であれば、イベント会場として同社境内を使うと聞けば大体の行き方も思い浮かぶ筈だ。
その他白笹稲荷神社境内を使ったマーケットイベントとして定期的に行われ知名度を増しているのが、毎年の祝日に開催される白笹稲荷骨董蚤の市である。骨董蚤の市はその名の通り骨董品のマーケットであり、階段を上った拝殿前スペースに骨董品の露店とフードの移動販売露店が出るほか、大鳥居をくぐった参道にもずらりと骨董品の露店が並ぶ。
骨董品として並べられているのは、置物や掛け軸などのザ・骨董といった品から、陶磁器や古銭類やホーロー看板、はてはCDや古雑誌に到るまで。本当に蚤の市といった混在具合である。
特筆すべきは、このイベントの開催時間が朝6:00から16:00までとされていることである。近隣の住民などの、早朝に神社にやってきてお詣りをするというスタイルにも対応して開始時間が早められているのだろう。このイベントの存在を知らずにたまたま祝日に神社を訪れて、何やら参道が賑わっているなというように参加する人も多いかもしれない。賑わいをまた楽しみたければ、祝日を狙って再訪すれば良いわけである(一応、主催者ホームページにて開催を確認していった方が良いけれども)。
年内の開催は、あと11月23日(木)の勤労感謝の日と12月23日(土)の天皇誕生日だろうか。神社からさらに南に足を延ばせば紅葉の名所である震生湖もあるので、晩秋の祝日の遠出の選択肢としてはどうだろうか。
でもそれらの8キャンパスの中で、しばしば湘南キャンパスが東海大学のボスであるかのように扱われている。8キャンパスの中で、何も接頭辞がつかない無印の”建学祭”という学園祭が行われているのは、湘南キャンパスと札幌キャンパスだけである。その他のキャンパスでは”代々木建学祭”とか”伊勢原祭”とか、ご当地名などを冠した名称の学園祭となっている。札幌キャンパスのケースは、北海道東海大学から東海大学札幌キャンパスへと名称変更が行われてそれほど時間が経っていないので(今年が10回目の建学祭)、その内ご当地名称に変わるだろうと思われる。”建学祭”と言ったら湘南キャンパスなのだ。
さてその無印の”建学祭”が行われるのは、11月1日から11月3日までの3日間。3日間にわたって、学生達による模擬店や活動発表に加え、有名アーティストを呼んだライブ、オープンキャンパス、そして最終日には花火が打ち上げられる。人出は合計で8万人程度にものぼり、最終日となる文化の日(11月3日)には小田急ロマンスカーが最寄駅の東海大学前駅に臨時停車したりもする。学生・保護者・関係者だけでなく部外者からも注目を集めるイベントなのだ。
この建学祭、東海大学に留学生が沢山籍を置いているということもあってか、模擬店ラインナップに各国出身者の監修が入った本格的なグルメが混じっているなど、グルメの祭典としての価値も高い。また、既にあるがあまり有名になっていないご当地グルメとのタイアップや、日本で唯一海洋学部を持つ東海大学のカラーもあってか地元の海産物を使ったグルメのアイディアなど、今後厚木以西エリアで台頭するご当地グルメを発掘する場としても有益であると言える。というわけで、久方ぶりに台風の影響が無かった週末、11月3日(金・祝)の最終日の様子を見学してきた(建学祭なだけに…)。
主に模擬店が出ていたのは、1号館前から東西に伸びる富士見通りの東側部分と、キャンパス内を南北に伸びる中央通りの南側部分。どちらの区画でも沢山の来場者と、その来場者を呼び込もうと看板を持って声を張り上げている学生がおり賑やかであった。
多国籍っぽい模擬店を差し置いて、まず気になったのが中井町のご当地グルメ登場!と今年ローカルメディアに紹介されていた”ぽんぽん麺”。ぽんぽん麺はかねこ製麺という中井町の製麺会社が販売するスープ付生麺で、神奈川県産小麦粉を使用したちゃんぽん用細麺である。名称は”ちゃんぽん麺”だと用途が限定されてしまうということでぽんぽん麺となったようだ。中井中央公園に今年完成した、なかい里都(さと)まちCAFEでも販売を行っている。
東海大学メディアプロジェクト地域魅惑という団体との提携でブースを作っていたのだが、さらにその傍らの模擬店で中井町で採れた野菜と一緒に調理されたぽんぽん麺を販売していた。
味はこの製品のスタンダードであるちゃんぽん味と、醤油味から選択が出来た。麺自体は細麺で小麦の香りなどもして良い感じであった。ただ醤油スープはストレートな醤油といった感じで、もう少しひねりが欲しかったかも。いっそ(中井町名物みかんとかで?)酸味を加えてみるのはどうだろう。
続いて目に留まったのは、広報メディア学科『こちらラジオ番組制作部』という団体の模擬店で、平塚漁協とFM湘南783がコラボして作成したグルメのサバトロ麺を調理販売していた。
値段も200円と安く、また呼び込みを行っている学生が、「今朝漁船に乗って釣ってきたサバを調理しました」的な事を喋っていたので興味が向いた。鉄板で熱した焼きそばの麺に、サバの餡をかけたグルメ。
グルメとしては数年前から存在しているらしく、ご当地グルメフェスにもちょくちょく出ていた模様。流石に息の長いグルメとあって、餡の味が塩辛すぎず万人向けのグルメであると感じた。ウロコも餡に入っていたのはご愛嬌。
東海大学湘南校舎チャレンジプロジェクトの、気仙沼シャークプロジェクトという団体。復興支援を兼ねて、気仙沼で採れるヨシキリザメを使用した製品を提案している。模擬店ではサメ皮を使った小物の販売と、サメ肉をすり潰して作ったチヂミの調理販売を行っていた。
サメ肉を使ったチヂミは言われないと分からないレベルだったかもしれない。サメ肉が塊でゴロっと入っているものだと思って食べていたので、多少冷めてしまった(サメ肉なだけに…)。でも逆に言うと、アンモニア臭いサメ肉の癖は解決されていた。
その他建学祭での見所として、丁度キャンパス内でも色付き始めていた樹々が綺麗だった。
キャンパス中央の噴水が水上ステージと化していたのもダイナミック。
1時間半くらいしか滞在しなかったが、グルメと紅葉のコラボレーション(と、現役学生のエネルギー)に大変満足。
]]>平塚市と日本一職人があまりにも結びつかなかったので、件の肩書きもこぢんまりとした身内向け大会のものではないかと訝しみ、その野暮用ついでのタイミングでは食指が伸びなかった。ところが家に帰ってから調べてみると、ジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップ(JCRC)というのはSCAJが主催する歴とした日本一を決める大会であるようなのだ。SCAJというのがコーヒー屋さんの業界団体であることは知っていたので、逆に自分自身が大会名を今まで耳にしたことがないことに驚いた。そもそもコーヒーの日本一職人という肩書きでメディア出演している人を見たことがないのに、大会なんていつやっているのだろう?そう疑問に思って、大会の開催概要などについて検索してみた。結果…
全8ジャンル、こんなにも細分化されて大会があった!そうか、これまでコーヒー界の田崎真也みたいな存在を見たことがなかったのは、大会がものすごく細分化されており、”日本一の職人”と名乗るにはどの肩書きも単体では弱いからだったのだ。
そしてその8大会の内の、ジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップ(JCRC)の話であるが、JCRCではコーヒー豆の焙煎技術だけを取り出して競うようだ。競技方法は出場者全員に同じ豆(名前は知らされない)が配布され、同じメーカー同じ機種の焙煎機で焙煎をして、あらかじめ提出した焙煎計画書通りの味になるかを競う(したがって、一番美味しいコーヒーを淹れた職人 = 優勝という評価方法ではない)。申し込みの方法はオンライン申し込みで、先着順で応募してきた50名の中で一旦予選を行い、その中の成績上位6名による決勝が後日に開催されチャンピオンが決定する。チャンピオンになった人は、世界大会のワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ(WCRC)に日本代表として出場する権利を得るらしい。へえ勉強になった。
ラスカの期間限定出店では豆を買わなかったものの、コーヒー屋さん業界団体お墨付きの日本一ならばと焙煎日本一職人の豆がどうしても気になり、実際に店舗を訪れてみることにした。場所は平塚市の河内という住所。
平塚市内といっても、ほとんど大磯の裏というような印象である。小学校の周辺に商店街というほどでもなく商店が固まった小区画があって、その中で本当に地元の店といった佇まいで、いつか珈琲屋の建物がある。
店の前面に大きなガラス窓があるので、外から店内を覗くことができる。たまたま店内を切り盛りしていたのは、チャンピオンの近藤啓さんではなくまた別の男性スタッフの方であった(外国からの留学生の方にも見えた?)。扉を開けて目の前には作業台のようなテーブルがあって、コーヒー抽出に使う器具などが置かれている。その奥には焙煎後の豆が種類別に大瓶に入れられており、店の左側壁面にはそれぞれの豆の味の傾向などが図で示されている。一方右側はレジと、その場でコーヒーをテイクアウトできるミニコーナー。客の立ち入りが出来ないさらに奥の方は焙煎機が置かれた作業場で、そこから焙煎中の良い香りが漂ってきている。いやこれは本当に、何時間でも嗅いでいたい良い香りだ。
店内は照明の色などに暖かみがあって、いわゆるサードウェーブ系の無機質な店とは対極にあるようだった。店の雰囲気や『いつか珈琲屋』という不思議な店名も含めて、辻堂の27 coffee roastersを紹介した記事での分類に従えば旧来的な街の焙煎豆専門店である。それでいてサードウェーブ系の店なら喉から手が出るほど欲しいであろう日本チャンピオンを排出しているというのだから、世の中よく分からないものだ。いやむしろ、情報アンテナ・コネクションを店の強みとするサードウェーブ系に対する、技術を売りにする街の焙煎豆専門店という図式がはっきり出ていると言うべきなのか。
どの豆を選んで良いのか、咄嗟には判断が付かずウロウロしていると、店の目立つ所にTop of Japanという名称で日の丸の描かれた瓶を見つけた。このTop of JapanがまさにJCRC決勝で近藤さんが提出し1位の評価を得た豆と同規格で焙煎した豆らしい。
店が前面に出している焙煎日本一職人の、日本一になった時の焙煎豆を買って味わうのだから、このお店について評価をする際のある意味での正解なのだろうけれども、よくよく考えてみるとJCRC決勝はコーヒーの味を競う大会ではないし、豆についてもこのいつか珈琲店の目がかかって厳選され輸入された豆というわけではない。ただ大会のお題として無作為に選ばれたものだ。そういう視点から言うならば、初めて買う豆は別の豆にした方が良かったのかもしれない。
というのも、家に帰ってこの豆を使って淹れたコーヒーが、今まで飲んだどのコーヒーよりも群を抜いて美味しかったということはなかったから。淹れ方を変えて色々試してみたけれど、日本一のクオリティに唸らされる体験は無かった。この辺り、先程も書いたけれども味を競う大会の日本一ではないことが関係しているのだろう。勿論、後味まで長〜く続くほのかな甘い香りなど随所に気に入った部分はあったけれども。
だから、また次の機会に別の豆を買ってみて、改めてこのお店を評価できたら良いなと思った次第。
平塚市の河内の店舗まで出向くのは億劫だという人でも、以前紹介した辻堂にある湘南T-SITEでたびたび行われている、サードウェーブ系コーヒー業界そうそうたる面子によるイベント、”Shonan Coffee Times”にこのお店が出店していることが多いので、そこで出会いを求めるのも良いかもしれない。近々の開催は、11月3日(金・祝)〜11月5日(日)に行われる、”Shonan Coffee Time Vol.3″。
このイベントでは1000円チケットで5店舗の試飲が出来るので、色々な店舗のコーヒーと一緒に、平塚の日本チャンピオン焙煎の豆を試す良い機会となるかも。
というわけで今年50回目の開催を迎えた、伊勢原市の子供に「この祭にもなっている太田道灌って武将、さぞかし武士らしく立派な死に方をしたのだろうな」と興味を持たせそののち失笑させる祭、伊勢原観光道灌まつりである。
毎年恒例この祭のメインとなっているのが、小田急小田原線伊勢原駅周辺から国道246号までの長い道を往く太田道灌と北条政子のパレード。伊勢原大神宮前を経由するこの道は当日歩行者天国になり、此処に出店が沢山並びなにやら賑わっている感が出る。それに加えて今年は祭の50回記念ということで、1986年より伊勢原市と姉妹都市関係にある長野県茅野市より御柱祭で曳き回す御柱がやって来て、地元の方々によって御柱祭の里曳きが再現されるという。貴重な御柱を見る機会(そもそも本家にしろ6年に1回しか行われない)、悪天候を気にせず足を運んできた。
小田急小田原線を、伊勢原駅で下車する。パレードの行われる直前に現地入りしたのだが、やはり悪天候のためか改札がごった返すといったような混雑は見られなかった。
北口の大通りに出ると一転、雨にも関わらず結構な人出が集まっていた。天候がある程度良ければ登山や阿夫利神社参拝のついでという参加動機も理解できるが、この地味なファンの多さは何なのだろう。ヒマなのか。
沿道にある伊勢原大神宮でも、まるで社の祭日であるかのように人だかりが出来ていた。境内ステージでイベント(カラオケ大会?)が行われ、屋台が敷地を埋め尽くす。
例年の賑わいは知らないが、この大神宮前が御柱曳行のスタート地点となっていたため、茅野市からの曳き手の詰め所的役割も担っていたのかもしれない、
さて12:20より始まったパレードの内容である。毎年男女1人ずつのゲストが呼ばれ、それぞれ太田道灌と北条政子に扮する。今年の道灌は俳優の北村有起哉さん、政子は女優の高野志穂さんで、道灌まつり始まって以来のご夫婦抜擢ということらしい。太田道灌は騎乗して鷹狩りに向かうという設定で、北条政子は市内古刹の日向薬師に乗り物に乗って参詣するという設定があるのだが、今年は悪天候のため2人とも乗り物に乗ってパレードという形がとられていた。どうでも良いがこの乗り物は鷹狩りと日向薬師のどちらに向かえば良いのか。設定が行方不明に。
いや役者さんは実際にご夫婦だけど。頼朝は出し抜かれてカンカンなのかホっとするのか。
同じ大通りを使って、茅野市からやって来た御柱の曳行も行われた。長さ12mの御柱にメドデコと呼ばれるツノがつけられ、縄を使って引っ張られる。
曳行開始時刻になると、まず梯子が垂直に立てられ、消防の出初め式のような演目が。
やがて曳行が始まる。メドデコの上に人がギッシリと乗っかり、左右に大きく揺れた後、ラッパと太鼓のジングルに続いて御柱が前方に引っ張られる。この謎のジングルを聴くと、御柱祭だなという気持ちになる。
御柱は茅野市からやってきた人達(余談だが、会場アナウンスで茅野市が”カヤノ”市と読まれていた。”チノ”です。)の他にも、希望者があれば観客が参加して引っ張ることも出来る。結構えげつないスピードで動くので、最初から最後まで参加した人は大変だっただろうが。
50回記念の道灌まつり。御柱曳行が間近に見られて満足であった。次に御柱がやってくるのは市制施行50周年の2021年とかかな?
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