The post 【日記】昔、ECCで中国語を習っていた時の話 first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>もう8年ほど前になりますが、ECCで中国語を習っていました。
中国語を習おうと思ったきっかけは、ドイツに滞在していたとき、フラットシェアのメンバーが中国人女性だったことです。
彼女のノートを見たら漢字が書いてあり、なんとなく意味がわかる気がしました。
(もしかして、中国語は簡単なのでは? 中国語ができるようになったら、仕事の機会も増えるかもしれない)
そんな軽い気持ちで、中国語を習うことにしました。
ECCを選んだ理由は、公的な補助金(職業訓練給付金)が利用できたからです。
最初の先生は内モンゴル自治区出身のモンゴル族の方でした。途中で先生が変わり、新しい先生は新疆ウイグル自治区出身の漢族の先生でした。お二人とも女性で、配偶者は日本人男性でした。
先生たちの話はどれも興味深く、とても刺激的でした。
中国は国土が広く、民族も多いので、「中国人」とひとくくりにはできないのだと実感しました。
最初の2年間はグループ授業を受けていました。
中国文化を研究している女子大生や、都庁に勤める公務員の方と切磋琢磨しながら、勉強していました。
正直なところ、1年でやめようと思っていたのですが、「あなたと一緒に勉強したい!」と仲間たちに言われ、継続することにしました。
しかし次の年度になると、他のメンバーは全員いなくなっていました。
あまりの裏切りに、思わず笑ってしまいました。
① カリキュラム
ECCのカリキュラムは、中国駐在予定の商社マン向けという印象でした。
私は中国語の資格であるHSKを受験したかったので、よりHSK対策に力を入れている学校へ変更することにしました。
② グループレッスンより個人レッスン
グループレッスンでは、自分の発言の番で長い沈黙をする人がいました。
限られた授業時間の中で、その沈黙を待つことにストレスを感じるようになりました。
個人レッスンであればそのようなことはないので、個人レッスンへ切り替えることにしました。
③ 生活の変化とコロナ
対面授業は移動時間がかかり、感染リスクもあるため、次第に負担に感じるようになりました。
オンライン授業ができる学校へ変更したいと思うようになりました。
結論としては、そこまで上達しませんでした。
一番の理由は、自分にとって切実な動機ではなかったこと、そして自分の怠惰さです。
それでも、中国の文化はとても奥深いと感じています。
また機会があれば、ぜひ再開したいと思います。
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]]>The post 【日記】10年間、文芸部でした first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>中学・高校、そして大学の10年間、文芸部に所属していました。帰宅部よりも陰キャな印象を持たれがちな文芸部。そもそも「文芸部って何をするの?」と聞かれることも多いです。
文芸部では、読んだ本の感想会を開いたり、自分たちが執筆した小説などをまとめた部誌を発行したりしていました。
入部したきっかけは、中学入学直後に部活の体験会へ参加したことです。ちなみに女子校の中高一貫校でした。
部活動用の小さな教室に入ると、すでに高校生の先輩たちが数人集まっていました。中学1年生の自分にとって、高校生はとても大人っぽく見えました。先輩たちは気さくに話しかけてくれて、それが嬉しかったのを覚えています。
体育会系の部活のような厳しい規律はなく、文芸部はゆるく楽しめそうだったので、入部を決めました。
大学では別のサークルに入ろうと思っていました。垢抜けたかったからです。
大学は美術大学で、地域の子どもと美術活動をするサークルや陶芸サークルなど、ユニークなサークルがたくさんありました。いくつか体験に参加してみたのですが、明るすぎたり真面目すぎたりして、自分には合いませんでした。結局、居心地の良かった文芸部に入ることにしました。
活動内容は主に部誌の制作でした。
毎年、文化祭に合わせて部誌を制作し、販売していました。価格は一冊400円ほどでした。
一応テーマはあるものの、各自が自由に書いた作品をまとめているため、内容に一貫性はありません。需要が多いとは言えず、販売スペースはいつも空いていました。
それでも、毎年買ってくれる人や、執筆者の家族などが手に取ってくれました。皆でゆるく活動する時間が楽しかったです。
部誌制作を通して、手製本の方法や印刷所への入稿方法を学びました。
大学では先輩や後輩にデザインソフトの使い方も教えてもらい、Adobe InDesignやAdobe Illustratorの基本操作を身につけることができました。
大学卒業後は、広告雑誌の編集者になりました。本当はデザイン職を希望していましたが、当時は社内に空きがありませんでした。
台割作成、文章作成、校正、入稿作業、印刷所での検版など、出版に関わる一連の工程を経験しました。
現在は別の会社でデザイナーとして働いていますが、最初のキャリアの土台には文芸部の経験があったと感じています。
文芸部を卒業した後も、同人誌を発行したり、イベントに参加したりしていました。文芸フリマやコミティアで、オリジナル作品を定期的に発表していました。
子どもが生まれてからはオフラインイベントへの参加は難しくなりましたが、現在は電子書籍の出版やブログ運営を続けています。これらもすべて、文芸部の延長線上にある活動だと思っています。
特に好きだったのは、文芸部の合宿です。
中高時代は、山梨県の河口湖近くの保養所へ行きました。二泊三日の合宿で、先輩が持ってきてくれた漫画『金田一少年の事件簿』を読みながらゴロゴロ過ごしました。河口湖でボートに乗ったり、ゆるく観光したりもして、とても楽しかったです。
大学時代は、東京都の式根島や瀬戸内芸術祭にも合宿で訪れました。移動は大変でしたが、同年代の仲間とわちゃわちゃ過ごす時間はかけがえのないものでした。
部活動のように、共通の興味を持つ仲間と活動することが好きです。将来的には市民活動などに参加し、仲間とともに切磋琢磨できたらと思っています。
加入している町内会にも文化祭があるので、生活にゆとりができたら参加してみたいです。
以上、10年間文芸部だった話でした。
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]]>The post 【日記】ノンアルビールが日々の楽しみ first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>突然ですが、我が家の冷蔵庫には常にノンアルビールを常備しています。
愛飲しているのはオールフリーです。いろいろ試してみましたが、今のところ一番飲みやすく感じています。
夕飯と一緒に飲むと、気持ちがスカッとします。
日々のささやかな楽しみです。
日常的に自転車を使うことが多いため、アルコールはできるだけ控えたいと思っています。
また、花粉症などのアレルギーがあり、アルコールと体の相性もあまり良くありません。
それでもビールの味自体は好きなので、代替品としてノンアルビールを飲み始めました。
本物のビールとは違いますが、ノンアルビールにはノンアルビールなりの美味しさがあります。
以上、ノンアルビールを日々の楽しみにしているというお話でした。
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]]>The post 【日記】同じ屋根の下で暮らせる幸せ first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>みなさんは、いつ幸せを感じますか?私は、皆で雑魚寝する時に、(今日も何事もなくてよかった〜)と幸せを感じます。体調不良や不慮の事故なども無く1日を過ごせたことに、安堵するのです。
家族は寄せ集めです。夫はもともと他人でしたし、猫は野良猫でした。同じ屋根の下で暮らせる幸せというのは、存在すると思います。同じ場所と同じ時間を共有する幸せ。雨風しのいで暮らせる幸せ。
いつかまた色々なことが変わっていくかもしれませんが、今を大切に生きていこうと思います。
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]]>The post 【日記】亡くなった人の命日よりも誕生日が大事 first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>1月4日は、亡き母の誕生日でした。毎年、母は「みんな、お正月で私の誕生日を忘れがち!」と怒っていました。
お正月に誕生日なんて、おめでたい感じがして縁起がいいですよね。怒られていたことも、今では懐かしい思い出です。
正確な命日は、もう忘れてしまいました。命日はたまたま心臓が止まった日、というだけで、そこまで大切な日には感じられません。
それよりも、故人の誕生日のほうが思い出深いです。
以上、誕生日と命日についての個人的な感想でした。
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]]>The post 【日記】AI調教師なる職業 first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>知り合いがAIを調教しているらしいです。「このバカ!このアホ!」と入力すると、自分の望む回答が出てくるようになるといいます。まるでAI調教師のようです。
もしかすると、今後「AI調教師」なる職業が生まれるのではないか、と思いました。
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]]>The post 【日記】いただいた野菜を切ったり茹でたりした話 first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>土曜日に親戚から、本人が育てた野菜をいただきました。有機栽培です。
・白菜
・キャベツ
・ブロッコリー など
白菜は葉が大きく開いていて、お花のように迫力がありました。
日曜日に使う分の野菜は切って冷蔵保存しました。
また、ブロッコリーは房ごとに切り分けて塩茹でしました。
平日は野菜を切る時間がないので、一度に切り分けて冷凍保存しました。
ブロッコリーはマヨネーズをつけて食べました。甘くてとても美味しかったです。
白菜はまだ使い切っていませんが、エバラのキムチの素を使ってチゲスープにしてみました。こちらも甘みがあって美味しかったです。
以上、いただいた野菜を切ったり茹でたりした話でした。
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]]>The post 【日記】ウクレレでバースデーソングの伴奏をしたい first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>年始に実家へ帰省した際、子どもが実家にあったウクレレに興味を持ちました。
「ウクレレが欲しい」と言われたのですが、実家の物は実家の物。
というわけで、新しくウクレレを購入しました。
真っ黄色のウクレレです。お値段は3,300円ほどでした。
子どもはわりとすぐに興味を失ってしまいましたが、せっかくなので、私はバースデーソングの伴奏を弾けるようになりたいと思っています。
親戚にコードとチューニングのやり方を習ったところ、バースデーソングは4つのコードだけで演奏できるそうです。
練習すれば、なんとか弾けるようになりそうな気がしています。
進捗があれば、こちらでご報告します。
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]]>The post 【日記】あえて猫の飼育による生活の制限を挙げていく first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>しかし、猫は生き物です。当然、可愛いだけではありません。
私は実家で親が犬を飼っていたこともあり、ペットの飼育はそれほど大変ではないと思っていました。
今回は、実際に猫と暮らしてみて直面した「生活の制限」について、あえて触れてみようと思います。
・住める住居が限られる
・壁が破壊される
・不在時でも、夏はエアコン代がかかる
・一泊二日以上の旅行に行けない※
・猫トイレ以外にオシッコをされることがある
・トイレを掃除して換気しても臭いが残る
・オイルや花など、猫が中毒を起こす可能性のあるものは避ける必要がある
・病気になると、療養食や治療代で数万〜数十万円かかることもある
※世話をしてくれる人を手配すれば、長期の旅行も可能
飼い主の主な仕事は、糞尿の処理と餌やりです。
安易な気持ちでペットを飼うことは、場合によっては避けたほうがいいのかもしれません。
以上、猫の飼育による生活上の制限についてでした。
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]]>The post 【日記】オス猫も初老に突入 first appeared on 今日もモリモリ食べるっちま.
]]>うちのオス猫は10歳になり、猫界では初老の入口に立ちました。
一昨年、兄弟猫のメス猫が亡くなり、オス猫なりに環境の変化を感じ取ったのか、行動が大きく変わりました。
メス猫が生きていた頃は、日々縄張り争いに勤しんでいましたが、今では家全体がオス猫の縄張りです。
外に出すことはありませんが、ときどき庭にも興味を示し、縄張りの拡大を目論んでいるようです。
年に一度、動物病院で健診を受けています。昨年秋の結果は良好でした。
毛ヅラもよく、これもすべてロイヤルカナンの療養食のおかげです。
そのロイヤルカナンの療養食は年々値上がりしており、正直なところ、人間のお米よりもずっと高価です。
健診は今後も定期的に続けるつもりですが、もしオス猫に何かあったときは、無理な治療はせず、穏やかな最期を迎えてほしいと思っています。
現実的な生活を考えると、しばらく新しい生き物を迎える予定はありません。
以上、オス猫の近況報告でした。
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