先週、自転車について書いたのですが、それとはまた別の体験をしたので書き留めておきます。 「車道の自転車専用レーン、すごく気持ちいいかも?」 今回の法改正によってワタクシは歩道を走るのはどうなの?ダメなの?罰金なの?とほぼ […]]]>
先週、自転車について書いたのですが、それとはまた別の体験をしたので書き留めておきます。
「車道の自転車専用レーン、すごく気持ちいいかも?」
今回の法改正によってワタクシは歩道を走るのはどうなの?ダメなの?罰金なの?とほぼ疑心暗鬼になっているのですが(調べろよーって思いますけど、まだ調べていません)、その前にさ、車道にある自転車専用レーンってどうなのさ、と思った次第です。
ビュンビュンと車が走っている。自転車のマークを踏んずけて走る車だってある。そんなの怖くてしょうがないでしょ?だから、車道の自転車専用レーンに踏み入れることなどありませんでした。怖かったし、歩行者に迷惑にならない速度(時速10kmくらい)でゆっくり走行していたので迷惑ではないだろうと思っていました。
でもさ、そこ走ったことないよね。走ってみたらどうなのだろうか。試してみようよ。
そんな己の声が聞こえてきまして、足を踏み出したのです。1車線道路にある自転車専用レーンから走ってみました。
なんだろう。このドキドキ感。サーフボードで初めて海に繰り出すような、学年が変わって新しいクラスに足を踏み入れるような。ワクワクとドキドキが入り混じる感覚です。少しドキドキが強いような気がします。
スーっと自転車専用レーンに入りました。そうしたら別世界が広がっていたのです。こ、これはすごい。
まずね、圧倒的に空間が広い。2車線としても右側に10m近くの空間があります。すごくゆったりと自転車を走行できます。はぁ、こんなに心地いいんだと最初に思いました。空間が広いのは横空間だけではありません。上も広い。歩道ですと左側に建物が迫っているため閉塞感は少なからずあります。自転車専用レーンだと建物から離れるので縦の空間も広く感じます。だからゆったりとした気持ちで走れます。
そしてね、当たり前なのですが歩行者がいない。そりゃときどき道路を横断しようと歩行者が出てくることはありますが、そんなのは自転車をこいでいたら、1回あるかないかの確率です。つまりはほとんど歩行者は出てきませんね。これがとても快適なんですよねー。歩道を走っているときは歩行者にもちろん気を配らなくてはいけません。歩行者は予測不可能な動きをします。突然右側に進路を変えてきたり、いきなり止まったり、振り返ったり、3人で横幅一杯に歩いていて通行できなかったり。そんな不測の状況を乗り越えて走っていく。それが自転車専用レーンだと一切ないんです。これは快適ですねー。
あと大きいのが逆走者がいないということ。歩道だとどうしても自転車の逆走者はでてきます。気を付けて左側の歩道を走っているのに、猛スピードで逆走してくる自転車はかなりいる。それがね、自転車専用レーンだと一切いない。これも快適ですね。すれ違う前に「あなたはどっちに寄る?右?左?そもそもこっちを認識してる?」という目線でのコミュニケーション(目線同士の攻防)が必要ないというのは、運転に気がそがれないのでとてもいい。
路面の段差がないというのも快適なこと。歩道って車道よりも高くなっているので上がったり下がったり、段差を乗り越えるときにどの部分を選択すれば段差に乗り上げて段差に「グワ」っとならないか。走行位置のチョイスをしたり、段差に乗り上げてお尻が痛くならないように少しお尻を持ち上げたりと、実はいろんなことを繰り返しているんです。それが一切ありません。ほんとこれはいい。疲れ方が半減しますね。
歩行者、逆走者がいない、路面に段差がない、それに続く快適なことは……「車のドライバー、優しいひとが多い」ということですね。2026年4月の道路交通法改正では、自転車を追い抜くときは1.5m以上開けてといわれていますが、実際にはそこまで開けてはくれない(1mくらいでもかなり開いている感じ)のですが、ゆっくり走ってくれますし、自転車専用レーンを走っていて安心できます。走っていると、「あっ、ゆっくり抜いてくれるんだ」とか「気を遣ってくれてるな、優しいな」などと気が付くことばかりです。なんであれだけ歩道を走ることに固執していたのかと心の底から思うほどの快適な世界が広がっていました。正直、もう歩道には戻れなくなりそうです。
でも、1点だけ注意点もあります。これを読んで安全に自転車ライフを満喫してください
幹線道路、チトソシエリアだと環八がありますが、ここは自転車専用レーンが歩道と並行して作られていたり、一部車道に自動車専用レーンのマークが描かれていたりします。正直なところ、車道を走るのは怖い。さすがに時速80kmオーバーで、ダンプトラックや大型トラックも走るので、車道の端を走るのは怖すぎます。風圧で吹き飛ばされるのは確実だろう……なんて思ってしまいますよ。そのときは無理をせず、歩道をゆっくり走りましょうね。
以上です。注意しながらではありますが、車道にある自転車専用レーンを走ってみるのもおすすめです。まだ踏み出したことのない方はぜひ走行してみてください。
※安全運転を心がけましょう。運転技術が未熟だと思う方は無理せず歩道をゆっくりと。自己責任でお願いしますねー。
]]>結論から申しますと、法改正がありまして、私は自転車に乗ることが減り、歩くことが増えました。それによって引き起こされた「いいこと」、そして「悪いこと」を書き記しておこうと思います。
まず「いいこと」から。
①焦らない
ちょっと頑張ればもうひとつ用事を済ませられるかも?という背伸びというか、頑張っちゃおう!ということへ情熱がなくなりました。「歩きなんだからムリじゃん? 明日にしよう」と思うようになりましたね。自分の歩くペースが分かるようになると初めて行く場所への所要時間もなんとなく見えてきます。私の場合はgoogle Mapのルートよりも少しだけ遅い(ちょっと癪だけど)。だから検索してプラス何分とすれば到着時間が見えてきます。そして普通のひとよりも足が遅いんだなと思いながら焦ってもしょうがないしとゆっくり歩いていくことができるようになりました。
②全天候型に進化
自転車で行こうと思っていて玄関を開けたら「雨??まぢで?」ってことありますよね。やば、遅刻しちゃう!どうやって行く?ってやつです。歩きで行くと決めておけばそれがない。雨でも雪でも、晴れているときと同じくらいで到着するので焦らないんですね。帰るころは雨かも?どうする?という心配もない。傘を持っていけばいいや、で終わりですし、傘がなかったらコンビニとかドラッグストアで買えばいい。天候による予定変更がなくなるというのは本当にストレスから解放されます。
③すさまじい達成感
これがね、いちばんの「いいこと」かもしれない。自分の足でここまで来たという達成感がものすごいんですよ。自分の力でできたことが単純にうれしい。google Mapを見ながら(よく見てるなww)、ここまで歩いたから……、ここまではいけるんだなと夢が広がっていく。次はどこに行ってみようか、ここまで行けちゃうのかな?えー、それってすごくない?って心が躍ります。ちょっと前までは自転車で行く場所と思っていたところに歩いて行けてしまうことで世界がグッと広がります。オレ、すげーって思う瞬間ですね。単純ですけど(笑)。
④簡単に1日4000歩
自転車で10分くらいの距離は歩くと30~40分くらいで、4000歩くらいになります。一般的に1日4000歩で体調が改善することが多く(1日4000歩ウォーキングといわれており、早期死亡リスクや心血管疾患の軽減に効果があるといわれています)、運動として取り入れる基準となっているのですが、これをあっという間にまかなえてしまうのです。これはすごい。30分考え事をしながら歩いているだけで健康になるっていうんですから。筋トレとか食事内容の改善とかは結構気を遣うものです。あー今日は筋トレやらなかったーとか、あれが食べたいけどガマン!とか。そんなガマンはあまりありません。てくてく歩くだけ。お金もかからないし、雨でもできちゃうし、いいことづくめです。
さて、ここからが本丸です。歩くことが増えて「悪いこと」もいくつか出てきました。心して読んでほしいです。
①財布のひもがゆるゆる
財布のヒモが緩みまくります。目的地に到着したときがとくにすごい。身体が温まっているので意味もなくポジティブになっている自分もいて、購買欲はものすごく高くなります。ちょっとおいしそうなケーキ屋さんとか、素敵なパンとか。この心境が理由付けになるんですけど、「ここまでの交通費がかかってないんだから、これくらい買ってもバチは当たらないだろう」、というものも背中を押してくれます。わかります、経験多いです。そしてね、チリツモなんです。これくらいが続くとあっという間に1000円なんて超えちゃうし、挙句に世田ペイのキャンペーン中(15%還元!とか)なんて素敵すぎる購買欲爆上がり企画をしていたりして、まるで買い物のためにここまで歩いてきたの?というほどにお買い物をしてしまう。だって歩いてきたし、だって還元セール中だし……。旅気分になっているのかもしれませんね。でもね、楽しいんだからしょうがない。
②お腹が大きくなる
運動後ってごはんもおいしくなるし、お酒もおいしくなる。それに運動したというお許しを勝手にゲットしているので、食べる&飲む量が増えていきます。そして、1カ月後とか2ヶ月後とかにふと気が付く。歩いているのに、太っているような気がする……。「ん?」とお腹をさすりながら、一瞬冷静になりますが、いやいやそんなわけない!だってあんなに歩いているんだからと現実を直視しない愚行をおこなってしまう。そして、まぁいいや、ちょっとぐらい食べ過ぎても。だっておいしいんだし、だって明日も歩くんだし、となっていくのです。でもね、これもしょうない。だっておいしいんだから!
歩くことで体験できた「いいこと」と「悪いこと」をご紹介しました。
自転車との付き合い方はこれからどんどん変わっていくでしょうね。歩道を走らなくなったり、車道を走るようになったらどっちの信号(歩道?車道?)に従えばいいのかなど混乱は続きます。
自転車を乗る身として思うことがあります。ただでさえ、自転車は早い。ゆっくり走ったとしても時速10kmくらいは出ます。それなのに、気を抜いてしまうともっと早く目的地に着きたいと焦ることもある。焦ると事故るし、人と接触しないまでも歩行者に怖い思いをさせるかもしれない。だからこそ、譲り合いが必要だし、優しい気持ちになることが必要なんだなーってことに。
大切なのは一歩離れて客観的になることかもしれません。いつも自転車を使うのではなく、自転車を降りて歩いてみる。ゆっくりと流れゆく街の景色に「気が付くこと」が意外にも多いことが分かるはずです。
あっ、こんな花が咲く季節になったんだ
あっ、こんな道があったんだ
あっ、ここからは富士山が見えるんだ
そんな発見がたくさんあります。歩く速度だから見つけられることがそこここに転がっています。そして、ふっと見つけるはずです。あの自転車焦ってるなーとか、あんなところに駐輪してるなーとか。それを見つけて相手を捕まえて正すのではなく、自分はやらないように心に留めるだけでいい。それだけであなたの自転車ライフが一段階レベルアップします。何事も距離を置いてみること、それが大切なのかもしれませんね。
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Spring has come. (ちょっと英語でかっこつけました) やっとというか、もう来てしまった、というか。 Tシャツになろうかな?って悩むような、心地いい気候は実はもう数えるほどしか残されていなくて、もうすぐ酷暑 […]]]>
Spring has come. (ちょっと英語でかっこつけました)
やっとというか、もう来てしまった、というか。
Tシャツになろうかな?って悩むような、心地いい気候は実はもう数えるほどしか残されていなくて、もうすぐ酷暑がやってきます。たぶん、GWのころはものすごく暑い可能性が高い。気がついたら汗だくで、日焼けしている。1週間くらいしたら、この暑さが本番を迎えて、11月中まで続くのか……とげんなりするのです。わたくしは汗っかきなので身体がべとべとしたり、汗が乾きTシャツに天然塩の模様を作ってしまうのです。そんな季節がもうすぐそこまで来ている。あー、憂鬱でしかない。
そんなことを考えつつ、河原に目をやると菜の花が咲いていました。ふと、「小春日和」という言葉が浮かびました。いけない、いけない。こんな春先に使ってはいけない言葉だったと思い至りました。たぶん、勘違いして使っている人もいるでしょう。寒い寒い真冬に、ふと春のような陽気が1日訪れる。そんな気候を差す言葉だと勘違いしている人もいるのだろうと(正しくは晩夏から初冬の温かい日を差す言葉。真冬や春先には使わない)。ずっと昔から勘違いし続けている老齢の方もいるかもしれない。そんなことを思って、ある友人のお母さんのことを思い出しました。
その友人の母方。仮名で花子さんと呼ばせていただきます。
花子さんはとある格言をずっと勘違いしています。たぶん、現在も。ことあるごとに、その格言を使ってはちょっとしたドヤ顔をされます。私もお会いした際に、その格言を言われたことがありまして、「あれ?」と思ったことがあります。それは違うのではと言いかけたときに、友人に首を振られ、「指摘してはいけない」とジェスチャーされたことがありました。子どもによる、親への愛を感じた瞬間です。
花子さんが間違って解釈しているのは「馬鹿とハサミは使いよう」という言葉。これは工夫によっては使えないと思われがちなものも役に立ってくれるという格言です。花子さんはこの格言を、ハサミを上手に使えないとお馬鹿さんだよと解釈しているのです。だから、ハサミで紙を切っているときにうまく切れないと、あらあら、あなたお馬鹿さんになっちゃうわよとおっしゃるのです。
だから、花子さんの前でハサミを使うのは緊張します。なるべく彼女の前でハサミを使いたくない。でも、避けても通れないときもある。ハサミを借りたときに、じっと目の前でハサミの使う姿をみられてしまうときもあります。
緊張します。じっと花子さんは私の手元を見ています。たぶん、私の手元が細かく震えていると思う。でも、彼女は私の手元から目を話しません。シャク、とハサミをうまくいれて行く。ハサミが先に進む。そうすると少しぎこちない動きになりました。花子さんがその動きを見逃すわけがありません。
あらあら。落ち着いて切ってみて。そうしないと……(花子さん、にっこり。嬉しそうです)。
花子さんへのリップサービスなのか、彼女が見ているからこそ、少し失敗してあげる気持ちがあるのかもしれません。そして、嬉しそうに話す彼女の姿を見て、よかった、と思います。
でもね。ほんとうは違うんですよ、花子さん。そういう意味ではないのですよ。そう何度言いたくなったことか。
この前、久しぶりにその友人とお酒を飲みかわすときがありました。例のハサミ。どう?そうそう、花子さんの。そう、やっぱり、まだ?そう、まだなんだ。もう、これはさ、墓場まで持って行ってあげないとね。
そんな話を友人としました。今更、指摘して恥ずかしい思いをさせてるのもあれですし。この気持ちはそっと扉を閉めてカギをかけておこうと思ったのです。
翌朝、コーヒーのパッケージを開けるときのこと。「切り口」と書かれているのに、そこからうまく開けることができずに、しょうがないとハサミを取り出しました。テカテカと光るビニールのパッケージです。ハサミでうまく切れるかな?と思ったのです。うまく切らないとほら、あれだから、と。
緊張してハサミを入れました。すっときれいに切れました。ホッとしている自分がいる。ホッとしてはっとしました。花子さんの哲学が、私の骨身にしみていることをこれでもかと思った瞬間でした。
バカとハサミは使いよう。いいじゃない。ハサミがうまく使えないとお馬鹿ちゃんって思われちゃうわよって。そんな意味で使ってもいいじゃない。そう花子さんのことを思い出して、そう思いました。
小春日和。それもそう。いつ使ってもいいじゃん。季節とか関係ないじゃん。使いたいときに使えばいい。そうやって春を感じようよ、そう思った春の日の一コマでした。
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千歳船橋駅前広場でのこと。企画を考えていて、ぼーっと立っていたときに親子がいたんです。お父さんは30代後半くらいかな。一緒にいるのは5歳くらいの男の子。お父さんにおねだりしています。お菓子でも買っても欲しいのかな?と聞い […]]]>
千歳船橋駅前広場でのこと。企画を考えていて、ぼーっと立っていたときに親子がいたんです。お父さんは30代後半くらいかな。一緒にいるのは5歳くらいの男の子。お父さんにおねだりしています。お菓子でも買っても欲しいのかな?と聞いていると、
「ねぇ、パパ飛んでよ」
飛んで。そう来るかと思いました。「そんな飛べるわけないじゃん!」と笑いながら返して終わるのかと思ったら、このお父さんなかなかにすごかった。
じゃぁ、ほら、乗ってよ。早くしないと飛んじゃうよ!
とかがんで、背中をお子さんに向けたんです。
おお、飛ぶのか?息子ちゃんを背負って飛ぶのか、アベンジャーズみたいになるのか? もう、企画を詰めることなんてそっちのけで、ぼーとしたふりをしながら、わたくしはその親子に全集中です。
えー、とか言いながら男の子はお父さんの背中に乗りました。お父さんは立ち上がり、息子ちゃんはしっかりとお父さんに掴まっています。
「じゃー、どこに行く?」
「あんまり遠くは困るな」
「えー、でも遠くがいい」
「そう? じゃあ、どこにする?」
「えーと、アメリカ!」
おお、なかなかに遠いな。
「えー、遠いよ!2時間くらいかかっちゃう。手、痛くなっちゃうよ」
2時間でアメリカか。すごい速さじゃない?すごくない?と私はもう何の企画を詰めていたのかすら忘れるほどに会話に没頭してました。
「だって、この前はちょっとしか飛ばなかったじゃん。だから、遠くに行きたいの」
「えー、明日仕事だし。疲れちゃうからなー」
「パパ、お願い!」
「じゃ、いくか!」
いくか!の言葉が聞こえたときは振り返ってパパと私は目が合ってしまいました。
なんだかちょっとだけ、居心地が悪くて会釈するオレ。いけるなら、定員が2人なら、オレも連れて行ってほしいとすら思っている自分がいる。
「じゃ、いくよー」とパパはしゃがみます。しゃがんで、足から炎が噴射され、ぶしゅーーーーーーと飛んでいく……のかと思いきや、パパはしゃがんで飛ぶまでに、こういうのです。
「でもな、パパ、この前さ、アメリカの大統領とね、ケンカしちゃったの」
「えー、トランプと? ケンカしちゃったの? どんな?」
「この前、〇〇(息子ちゃんの名前)にあげたガチャガチャあったでしょ? あれが欲しいってトランプちゃん、いうんだもん。〇〇(息子ちゃんの名前)、あれ好きじゃん? だからね、ダメ、また今度。っていったらさ、怒っちゃったの」
「あー、あれね」
息子ちゃんは少し、ここで沈黙。
「迷うけど、上げられない。だってあれ、宝物だもの」
「だよね」
「だからさ、LINEでトランプちゃんがごめんなさいってスタンプ送ってきたらさ、アメリカ行こうよ。びゅーんってパパ飛ぶからさ」
「うん、わかった。LINE来たら教えて」
そういって、息子ちゃんはパパの背中から降りたのでした。降りちゃうんだ、「じゃー、どこでもいい!どこでもいいからパパ飛んでいって!」とかいわないんだ。そんなことにも驚きでした。たたた、と走っていく息子ちゃんを追うお父さん。そこは飛ばないんだな、そんなことを考えてしまう自分が少し汚れているような気がした、春の日の一幕でした。
]]>もうかなり使い古されて、使えるタイミングを逃しまくっている若者言葉に「それな」がございます(表記の仕方もわからない。もしかしてソレナかもしれない)。この前、千歳船橋にある某飲み屋さんのカウンターでお酒を飲んでいまして、友人がトイレに立った時にふと、周りから聞こえたのです。それな!とたぶん教科書通りのイントネーションと合いの手とタイミングで私の耳に届き、美しい、そして尊いと感じるほどでした。
少し耳を傾けていると彼女は「それな」を多用します。1分間も経たないくらいに3回ほど使っています。それだけに相手の気持ちに寄り添う優しい人間なのだと感じておりました。文脈としての使い方は「そうそう」という感じと「わかってるよ、そうだよね」という感じで、驚きは少しだけにじみて出ているくらいの使い方でした。うんうん、そうそう、その使い方に私は「それな!」と言いたくなる気持ちをグッと抑えて耳を傾けておりました。
事件があったのはそのすぐあとのことです。
どんな文脈だったのかは忘れてしまいました。彼女はあいかわらず「それな」を多用しており、そんなにそれなを使っているとあだ名が「それなちゃん」になっちゃうんじゃないかと危惧していると、彼女はいきなり、いうわけです。
そ、それな!
って。昭和世代にとっては「まじで?」を思い出せるほど同じくらい強い語気で発せられた「それな!」。会話の流れからして「え?ありえなくない?」という言葉が使われそうな場面だったと思います。合いの手として使われるフレーズだと思っていた「それな」の活用形とでも進化系とでも申しますか。私はその活用形なる「それな」に「おお!」と心を躍らせてしまいました。ぜひ、使ってみたい。その、それな。
たぶん、こんな場面で使えるかと存じます(夢想)。
そ、それな!があれば、人生のどんな場面も対応できるような気がします。人生には「そ、それな!」。心強い言葉をいただきました。
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広い敷地だったんですね。更地になってみるとその大きさに驚かされます。跡地はサミットでは?という情報が出ていますが実際はどうなのかって感じですね。 千歳船橋にはmaruetsuさんがオープンしてますし、祖師谷はオオゼキ跡地 […]]]>

広い敷地だったんですね。更地になってみるとその大きさに驚かされます。跡地はサミットでは?という情報が出ていますが実際はどうなのかって感じですね。
千歳船橋にはmaruetsuさんがオープンしてますし、祖師谷はオオゼキ跡地にサミットができるとスーパーマーケット事情がかなり変わってきますね。これからも目が離せません。

最近はあっという間にビルが建ちますから、この景色も見納めかもしれませんね(2025年7月初旬)。
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2024年4月に取り壊しになりました。2025年6月に戸建て3軒に建て替わっています。]]>
2024年4月に取り壊しになりました。2025年6月に戸建て3軒に建て替わっています。




笑うほどにうまい、1本5000円のオリーブオイルのお話しです]]>
ワインとかはそんなことってあまりないんですけどね、オリーブオイルは「高いものはそれだけの意味がある」、そう思いました。まぁ、平たくいうと、1本5000円?高くない?ってほとんど笑いながら、まるで罰ゲームをうけるような気分になりながら、レジに持っていき、会計前に落として割ったら最高に笑えるけど、そんなことは絶対にしたくない!と腕をプルプルと振るわせながらレジに無事に置き、会計をしたわけです。
で、家に帰ってカプレーゼを作りましたよ。せっかくだから(なんでこんなときはせっかくだからと思うのだろう)、ちょっと高いフルーツトマトを買って、いつもスーパーに置いてあるモッツァレラチーズを買って。モッツァレラチーズはクラフトのやつでそうよく見かけるやつですよ。
冒頭に書いたみたいに、高いワインみたいにそんなに味もテーブルワインと変わらなくて、「はぁ、うーん、確かに高貴な香りがするね」と高いから、お金を払ったから「どこかいい場所を必死に探し」たいわけで。自分がお金を払ったことを正当化する理由探しをすることになるんだろうと思っていたわけです。高いオリーブオイルなんてさ、結局スーパーに置いてある700円くらいのと大して変わらないだろうと思っていたわけです。
でもね、そんな想定、ぶち抜かれましたよ。あまりにおいしくて笑いました。え?マジで?ほんとうに?そんな驚きの言葉しか口から出ませんでした。あー、うまい。5000円出しただけのことはある。っていうか、5000円でこれだけ違うなら安いくらいじゃない?本気でそう思います。
合わせてね、使ってほしいのが「ワインビネガー」。次の記事で紹介しますけど、これも笑った。笑いながら、これって、お肉にかけたりさ、バニラアイスクリームにかけたりさ、何にかけたりと、かけたり未来がばばばーと広がりましたよ。あ、なんてミライって素敵なんだろう、目をつぶってもキラキラと光る目の前に、うっとりしちゃいましたよ。
買えるお店はこちらです。
ラ・ポルテ・ディ・フィオッキ
※イタリアンの名店、フィオッキさんの惣菜店。週末、祝日のみの営業なのでご注意を
年間2トン売れるという脅威のポテサラです]]>
祖師ヶ谷大蔵にあるハム・ソーセージ専門店エッセンさんのポテトサラダです。2023年は一年間で2トン販売したという人気商品。恥ずかしながら、私はその2トンに1gも貢献できませんでした。ということで、今年の何トンかに貢献すべく購入(っていうのはウソ。ずっと気になってて食べてみたかったから通りかかったときに看板を見かけて買いました)。
一口食べてみて「侘び寂び」が心いっぱいに広がりました。とても日本的なポテサラです。日本的。そう、家庭的とは違います。ポテサラとは?そんな禅問答を経て生み出された達観したポテサラなんです(勝手な想像)。
だって考えてみてください。エッセンさんはハム・ソーセージ専門店です。このお店のポテサラならハムが前面に出てもしょうがないかなぁ、ごろっとしたハムが入っていてもしょうがないかなぁ、むしろそうあって欲しいとすら思いますよね。でもね、違うんです。エッセンさんのポテサラはハムが他の具材と同じく、ポテトの引き立て役になっている。ニンジン、きゅうり、そしてタマネギ。タマネギなんて非常に細く切ってあり(きゅうりも非常に細かく切ってあります)、箸で持ち上げないと見つけられないほど。もちろんポテトサラダを食べるとしっかりとタマネギのおいしさが広がるのに、形はなかなか見つからないのです。
そのタマネギよりも少し大きくカットされたハム。ポテサラ全体を包み込むように、そして他の食材の味わいを消さないように、そっとそこに居るハムが侘び寂びを感じさせてくれます。いいなぁ、この感じ。古きより育まれる日本文化。無駄を究極に削ぎ落とした逸品でした。で、気がついたんです、これってさ、究極のチラリズムじゃない?って。
たった一片のハムが奏でる味わい。ハムだけ食べたらどんなに美味しいんだろう。ハムがこれだけ美味しいなら、ソーセージはどんな味なんだろうって。ポテサラをたとえばサンセリテさんのパンに挟んだらどれほど合うんだろうと想像ながら、箸でポテサラをすくっては想像が無限に膨らみます(プレジールさんはそれだけで完結してるから合わないかも?とか)。じゃあさ、ポテサラとハムを挟んだらどうなるの?ポテサラじゃなくってハムだけにしたらどんな味なんだろう?って。ポテサラからハム・ソーセージも味わってみたいって思い始めている自分がいました。
それにしてもこのポテサラ。落ち着く味。赤ワインとも合うし、吟醸の香り広がる日本酒ともいい。パンに挟んで活力として食べるのもいいし、お酒と合わせてクールダウンのお供にしてもいい。こりゃ、年間2トンも売れるよ、そう思いました。何年後には「祖師谷といえばポテサラだよね」、そう道行く人が話す、そんな日が近いのでは?と思いました。あー、また買いに行こっと。
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好きなコーヒー店の豆って、何故、定休日になくなるんでしょうね。 豆がなくなった→買いに行く→店前で定休と気が付く→ちょっと恥ずかしくなる→たまたま通りがかっただけと装う そんなことがあったんだと思います。まぁないよりかは […]]]>
好きなコーヒー店の豆って、何故、定休日になくなるんでしょうね。
豆がなくなった→買いに行く→店前で定休と気が付く→ちょっと恥ずかしくなる→たまたま通りがかっただけと装う
そんなことがあったんだと思います。まぁないよりかはいいかとスーパーマーケットで豆を買ってみて、淹れてみたら「ん? こんなにおいしく淹れられるの?」って驚いたことが始まりだったのです。
あれ?もしかしたらスーパーで買ったコーヒーも淹れ方ひとつでかなり味が変わるんだ。定休日がないスーパーなら、いつでもコーヒーが買えるからいいのかもしれない、そう思ったんですね。
それからは試行錯誤の日々です。お湯を86℃にしてゆっくり淹れたり、粉の量を1杯6gにして、お湯の量を100ccにしたり。そんなことをしているうちに季節は変わり、一番安い豆は季節限定ものだったので、春から夏ブレンドへと変わっていきました。結構のめり込むタイプなんです。温度や豆の量を変えながら自分が求めているコーヒーに近づいていくのが好きというか。安いコーヒーでどこまでできるんだろうという挑戦をしていました。
それから3ヵ月ほど経ったころ。
取材先でコーヒーについて話をすることがありました。
「ここのコーヒー、とてもおいしいでしょ?コスタリカだったかな?うーん、忘れちゃったけど、好きなのよ」
と陶芸教室の代表がいうんです。ニコニコしながら。彼女が作ったというコーヒーカップに入れてもらって飲みました。おいしかったなぁ。それで、あなたはコーヒーいつも飲むの?と話が膨らんだんです。スーパーのコーヒーを買っていろいろやってるんです、と話すと、
「コーヒー豆屋さんと値段はほとんど変わらないし、試行錯誤も楽しいけど、おいしいコーヒー豆を買って飲んだ方がよくない?」と至極まっとうな話をいただきました。
たしかに、値段は160gで540円の豆で試行錯誤をしていたので、いつも買っている豆と比べるとめちゃくちゃ安いわけではなくて(いつもは100gで600円くらい。160gにしたら960円)……、約半分くらいか。スーパーで買った豆がおいしかったのは最初だけで、空腹は最大の調味料というようにコーヒーを心の底から欲していたからおいしく感じたからではないかと思い至りました。久しぶりにいつも買っていたコーヒー豆を買いに行こうと思ったんです。
翌日、祖師ヶ谷大蔵のコーヒー店へ行きました。駅近で、セブンイレブン近くの「ローキートーン珈琲店」。月のブレンド、柊(ひいらぎ)ブレンドを100g豆のままで買いました。帰って久しぶりにミルを取り出してガリガリと粉にしてドリップします。
数滴粉にお湯を注いで圧倒的な違いをまざまざと見せつけられました。粉が水分を含んで膨らんで炭酸ガスを出して、「ポコ」と音まで聞こえます。あー、このふくらみ!スーパーの粉とは圧倒的に違う(スーパーの豆はほとんどふくらみません)。香りがふわっと漂って、あーこれ!とうれしくなりました。
スーパーの粉では「あれ?どうしたらいいんだ?どうしたらもっとおいしく淹れられるんだ?」と試行錯誤ばかりで、コーヒーのおいしさとか香とか、うれしさがあんまりなかったんですね。後半はほとんどうれしさなどなかったし。そこがまったくもって違いました。
いつも通りに淹れて、いつも通りに飲む。はぁ、こんなにおいしかったんだ。目をつぶってコーヒーのおいしさにドボンと浸りました。もっとコーヒーを飲むことが好きになりましたね。
もしかしたら、スーパーの粉で試行錯誤したからこそ、ローキートーンさんの豆がいかにおいしいかわかったのかもしれません。試行錯誤は楽しいけれど、求めるおいしさにはたどり着けなかった。楽しかったけれど、試行錯誤はもういいかなと思いました。これからは祖師ヶ谷大蔵とか千歳船橋のコーヒー豆屋さんでおいしいコーヒーを買い続けよう。そんな思い返せば当たり前のことに、約半年をかけてたどり着いたのです。おいしいっていいね。
で、問題はココからなのです。この前、豆がきれました。定休日に(現在は月・火曜連休です)。ぼくは多めに買うと大切さを忘れがちで軽々しくコーヒーを飲むようになって、おなかを壊します(笑)。ですので、いつも100gしか買いません。大切に大切に飲みたいのですが、なぜか定休日に豆がきれる。永遠のテーマがまた己の身に降りかかりました。
なぜなんだろうと考えました。1日考えてみました。永遠のテーマが身に降りかからないためには……
1回の分量を決めて、日割り計算すること。定休日をまたぐまで豆がもたない場合はコーヒー我慢日を作ること。
が必要なんですね。これで定休日に豆がきれるという惨事に遭遇しないと思います(とりいそぎ、年内は豆がもちそうです。あっ、年始は5日から営業でした。もう一度豆の残りをチェックしておこっと)
みなさんの「永遠のテーマ」は何ですか?永遠のテーマ回避の解決策とか伺いたいです。お手すきのときにでもご連絡ください。
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