長崎県在住のリーマンさんからの投稿。高校生の頃、家を飛び出し、おじの家へと転がり込んだことがあるらしい投稿者。そこである光景を見てしまい・・・・・

私は高校2年の時に、親父に対する反発から、家を飛び出しておじの家に転がり込んだことがありました。
このおじは母の弟にあたる人で歳は30後半で、随分太っていて独身者でした。
おじとは仲が良く、当時の私にとって唯一心を許せる大人でした。
小学生の頃におじと一緒に一泊でスキー旅行に行ったのですが、風呂で見たおじのおちんちんが何とツルツルでおまけにドリチンだったのです。
その時、大の大人のクセにまるで幼児のようなおちんちんをしているおじに性的な興奮を覚えて以来、ずっと彼に対してイヤらしい感情を持っていました。
おじは普段は「いつでも遊びにおいで…」と言ってくれてたのに、突然訪ねると少し困っている様子で、大人って裏表があるんだなとガッカリしていました。
それでもおじは、私が父とケンカし家を飛び出してきたと言うと、「じゃあ今日はもう遅いし泊まっていけ」と言ってくれました。
おじに会えた安心感からすぐに眠ってしまったのですが、深夜に隣の部屋から何か言い争うような声が聞こえて、目が覚めました。
もしかして父が自分のことを連れ戻しに来たのか…?
そう思って耳を澄まして聴いてみると、「本当に甥っ子だよ…」とおじの声が聞こえてきます。
「嘘付け…そう言って他のオトコを連れ込んでいるんだろ…」
もう1人別の男性の声が…
それは幸いにも父親のものではありませんでした。
だとしたら一体誰の声なのか…と一瞬思いましたが。
「駄目!起きちゃうから…今日は駄目!」
その後ビンタするような音に続いておじの呻き声が「ん…あっ…はぁ…」としました。
私は「何ごとだろう…」とそっと覗いて見ると、なんと…おじのまん丸い尻が丸出しになっていて、その尻の穴に知らないオトコの指が2本突き刺さっています。
おじの顔はそのオトコの股間にあって、逸物を咥えている最中でした。
間もなくして、ダイニングテーブルに手を着いて前屈みになったおじの尻に、オトコの逸物があてがわれピストンが始まりました。
当時、まだアダルトビデオも見たことがない私が、いきなり中年男同士のアナルセックスに遭遇してしまったのです。
チビデブなおじが、あられもない丸裸にされるのにわずかな時間しかかかりませんでした。
オトコの腰使いが激しくなり「出るぞっイクっ!」と動きが止まりました。
オトコはおじの中にザーメンを注入したようでした。
そして、シャワーも浴びずに帰って行きました。
おじきはと言うと、その後随分長くシャワーを浴びていました。
私は、おじのイヤらしい身体と泣くような声を思い出して悶々としていました。
]]>福岡県在住の学生さんからの投稿。今ではおじ様フェチとなってしまい年上男性しか愛せないらしい投稿者。そうなった原因はとある映画館での出会いがキッカケだった。当時ゲイに興味のなかった投稿者がピンク映画を観ていると・・・・・

それは、私がちょうど21歳のときでした
ハッテン場という言葉も知らなかった私が、ただ興味本位で成人映画館に行ったときのことです。
隣に座った熟年の紳士にいつのまにか触られ、恥ずかしいのと気持ちいいのとで抵抗もできずに「一緒に僕の部屋にいこう」と誘われました。
ゲイには興味はなかったものの、おじさんに触られ少なからず興奮してしまった自分…しかも一度疼き始めた体は、慰めてもらわないと治まらないだろうと思ました…
その先に、どんな世界があるのか覗いてみたい気持ちもあり思い切っておじさんについて行くことにしたのです。
映画館から20分ほど歩いた自宅に連れて行かれ、おじさんはビールを飲ませてくれながら自分の体験を赤裸々に語ってくれました。
そして、男同士が決して不潔なものではないことを切々と語ってくれました。
むしろ女性とするよりも、快楽のツボを押さえているからずっと気持ちがいい、とも。
おじさんの話とお酒の勢いで、いつのまにか私は全裸でおじさんに抱かれていました。もしかすると、こうなることを望んでいたのかも知れませんね。
全身をやさしく舐めまわし、私のいきり勃ったチンポはおじさんのお口の中ですぐに溶けてしまいました。
おじさんは「ゆっくり、ゆっくり教えてあげるからね」と囁くと、今度は私のアナルをそれはほんとうに愛しく愛しく丹念に舐めまわし、指を少し入れたり出したりしながら、まるで揉みほぐすように愛してくれました。
でもその日は決してそれ以上は何もしなかったのです。
それからは僕の仕事の休みの日に、自分の意思でおじさんのところに向かいました。
二度目ももったく同じでとにかく愛してくれました。
一時間、二時間と平気で私の全身を舌で愛撫し続けるのです。
次第に自然に声が出てしまうようになりました。
三度目におじさん宅を訪れた日、またキス、首筋の愛撫からはじまり、いつものようにアナルを愛してくれているうちに、私はアナルが自分から濡れていくのを感じました。そして恥ずかしいことに「挿れて・・・」と哀願してしまいました。
おじさんはワセリンを用意していて静かに静かに、でも、その時だけは時に荒々しく、私の中に入ってきたのです。
もちろん私は処女でした。
おじさんのペニスはとても太いものでしたから、とても入るものだとは思ってもみなかったのですが、「いきんでごらん」というおじさんの声にしたがったとたん、その太いものは一気に私のなかを貫きました。
最初は痛くて痛くて、・・・・・裂けてしまうのでは・・・・でもそのうちに私は最初のその日から言葉にできないものを感じてしまいました・・・・・
三度目の日から私はおじさんの女になりました。もちろん自分の意思です。
おじさんが買ってくれる下着をつけて、おじさま、おじさまと叫んでおじさまの逞しいチンポを受け入れてただただ泣いていました。
あれから何年が過ぎたでしょう。今では別のおじさまの女として生きています。
]]>千葉県のドMメス堕ち肉便器奴隷さんからの投稿です。現在お世話になっているご主人様との馴れ初めについて教えてもらいました。きっかけは、男性にアナルを開発してもらったらどうなるんだろうと思ったことで・・・・・

高校生くらいからアナルって気持ち良いものなのか興味を持つようになり、玩具などで弄ったりしていましたが気持ちはいいけどイクとかそんな感覚は分かりませんでした。
なので、たまに無性に弄りたくなってアナルでオナニーするような感じでした。
2年ほど前に男の人に開発されたらどうなるんだろうと思うようになりました。
元々女装してる方が調教されるようなものは好きでしたが、もし自分もこんな風になれたらと思うようになり、思い切って某ハッテン掲示板で募集をしてみました。
内容はボンデージ姿で拘束してるので調教して欲しいですみたいな内容でした。
そこで50代くらいの男性とお会いする事になりました。
後のご主人様です。
約束した場所は夜の公園でしたが、かなり大きな公園だったので夜でも人は少ないですが、いたりする場所でした。
その中で唯一男子小便器が外に出ているトイレで待ち合わせしました。
待ち合わせの際の約束として私が変態な格好でいることだったので、ボンデージ姿でアナルにエネマグラを挿れて、目隠し、首輪、乳首クリップをした状態で小便器に手枷、足枷を繋いだ状態で待っていました。
正直ほんとに不安だったのですが、抵抗も逃げること出来ず見つかるかもしれない状況にとても興奮して今までとは比べものにならないくらい気持ち良くなっていました。
しばらくして約束していたご主人様が私を見た際に、
「ド変態じゃん、えろっ」
と言われ、さらに興奮してしまい女の子みたいな声を出しながら初めてトコロテンしてしまいました。
「見られて気持ちいいのか?」
と聞かれ、
「すごく気持ち良いです。もっと気持ち良くなりたいです」
と懇願しましたが、
「もう一回カメラに撮られながらイケたら良いぞ」
とカメラで録画し始めました。
そのまま言葉責めされ、首輪を引かれて、私はまた
「はぁ…あっ…イッ…イクッ」
とまたアナルだけでイッてしまいました。
録画を切る音が聞こえて、目隠し取って頂き、
「どうだ?まだイきたいか?」
と聞かれて、迷う事なく、
「もっと…もっと気持ち良くなりたいです」
と言うと、ご主人様に拘束を1度外され、個室に移動すると、
また目隠しと今度は手を後ろに拘束されると、玩具を抜いてバックで挿入されました。
いきなりの事でびっくりしましたし、初めてだったのでもっと痛いと思っていたのですが、すんなり入ってきました。
そのまま首輪を引っ張られながら、ピストンされました。
「どうだ?初めての感想は?」
とご主人様に聞かれて、
「気持ちいいです!もっと犯してください!」
もっと欲しくなっていた自分に正直になって、
「いい子だ」
と言いつつ、ご主人様はスパンキングもし始めました。
お尻をスパンキングされる度に興奮して気持ち良くなっている自分がいて、自分はドMなんだ、メスになりたいんだと思い、叩かれるたびにアナルが締まってご主人様は喜んでいました。
「良いケツマンコだな」
と言われた時に、今まで味わったことの無い快感が襲ってきました。
射精してる訳でもないのにビクビクとイッてる感覚がずっと続いて、
「メスイキか?良かったな」
とご主人様に言われて、これがメスイキなんだと、公園のトイレということも忘れて情けない声を何回もイかされて、中出しされました。
中出ししたアナルに玩具で蓋をしてスイッチを入れられて、そのままお掃除フェラをするよう命令されました。
その日はその後拘束を外されて、玩具が入ったままお散歩して頂きました。
その後はご主人様とは定期的にお会いしてホテルなどでたくさん開発して頂き今では乳首でもメスイキ出来るように開発されました。
えっちなコスでしたり、放置プレイしたりとたくさん気持ちいいことを教えてくれるご主人様に出会えて良かったと思います。
今では完全なドM淫乱メス堕ち変態肉便器奴隷になって、今度ご主人様が掲示板で募集をかけて、公衆トイレに拘束して設置するとのことなので居間からとても楽しみです。
その時メスイキしたらお仕置きすると言われてますが、無理に決まってるのに意地悪なご主人様です…
香川県在住の会社員さんからの投稿。初めてフェラされたのは14歳の時らしく、またその相手が50代の男性だったのだとか。ロリコン趣味のそのおじさんは投稿者のザーメンを飲むために公衆トイレで毎日待機するようになり・・・・・

私は中学2年から下着女装のおじさん(50代)に、フェラしてもらってました。
そのきっかけは、塾の終わった帰り道に公衆トイレに捨ててあったエロ本を個室で見ながらオナニーし、立ち去ろうとした時でした。
おじさんに「ねぇ、君チンチン弄ってたんでしょ?見てたんだよ、僕。おじさん、エロ本沢山持ってるからあげようか?」と声をかけられました。
へ、変態だ!!!
自分は当然恐くなり急いで自転車に乗ろうと早足で歩きましたが、おじさんに腕を掴まれおじさんの車まで連れてこられました。
おじさんの力があまりに強く、恐怖を覚えていた自分は振り払うことができなかったのです。
そして、ワンボックスカーの後部座席には段ボールが二箱あり、たしかにその中にはギッシリとエロ本やビデオが入っていて、「君のチンチン見せてくれたら好きな物持っていっていいよ」と言われました。
怪し過ぎてかなり悩みましたが、しかし思春期真っ盛りだったこともありエロ本欲しさにおじさんの車の中でパンツをグイっと下げてチンポを見せました。
その頃はまだ毛は生えたてで、皮を剥くのが痛い時期でした。
おじさんは凄く喜び、チンポに触ってきたり皮を剥いたりされているうちに勃起してしまいました。
するとおじさんは「エロ本と一緒にお金もあげるから、チンチン舐めてもいい?」
勃起してたのもあって、言われるがままに首をコクンと頷いていました。
おじさんは皮を剥かずに優しくフェラを始めました。
スゴく上手であまりの気持ちよさに直ぐにイきそうになると、おじさんは「我慢できなくなったら口の中に出しなさい」と言ってくれたので、そのまま口の中に放出してしまいました。
するとおじさんはズボンを脱ぎ出しました。
ビックリした事におじさんは女性物のピンクのスケスケパンティを履いていました。
股間には陰毛は無く、自分と同じ包茎チンポでした。
おじさんはをパイパン包茎チンポの皮を剥き、僕が口の中に出したザーメンを亀頭に塗りつけてオナニーを始めました。目がトロンとして、とても気持ちよさそうです。
「ママの気持ちよくなる所を見ててね」
「僕ちゃんのオチンチンもう一回舐めていい?」
「もう一回ママにザーメン飲ませて」
おじさんはフェラしながら淫語を連発し、僕は二回目にもかかわらずあっという間に射精しました。
その日から塾帰りに公衆トイレに立寄り、おじさんの車の中でフェラ抜きしてもらう日々が始まりました。
僕が女児パンツやTバックを穿かされてフェラされたり、おじさんにオナホで責められたり・・・
僕が高校に入るまでの2年間、下着女装したママ(おじさん)に性欲処理してもらいました。
今自分は32歳になりましたが、今でも女装ママが恋しいです。
]]>岐阜県のランさんからの投稿です。投稿者がおちんちん好きに目覚めたきっかけは幼少へと遡る。同級生たちとふざけて布越しに触り合っていたところ、ついにその目でブツを拝みたくなり・・・・・

幼少期に同級生におちんちんを触られて触り返したら同級生のおちんちんがムクムク大きく固くなってきました。
同級生は「やめろ」「やめろ」と言いながらも顔や態度はまんざらでもない様子にみえました。
私も気付かないうちに興奮して勃起してました。
その固くなった私のおちんちんを同級生が触り返してきました。
同級生は察していたかのように「やっぱり」と言ってきました。
当時の私は恥ずかしさが一番でよくわからず、でも凄く興奮してしまいました。
それからは休み時間とか同級生も待ってるようで、私は同級生のおちんちんを弄るようになりました。
そして、そのうちだんだんおちんちんがみたくなり、ある日何かの罰ゲームと称して「おちんちん出して」と言ったところ、同級生は「いやだ」「いやだ」言いながらも
おちんちんを出してきました。
同級生のおちんちんは皮を被ってましたが意外に立派で黒く大きくそそり勃ってました。
めっちゃ興奮してしまい、思わず手を伸ばして握ってしまいました。
同級生はやはり「やめろ」「やめろ」言いながら結局されるがままでした。
それ以来、私は女性以上におちんちんを想像するとめちゃくちゃ興奮してしまうようになりました。
当時はよくわからず、おちんちんや感触を思い浮かべてオナニーをするようになってしまいました。
以上、私がおちんちん好きに目覚めた体験談です。
当時、「おちんちんを舐める」という発想が思い浮かばなかったのが悔やまれます。笑
この体験談で興奮してくれる方がいたら嬉しいです。
]]>裕士さんからの投稿。敬愛する会社の上司と酒を交わしていると、悪良いしたのかバブル時代のことを話し出してくれた上司。その秘密の内容とは・・・・

これは、俺の敬愛する上司、成瀬さんが定年前に漏らした秘密である。
成瀬部長は学生時代よりラグビーを続け、60歳を迎えた今でも黒光りするほど色黒で、身長180のムキムキマン。
顔は巨人の原監督のようなさわやかハンサムで、3人の子供を大学まで卒業させた。
いつも俺達部下を守り、もう一度働きたい上司に選ばれたほどの良き男。
その容姿も、その性格も、その仕事っぷりも、まさに理想の上司を絵に描いたような完璧な人であったのだ。
成瀬さんは40代後半で、外商部の部長に。
異例の大抜擢だったが、その裏には会社に言えない武勇伝がいくつもあるらしく、2人で飲んだ際に酔った勢いで語ってくれた。
成瀬さんが活躍していた時代はバブル真っ只中。数千万単位・数億単位の美術品が売れていくが、いつの時代も決定権は女性。
つまり社長の奥様に気に入られる為に、チームを組んでの枕営業が当然だったらしく、名刺とコンドームが必需品。
今では考えられないよなw
成瀬さんのパートナーは6歳年下のバスケ部出身のミヤッチョ。
成瀬さんに負けないくらいの体格で、チュートの徳井似の人気者。
いつも成瀬さんと一緒に外周りを行い、コンドームもミヤッチョが準備していたらしい。
枕営業のほとんどが、奥様方からモーションなのだが、7,000万円もする絵の商談のその日に限り、ミヤッチョがコンドームが1個しか持っておらず、ミヤッチョが1人でお相手をし、汗だくになって爆発させた。
けれども奥様はまだまだ満足せず、成瀬さんにも相手を要求。
ミヤッチョがぶっ放したグジュグジュのザーメン入りコンドームを、再装着して挑んだらしい。
妊娠の危険より、生臭い男のザーメンを選んだわけだ。
しかもミヤッチョは滝のような汗を流しており、奥様の体は汗まみれ。舐めた乳首はミヤッチョの汗味だったと。
更に話は続き、3000万円のランプを買ってもらうために、ミヤッチョと2人で公開オナニーをさせられたことも。
しかも奥様の命令で、先にイッてしまったミヤッチョの膝の間にすわり、成瀬部長は後ろから、ミヤッチョの火照った体に抱きしめられながらシコられたらしい。
ザーメンのついたゴツゴツした分厚い手の平で、皮がすり剥けてしまうくらい強引にシコられ、やっとイッたと思ったら、ミヤッチョの扱きは終わらず、がっちりと足を固められ、発射した自分のザーメンをローション代わりに、敏感な亀頭をグチュグチュと尿道も捏ねくりまわされ、不覚にも小便をおもらし噴水のように大噴射させてしまったと。
目が開けていられないくらい、昇天しまうような気持ち良さだったが、人生で一番恥ずかしく、自分の小便を拭かなければならず、人生で一番惨めな経験だったと話てくれた。
そう語った成瀬さんは、ミヤッチョのザーメンのグチュグチュ感と火照った体のむせ返るような臭い、汗でネチョネチョした感触が忘れられず、ミヤッチョと顔合したり、自分のザーメンやラグビーをやっている息子の部屋に入り男の臭いを嗅ぐと、今でも思いだし、ゾッとするらしい。
当然のながら、妻にもいえず、この話を誰かに聞いて欲しかったのだと。
けれどもミヤッチョも良く知るオレは、『ミヤッチョは部長のこと、好きだったんじゃないですか』と。
成瀬部長とミヤッチョのザーメンが、ゴムのなかで混ざりあう。
『中のザーメンを飲みてぇ、臭いをかぎてぇ。俺のチンポを突っ込みてぇ…と、本当はミヤッチョが思ってたのかもしれませんよ…』と。
まくった袖からみえる血管が浮き出た成瀬さんのぶっとい黒い腕を見ながら、俺は話を聞いていた。
でもふとした疑問と想像が。
ミヤッチョは本当にノンケなのか…と。
あの成瀬さんの太い腕で、ミヤッチョがアナルフィストされていたなら…と。
成瀬さんは、実は自分の息子に欲情しているんじゃないか…と。
息子は某有名大学のイケメン大会で優勝したラガーマン。だから息子の部屋で欲情するのかとか。
]]>茨城県在住のアルバイターさんからの投稿。早熟だったようで12歳でアナニーを覚えて以来、セックス漬けの人生だったと言う投稿者。ポジになっていないのが奇跡に思えるようなことを繰り返してきており・・・・・

アナルが感じるのを知ったのは12歳頃だった。
そう、早熟だったのだ。自分は。
自分はもしかすると、頭がおかしいのかも知れないと思いながらも、1度知ってしまったその快楽から逃れられず、隠れてはアナルオナニ―をする日々が続いた。
そして初めてアナルセックスしたのは13歳の時、クラブの先輩だった。
初めての発展サウナデビューが21歳で、まるで何かに取り憑かれたみたいに毎週のように通い、しかもかなりモテたので行くたびに数え切れない位掘られた。
翌年22歳の夏、トコロテンを初経験した。これは強烈な体験だった。
それからはアナルセックス依存症とでも言うか、とにかくチャンスがあればケツを掘られた。
やがて女装も覚えた。
複数プレーは当たり前、何度もトコロテンを繰り返し何も出なくなっても時間が許す限り掘られ続けた。
25歳のある日、女装姿で発展サウナの部屋に入った瞬間、2人掛かりでレイプ同然に押し倒されたことがあった。
奥に当たる程の巨根で代わる代わる廻され、騎乗位にさせられた後ろから、もう一人に二本挿しされた。部屋の注目を一身に浴びた。
恥ずかしさと経験した事が無かった新たな快感、恥ずかしさはいつの間にか優越感と快感に変わって行った。
30歳でフィスト貫通を果たした。
チンポから精子を垂れ流し、熱を帯びた肛門は閉じる事も無く白濁した泡を滴らせ大勢のギャラリーに見られ体中触られ舐められながら拳を突きこまれ続ける快感に酔いしれた。
もう、ずいぶん前からからポジの危険性なんて考えないようになってしまった…
]]>東京都のたかしさんからの投稿です。これから東京へ旅行で訪れるという台湾人とアプリで知り合ったという投稿者。当日、彼が予約してくれたらしいホテルへ行ってみると・・・・・

太め短髪既婚ウケ
10日くらい前にアプリで太めを募集している位置情報近い台湾のタチ発見
プロフは中肉中背東南アジア系
顔写真とメッセージを送ると好反応
まだ東京にいるわけではなく、週末に友達に逢いに東京旅行に来るとのこと
肉色のアルバムをアンロックしたら身体が彼のタイプだったみたいで、是非会いたいと言うので最寄り駅を教えて近くのホテルに泊まってと頼んでみた
調べてみるとのことで数日連絡なかったので無理かと思ってたら、彼は最寄り駅1分、通っているジムの2軒隣りのホテルを予約してくれた
彼の本気感が嬉しい
当日は入口で待ち合わせてフロアに直行
ハグしてキスしていちゃいちゃしながら彼に全裸に剥かれ、乳首とアヌスを舌で責められる
フェラは興味ないみたい
あんあん泣いてると、挿れたいと言うので挿れてとお願いする
太いのが正常位で入ってくる
最初はきつかったがローションや腸液でびちょびちょになってアヌスが緩んでくる
優しかったストロークが激しくなって、ゴム中出しされた
また会う約束して、ジムで1時間運動して帰宅
帰国した彼とアプリでチャット、東京で会う約束してくれた
はやく会いたい
]]>鹿児島県在住の会社員さんからの投稿。小学生の頃に同級生に皮の剥き方やセンズリの掻き方まで習ったと言う投稿者。次第にそれはエスカレートし、お互いのをフェラチオをするまでに・・・・・

小5のときに、ませていた同級生がたまたま図書館の誰も来ない冷房が効いている場所にいた。
そこはドアで仕切られていて暗い部屋になっていた。
「お前も入ってみろ」と狭い部屋に入ってソイツと座っていると、ソイツが僕の股間をいきなり触ってきて、「なあ、マスかいたことあるんか?俺のチンコ触ってみろ」
僕は興味本位で触ってみると硬く勃起していた。
それからその部屋は、僕たちのチンコ部屋になったんだ。
時間がある度に2人でチンコを触りあってた。
あるとき、ソイツが「校舎の三階の屋上につながる階段があるから、今度はそこに行ってみようぜ」
初めての場所で弄りあえるって考えただけで僕はもう新たな刺激にドキドキしてしまい、ソイツが「俺、誰か来ないかな見張っているから、ここで俺のチンコ尺八してみろ」と言った。
奴はビンビンになったチンコをブリーフから出して、見せびらかしながら僕の口に入れた。
その時、初めて男性のチンポを口に含んだんだが仮性包茎で一生懸命に俺は舐めた。
「お前尺八うまいな。めちゃくちゃ気持ちいいよ」と言って、皮を剥いて亀頭を露出させた。
露出した亀頭の雁溝にはたっぷりチンカスが付いていて、俺はそれも舐めまくった。
アンモニア臭かったが、そのしょっぱい味がクセになりそうだった。
翌日、ソイツは休み時間に「一緒にトイレに行こうぜ」と無理矢理、手を引っ張られ狭いトイレに一緒に入った。
「お前、まだ精子出したことないだろ?チンコ見せてみろ!俺が手伝ってやるからさ!!」と。
いつ、誰が入ってくるか分からない便所の個室で俺は思いきってパンツを下げた。
「やっぱり、まだ俺のように剥けていないなぁ。俺がいまから尺八するから、チンコ勃たせてみろ。」
そして、尺八されているうちに変な気分になってしまい、ドリチンのチンコが勃起し始めた。
「おぅチンコビンビンになったな。じゃあ俺の真似してみろ。」とソイツはシコシコしはじめ、亀頭を露出させてガマン汁に唾液を塗りたくってシコシコ。
「俺がシコシコしてやるから」と俺のチンコを剥いて、シコシコしてくれた。
ときには唾液を塗ってシコシコ。
「俺のチンコみたいに早く剥いたほうがいいぜ。お前、ノーカットのビデオみたことあるか?外人はチンポでかくて、亀頭出てるぞ。」
俺は今まで感じたことがないくらいムラムラしてきた。
「女のオマンコにチンポいれるときってチンコ剥いていたほうが気持ちいいんだってよ」
そんなことを話しているうちに俺のチンコは、勃起しまくって身体中が熱くなってきて、身体中から込み上げる何か変な今まで感じたことがない気分になっていた。
「な~オシッコ出そうになってきたよ~出していい?」
ソイツは「馬鹿、オシッコじゃなくて、いまから精子が出るんだよ!ほらほら!自分の見てみろ!」
滝のように白い液体がドクドク鼓動を打ちながら発射してた。
「お前もこれで立派な大人だな。毎日しっかりマスかけよ。それとチンコは毎日剥いておけ。」
それからソイツとは、付き合わなくなった。
小学校六年から中学校まで1日八回位マスをかいていた。
中学校の修学旅行で集団で風呂に入ったときに俺はズル剥けになったチンコをみんなに見せつけてた。
みんなビックリしていた。
それから俺のアダ名は当時流行っていた映画「パンツの穴」の「ムキンポ」と付いた。
中学校になってから俺のズル剥けデカマラのことを噂で聞いた同級生からたまに自宅に誘われた。
「無修正ビデオ手に入れたけど見に来ないか?」
俺はまだ無修正なんて見たことなかったから誘われるがまま、ソイツの自宅に。
「外人のだけど、めちゃくちゃスゲーよ。」
ソイツと見てるうちに当然勃起してしまって、ビデオはデカマラチンポをマンコに挿入して、入れたり出したりしていて、俺の学生服のズボンがモッコリして、ガマン汁で濡れてきた。
ソイツが「一緒にマスかこうぜ」と真性包茎の勃起したチンコを出して「俺まだ剥けてない。お前のチンコ見せてくれ」って言われ、俺はガマン汁で濡れたブリーフからズル剥けデカマラを出した。
「噂どおりスゲーな。お前完全に剥けてるじゃん。どんなことして剥いた?いつからシコシコしてる?っていうか触っていい」となり、俺は小学校の時の話をした。
小学校のときに教えてもらったように、ソイツにも剥きかたから、マスのかき方を教えた。
「亀頭最初は剥くの痛いから、徐々に剥いたら癖つくからな。風呂のときはチンポの皮剥いてチンカス洗ったほうがいいよ。お前のチンコ見せてみ」とソイツのチンポの皮を剥いたら「スゲー痛い。こんなに痛いのか」ってw
痛々しい顔をしながらソイツは、仁王立ちでチンコを俺に向けた。
「よし、尺八していいか?」俺はひたすら尺八をした。
「ムキンポ気持ちいいなぁ~女とセックスしたら、こんな感じになるんか」
「俺のも尺八してくれよ」
俺はギンギンになったデカマラをソイツの口に突っ込んだ。
「これがガマン汁かぁ~しょっぱい味だな~」
それからソイツとは三年までセンズリ仲間となり、毎日ズリコキ大会、精子の飛ばし勝負とやりたい放題やっていた。
三年にもなるとソイツのチンポもめでたくズル剥けになった。
こんな同級生が四人ほどいた。
いまではソイツら同級生からはかなり感謝されている。
俺は小学校の時に剥きかたからシコシコまで教えてもらったアイツにマジ感謝。
その6年後、二十歳になった俺は無性にズリコキを教えてもらったアイツに会いたくなった。卒業アルバムの連絡先からアイツに電話してみることに。
「久しぶり、元気してた?久々に会わないか」と話がはずみ俺はアイツの自宅に誘われて、久々に会うことができた。
アイツはパンチパーマにスケスケ靴下をはいたヤクザになっていた。
アイツの自宅で酒を酌み交わして、昔の思い出話を色々した。
お互い酔ってきたときに、俺はアイツにあのときの話をした。
「小学校五年生のときに、お前とクラスで、お前は覚えていないと思うけど、お前からセンズリの仕方から剥きかたまで教えてもらって、俺ズル剥けデカマラになったよ。お前にめちゃくちゃ感謝している」と言うと「覚えてるよ。」と言い無修正のビデオを持ってきて、女のマンコの話や初体験の話をアイツが話はじめた。
「お前のチンコどんなに成長したか見たいな」とアイツは言った。
俺はすでに勃起していてパンツを下げるとチンポを奴の顔に向けた。
「おっスッゲェデカマラになったな~ズル剥けにもなって、お前ガマン汁溢れてるぜ」と言いながら俺のチンポをシコシコしだした。
俺は「お前のチンポも久しぶりにみたいな」というと、アイツはチンポを出した。
スッゲデカマラで真っ黒で、童貞線が切れて痕になって、かなり使い込んだデカマラになっていた。
「尺八していいか?」アイツは気持ちよく了解してくれた。
尺八していくうちにアイツはよがっていた。
「イっていいかぁ~」
俺の口に大量の精子を出しやがった。
俺はアイツのデカマラから射精した精子を感謝の気持ちを込めて全部飲んだ。
その後は全くアイツとは会っていないが、数年後に風の噂で結婚したと知った。
]]>京都府のぬさんからの投稿です。AVを見ているうち、男性でなく女性に感情移入するようになっていたという投稿者。特に興奮を覚えたシーンは、女性が中年男性に抱かれている場面で、自分も犯されてみたいといつしか思い始めるようになり・・・・・

26歳、普通体型です。
恋愛対象は女性ですが、性的な対象としては年上のおじさんに犯されることだけOKです。
ただ男性との経験はごくわずかです。
先日入籍し、現在は既婚です。
これは、入籍前に「最後に一度、男性とセックスしておきたい」と思い、掲示板に書き込んだときの体験談です。
もともと男性に強い興味があったわけではありません。
ですが、一般的なAVを見ているうちに、綺麗な女性が太った中年男性に抱かれているシーンに興奮を覚えるようになりました。
次第に、女性側の視点でその状況を想像しながらオナニーするようになり、それがきっかけでした。
その日、掲示板に書き込むと、40代で少し太めの男性から返信があり、即日会うことになりました。
待ち合わせ場所は相手の自宅マンションの下。
実際に近くまで行くと急に怖くなり、「このまま帰ろうかな」と何度も思いました。
それでも、事前に顔写真を送っていたこともあり、ここで逃げるわけにもいかないと覚悟を決め、会うことにしました。
ほとんど会話はなく、相手は無言で手招きをし、そのまま部屋へ案内されました。
まずシャワーを借り、パンツだけを履き直してベッドルームへ。
部屋は薄暗く、いかにもプレイルームといった雰囲気で、内心かなりドキドキしていました。
「緊張してる?」
「はい……」
そう言われた直後、身体中をまさぐられ、舐められました。
自分でも驚くほど、すぐに興奮して勃起してしまいました。
先走りがもう滲み出ています。
「もうこんなに硬くなってる。男に犯されたくて来たんやろ?」
「身体は正直やな。我慢汁垂らしてるし」
そんな言葉をかけられ、さらに興奮が高まっていきました。
パンツの上から舐められ、ぐしょぐしょにされ、脱がされました。
「でかいのに、完全に受けのちんこやな。こんなに先走り出して、エロいな」
しごかれながら、脚を大きく開かされてアナルを舐められました。
舌が穴の周りを這い、時折先端が中に入ってきて、自分でも分かるほど声を出して感じ、腰がくねってしまいました。
頭のどこかで「婚約中なのに、こんなことして……」と思いながらも、快楽の方が完全に勝っていました。
そのとき、「写真撮っていい?」と聞かれました。
撮られること自体に興奮するタイプだったこともあり、「顔を映さなければ」という条件で承諾しました。
こうして、身体全体や、びんびんに勃起したちんこ、開いたアナルの写真を撮られ、それに興奮している自分もいました。
次に69の体勢にさせられました。
お互いに舐め合いながら、相手の太いちんこを咥えさせられ、同時に自分のちんことアナルを執拗に責められました。
そのままイラマチオもされ、喉の奥まで押し込まれて涙目になりながらも、興奮が止まらなくなっていました。
唾液が垂れ、息が荒くなります。
いよいよアナルをほぐされ、挿入となりました。
「ゴムなしでいい? ゴムしたら擦れて痛いと思うから」
と言いくるめられ、OKしました。
ゆっくりと入ってきて、最初は少し痛かったです。
でもすぐに熱さが広がって、奥まで届いた瞬間、思わず喘ぎ声が漏れてしまいました。
そこから、色んな体位で掘られました。
正常位で上から覆い被さられて、体重を預けられながら深く突かれました。
逃げ場がなく、奥までしっかり届く感覚が強いです。
相手の息が顔にかかり、視線を合わせざるを得ないのが余計に興奮しました。
「ほら、奥まで入ってるやろ。こんなに締め付けてきて、気持ちよすぎる」
そう言われながら突かれるたびに、自分のちんこがビクビクと跳ねていました。
掘られている最中も勃起が全く収まらず、むしろどんどん硬くなっていくのが自分でも分かりました。
その状態で相手の手が自分のちんこを握り、扱きながら突いてきます。
アナルを掘られながらしごかれる感覚が強すぎて、すぐに限界が来てしまいました。
そのまま射精してしまい、腰がびくびくと跳ね、精液が飛び散りました。
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