あんまり出歩かないほうがいいんじゃないか、という話が出始めたのが3月頭で、それ以来、断続的に(とくに打ち合わせなどがないときは)出社せずに社内LANにVPNで繋いで黙々と業務、という状況。4月になって「緊急事態宣言」とやらが発出されてからは、1日を除いて出社していないまま、ゴールデンウィークに至り、その後も何となく継続状態、という状況であります。
企業法務という比較的、物理的場所に縛られない仕事であることが幸いしてか、いまのところ大きな問題は出ていないのが実際。最初の頃はVPNが繋がらないとか、IPフォンがすぐ切れるとか、いろいろインフラ周りに問題があったものの、社内情シスがここぞとばかりに手持ちの予備戦力とキャッシュと意地を投入したのか、ゴールデンウィーク明けごろからは、さほどの不自由がない状態。
本当のところは対面のコミュニケーションでないと、とか、部下の勤務状況がわからないとか、そういう課題もあるやに聞きますが、文字によるコミュニケーションができていれば、あとは適宜電話などで補えば良いので、当方ではなんとかなっている感じではあります(部下はどう思っているのか知らんが)。ということで、まあ、しばらくはこのままでもいいかな、と。ただ、人材育成(特に新卒採用者に対するもの)などは、日本企業的なOJTにかなり支障がありそうではあります。
個人的には、仕事とプライベートの切り替えができないとか、調べ物で文献に当たることができないとか、そういう個々の困りごとはありますが、何よりも、通勤時間がいらなくなったのが素晴らしいので、感染症が収束したとしても、この傾向は続いていってほしいところ。
掛け声だけは以前からあったものの、新型コロナウィルス感染症という、有無を言わさない事情により暴力的に強制される形でスタートしたテレワークの普及ですが、長期的には首都圏を中心として産業構造の転換にも至る話で、勤労者の郊外から都心への通勤を前提に事業が成り立っていた鉄道会社や飲食業、不動産業などは、急激な横風に晒されるわけで、誠に恐ろしい限り。
オフィスの構え方も変わってくるはずで、ここであえて都心に大規模オフィスを構えるという判断をする会社は、少ないでしょうな。テレワークで実施できない業務については郊外に大規模事業所を構えて実施し、都心には小規模なオフィスをサテライト的に設けるとか、そういうふうになるんでしょうかな。
]]>ここしばらく、WordPressの調子が良くないのでPHPの設定やらあれこれ調べてたら「もーやー」となって勢い余ってはてなProを契約してもうた。ちょうどサブドメインなしでも独自ドメインでの運用ができるようになったということなので、これ幸いとばかり。正直、自前でWordPressを細かくメンテナンスするのも面倒になってきたところであり(とくにHTTPSまわりをレンタルサーバで対応しようとすると、あれこれ厄介)、とりあえず着地ポイントとしてのドメイン名さえ維持できていればいいか、という割り切り。正直、個々のURLの移行はできてません(面倒)。
そういえば今年の正月には、カルロス・ゴーンが楽器ケースのなかに隠れて逃亡したとか、某環境大臣が育休を取るの取らないのといったニュースが世間の関心事でしたが、すっかりそんなことも吹き飛んでしまう疫病一色の世の中になってしまいましたなあ。なにはともあれ早い収束を望みますが、とてもそんな状況には見えないゴールデンウィークの中盤。
]]>今、毎年の謹賀新年エントリを見返してみると、6年前の正月はインフルエンザに罹っていたり、5年前の正月には平坦な人生と嘆いていながらもその翌年の正月にはもう結婚していたり、などということがわかったりするので、年に一度の更新であっても、定点観測としての価値があるのかと(果たして公開する意義があるのかは考えない)。
年末年始は、幼児を飛行機に乗せるという難関をクリアしたりなど。まあ激烈に泣き叫びますよね。昨年はまあ、年初からずっと、すべてが幼児中心の生活だったので、もう少し自分ひとりの時間が何とか確保できんかなという気もしつつ、無理だよなー、と思うことしきり。それでも、幼児が寝てから自分が寝るまでの少しの時間で、Twitter覗いたり本を読んだりハイボール飲んだりしてる訳ですが。
今なら、ふらっと一人旅とか、猛烈に楽しいんだろうなー。
]]>ところで、娘が生まれました。
しばらくは仕事もお休みして育児に専念する予定でありますれば、当ブログもしばらくは子育て日記になるかもしれません。
父としては、この悪しき酒呑みの遺伝子だけは、受け継がないでいてくれと願うばかりです。
さっきアップロードしたはずなのですが、操作ミスなのか何なのか、データが消えてしまいました。本年度も先行き不安なところでございます。
今年は、もう少し律儀にアップしようということで、こんなものを調達しました。まずは、かたちから入るのです。
]]>お忘れかもしれませんが、南スペインのロンダからスタートします。ふたたび鉄道と、写真にはなっていませんが、アルヘシラスから更にバスで40分ほど移動します。
今日の目的地はひとつ。こちらになります。
はい、スペインからイギリス領に入国します。ジブラルタル。あの保険会社のロゴそのままですね。シェンゲン協定が適用されないので、パスポートも国境通過時に改められます。
ジブラルタロックの頂上。絶景でありますし、ここを押えれば地中海の水運を抑えられるということで、あの腹黒紳士がスエズを喪失した後も、死んでもスペインに返さない理由がよくわかります。
ジブラルタル国際空港に着陸するブリティッシュ・エアウェイズ機。ウィキペディアさんにあるとおり、ジブラルタロックがすぐ脇にある上に、道路が滑走路を横切っている(離着陸時だけ交通閉鎖)という、かなり無茶なことをやっております。スペイン本土とイギリス領を繋ぐのはこの道路のみということで、国境通過後のバスもその道路を通ります。
まあ、この光景を見たいがためにジブラルタルまで来たという。

着陸で閉鎖されていた滑走路が開放された直後に殺到するバイク。
このまま、この飛行機に搭乗してヒースローまで。2日ほど滞在して日本に戻りましたが、まあ、そこについては取立てて書くようなことはないので、これにて終了。マドリードも白い村も見ていませんが、こんな感じのスペイン旅行でしたとさ。
]]>昨年はいろいろと追われて一年が過ぎていったので、今年は何かじっくりと取組むような年にしたいものと、毎年思っているようなことを改めて思ったり。
]]>朝から特急に揺られること約2時間。
途中こんなところを通過したり。
スペイン南部の山間の街、Rondaになります。
本日の宿は、こちらのParador de Ronda、崖っぷちです。以上。
正直、この日は観光は予定していなくて、午前中移動して、あとはダラダラして疲労回復につとめて終わり。
とはいえ、それもアレなので、市街をちょっと散策。
することないんでバルにでも駆け込んで、地元のワインをいただくしかありません。
いちいちタパスが繊細な作りで洒落ております。見た目だけではなくて味の方も宜しゅうございました。
春のスペイン南部の午後でひたすらワインと美味しいものをいただく以上の至福なことは、なかなか思いつきません。
すっかり出来上がったところで夕食はこんな感じ。この日は料理に恵まれました。
こんな山間にジャパニーズツーリストはいないだろう、と思ったらツアーらしき団体が2組もいました。恐るべし。
…以上です。
]]>深夜バスではありませんが、旅の中盤でのバス移動は地味に体力を削っていきます。なんでこんな選択したんでしょうね… もっとも、他の交通手段が現実的に選択しづらいためですが。
車窓からはアンダルシアの大地が。そして高速バスに揺られること2時間、本日の目的地はこちら。
こちらがParador de Málaga Gibralfaroでございます。旅の後半戦はアンダルシア地方のパラドール巡りとなります。
パラドールからマラガ市街と地中海を望む。港に大型船舶が停泊しているのは、たぶんクルージング船でしょう。
まったくの偶然なのですが、この日のマラガは映画祭を開催していたようで、街中は映画祭の横断幕やら看板やらで一杯の状態。
市街地の広場の隣で昼食を。奥に、やはり映画祭のレッドカーペットなのか何なのかよくわかりませんが飾り付けがなされております。
こちらがピカソの生家。内部はそんなに広くありませんので、展示品もさほど多くありません。生家なんですね、という以上のものは正直。
そこから10分弱歩いてピカソ美術館。初期から晩年まで色々な作品が展示してありますが、まあ、パリとかバルセロナとかに分散しているのがつらいところ。とはいえ、数時間いても飽きません。
美術館から戻って夕食もパラドールで。料理も非常に素晴らしかったのですが、ピンボケの写真だらけなので、とりあえずワインの写真を。
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この日はアルハンブラ宮殿に向かいます。広場からバスで。入場チケットは日本からオンラインで予約することができます。入場人数が限定されているので、あらかじめ予約していったほうが、行列に並ばなくてすみます。
アルハンブラ宮殿内にあるパラドール(国営ホテル)、の入り口。お高いんで泊まれません。
帰ってきてからホテルの近くでジェラートをいただきます。濃厚でうまし。
夕食は市街地から少し離れたレストランでいただきます。フラメンコも観ることができるのですが、そちらは見惚れてて写真撮ってません。
ということで、スペインらしい一日を過ごしたところで、次の日から強行軍がはじまります。
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