投稿 「みっともない」「見苦しい」「はしたない」 は 違いがわかる事典 に最初に表示されました。
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みっともないには「体裁が悪い」の意味もあり、「会社のイメージを損ねるみっともない真似」「浪人を繰り返してみっともない」というように、人目に対して本人の気持ちを表す際には「みっともない」を使う。
見苦しいが本人の気持ちを表すことはなく、「この期に及んで逃げるとは見苦しい」とうように、他人の行為に対してのみ使われる。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」の「お見苦しい」も、相手から見た印象について言ったものであり、本人の気持ちを表すのはその後に続く言葉である。
「見苦しい」や「みっともない」は外見上の評価であるのに対し、「はしたない」は言動に対しての評価である。
下品であるさま、品格に欠けるさまをいい、女性の動作について用いられることが多い。
「食べながら話すのははしたない」「はしたない言葉づかい」は、見苦しい(みっともない)ことではあるが、言動に対する評価なので、「はしたない」を用いるのが適切である。
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退社は「入社」の対義語、「退職」の類語としても使われる言葉で、勤務している会社を辞めるという意味もあるため、取引先からの電話に対し、「◯◯は退社いたしました」と伝えると、会社を辞めたと誤解される可能性もある。
このような場合は、「退勤」を使うか、「退社いたしました」の後に「明日は◯時に出社します」と付け加えることで、相手に誤解を与えずに済む。
退勤は勤めを終えて退出することで、退社のように、必ずしも退出する場所が自身の勤める会社である必要はなく、営業先からそのまま帰宅する場合は、最後の営業先で仕事を終えて出ることが退勤である。
たとえば、16時に会社を出て営業先に向かい、18時に営業先から直帰した場合、退社時間は16時だが、退勤時間は18時になる。
出勤は退勤の対義語だが、営業先などへ直行するほか、在宅勤務の場合でも仕事を始めれば「出勤」と言う。
それに対して「退勤」は、勤めを終えることではなく、勤め先から退出することを意味するため、在宅で仕事を終えたことを「退勤」とは言わない。
「退社」や「退勤」の類義語と誤解されやすい言葉に「帰社」があるが、帰社は「会社から帰る」という意味ではなく、「会社へ帰る」という意味なので、間違えて使わないようにしなければならない。

出社は、勤めている会社に仕事をしに行くこと。
出勤は、勤めに出ること。また、勤めていることを意味する。
会社に行かなければ「出社」とは言わないが、会社に行かなくても仕事をしていれば「出勤」と言える。
在宅勤務も仕事を始めれば「出勤」だが、会社から離れた場所にいて出社はできないため、「リモート出勤」とは言うが「リモート出社」とは言わない。
営業先などへ直行した場合、行っているのは自身の勤める会社ではないため、出社していないことになるが、勤めに出ているので、出勤はしていることになる。
なお、出社の「社」は「会社」を意味するため、役所の職員などの場合は「登庁」、事務所や研究所であれば「出所」と、勤務先によって言い方が変わる。
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アクセントは、単語ごとの音の高さや強さのこと。
「雨はアの音が高い」と言えば、「アメ」の「ア」にアクセントを置いていることを表す。
アクセントはどこに置くかによって、標準語と関西弁といった訛り(方言ではない)の違いにも繋がる。
「はし」を言う場合、関東では「橋」と「端」は「シ」、「箸」は「ハ」にアクセントを置く。
関西では「橋」が「ハ」、「箸」が「シ」にアクセントを置き、「端」はアクセントがなく平坦な言い方となる。
イントネーションは、アクセントよりも長い単位で、文末(句末)を上げるか下げるかなど、句や文の高さの変化のこと。
「雨が突然降ってきた⤵」という下降調のイントネーションは、事実を伝える断定表現となり、「突然雨が降ってきた⤴」と上昇調に言えば、質問表現となる。
地方の訛りによって、一句(一文)中にイントネーションがなく単調であったり、標準語と高低差が逆になっていることがある。
プロミネンスは、特定の語を強調するため、特に強く発音すること。
事実を伝える下降調のイントネーションでは、音が段々下がっていくため、通常は後にいくほど強さも弱まるが、途中にプロミネンス(強く発音)を加えることで、強く発した部分の情報が際立ち、淡々とした印象もなくなる。
「雨が突然降ってきた」の「突然」を強く発音した場合、「突然」という情報が際立ち、それまで晴天だったことや、驚きの感情も表現できたりする。
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]]>投稿 「たらこ」と「明太子」 は 違いがわかる事典 に最初に表示されました。
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たらこは、タラの卵巣を意味するが、特に、スケトウダラの卵巣を塩漬けにした食品を指す。
明太子は、スケトウダラの卵巣を塩漬け熟成し、塩抜きした後、唐辛子や昆布の調味液に漬け込んで発酵させた食品で、明太子と辛子明太子は同じ食品である。
このように、「たらこ」と「明太子」は味付けに違いがあり、明太子は辛く作られているため、料理で代用した場合、仕上がりの味は全く異なるものになる。
唐辛子使用の有無以外で最も大きな違いは、使用する原材料のタラにある。
たらこは一般にスケトウダラの卵巣を使うが、マダラの卵巣を使っても問題ない。
明太子に使えるのはスケトウダラの卵巣のみで、マダラを使ったものを「明太子」として販売すると、公正競争規約違反となる。
これは、全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会の規約で、次のように定義されているからである。
「辛子めんたいこ」とは、すけとうだらの卵巣(卵を含む。)に唐辛子を原料とする調味液等で味付けしたものをいう。
このような原材料の違いがあるのは、それぞれの名前の由来も関係している。
たらこの語源は、その名の通り「タラの子」の意味から。
明太子の「明太」は、スケトウダラの韓国語名「明太(ミョンテ)」に由来するのである。
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始末書は、過失や規約違反などの事実関係を明らかにするとともに謝罪し、再発させないことを誓約する書類。
顛末書は、過失や規約違反などの事実関係を明らかにする書類である。
顛末書は報告書に近いもので、主な目的は事の成り行きを明らかにすることであるため、一部始終を詳細に書く必要がある。
始末書は反省文や謝罪文に近いもので、主な目的は謝罪にあるため、顛末書のように事の成り行きは詳細に書かず、簡略化される傾向にある。
企業がミスを犯した従業員に対し、事の顛末を報告させることは当然のことであり、再発防止や更なるトラブル回避のためにも、業務命令として顛末書を書かせることができる、強制力をもったものである。
従業員が顛末書の提出を拒否した場合は、就業規則に明記されている範囲で違反処分することも可能である。
一方、始末書は企業が従業員に対して提出を求めることはできるが、強制的に書かせることは避けた方がよい。
これは、憲法第19条の「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」に反する恐れがあるからだ。
始末書の主な目的は「謝罪」にあるため、始末書の提出を強制することは、反省や謝罪の意思を強要したと受け取られる可能性がある。
陳謝の意の表明を強制した程度であれば、思想及び良心の自由を侵したとはならないが、場合によっては憲法違反になり得ることなので、トラブル回避のためにも、始末書の強制は避けた方がよいのである。
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]]>投稿 「おむつ」と「おしめ」 は 違いがわかる事典 に最初に表示されました。
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おむつは、赤ちゃんに着せる肌着や産衣、ふんどしを意味する「むつき(襁褓)」に、接頭語の「お(御)」が付いて省略された言葉。
おしめは、赤ちゃんの大小便を取るために腰から下に巻く布の「しめし(湿布)」の「しめ」に、接頭語の「お(御)」が付いた言葉で、「しめ」は「湿」と書くように、湿りを取るためのものの意味からきている。
「おむつ」も「おしめ」も、元々、赤ちゃんのためのものであったという点に違いはない。
しかし、おむつの語源となる「むつき」は、肌着や産衣など着衣を表しているのに対し、おしめの語源となる「しめし」は、湿りを取るための布で用途を表している。
大人が身に着けるものとして考えた場合、「湿る」というニュアンスを含む「おしめ」よりも、肌着・パンツとしての意味合いが強い「おむつ」の方が抵抗が少なく、失礼な表現にもならないのである。
また、「おしめ」よりも「おむつ」の方が一般的な言葉となっているのも、「パンツ」の一種という認識が影響していると考えられる。
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伏線は、小説や戯曲などで、その後の展開に備えて、それに関連した事柄を前もってほのめかしておくことや、その事柄。
文章技法の一つであるが、映画やドラマなどでも「伏線を敷く」や「伏線を張る」と言うようになった。
ここから転じて、後のことが上手くいくよう、前もってそれとなく用意しておくことも「伏線」と言う。
布石は元々囲碁用語で、序盤戦で全局的な展開を考えて、要所要所に打つ石の配置のこと。
ここから転じて、将来のためにしておく備えも「布石」と言うようになった。
囲碁から出た言葉であることや、「布」には「敷く」の意味があることから、伏線のように「敷く」や「張る」は用いず、「布石を打つ」と言う。
伏線には「ほのめかす」や「それとなく」の意味が含まれており、相手に何となく分からせることや、「あれはあのことだったのか」と後になってに分からせるところに重点がある。
布石は囲碁から出た言葉なので、「勝つため」「成功するため」に行うところに重点がある。
将来の目標を達成させるための手はずが「布石」なので、伏線のように分からせる必要はなく、場合によっては、相手に悟られないよう布石を打っておくこともある。
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「医薬品または医薬部外品」に分類される栄養ドリンクは、「滋養強壮」「栄養補給」などの効能・効果を記載することが可能だが、成分の配合量について表示義務がある。
「清涼飲料水」は食品の一種とみなされるため、エナジードリンクは有効成分や効能・効果などを記載することはできないが、成分の配合量を表示する義務はない。
この分類の違いによって配合できる栄養成分にも違いがあり、疲労回復に作用する「タウリン」は、栄養ドリンクの主成分として配合されるが、エナジードリンクに配合することはできない。
そのため、エナジードリンクにはタウンリンの代用成分として、アミノ酸の一種である「アルギニン」が配合されたりする。
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]]>投稿 「鮭」と「サーモン」 は 違いがわかる事典 に最初に表示されました。
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「鮭」と呼ばれるのは、天然のもの、加熱して食べるもの。
その反対で、「サーモン」は養殖のもの、生で食べられるものをいう。
寿司屋でも、生のにぎりは「サーモン」、炙りのにぎりは「鮭」と呼ばれる。
このような呼び方の違いがあるのは、寄生虫のアニサキスに関係する。
天然の鮭は、アニサキスが寄生していることがある。
人間がそれ食べると食中毒を起こし、腹痛や嘔吐などの症状が出る。
アニサキスは加熱処理(70℃以上もしくは60℃で1分)すれば消滅するため、天然の鮭は加熱して食べる必要がある。
鮭にアニサキスが寄生するのは、鮭が餌にしているオキアミの影響である。
養殖のサーモンは人工飼料を食べるため、アニサキスが寄生している可能性が低く、生でも食べられる。
養殖の鮭が「サーモン」と呼ばれるようになったのは、1986年のこと。
ノルウェーでは1970年代から鮭の養殖が行われており、ノルウェー人によって日本に鮭の養殖が伝えられた。
生で食べられる養殖ものだが、「鮭」という名前では買ってもらえないと考え、天然との違いをはっきりさせるため、「サーモン」という名前で売り出された。
これが定着し、加熱が必要な天然ものは「鮭」、生で食べられる養殖ものは「サーモン」と区別されるようになったのである。
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