ChatGPTが日本でも知られるようになって、お手伝いしていた事業で私も使ってみることとしました。と、いっても大したことではなく、事業終了報告書を作成するにあたって、表現の適正化と校正や場合によっては文章アイデアを相談するといった用途で使いはじめました。
やがて、GoogleからもGeminiが出てきて、今はClaud他多数のAIシステムが出てくるようになりました。
まだまだ、何にどう使うかは手探り状態ですが、ここ数年は急速に機能が向上しており、引き続き勉強を続けていこうと考えています。
プロボノでNPOとお付き合いさせて頂く中で、少し前から個人的使い始めていたGoogle社のG-mailの機能を法人でも使えることを知り、Googleスキルをお持ちのソフトウェアハウスと共に、あるNPO法人でG-Mail移行を行いました。移行はとてもスムーズにでき、これまで使われてきたメール・システムより使い勝手が良いものになりました。かつGoogle社の社会貢献で維持費も無料になるというメリットも出ました。さらには他のいくつかの団体でも、今度は自力でG-mail移行を行い成果を挙げることに成功しました。
一方で、現在も理事を務めているアイキャンでは、寄付者の管理にSalesforceを使用しており、その運用で職員の方がご苦労されていたので、いろいろと教えて頂きながらご一緒に課題解決をしていきました。結果、幾つかの団体にSalesforceをご紹介・導入したりもしました。結果的に、現在もGoogle WorkspaceやSalesforceはアイキャンでも使用継続されており、クラウドとはどんなもので、どんな効果があるかを知ることができました。
ネット関連の対応が増えるにつれ、携帯電話会社から当時のノートパソコンと繋げるデバイスをモニターするご提案を頂き、当時の最新ガラケーとパソコン接続機器(モデム)をお借りすることができました。初めて携帯電話を持って便利さを知り、モニター終了後は別の携帯会社のガラケーを使うこととなりました。時代はApple社がiPhoneを発売し、急速にスマホが普及しはじめましたが、その後iPad miniを使い始めてもガラケーを使い続けていました。
たまたま、お手伝いしていたNPO職員の方がiPhoneからAndroidへの移行で苦労されているのをお手伝いする機会があり、「あれ、Androidスマホって安価だけどいいな!」と気付き、ついに携帯電話会社を解約して格安回線とスマホに切り替えることとなりました。
もうその頃は、携帯ネットで普通に音声交換ができていたので、電話の使用頻度が大きく下がり、電話代はスマホ化で大きく削減できました。
日本語に早くから対応したNEC社製のパソコンが全盛だった当時、海外ではIBMが設計を公開したことに伴って出来た「IBM互換機」という規格がパソコンの標準となりつつありました。先進性を追求する大学では、こうしたパソコンを購入して自作したパソコンなどに触れる機会も多数ありました。
ただそれでも自分用のパソコンは持っていなかったのですが、ついに「日本語も英語も切り替えて使える」と大々的に宣伝したものの売れ行きがイマイチだった「IBM JX」というパソコンを格安で手に入れました。内部仕様の多くが公開されたこのパソコンは、海外で豊富にかつ機能満載だったフリーウェアが使える数少ない市販パソコンで、タイミング良く本業でも繋がった方々と共に勉強会持ったりしていました。まだ、Windowsは生まれたばかりでパソコン通信が主体の時代でしたが、英語しか扱えない当時の海外パソコンで「漢字」を表示させるなどの技術実験をしたのも楽しい思い出です。
そして時代は進み、そうした海外製のパソコンでも日本語が使える「DOS/V」が出現し、さらにパソコン通信より高速で広範に相互接続できるインターネットが一部の大学で使われ始め、ついにWindows’95の発売と共にパソコン好きの人たち(もちろん私も)の間で熱狂的に広まりはじめました。私も当初はインターネットも他人事だったのですが、会社がインターネット紹介イベントを企画することとなり、その責任者に私が指名されたので、ついにプロバイダと個人契約して我が家もインターネットを接続することとなりました。
当時は電話回線を使った遅いモデムでの接続でしたが、それでも海外の情報に直接触れられることや、WebやFTPの仕組みをリアルタイムで学べ、実際にすぐ試せたのは私のスキル向上にとても役立ちました。
単身乗りこんだ新たな職場は新宿・住友ビルの高層階! それまでの工場勤務と違って整然と美しいオフィス! 新たな上司や同僚はキラキラ学歴・職歴の方ばかり。そんな環境で「私は何をするんだろう?」と思っていましたが、教育機関への社会貢献をする部門でパソコンの普及や学術研究のお手伝いをするのがミッションだと知りました。当時はまだ珍しかったハードディスクを搭載したパソコンが置かれた部屋があったり、電子メールを使ったり、英語で電話している人がいたりで何から何まで、それまで見たことが無いものばかり。ありがたいことに、職場の方々から東京の住宅事情などを教えて頂き、まずは職場に近い荻窪で一人住まいを始めました。また少し落ち着くと、昔からのバンド仲間の数人が同じ会社に居られたので、機会を見つけてお会いして色々と教えていただけたり段々と仕事も生活も慣れてくることができました。
やがて、所沢の新築公団住宅を決めて家族を呼び寄せるも、1年半で名古屋転勤のお話が舞い込みます。聞けば、SE歴20年超えのベテランとの交代人事とのことで、さんざん私の経験不足を上司に訴えるも結局は説得にまけて名古屋に行くことになりました。
その経過の中で、
]]>MYパソコンは思わぬもの我が家に舞い込んできました。カートリッジを入れると、当時海外で多数あったIBM PC用ソフトウェアが動作するというIBM JXがやってきたのです。英語のみですが、日本のパソコンでは見たことがないゲームからデータベースなど実に豊富なフリーウェア・シェアウェアが動作します。こうした海外のソフトに触れて、「日本のパソコンもいずれは…」と夢が膨らんだものです。
当時の名古屋のつわ者仲間では、BIOSがマニュアルで公開されていた英語しか表示しないこのパソコンで、海外からの情報などを得て無理やり漢字を表示したりしていましたが、その後数年もするとIBM PC互換機で日本語を扱える「DOS/V」が出現し、さらにWindows 95の大ヒットがあって、あっという間にパソコンで画像や音楽を取り扱うことが容易なものになってきます。
その頃には、私のお客様である大学でもパソコン教室を持つ所が増えてきていました。先進的な先生方は電話カプラ経由でFirefoxの前身であるNetscapeを使って数10分かけて天気図を表示されたりしていました。私のパソコンもWindowsが動作するものになっていましたが、そんなおり会社から思わぬ依頼がきます「お客様にインターネットを見せるイベントをやるのでリーダーをして欲しい」。元からインターネットに興味をもっていたので渡りに船のお話で、NEC系のMeshネットで申し込みをし、モデムも新調して「仕事として」インターネット実験ができました。
そのまま手に入れたネット環境でバンドのホームページを作ったり、当時流行っていた掲示板などを作っていたりしてしていました。その内数年後にはとても大きなプロジェクトでファイアウォールなどを含む数十台で構成されるインターネット・システムを作る羽目にまでなってしまいました。
続く
]]>パソコン:Apple iMac 2020 i5:3.3Ghz Memory:24GB SSD:1TB
ソフトウェア:Apple Logic Pro X 11.1.2
オーディオ・インターフェース:Universal Audio Appolo Twin (Thundervolt 2仕様の古いの)
Fiio BR13
スピーカー:Yamaha
ヘッドフォン:AKG
Zenhizer
ミキサー:Yamaha MG06X
コントローラー:ICON Platform NANO
プラグイン:
Universal Audio:
ドラム音源:BFD 3、SSD 5.5
ベース音源:IK Mod Bass
マスタリング:
]]>