障害のある生徒にもない生徒にも、ライフスキルの重要性が言われています。ライフスキルとは、簡単に言ってしまえば「生きていくために必要な力」と言えます。
世界保健機関(WHO)は、ライフスキルを「日常の様々な問題や要求に対し、より建設的かつ効果的に対処するために必要な能力」と定義しています。
中でも最も重要な項目に(1)意思決定能力、(2)問題解決能力、(3)創造的思考、(4)批判的思考、(5)効果的なコミュニケーション能力、(6)対人関係の構築と維持能力、(7)自己認識、(8)共感する能力、(9)感情を制御する能力、(10)緊張とストレスに対処する能力
としています。
少々わかりにくいのですが、要は「自律した生活」を送る上で必要な力と考えればよいかと思います。
朝起きて、寝るまでにしていることは、ほとんどがライフスキルになりますし、人と接した時にあれこれ気をつかったり、休日の余暇の過ごし方などもこのスキルに含まれます。
入所施設などでお話を聞かせてもらうと、高齢の入所者の方は、身辺のことを自分で出来る方が多くいると伺います。中でも縫物などを自分でする方が結構いると聞きます。どうやら時代によっては、服や着物が破れたら自分でなおすことが生活であたり前であり、生きていくために親御さんが「必死になって教えてきた」と施設長さんが話されていました。一方、こうしたスキルを身につけている方の多くが、余暇の過ごし方のレパートリーが少ないことが問題となっています。
ライフスキルは、時代の鏡でもあるようです。この時代に大切にすべきライフスキルとは、何なのかを考える必要がありそうですね。
さて、ライフスキルと言えば、自分自身の生活について振り返る必要があります。私の1日と言えば朝起きて、顔を洗って1日が始まります。整髪は、紙が短いのでしませんが、髭は伸ばしているので揃えます。
食事、掃除、洗濯なども自分で行っていますが、一人暮らしとなると計画的にこれらを行っていかなければなりません。「今日は面倒だな・・・」などと考えているとたちまち生活が乱れます。
生活の乱れは心の乱れなどと言ったりしますが、これはある意味あたっています。と言うより、忙しくなって、気持ちにゆとりがなくなり、また忙しくなり疲れがたまると、次第に覚醒水準も下がり「注意の持続」の点でいろいろな困難が出てきます。「片付け」と「注意」の関係が密接に関係していることをこの時に実感します。
いずれにしても1日の流れは連鎖していき、それが一週間になり、一年に繋がっていくことになります。安定した生活になるのか、それとも荒れた生活が続くのかは、結局の所、毎日の積み重ねなのですね。となると「持続的に一瞬の生活を、どのように管理していくのか」と言うことも、長い期間を見通して検討されていかなければなりません。
話は変わりますが、ライフスキルに関連することとして「身だしなみ」があります。私は男性なので人生においてあまり考えたことはありませんが、女性であれば「化粧」がこの中に入ります。女性の化粧は「身だしなみ」の中では重要なスキルとなると言われています。私は化粧をする習慣がありませんので、よくわかりませんが毎朝、化粧をすることも、帰ってから化粧を落とすことも大変な作業だと思っています。
一方で、化粧が心理的に生活の中にどのように作用しているのかを考えることもなかなか面白いものです。このあたりも、男性にはわからない心理ですが・・・(化粧をするかどうかで性を議論することは間違っているのかもしれません。すみません、異論のある方ご意見ください)。
数年前の卒業生が「綺麗はつくれる」と言っていましたが、化粧スキルを身につけることで随分と積極的な行動が増えた事が、一昨年度に行った研究でもわかっています。もちろんすべての人がそうであると言い切れませんが、心理面において肯定的に作用することをねらったセラピーなどもあるので、いろいろと実践をしていくことは面白いかと思います。
今回は、化粧スキル研究の第三弾です。今回は、特別支援学校に通う知的障害のある生徒達への化粧指導プログラムになります。テキスト、動画(i Pad)の作成、そして歌(お化粧の手順をラップ調にしたもの)を使っての指導です。卒業論文の紀要はこちらになります。
また、研究の成果の測定過程で思わぬ課題が明らかになりました。このあたり、学生と対談しています。
]]>私は、はじめてこの言葉を聞いたときに、お茶やお花の「作法」のイメージにつながってしまいました。きっと、多くの方には馴染みはありませんね。
動作法は、我が国オリジナルの心理療法です。始まりは催眠研究にあります。日本の催眠研究の第一人者である九州大学(当時)の成瀬悟策先生らが行った脳性麻痺の青年の手や腕が、催眠暗示で動いたという報告に始まっています。
こう説明されるとなんとなく「怪しい・・・」と思われがちですが、実際に催眠暗示により、これまで挙がらなかった腕が少しずつ動いていく実験の様子が記録された8mmフィルムの映像を見たことがあります。「脳性麻痺が治るのか!」と誤解されそうですが、あくまでも催眠状態での様子であり、また明らかに麻痺がなくなった状態が映っていたわけではありません。動作法により、日常的に「麻痺が治った」と言う、劇的な改善を示したものではなかったので、このあたりは誤ったメッセージを送らないようにしなければなりません。ただ、これらを詳細に説明するとなるとおそらく、ブログなどではとても足りません。いずれにしても、大発見であったことは確かです。興味がある方は、専門書が多数出ているのでそれをお読みいただく方がよいでしょう。
この動作法ですが、今日では、脳性麻痺のある方への動作改善へのアプローチに留まらず、発達障害のある子ども達や、スポーツ選手、高齢者などへも応用され、臨床動作法として多くの心理臨床の現場で使われています。また阪神淡路大震災や東日本大震災の際にも、心のケアに使われてきました。
さて、かくいう私も、動作法との出会いは、応用行動分析学との出会いよりも遡ります。自閉症スペクトラム障害のある子ども達に「腕上げ動作法」をしたことが始まりです。社会人になった後も、毎週末の土曜日は、動作法の研究会に参加していました。当時は既に応用行動分析学についても学んでいましたが、インテーク時などでは、動作法から入ることはよくありました。
その動作法に「とけあい動作法」と言うものがあります。これは文教大学の今野義孝先生により開発されたアプローチです。今野先生は、私をこの業界に導いてくれた恩師でもあります。私が学生の時、ちょうど今野先生は「とけあい動作法」についてあれこれと試行錯誤しているまっただ中でした。おかげで、このアプローチについて、白熱した議論をしている先生の様子を近くで拝見しましたし、時には学生とも熱心に議論されることもよくありました。また、研究のお手伝いのようなこともさせていただきました。
ただはずかしいことに、当時の私は明らかに勉強不足でしたので、「動作法」についても、また「とけあい動作法」についても、理論と実際のアプローチの様子がどうにも繋がらず、いつも半信半疑でした。
首をひねって「わからん」と言うそぶりを見せようものなら、「ありちゃん、じゃ、体験してみましょう」と直接手ほどきを受けることがしょっちゅうでした(といっても、ひたすら「とけあい動作法」を体験するのですが・・・)。
私がこのアプローチについて、「わかった」のはそんなこんなのやり取りが一年ほど続いてからのことです。
その瞬間は鮮明に覚えているのですが、「体験」と「観念」がようやく繋がった感覚でした。まさに、自分が「わかった」と言う感覚でした。
今振り返ると、私自身、小さい頃から「体」と「心」のつながりというのが希薄だったのではないかと思います。なので、昔から身体がボロボロになるまで、とことんやってしまい、その後電池が切れたようにパタッと動かなくなるような感じでした。
今は、「疲れた」という感覚が実感できるのでそこまで行くことはなくなりましたが、これも動作法を通じて身体への気づきが促された事によるものではないかと思います。
そういう意味では、動作法を通じて自己を見つめ、他者に気づくことを学んできたように思います。
さて、今回のボイスジャーナルは、この「とけあい動作法」を多くの人に実践してもらうためにどのようなプログラムを提供すればよいか、あれこれ話をしています。
私も以前から「とけあい動作法」を、ペアレントトレーニングの中に組み込めないかと考えていたのですが、学生も虐待の予防の観点から、もっと普及していく必要があるのではないかと考えていました。残念ながら、この研究に参加してもらえる親御さんが見つからず(かなり実験的要素が強いので)、まずは成人(学生)の参加者に実践してプログラムの有効性から検討してみることになりました。
(このブログ自体は1年前に書いたものです。一昨年度に録音しておいたものをアップしています。なお、この研究の続きは、この春卒業した学生が発達障害のある就学前の親子で実際に成果を上げています。その研究はこちら。)
研究を通して、改めて動作法の奥深さを知ると共に、学生の頃にあれこれ考えていたことを、また自分の教え子と考えていることがなんとも面白くもありました。
本研究が掲載されている紀要は以下になります。
]]>昨年度は、学生が障害者アートをどのように見ているのかを調べてみましたが、そこでわかったのは「障害のある人が作った作品」という情報が加わると、作品への評価は高くなりました。
私たちが日頃、何気に使っている「障害者アート」ですが、海外では少々異なります。フランスでは、画家のJean Dubuffetが提唱した、本当に「生」の芸術と言う意味でArt Brut (アール・ブリュット)と呼ばれています。それをイギリス人の著述家・Roger Cardinalがoutsider art (アウトサイダーアート)と英訳しています。また、日本でも可能性の芸術運動を展開している播磨靖夫氏は、障害者の芸術が他のアート作品よりも下に見られていることに疑問を感じ、その可能性を広く多くの人に知ってもらうためにAble Art (エイブルアート)と呼んでいます。
日本においては、「障害者アート」は、芸術性の観点と、福祉的観点の両面があると言われていますが、このあたりの表現の問題はやはり大きいかもしれません。
さて今回は、昨年行った「障害者アート」についての評価を、教員や福祉施設の職員がどのように評価するかをテーマにした研究の紹介です。中でも、通常学級の教員と、特別支援学校の教員との間で意識に違いがあることなどを話しています。
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今回は、障害者スポーツの話です。
ここ最近、オリンピックイヤーと言うこともあって、「パラリンピック」と言うことばをよく耳にします。
ところがパラリンピックの知的障害者競技は、2000年に開催されたシドニーパラリンピック以降、しばらく開催されていませんでした。
理由は、知的障害バスケットボールで、スペインチームの選手替え玉事件が発覚したからです。少々信じ難い話なのですが、優勝したスペインチームの選手、12人のうち、10人が知的障害のない選手でした。
後に、内部告発によりこの問題が明らかになり、それ以来、パラリンピックの知的障害者の競技については、ロンドンパラリンピックで一部復活するまで開催されませんでした。
そのため知的障害者のスポーツ大会は、パラリンピックよりもスペシャルオリンピックス(SO)に注目が集まっています。
スペシャルオリンピックスの起源は、あのジョン・F・ケネディの妹のユニス・シュライバーが、自宅の庭を開放してデイキャンプを行ったのがその始まりと言われています。
一説には、ユニスの姉のローズマリー(障害があったと言われています)との生活に、その活動のきっかけがあったとも言われています。
つい最近、このスペシャルオリンピックス日本冬季ナショナルゲームが新潟で開催されていたので、新潟県では、馴染みがあるスポーツ大会なのではないでしょうか。
さて、今回のボイスジャーナルでは、スペシャルオリンピックス・バスケットボール ビギナーズプログラムのコーチとなってしまった(!?)学生ボランティの話です。
彼は、もともとバスケットボールをやっていた訳ではありません。もちろん、指導についても素人でした。バスケットボールの技術向上に何が必要なのかもわからないわけですから指導を受けるアスリートも、どうしたら上手くなるのか、わからないわけです。
これまでにも学生の卒論や、ボランティア活動をみていて思うのですが、教えるためには、やはり一定程度の知識や経験がないと、どうすることもできません。指導する技術(必ずしもフィジカルなものを意味しませんが)がないのに、指導についての研究など、本来は出来ないはずなのです。
「障害者スポーツなら、自分でも教えられる」などと言う気持ちは大間違いであり、その程度の準備で研究がうまくいくと言うことも100%ありません。
もちろん、共に活動すると言うことに、意味がないわけでもありませんし、それ自体を否定をするものではありません。
ただ、この数年、いろいろな形で余暇指導というものに関わってきて、技術の向上が子どもたち、生徒さんたちの「生活の質」を大きく変えていくことを感じています。そこから、際限のない向上心につながっていく可能性もあるのです。
そんな彼らの「もっと、うまくなりたい」と言う気持ちに応えるためには、当然、高い指導技術は必須の条件となります。
そこで今回、この研究を進めるに当たり、私が学生とかなりの時間、議論してきたことは、「教える側の専門性」についてです。「障害者にどうやって教えるか」ではなく、「障害者に教えるために我々に必要とされる専門性とは何か」こそが、実はこの研究の鍵になっています。
そのために、彼や私が持つ強み(そのほとんどは特別支援教育について学ぶ中で、私たちが手に入れてきた技術)をどれだけ活かしていけるか、フィジカルな動きの弱さ、圧倒的に不足しているバスケットボールの専門的知識を、誰のサポートを得ることで補っていくか(外部のスペシャリストを研究に引き入れるバイタリティ)について、準備の段階から随分と話してきました。
その成果が、今回の研究ということになります。
ボイスジャーナルでは、いろいろと紆余曲折あったエピソードも交えて、対談しています。
]]>最終回は、「権利の教育」について議論しています。
障害者差別解消法について考えるときに、そもそも「権利」とはなんぞやという問題があります。「生まれながらにして持つ権利」は、とても感覚的なものです。
そして法律は、その「権利」を保障するために存在しているにもかかわらず、日本では「法律=きまり」の重要性こそ教わるものの、肝心の「権利」の言語化を熱心に教えてきません。
一つは、その言語化が社会システムを乱すという思い込みがあるかと思います。つまり、みんなが「権利」を主張ばかりしていたら、身勝手な人間が増えてしまうという不安です。
それも一理あるかとも思いますが、そもそもが自分の生活を振り返ってみると、食べたいものを食べるという権利を行使するときに、これを身勝手な行為だとは考えません。そして、これが「権利」であるということを、そもそもが認識していません。
もし私が食べたいものを選べないシステムを持つ社会に放り込まれたら・・・
きっと「どうして好きなものも食べられないのだ」と、その理不尽さに気づきます。「食べたいものが食べられる」ということを過去に経験し、知っているからです。
でも、生まれたときから「食べたいものも食べられず、好きなものを選べなければ・・・」。それができることが権利であると言うことを知らなければ・・・・。
おそらく、この理不尽さに気づくことはないでしょう。
つまり、ここで「教育」が必要なのだと思います。本来あるべき姿のイメージがなければ、当然、「権利」を訴えるという行動には至らないでしょう。
「生活保護のもらいかたを知っている」ということ、「福祉支援を得る」ことの重要性について、教育することは、本来であればとても大切な事なのではないかと思っています。
「そんなこと教育したら、誰も働かなくなるではないか」という考えもあるかと思います。でも、もし教育の結果、本当にそういう若者が増えたとしたら、それこそ「社会参加の意義」「労働の喜び」を教えることができなかった「教育」の敗北だと思います。
ボイスジャーナルの中で、曖昧な表現がありましたので、ここに訂正いたします。
正確には、「13歳からの生活保護」ではなく「14歳からわかる生活保護」(雨宮処凛 著・河出書房新社)です。こちらの本のすごいところは、巻末にコピーして使えるように、生活保護の申請書類の様式があります。こう言うこと、本来は学校で教えなければなりませんよね。
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障害者差別解消法の施行に伴い、公的機関においては合理的配慮をしないことが差別にあたります。つまり公立学校には、合理的配慮が義務づけられています。
ある研修会で、障害者差別解消法について話をした後で、主催者の方と話をしていた時のことです。
『「合理的配慮」って、バリアフリーのことを言うと聞いていたのですが、今日の話ではちょっと違う印象を受けました」と感想を話されました。結果的には、バリアフリー(「アクセシビリティ」の方が用語としては適切だと想いますが・・・)になっていくのだと思いますが、やはりそこには個人の持つ「権利」についての「対話」というプロセスが必ずあることが重要だと私は考えています。
「とりあえずスロープやエレベーターを作ればよい」という発想のものでは必ずしもありません。
この特集で何度も、話題になるのですが、「合理的配慮」は当事者の権利の行使に対して、初めて議論される類いのものであり、周囲があれこれ勝手に決めるべきものではないと私は考えています。
ましてや、障害のないものに保障されている権利が、「体制面、財政面において」はじめから上限が設けられているともとられかねない「文部科学省の言う合理的配慮」の考え方に対して、私はとても違和感を感じています。
現に『「財政面、体制面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と言われているので、とりあえず学校としては助かる。出来ないものはできませんから』と話していた校長もおりました。私はこの考え方にははっきり「そんな都合のよい話にはならないと思いますよ、公立の学校なのですから。権利の行使を求めている人が、お金がないので出来ませんと言う説明で、納得するとはとうてい思えません」と苦言を呈したことがあります。
少なくとも、「お金がないから出来ない」でなく、「お金がないけど、できる工夫」に知恵を出すべきです。今の日本、どこもお金がないのです。こんなことを「合理的配慮」をしない理由にしていてはいけません。
この私の考え方について、弁護士の小出薫さんと話をしています。
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もう二十年以上前の話になります。身体障害者の海外旅行ツアーに介助する人間として参加したことがあります。この旅行はなかなかエキサイティングでしたので、いつか機会があればここでもご紹介したいと思います。
ちょうど、障害を持つアメリカ人のための法律(ADA法)が施行されて、まだ間もない時期のことです。そこで私が経験したことは、「声をあげなければ、何もしてくれない」ということです。もちろん、このことは障害を持っていない人にだけではなく、障害者であろうと同じです。
「やりたいことを、やりたいと」伝えなければ何も変わらないのだということも、教わりました。
その私の体験を確かめたく、小出さんの留学経験(ニューヨーク州立大学)でのお話を伺っています。
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なかなか忙しくて録音しても、編集が大変で。と言い訳してます。
さて今日から四回にわたって、「障害者差別解消法について考える」と題して、糸魚川きぼう法律事務所の弁護士 小出薫氏と対談しております。
第一回目は「障害者差別解消法の盛り上がり」について話をしながら、この法律の本質とは何かについて話をしています。初回分は30分になります。お時間のある方ぜひどうぞ。
障害者差別解消法により、権利の保障はされました。
でも、最終的な権利の行使を可能とするか否かは、あくまでも当事者同士(「障害者」と「他の者」共に)のコミュニケーションの結果によるのだと言うことです。
そして、差別解消法は、共生社会の実現に向け、コミュニケーションのきっかけを作ったに過ぎないのではないか・・・そんなことを考えさせられました。
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でも、カッタン、カッタンしている子は、先生の方を見て、話を聞いていますし、問題を解いたり、ノートに黒板の文字を写したりもしています・・・・。客観的に見ていると、「とても不思議な現象だな」と思っていました。
実は、私も小学生の低学年のころ、貧乏ゆすりをよくしていました。その方がほどよく疲れてきて、頭が少しスッキリした気持ちになるのです。意図してしてそれをしていたという記憶があります。
なので、よく「落ち着きがないと」先生からも、親からも言われていました。高学年になると、そういう姿はなくなっていましたが、5年生のころ同級生が先生に「鼻歌がうるさい」と訴えたのです。自覚はまったくありませんでした。
そして、社会人になってからも、職場の同僚に「有川さん、よく鼻歌、歌っているでなぁ・・・」と言われたのです。これも、私自身まったく自覚がありませんでした。大人になってもまだ、続いていたようなのです。これには、さすがに恥ずかしくなりましたが・・・。
今は、研究室と言う個室を与えられています。鼻歌を歌っているかは、もう誰にもわからない状態ですが、学生からは「よく先生の部屋から独り言、聞こえてきますよ・・・」と言われます。
これも自覚がありません。基本的に、とてつもなく集中している時は、今でも体を動かしたり、鼻歌を歌ったり、独り言を言っているようなのです。
もっとも、自分が仕事に没頭できているかは、「音楽をかけていてもそれがまったく気にならなくなっているか」を指標にしています。数時間単位で、音楽が鳴っていることすらまったく気が付かなくなっていときもありますが、とても音楽が邪魔に感じるときもあります。
音楽を耳が聞いてしまうときは、集中できていません。かえって仕事の効率が悪いので、集中しなくてもできる仕事を、音楽を聴きながらしています。
「そんなことでは、集中できないでしょ!」とよく言われましたが、むしろ逆で、「シーン・・・」としている環境では、今でも落ち着かなくなります。なぜなのか、その理由はわかりません。
今回、紹介した研究は、そんな私にとっても「なるほど・・・そうかもね」と思えるものでした。論文は、onlineでこの4月に発表されたものです。
ボイスジャーナルは以下です。
落ち着きがないのか、集中しているのか? 再考すべき?AD/HDの指導法?!
論文は、電子ジャーナルとして発表されています。下記が著者、タイトルとなります。
Sarver, D.E., Rapport, M.D., Kofler, M.J., Raiker, J.S., & Friedman, L.M. (2015).Hyperactivity in Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD): Impairing Deficit or Compensatory Behavior? Journal of Abnormal Child Psychology. Published online:12 April 2015.
なお論文自体は、springerにアクセスできない場合は、有料になるかと思います。
過去のボイスジャーナルは、こちら
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2012年8月に「新型出生前診断」の臨床応用が、国内でも始まると盛んに報道されました。
この年、私が担当している「知的障害心理学」の講義ではじめて出生前診断について取り上げました。
1990年代にも、出生前診断については議論がありました。ちょうど、私が大学院にいたころで、その時初めて「優生学」という学問について知りました。
ゴッダード(1912)の“The Kallikak Family – A Study in the Heredity of Feeble-Mindedness”について、講義やゼミで話を聞き、大変ショックを受けました。中でも、「カリカック家の家系図」というものがあり、これをもとにゴッダードは知的障害の遺伝現象について説明したというところに、何とも言えないザワつきを感じました。
カリカック家については、写真がいくつも残っており、それを複雑な気持ちで眺めていたことを思い出します。そして、なによりこの優生学が、その後の断種(不妊手術)や、それこそ「夜と霧」のナチスの人種政策へと繋がっていったことにさらに衝撃をうけました。
ゴッダードのこの報告は、その後、データの収集手続きに問題があり、今ではとんでも研究として位置づけられています。なお知的障害は、必ずしも両親の遺伝子によるものではなく、子どもの遺伝子の突然変異により起こることが多いと言うことがわかってきています( Rauchら(2012)Range of genetic mutations associated with severe non-syndromic sporadic intellectual disability: an exome sequencing study.)
その後も、優生学について、ことあるごとに考えるようになっています。今日に至っても、この思想は生き続けているので、この問題に触れるニュースは後を絶ちません。
バイオテクノロジーの発達による、エンハンスメント論争(増強的介入)などは、現代の優生学と言えるかと思います。このあたりについては、あのハーバード白熱教室でお馴染みのマイケル・サンデル先生が書いた「完全な人間を目指さなくてよい理由」(ナカニシヤ出版)の中で具体的な事例が紹介されています。
さて「新型出生前診断」に話を戻します。
実際、私はこの検査については、賛成も反対もできませ。答えがいつまで経っても出ないのです。答えがないのに講義で取り上げるのもどうかとも思いますが、私が彼らに伝えたかったことは「考えれば考えるほど、答えが見つからなくなる、だから考えろ」でした。
これが今の私の答えです。白か黒かをはっきりとつけることが何も重要なことではないのです。単純に、賛成とか反対と決めつけた途端、この根が深い問題に私たちは、たちまち思考を停止してしまいます。
人の親になり、命が何よりも大切なのは十分に理解しているつもりです。けれども、中絶によりその大事な命を失うと言う体験を否定できるほど簡単な問題でもないとも思うのです。その苦しみについて、自分が体験していない以上、私はこの検査と、それによる親の判断に反対を唱えられません。
なので、私はこの問題を考えるとき、当事者性という問題を一番に考えます。その時、この問題に直面した人たち、と言うより私自身に想いを巡らすことが、唯一正しい答えなのではないかと思っています。そして、そこには中絶を「否定」も「肯定」もする自分がやはりいるのです。本当に直面した時、どのような判断をするかはわかりませんが、悩み苦しむ自分の姿だけは容易に想像できます。
学生の講義アンケートにあった、この件の「先生の考えが聞きたい」と書いた学生へ。これが人に説明できる私の答えです。
だからこそ特別支援教育に限らず、教育に携わる学生たちには「命の問題でも、単純に答えが見つからないものもある。だからこそ思考を止めてくれるな」と思っています。このテーマは今では、この講義の主要テーマになっています。
さて、今回のボイスジャーナルでは、この時に講義を受けていた学生が、その後も考え続け、自分なりの答えを探そうとある実験を試みました。彼女は、この問題の本質に少しでも近づこうとしました。彼女がどのような答えを出したかは対談の中でも触れられています。
さらに、この学生が行った研究データを、私もすぐに講義の中で取り上げました。学生たちは、自分たちの出生前診断に対する意識についてのデータだということもあり、この問題について逃げることは出来ず、みな真剣に考えていました。
この講義は、私がこれまでやってきた講義の中で、もっともエキサイトなものになりました。
ボイスジャーナルはこちらで聴けます。
また、この研究の紀要原稿はこちらでご覧いただけます。
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