
BENEDETTO HISTORY / 1968–1989
Manhattan以前のBenedetto
1968–1989|モデル体系の形成と、1982年に現れたもうひとつの方向
Benedettoについて、ずいぶん長いこと書いてきた。
BobことRobert Benedettoがギター製作を始めた1960年代末から数えれば、その歩みはすでに半世紀を大きく超えている。
これまでArchtop Archiveでは、1990年代のモデル体系、Manhattanの登場、Renaissance Series、そして1999年以降のFender / Guild期について追ってきた。
気がつけば、後の時代についてはかなりの部分が埋まっている。
その一方で、最後まで大きく残っていた時代がある。
Manhattan以前。
Bob Benedettoがギターを作り始めた1960年代末から、Manhattanが登場する1989年までである。
もちろん、この時代についてまったく触れてこなかったわけではない。後年のモデルを調べていけば、どうしてもその源流として70年代、80年代の記録に行き着く。
しかし、最初から順を追って見たことはなかった。
そこで今回は、BenedettoのProduction Logと当時の価格表を年代順に並べながら、1968年から1989年までを改めて辿ってみることにした。
すると、これまで何となく知っているつもりだったモデル名が、少し違って見えてきた。
その代表がCremonaである。
後年のCremonaを知っていると、Benedettoの最上位に位置する、特別なモデルという印象が強い。
しかし記録を遡ると、その名前は驚くほど早く現れる。
しかも、その意味は時代を通して同じだったとは言い切れない。
Cremona、Supreme、Limelite、Fratello。
後にBenedettoを形作ることになるこれらの名前は、いつ現れ、どのような意味を与えられていったのか。
今回はそこを中心に、Manhattan以前のBenedettoを見ていきたい。
1968年、最初の一本
Production Logの最初に記録されているギターは、1968年の#0168である。
モデル欄にはCustom。
ボディサイズは17インチ。
続く2本目、1970年の#0270はPregio。こちらは19インチと記録されている。
まだ、この2本だけを見ても後年のBenedettoにつながるようなモデル体系は見えてこない。
Custom、Pregio。
サイズも17インチと19インチで異なり、製作本数そのものもまだごく僅かである。
ところが、その次の一本で突然、現在まで残る名前が現れる。
1972年。
シリアルナンバー#0372。
CREMONA
モデル欄にはCremonaとある。
ボディサイズは17インチ。
Cremonaという名称は、Benedettoの製作本数が増え、ラインナップが整った後に付けられた名前ではなかった。
Production Log上では、わずか3本目のギターからすでに使われているのである。[1]
しかも、これが偶発的な一例というわけでもない。
続く1973年の#0473もCremona。
その後も#0575、#0676、#0777、#0877、#0977、#1177と、初期のProduction LogにはCremonaという名前が繰り返し現れる。
最初の23本を見ても、少なくとも13本がCremonaと記録されている。
こうして並べてみると、初期BenedettoにおけるCremonaは、数あるモデルのひとつというより、むしろ製作の中心にあった名称だったように見える。
そして、ここにはもうひとつ興味深い事実がある。
記録で確認できる初期Cremonaのボディサイズは、いずれも17インチである。
最初の#0372も17インチ。続く#0473も17インチ。1976年、1977年、1978年に製作されたCremonaも17インチが続いている。
ならば話は簡単で、Cremonaとは最初から17インチモデルの名称だった。
そう結論づけたくなる。
しかし、どうもそれほど単純ではない。
1975年、モデル名のない価格表
1975年12月のBenedetto Guitarsの価格表を見ると、そこには三つのモデルが掲載されている。[2]
| 17 INCH MODEL | $1,300 |
| 18 INCH MODEL | $1,500 |
| 19 INCH MODEL | $1,850 |
Cremonaという名前はない。
Production Logでは、その3年前から17インチのギターにCremonaという名称が繰り返し使われている。
それなのに、顧客向けの価格表ではCREMONA MODELではなく、17 INCH MODELなのである。
これは少々引っかかる。
もちろん、この一枚だけから「当時Cremonaは正式なモデル名ではなかった」とまで断定することはできない。
工房内ではCremonaと呼ばれ、販売資料ではサイズだけを表記していた可能性もある。あるいは、価格表には基本となるサイズだけを示し、実際の注文時にはCremonaという名称が使われていたのかもしれない。
そこは分からない。
ただ、資料に書かれていることだけを見るなら、1975年のBenedettoが顧客に示していたラインナップは、Cremona、Supreme、Limeliteといった後年のモデル名ではなく、17インチ、18インチ、19インチというボディサイズによる区分だった。
さらに興味深いのは、その内容である。
三つのモデルには共通して「STANDARD FEATURES ON ALL MODELS」として基本仕様が記されている。
削り出しのスプルーストップ、カーリーメイプルのバックとサイド、エボニー指板、Groverチューナー、ゴールドパーツ。
そのうえでネック寸法やスケール、フレット、バインディングなどを注文者が指定でき、ピックアップやインレイ、ナチュラルフィニッシュなどは追加料金のオプションとして用意されていた。
1975年のBenedettoは、まずボディサイズを選び、そこから注文者と一本を作り上げていく。
後年のようにモデル名ごとに性格の異なるギターを並べるというより、そんな姿の方が近かったのではないだろうか。
そして、この価格表からわずか数年後。
サイズだけで示されていたBenedettoのラインナップに、はっきりとした名前が現れ始める。
SUPREMEの登場
1978年、Production Logに新しい名前が現れる。
シリアルナンバー#1878。
Supreme。
ボディサイズは18インチ。完成日は7月30日と記録されている。[1]
Supremeそのものがこの一本から始まったのか、それ以前の18インチモデルにも同じ名称が使われていたのか。そこまでは現在の資料から確認できない。
ただし、少なくともProduction Log上でSupremeという名称を確認できる最初の個体が、この#1878である。
そして、その前後にはCremonaが並んでいる。
#1778 Cremona 17″
#1878 Supreme 18″
#1978 Cremona 17″
#2078 Cremona 17″
つまり1978年夏の製作記録では、
Cremona 17″ / Supreme 18″
という対応が、はっきり確認できる。
さらに同年10月1日付の価格表を見ると、1975年には見られなかった変化が起きている。[3]
| CREMONA MODEL | $2,000 |
| 7 STRING MODEL | $2,200 |
| SUPREME MODEL | $2,400 |
1975年には「17 INCH MODEL」「18 INCH MODEL」「19 INCH MODEL」と、サイズそのものがモデル名のように並んでいた。
それが1978年になると、CremonaとSupremeという固有の名称が販売資料の表に出てくる。
これは小さくない変化である。
少なくとも現存する資料を並べる限り、1975年から1978年の間に、Benedettoのラインナップは単なるサイズ別の区分から、固有のモデル名を持つ体系へと変わっていったように見える。
1980年、三つのモデルが揃う
1980年2月。
Production Logの#4580にLimeliteという名前が現れる。
ボディサイズは16インチ。
ここで、後に非常に分かりやすい形となる三つのモデルが揃う。
SUPREME 18″
CREMONA 17″
LIMELITE 16″
そして1980年7月25日付のPrice Listには、各モデルの標準ボディサイズと価格が明記されている。[4]
| MODEL | BODY | PRICE |
|---|---|---|
| Supreme | 18″ | $3,500 |
| Cremona | 17″ | $3,000 |
| Limelite | 16″ | $3,000 |
| 7-String | 17″ | $3,200 |
ここで注意したいのは、CremonaとLimeliteの価格が同じことである。
17インチのCremonaも$3,000。
16インチのLimeliteも$3,000。
つまり、ボディサイズはモデルを区別する重要な要素ではあっても、サイズそのものがモデルの格を決めていたわけではない。
Cremonaというモデルがあり、その標準寸法が17インチだった。
FRATELLOという別の17インチ
1980年に登場した新しいモデルはLimeliteだけではない。
そのひとつ前、#4480にはFratelloと記されている。
1980年1月。ボディサイズは17インチ。
つまり、すでに17インチのCremonaが存在しているにもかかわらず、同じ17インチのFratelloが新たに加わっている。
ここで、モデル名とサイズの関係はさらに明確になる。
モデル名は、単なるサイズ記号ではなかったのである。
Fratelloの販売資料に記された仕様も、決して簡素なものではない。
削り出しのトップとバック、エボニー指板、カーリーメイプルの3ピースネック、ゴールドのチューナー、フローティング・ピックアップ。
それでも価格はCremonaやLimeliteより明確に抑えられていた。[5]
同じ17インチでも、CremonaとFratelloは、そもそも担っている役割が違った。
1982年、もうひとつの方向
ここまでに見えてきたのは、ボディサイズを基準に始まったBenedettoのラインナップが、Cremona、Supreme、Limelite、Fratelloという固有のモデル体系へ変わっていく過程である。
しかし、後年のBenedetto公式資料は、1982年に、モデル名の整理とは別の変化があったと記している。
“in 1982 he led the movement to strip away superfluous bindings and inlays from the archtop guitar.”
2007年の公式カタログは、1982年にBob Benedettoが、アーチトップギターから過剰なバインディングやインレイを取り除く動きを先導した、と述べている。[8]
現在のBenedetto Guitars Archivesの公式バイオは、さらに踏み込んでいる。そこでは、不要な装飾を取り除き、アーチトップのacoustic voiceに意識を集中させる方向が1982年に示されたとされる。そして、この“less is more”という考え方を、後のLa Venezia、La Cremona Azzurra、Renaissance Seriesへ結びつけている。[9]
ここで見逃せないのが、Chuck Wayneである。
Benedetto Guitars Archivesには、“Chuck Wayne with custom 1982 Benedetto”と説明された写真が残されている。[10]
2016年、Benedetto Guitars社長のHoward Paulは、BobがChuck Wayne、Johnny Smith、Bucky Pizzarelli、Kenny Burrellらの意見を聞きながら楽器を改良していたと振り返っている。そのなかで、Wayneは「ヴァイオリンのようなギター」を望んでいたと述べ、バインディングやパーフリングを持たず、より軽く、装飾が少なく、演奏者にとって機能的なギターへ進んだことを説明している。[11]
ただし、この2016年の証言は、その設計思想が1982年に始まったと明言しているわけではない。1982年という年代は公式カタログと公式バイオが示し、Wayneの要求と設計上の方向についてはHoward Paulが後年に説明している。両者は分けて読む必要がある。
また、1982年にBenedettoのギターが一斉に簡素化されたわけでもない。同年製のCremona #7582には、7層のボディ・バインディング、5層のネックおよびヘッドストック・バインディング、三重に縁取られたfホール、各部のパール装飾が確認できる。[12]
1982年は、従来のBenedettoが別のものへ切り替わった年ではない。伝統的で装飾的なアーチトップと並行して、装飾を抑え、軽さと音響的な働きを優先する、もうひとつの方向が明確になった年と見るのが妥当だろう。
この方向は、80年代のモデル体系をただちに置き換えるものではなかった。しかし後に、La VeneziaやRenaissance Seriesといった1990年代の仕事のなかで、はっきりとした形を与えられていく。
80年代後半、Manhattanの輪郭
1980年代のProduction Logを追うと、1980年の価格表に示されたサイズが絶対的な規格ではなかったことも見えてくる。
1986年の#13186には16 5/8インチのCremona。
1988年の#16188には16インチのCremonaが記録されている。
Fratelloにも16 5/8インチ、16インチの個体がある。
価格表のサイズは、あくまで標準仕様だったと見る方が自然だろう。
そして80年代後半になると、Production Logの中でFratelloの存在感が急速に大きくなっていく。
さらに1988年前後の実物を見ると、ボディフォルムそのものはすでに後のManhattanを思わせるものが多い。
その一方で、ピックガードの形状、指板エンドの処理、ヘッドストックのデザインなど、細部にはまだ一定していない部分も見られる。
完成形にかなり近づきながら、なお試行錯誤が続いている。
1989年のManhattanは、ある日突然現れた新しい形ではない。
80年代後半まで積み重ねられてきたものが、ひとつのモデルとしてまとまったと見る方が自然なのかもしれない。
そして1989年
Production Logの#16689。
Manhattan。
17インチ。
1989年1月である。
ここから先については、すでに「Manhattanが変えたBenedetto」で詳しく取り上げた。
ただ、1968年からProduction Logを順番に追ってきた後でこの名前を見ると、Manhattanの登場は以前とは少し違って見える。
Manhattanは、何もないところへ突然加えられた新しい17インチモデルではない。
その場所にはすでにCremonaがあり、Fratelloがあった。
そして80年代を通じて、Benedettoはサイズだけでは割り切れないモデル体系を作り上げていた。
そこへManhattanが加わる。
この後、販売資料ではFratelloとManhattanが同価格で並び、Cremonaには
available as special order only
という言葉が添えられるようになる。[6]
これはCremonaが消えたという意味ではない。
むしろ、その立場が変わったと見るべきだろう。
通常ラインの中心をManhattanやFratelloに譲る一方で、Cremonaはより特別な位置へ移っていく。
1991年7月のCremonaの価格は$12,500。
当時の資料を見ると、European cello woodsをはじめ、豪華な装飾や特別な仕様を前面に出したモデルとして紹介されている。[7]
ここまで来ると、Cremonaを単純に「17インチモデル」と説明することには、ほとんど意味がない。
確かに17インチは長くCremonaの標準サイズだった。
しかし後年のCremonaに強く感じられるのは、ボディサイズではなく、Benedettoの最上位を担う特別なモデルという性格である。
Manhattan以前
1968年の#0168から1989年の#16689まで。
21年分のProduction Logと価格資料を並べてみると、Benedettoのモデル体系が最初から完成されたものではなかったことがよく分かる。
1972年 Cremonaという名称がProduction Logに現れる。
1975年 価格表では17 / 18 / 19インチというサイズ別のラインナップ。
1978年 CremonaとSupremeが販売資料上のモデル名として現れる。
1980年 LimeliteとFratelloが加わる。
1982年 後年の公式資料が、装飾を抑え、acoustic voiceへ意識を向ける新たな方向として位置づける。
1989年 Manhattanが登場する。
しかし、それらは固定されたものではなかった。
実際の製作では標準寸法から外れる個体も作られ、Fratelloの存在感が増し、80年代末には後のManhattanを思わせるフォルムが見えるようになる。
その一方で、ピックガードや指板エンド、ヘッドストックなどの細部には、なお試行錯誤の跡が残っている。
さらに1982年には、モデル名やボディサイズの変遷だけでは捉えられない、もうひとつの方向が示されていた。
Manhattan以前のBenedettoを辿ると、この21年間には、少なくとも二つの流れが見えてくる。
ひとつは、Cremona、Supreme、Limelite、Fratelloというモデルの役割が形を変えながら整理され、Manhattanへつながっていく流れ。
もうひとつは、装飾を抑え、軽さとacoustic voiceを優先する方向であり、後のLa VeneziaやRenaissance Seriesへつながっていく流れである。
この二つは、どちらかがもう一方へ置き換わったのではない。同じBenedettoのなかで並行して育っていった。
モデル体系が整理されていった先に、1989年のManhattanがある。
そして1982年に明確になったもうひとつの方向は、1990年代へ続いていく。
参考資料
- Robert Benedetto, Production Log. 1968年以降のシリアル番号、モデル名、ボディサイズ、注文者、完成時期を参照。
- Benedetto Guitars, Price List as of December 1975. 17 / 18 / 19 Inch Modelの価格、標準仕様、Custom Optionsを参照。
- Benedetto Guitars, Price List effective October 1, 1978. Cremona、7-String、Supremeの価格を参照。
- Benedetto Guitars, Price List effective July 25, 1980. Supreme、Cremona、Limelite、7-Stringの標準ボディサイズおよび価格。
- Benedetto Guitars, Fratello dealer sales sheet. Fratelloの標準仕様、販売目的、価格を参照。
- Benedetto Guitars, Fratello / Manhattan brochure and price list, late 1980s–1990頃。FratelloとManhattanの価格、およびCremonaの“available as special order only”表記。
- Benedetto Guitars, Cremona price list, July 1991. Cremonaの価格および標準仕様。
- Benedetto Guitars, 2007 Catalog. 1982年に過剰なバインディングとインレイを取り除く動きを先導した、という記述を参照。
- Benedetto Guitars Archives, Bob Benedetto Bio. 1982年、acoustic voice、“less is more”および後の各モデルとの関係について参照。
- Benedetto Guitars Archives, Benedetto Players. “Chuck Wayne with custom 1982 Benedetto”と記された写真キャプションを参照。
- Mark Ari, “Makers & Shakers: Benedetto Guitars Is Building Some of the Most Coveted Archtops in the World”, Acoustic Guitar, October 7, 2016. Howard PaulによるChuck Wayneと設計思想についての証言を参照。
- 1982 Benedetto Cremona, archtop.com. #7582のバインディングおよび装飾仕様を参照。
※ 製作年・モデル名・ボディサイズはProduction Logおよび当時の価格資料に基づく。モデルの役割や体系の変化についての記述は、複数資料を照合したうえでの筆者の考察である。
Revision History
- 2026.09.09 Production Logの#16689行に「1-89」とあることを画像で再確認し、製作時期を1989年1月に確定。

























