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8月30日に亡くなったゴルバチョフ元ソ連大統領は、後継国となったロシアのプーチン大統領との間で、お互いを批判するような発言を繰り返し、冷たい関係があらわになってきた。ゴルバチョフ氏がプーチン政権下で民主化が後退したことを取り上げる一方で、プーチン氏はゴルバチョフ大統領時代に起きたソ連崩壊を否定的に語ってきた。
プーチン氏「国に甚大なダメージ」
共産党が一党独裁を続けたソ連の最高指導者を務めた過去を持ちながら、ゴルバチョフ氏はしばしば民主主義の価値を説いてきた。2000年に大統領に就任したプーチン氏と初めて会談した同年8月には「ロシアに秩序と責任感が必要とするプーチン大統領の路線を支持する」と明言した。
ところがプーチン氏が当時の最大の任期である2期8年を全うした後に首相に横滑りしたことから、批判的な発言を漏らすようになった。11年8月に毎日新聞と会見した際、ロシアは「(長期独裁国が多い)アフリカのような状況といえる」と批判。プーチン氏についても「今なら多くの業績を残した人物として(政界から)退くことができる」とも語った。15年12月に再度、毎日新聞とのインタビューに応じたときも、3期目の大統領に返り咲いたプーチン氏による統治を「個人による権威主義的な統治と反民主的傾向が続いている」と評した。
一方で、プーチン氏によるゴルバチョフ氏の評価も手厳しい。15年7月に米国の映画監督オリバー・ストーン氏とのインタビューに答え、ゴルバチョフ氏がソ連の最高指導者に就いた当時は「国に変革が必要であることは、ゴルバチョフにもその側近にも明らかだった」と指摘。しかしゴルバチョフ氏や周辺が「どのような方法で実現すべきかはまるでわかっていなかった」「だからこそ国に甚大なダメージを与えるようなことをいろいろとやった」と酷評した。
プーチン氏によるゴルバチョフ批判は、現在のロシアのウクライナ侵攻の遠因の一つとも言える北大西洋条約機構(NATO)に関する問題にも及ぶ。米国は1990年のドイツ再統一を前にして、ゴルバチョフ氏の同意を取り付けようとして、当時の共産圏にNATO加盟国を拡大しないと約束したとされる。しかし90年代後半以降、この「約束」はほごにされて、東欧諸国やソ連に組み込まれていたバルト3国などが次々とNATOに加盟したことから、ロシアが対米不信を募らせる一因となった。
米国の「約束」について、プーチン氏はストーン氏とのインタビューで次のように触れている。「約束は書面にされてはいなかった。その誤りを犯したのはゴルバチョフ氏だ」「政治の世界では何事も書面に残さなければならない。だがゴルバチョフ氏はペラペラしゃべっただけで十分だと判断した」。こう語り、米国の口約束を安易に信じた結果、NATOの東方拡大を許してしまったとの見解を示した。
90年にノーベル平和賞を受賞したゴルバチョフ氏は、欧米諸国で高く評価されたが、ソ連崩壊を防げなかったこともあり、ロシア国内の評価は高くなかった。一方で、ロシア国内ではプーチン氏がソ連崩壊後の混乱を収めたことなどを評価されてきたが、欧米諸国からは強権的な統治方法や隣国ウクライナへの軍事侵攻などを批判されている。両氏のコントラストは鮮明だ。
ただしゴルバチョフ氏は欧米寄り一辺倒の政治家だったわけでもない。プーチン政権が14年にウクライナ南部クリミアを強制編入すると、これに支持を表明した。またソ連末期のリトアニアで独立運動が激しくなると、武力鎮圧を試みた結果、死者を出したことにも批判が残されている。【大前仁】
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【評伝】ゴルバチョフ元大統領 生涯かけ「個人の尊重」追及 出自は「人民の敵」 国家のための犠牲容認せず
30日に死去したゴルバチョフ元ソ連大統領は冷戦期、米国と世界を二分した超大国ソ連のトップである共産党書記長に54歳の若さで就任した。生涯にわたり追求したのが「個人が尊重される社会」だった。共産党のエリートと目されながら、ゴルバチョフ氏は政治弾圧を受けた祖父を持ち「人民の敵」とレッテルを貼られた人々の悲哀を理解していた。
「国家が何かを成し遂げるには犠牲がつきもの、という風潮は容認しがたい」。ゴルバチョフ氏は昨年の本紙の書面インタビューでさらなる強権体制への回帰に警戒感を示し、政治的抑圧に国民が苦しまないよう、政権指導部に対し法治主義を尊重するよう求めた。
ソ連では1930年代から独裁者スターリンの下で粛清が活発化。罪のない多数の市民や知識人が銃殺されたり、強制収容所に送られたりした。ゴルバチョフ氏の2人の祖父も農作物の供出拒否や反革命活動の疑いがかけられ弾圧された。
ソ連ではひとたび政治弾圧を受けたことが周囲に知られると、就職や学業で甚大な不利益を被る。ゴルバチョフ氏は最高学府モスクワ大を卒業し、党内でスピード出世を遂げる中で「人民の敵」の出自であることをひた隠しにしてきた。自著によれば、91年になって初めて、ソ連国家保安委員会(KGB)に2人の祖父が受けた処分について問い合わせたという。
昨年11月には、プーチン政権が、ソ連時代の政治犯らの弾圧を記録してきた人権団体「メモリアル」を解散させようとしたのに対し「(無実の人々の名誉回復という)歴史的な正義を妨げてはならない。メモリアルの活動は同じことが将来起きることを防ぐためだ」との反対声明を出した。
ただ、ゴルバチョフ氏の訃報に接した市民は「彼の“功績”はソ連を崩壊させただけ」(モスクワの38歳の会社員男性)などとおおむね冷淡な態度だ。ロシアでは、民主化を訴える同氏は「西欧かぶれ」との評価が定着している。
一方でゴルバチョフ氏が懸念した民主化弾圧はウクライナでの軍事行動を機に激化している。「平和」と書かれたプラカードを街頭で掲げるだけで投獄され、学校で反戦を訴えた教師を生徒が密告するケースも相次ぐ。ソ連時代に回帰したような閉塞的な社会を、ゴルバチョフ氏は今、どれほど嘆いているだろうか。(モスクワ・小柳悠志)
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米国と覇権を争った超大国ソ連が崩壊する引き金になった1991年8月のクーデター未遂事件から19日で30年になる。当時、ソ連大統領だったミハイル・ゴルバチョフ氏(90)は本紙との書面インタビューに応じ、北方領土問題について「長い時間が失われた」と振り返り、プーチン現政権を暗に批判。自ら推進したペレストロイカ(立て直し)の意義などを強調した。(モスクワ・小柳悠志)
◆「長い時間失われた…」
書面インタビューは北海道新聞と共同で行った。ゴルバチョフ氏は91年4月に日本を公式訪問した。その際、歴代政権として初めて北方4島の名称を明記し領土問題の存在を認める「日ソ共同声明」に署名して領土交渉に道筋をつけた。これが「4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」と合意した「東京宣言」(93年)につながった。
しかし、30年後の現在、プーチン大統領が指導するロシアは領土問題の存在を否定する強硬姿勢に戻っている。ゴルバチョフ氏は「長い時間が失われたのは残念だ。こうしたことで(交渉の)勢いを失ってはならない」と強い懸念を表明。「交渉を恐れてはいけない。最も困難で緊急性の高い問題を議題とすることが必要だ」と訴えた。
「第2次大戦の結果、北方4島がロシア領になったとするプーチン政権の主張をどう考えるか」との質問に対し、ゴルバチョフ氏は回答しなかった。プーチン体制で強まる言論統制を警戒したとみられる。
◆プーチン政権「独裁的傾向強まる」
また、20年以上続くプーチン体制に関し、ゴルバチョフ氏は野党勢力が事実上、選挙から締め出されていることを指摘した上で、「独裁的な傾向が強まっている」と警鐘を鳴らした。
ソ連末期のペレストロイカは途中で挫折したが、「国民が政治プロセスに参加することによって社会問題を解決すること、グローバル化の目標など、その思想と原則は現在も有効だ」と改めて強調した。
ソ連を緩やかな国家連合へ再編する新連邦条約に反対する守旧勢力のクーデター未遂事件後、ゴルバチョフ氏は求心力を喪失。ロシアやウクライナなどが「独立国家共同体」の創設を宣言し、ソ連は91年末に崩壊した。ゴルバチョフ氏は「われわれは崩壊を望んでいなかった」と語った。
ゴルバチョフ氏は「新思考外交」によって東西冷戦を終結させた。再び厳しい対立関係にある米ロが今年2月、新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長で合意したことについて「現在、最も重要なこと。これによって戦略的な安定性に関する交渉を始めることができるようになった」と高く評価した。
同氏はこれを踏まえ、米ロ間でさらなる核兵器削減交渉の進展が必要であることを強調。「核兵器の先制不使用に向け前進すべき時だ」と米ロ双方に促した。また核大国となった中国を念頭に「他の核保有国を(軍縮)協議に参加させる必要がある」と指摘した。
ミハイル・ゴルバチョフ氏 1931年3月生まれ。85年にソ連共産党書記長に就任し、ペレストロイカ(立て直し)やグラスノスチ(情報公開)を推進。「新思考外交」で東西冷戦を終結させた。90年にソ連の最初で最後の大統領に就任し、同年、ノーベル平和賞を受賞。91年12月、ソ連崩壊にともない辞任した。
【インタビュー詳報】「熟考された対日政策はなかった」ゴルバチョフ氏が明かしたこと
ソ連崩壊の導火線となった旧ソ連保守派によるクーデター未遂から19日で30年。ゴルバチョフ元ソ連大統領は本紙との書面インタビューで、プーチン大統領の下で権威主義体制が一層強化されるロシアの現状への強い危機感をにじませた。(常盤伸)
ソ連崩壊 正式名称はソビエト社会主義共和国連邦。ロシア革命を経て1922年に成立。第2次大戦後は米国に並ぶ超大国として、東側陣営の盟主的地位を占めた。経済停滞や共産党独裁に対する東欧諸国の反発、ソ連構成国の独立運動などを受け、91年末に崩壊した。
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【インタビュー詳報】「熟考された対日政策はなかった」ゴルバチョフ氏が明かしたこと
ソ連崩壊の導火線となった旧ソ連保守派によるクーデター未遂から19日で30年。ゴルバチョフ元ソ連大統領は本紙との書面インタビューで、プーチン大統領の下で権威主義体制が一層強化されるロシアの現状への強い危機感をにじませた。(常盤伸)
ソ連崩壊 正式名称はソビエト社会主義共和国連邦。ロシア革命を経て1922年に成立。第2次大戦後は米国に並ぶ超大国として、東側陣営の盟主的地位を占めた。経済停滞や共産党独裁に対する東欧諸国の反発、ソ連構成国の独立運動などを受け、91年末に崩壊した。
◆「ペレストロイカ」の否定的評価に反論
本紙との書面インタビューで回答作業をするゴルバチョフ氏=ゴルバチョフ財団提供
「ソ連崩壊はペレストロイカ(立て直し)の最終的な結果ではなかった」。ゴルバチョフ氏は冒頭で強調する。冷戦終結の立役者として国際的な名声を誇るが、ロシアでは現在も、ペレストロイカが国家の根幹を揺るがし、偉大な超大国を解体に追いやったとの否定的な評価を受ける。これに対して敢然と反論した格好だ。
ゴルバチョフ氏は「共産党や連邦制の改革をもっと早く、経済改革をもっと大胆に行うべきだった」と述べる。「誤り」は、社会の停滞を終わらせたペレストロイカ導入ではなく、改革が不徹底だったことにあるとの確信だ。
ただ、「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だ」とするプーチン大統領ら、現体制で中枢を占める旧KGB(旧ソ連国家保安委員会)出身者の間ではペレストロイカは欧米の工作の影響との陰謀論も根強い。
◆エリツィン政権にも手厳しく
一方、自身を事実上、追い落としたエリツィン大統領の率いたソ連崩壊後の政権への評価は手厳しい。
「権力だけが目的」などとの指摘は一理あるが、「スターリン主義を正当化する現在の状況につながる」との主張には、民主派からも異論があろう。国家主義が優位にあるロシアで、曲がりなりにも民主主義をもたらそうとした2人の改革者の対立は、ロシアの悲劇と言わざるを得ない。
プーチン政権は昨年、2024年の任期切れ後もプーチン氏の大統領選出馬が可能となる条項などを盛り込んだ「憲法改正」を成立させ、若者に支持が高いナバリヌイ氏ら反政権派運動の壊滅も進めている。「プーチン体制」の永続化を狙うかのような動きだ。
ゴルバチョフ氏は「社会が、深く長く分裂する恐れ、悲劇的な事態が発生する可能性があり、すでに悲劇は起きている」と警鐘を鳴らす。
陰鬱な展望の中で特筆すべきは、ロシアはいずれは再び民主化の道に戻るとの信念を披露したことだ。「私は楽観主義者だ。困難や誤り、挫折があっても、(これまでの)努力は無駄ではなかった。ロシアは真の民主主義への残り半分の道を通過するだろう」。90歳のゴルバチョフ氏がロシアの新世代に希望を託したといえるだろう。
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7月にはゴルバチョフ氏がロシアの現状に「腹を立てている」と、同氏の親しい友人がフォーブス・ロシアに語っていた。 この友人は、ゴルバチョフ氏が「自身の生涯をかけた仕事」を台無しにされたと感じていると話していた。 旧ソ連最後の最高指導者で初代ソ連大統領を務めたゴルバチョフ氏が亡くなる1カ月前、同氏の親しい友人の1人は、ゴルバチョフ氏がロシアの現状に憤慨し、「自身の生涯をかけた仕事」を台無しにされたと感じていると語っていた。 ロシアメディアは8月30日、ゴルバチョフ氏が91歳で死去したと報じた。同氏は腎臓疾患に苦しんでいると伝えられていた。 ゴルバチョフ氏はソ連が崩壊する前の最後の大統領だった。東西冷戦を終結に導き、西側諸国との関係改善という新しい時代の先駆けとなった。 同氏が亡くなるひと月ほど前には、ジャーナリストで同氏の親しい友人でもあったアレクセイ・ベネディクトフ(Alexei Venidiktov)氏がフォーブス・ロシアの取材に対して、ゴルバチョフ氏がロシアの現状に「腹を立てている」とし、「自身の生涯をかけた仕事」を台無しにされたと感じていると語っていた。 ベネディクトフ氏は、自身のラジオ局「モスクワのこだま」の閉鎖についてインタビューを受けていた。ウクライナ侵攻後、ロシアではプーチン大統領が報道規制を強めていた。 インタビューの中で、ベネディクトフ氏はゴルバチョフ氏が成し遂げた仕事 ── 西側諸国との緊張を和らげ、市民により多くの自由を与えた ── がプーチン政権下でどれだけ覆されてきたかを指摘した。ウクライナ侵攻を決めたことで、プーチン大統領は北大西洋条約機構(NATO)との緊張をかき立て、東ヨーロッパにおけるより大きな紛争をほのめかして、大規模な制裁を招いた。ロシア国内では、報道機関を検閲したり、抗議する市民を拘束することで、反対意見を抑え込んだ。 「ミハイル・ゴルバチョフがやってきたことは全て破壊された。ゴルバチョフの改革は全てゼロに、灰に、煙になった… ゴルバチョフが去った時、ヨーロッパのNATOの緊急対応部隊に残ったのは4000人だった。今日、NATOは来年末までにそれが30万人になるだろうと明らかにしている」とベネディクトフ氏は語った。 「もちろん、ゴルバチョフは腹を立てている。彼は分かっている。あれは彼の生涯をかけた仕事だった。自由がゴルバチョフの仕事だった。ロシア正教会に誰が自由を与えたのか、皆がもう忘れてしまった。ミハイル・ゴルバチョフだ。私有財産… ミハイル・ゴルバチョフだ。彼なら今、何と言うだろう?」 ただ、ゴルバチョフ氏はウクライナ侵攻について、自らの考えを公に述べたことはない。 ワシントン・ポストによると、ゴルバチョフ氏はこれまでプーチン大統領を批判したこともあれば、称賛したこともある。ゴルバチョフ氏は、プーチン大統領がソ連崩壊後にロシアを強くしたと称賛する一方で、その報道の自由に対する制限を懸念していたと、同紙は伝えている。 8月30日午後の時点で、プーチン大統領はまだゴルバチョフ氏の死去についてコメントしていない。 [原文:Before Mikhail Gorbachev’s death, a close friend said the former USSR president was ‘upset’ at the state of Russia and felt his ‘life’s work’ was ruined] (翻訳、編集:山口佳美)
ゴルバチョフ元ソ連大統領が死去… 親しい友人は、ロシアの現状に「腹を立てていた」と語る(BUSINESS INSIDER JAPAN) – Yahoo!ニュース
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モスクワ南西部の区議らが12日までに、ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領に辞任を要求した。侵攻の長期化でロシア国内で不満が高まってきた可能性がある。ウクライナ軍は東部や南部で占領された地域の奪還を続け、大きく前進している。
モスクワやサンクトペテルブルクの18カ所の区議会議員がプーチン氏に辞任を求める要請書を公表した。要請書では侵攻を念頭に「プーチン氏の行動は時代遅れで、ロシアと市民の発展を妨げている」と指摘した。ある議員はツイッターでロシア兵の犠牲や経済低迷を問題視し、プーチン氏の弾劾を求めた。
区議による辞任要求は極めて異例だ。11日投票のロシア統一地方選は、プーチン氏が率いる与党・統一ロシアの候補者が各地で圧勝しており、政権基盤はすぐには揺るがないが、侵攻が長引けば不満がくすぶり続ける可能性がある。与党議員からは総動員令の発令を求める声もあがる。

ウクライナのゼレンスキー大統領は12日公開の動画で、9月に入って東部と南部で6千平方キロメートル以上の領土をロシアから奪還したと説明した。東京都の面積の3倍近くに相当する。米国から供与された高機動ロケット砲システム「ハイマース」を使い、ロシア軍の補給線を効果的に攻撃しているもようだ。
米シンクタンクの戦争研究所は12日、南部でのウクライナ軍の反攻は「ロシア軍の士気と軍事能力を着実に低下させている」と分析した。足元でウクライナ軍はロシアが完全制圧をめざす東部ドネツク州でも進軍しているとの情報がある。
ウクライナ側はドネツク州につながる幹線道路が通る東部ハリコフ州イジュームを奪還したと表明した。イジューム市議によると社会インフラの8割以上が破壊され、少なくとも市民1千人以上が死亡した。ウクライナ軍は13日、ロシア軍の撤退地域では連日最大200件の戦争犯罪が記録されていると報告した。
ロシア側は強気の姿勢を崩さない。ペスコフ大統領報道官は12日「特別軍事作戦は当初の目標を達成するまで続く」と強調した。戦況を立て直すため安全保障会議を近く開く可能性も指摘される。
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