個人的にそこまで好きな作品があるわけじゃないし、『白夜行』は読んだけどそこまで、、、、ってね。あ、でも『容疑者X』はすごかった。あれは本当にすごい作品。
しばらく、立て続けに読んでみようかな、と思います。あたくしなりの追悼。
まずは何と言ってもこれ。あたくしの大好物です。
アクロイド系ではあるのですが、アクロイド亜種とでもいうべき。んで「オリエント急行でした」ってんだから、罪な作品です。
とはいえ、純粋に叙述のレベルでいうなら、、、、うーん、イマイチ。
折原氏も解説で述べています。
p288
私は『仮面山荘殺人事件』は嫌いだが、この『仮面山荘殺人事件』を東野作品の中で三本指に入る傑作だと思っている。
これは言いえて妙かなー。
設定は良いんです。
山荘に集められた男女8人。そこへ突然、強盗がやってくる。しかも外は雪。電話も使えない。そのうえ、山荘の中で殺人が起きる。もうね、ミステリとしては「どうぞ好きにやってください」という舞台が整っている。
で、実際に読んでみると、かなり読みやすい。ページ数もそれほど多くないし、登場人物も多すぎない。東野圭吾の読ませる力でグイグイ引っ張られる。難しいことを延々考えさせるというより「じゃあ次はどうなるの?」と、ページをめくらせる。これが実に巧妙。
ただ、この作品で面白いのは、単純に「犯人は誰だ?」だけじゃないところ。登場人物それぞれに事情があって、誰もがちょっと怪しい。仲良しグループが山荘に集まってワイワイ、という話じゃない。それぞれに過去があって、秘密があって、それを死亡した朋美を中心軸にして物語が回転し始めます。
だから殺人が起きたあとも、「この人、何か隠してない?」となる。こっちとしても「あれじゃないか?」「いや、こっちか?」「いやいや、そんな単純なわけないだろ」とか、色々考えて。まあ、だいたい外れるんですけどね。そしてその後訪れる「そういうことだったのね」のために、ミステリを読んでいるようなところがあります。
ただ、個人的には、トリックそのもの以上に、読者に何を伝えないかのほうが面白かった。
同じ出来事でも、いつどのように説明されるかで意味が変わってきます。後出しミステリとでも呼びたいですね。読者に嘘をつく、というと言い過ぎだけど、あえて言わないことがある。真相が明らかになる。「?」と読者が思う。で、あとから読み返すと、「あえて伝えていない」ということが分かる。ここがうまい作品は強い。
東野圭吾の作品としては、後年の作品に比べるとシンプルな感じもするけど、そのぶん勢いがある。
あれこれ考えすぎず、「次はどうなるんだ?」で読み進められる。こういうミステリ、好きです。
]]>秋吉久美子が、どことなく幸薄くて良いんだ。リアルタイム世代ではないあたくしからすると、秋吉久美子は『のようなもの』のソープ嬢と、この作品のイメージ。
通底する「渡世人のつらいところよ」ってのが、なんとも染みます。
今回はマドンナに振られるっていうか、もっと大きなものと戦っている寅さんも素敵。
本当に男はつらいよ、と思いますね。
秀吉くんの顔もまたいいんだ。
]]>「いいか、よく聞けよ。おじさんはあのろくでなし親父の仲間なんだ。いい年をしておっかさんの世話もみねぇ。そんなお粗末な人間に、お前なりてぇか? なりたくないだろう。だったらな、おじちゃんのことなんかとっとと忘れて、あの母ちゃんと幸せになるんだ。分かったな」
だから本著でも好きなパートは『地雷グリコ』と『自由律じゃんけん』、そして『だるまさんがかぞえた』ですね。
ミステリ界を席巻した、最高級の頭脳戦!
射守矢真兎。女子高生。勝負事に、やたらと強い。友人・鉱田と彼女が巻き込まれるのは、子供の遊びをモチーフにしたゲームの数々。罠の位置を読み合って階段を上ってゆく「地雷グリコ」、独自手を追加できるじゃんけん「自由律ジャンケン」、歩数とかけ声の文字数を入札できる「だるまさんがかぞえた」。強者を相手に、真兎は譲れないものをかけて勝負に挑む。彼女が負けられない理由とは――。心揺さぶる、最高級の頭脳戦。
だから、『坊主衰弱』とか『フォールームポーカー』とかには、それほどピンと来なかったです。
それを抜きにしても、確かに頭脳戦としてとても面白い。
位置: 206
これは少し奇妙というか、念を入れすぎなルールに思えた。
「同じ手のあいこが五連続って、そんなことめったになくない?」
「いいえ鉱田さん。このゲームに関しては充分ありえます」
読者をゲームに引きずり込む力がすごい。ページを読む手をちょくちょく止めざるを得なくなります。「自分ならどうするかな」と読者への挑戦みたいなことをさせられます。場のちから、というべきか。本著にはそれがありますね。
位置: 367
「ず、ずいぶん意味ないことしますね」真兎は声をつっかえさせる。「八段目じゃ、ペナルティが二段分無駄に……」
「そうだな。だがそのかわり、おまえを スタート地点まで戻す ことができた。おまえはこれから、いままでと同じように 三の倍数のルート を上り始めるわけだ」
これね、ガツンとくるよね。そこまでは気が付かなかった。確かに、ハメるんだったら多少損をしてでも、スタート地点まで下げたほうがいい。すごく面白い展開。
でもこの後大逆転。そのロジックが、まぁ、なんというか、「偶然」の要素が強い気がしてはいます。
自由律ジャンケン
位置: 1,610
佐分利錵子の目は、射守矢の右手に吸い寄せられていた。
「ジャン、ケン、ポン」の「ケン」のタイミングで、予想外の先出し。
射守矢真兎が出したのは、〈銃〉 だった。
先出しOKというのが、まずは慧眼だよね。
それってありなのか?みたいな話だけど、自由律ならOKとのこと。それってもはやジャンケンではない気もするけど。
しかし虚を突くには間違いなく成功。
位置: 1,628
「あいこです」
椚が宣言し、同時に射守矢の頰が、にいっと持ち上がった。佐分利にとってその笑みは、殴りたくなるような憎たらしさとキスしたくなるような魅力が同居していた。
そんな笑みあるか?と思うけど、面白い表現。
位置: 1,694
「ポン、っと」
一瞬遅れて、 グー だった。
「第三ゲーム、勝者は佐分利会長です」
椚先輩が宣言し、会長は手をひっこめる。生徒会コンビは涼しい顔をしていた。
「ちょ……ちょっと待ってくださいよ先輩、いまのルール違反じゃないですか? 会長、真兎より遅れてグー出しましたよ」
「問題ない」
心理戦にドキドキします。こういうのが読みたいんだよ。
主人公の追い込まれ方も、スリルがあって大変によろしいですね。
位置: 3,059
「三巻でね、 悟 空 とクリリンが修行を始める前に、師匠の 亀 仙人が言うの。武道を習得する目的はケンカに勝つためでもちやほやされるためでもない。『心身ともに健康になり、それによって生まれた余裕で人生を面白おかしくはりきって過ごす』ためじゃって。亀仙人はとぼけた人だけどわたしはこれって真理だと思った。
例えが紛れもなくアラフォーのそれ。ドラゴンボールの3巻を持ち出すなんて。
しかし、これは真理だとあたくしも思う。人間のやることというのはすべてこの「ゆとり」を得るためだ、という主張はかなり納得いきます。
位置: 3,442
勝負どころで取るべきなのは、先攻か、後攻か……あいつらはいま、それを必死に考えとんちゃうかな」
火力重視の先攻と、情報重視の後攻。
私にはない見方だった。
徹底的に素人然とした主人公。読者の味方であります。これぞ駆け引きで、悲しいくらいそれの苦手な読者たち。
位置: 3,657
『素数 ね』
──素数。
2以上の自然数で、1とその数以外では割りきることのできない数。
「あ、そうか!」
数学の心得のないあたくしですが、これには気付きました。逆に言うとここまでが限界ですけどね。
位置: 4,292
「いや、最初から決めてたことだから。そのかわり絵空には、私の言うことをひとつ聞いてほしい」
「……何?」
真兎はわたしの目を見据え、はっきりと言った。
「私と一緒に、鉱田ちゃんに謝るんだ」
これね。最後まで読んでも、「別にそこまで謝らないといけないことか?」と思いますけどね。まー褒められたことではないけど謝罪をされても。された方の身にもなれよ、という気持ちもします。別に勉強で負けたことは絵空のせいじゃないし、その責任は受験の主体である自分に被らせろよ、という感情は湧きません?
位置: 4,412
どうやら 青 崎 有 吾が『カイジ』や『噓喰い』や『LIAR GAME』みたいな、オリジナルゲームで勝負する頭脳戦ものの新刊を出すらしい。
やっぱり身も蓋もない言い方をすればそうなりますよね。たとえが抜群にわかりやすいよ。さすが小川先生。
位置: 4,500
「一般的なゲームにオリジナルルールを付加する」ことと「青春小説のフォーマットを使う」こと、そして「勝負を通じて相手を理解する」ことを物語の軸に据える──これこそが、「オリジナルゲームによる頭脳戦もの」という難しいコンセプトを達成するために、青崎有吾が用意した戦略だ。
うーん、実に隙がない。
また解説も素晴らしく過不足ない。この上ない。まさに解説。解説にも隙がない。
]]>「6月24日は全世界的にUFOの日」 新聞部部長・水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込んだ。驚いたことにプールには先客がいて、手に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野可奈」と名乗った……。
『最終兵器彼女』にはだいぶメンタルをやられたあたくし。本作については恥ずかしながら未読。アニメの評判も良かったけど、当時OVAは高価で手が出ず。懐かしい。
amazonで合本版があったので、思わず購入。20年ぶりの邂逅。懐かしすぎて泣けます。「あんときの復讐を遂げる」ってのは長生きする理由の一つになり得るよね。
位置: 4,312
浅羽がしどろもどろになって 懸命 の言い訳を始めたそのとき、どこかでセミが鳴き始めた。
「約束する? 誰にも言わないって」
それは、浅羽の懸命の言い訳を容易に断ち切るほどの、伊里野の口から出たとは思えないほどの強い口調だった。
(中略)
「一回しか言わない。質問するのもだめ。具体的な地名や日付は言えない。それでもいい?」
攻守は 瞬く間に逆転していた。
二周目になるとぐっと来る、ここのところ。いい仕掛けだよね。
位置: 4,622
ここが、ブラックマンタの四号機が 墜ちた場所。
ジェイミー・ザッカリーが死んだ場所。
だから、わたしは、ブランコに乗ったの。
すべてが明らかになると、イリヤが何をしたかったのか、ちょっと分かる。
位置: 5,316
「とにかく、相手がちょきはまず出してこないっていうだけでじゃんけんの三すくみの関係は崩れちゃってるわけだから、こっちとしては最初にぱーを出しておけば少なくとも負けはないのよ。
ほんとかよ、、、、と思ったらもうあっちの思う壺。
位置: 5,320
つまりね、相手にいきなりじゃんけんを仕掛けてぱーを二回連続。これだけでたいがいは勝てるの
ほんとかよ、、、、、と思ったら試したくなる。
位置: 5,436
「いいかね浅羽特派員! あのマイム・マイムというのはもともと、故国イスラエルに帰ったユダヤ人の開拓農民が砂漠で水源を発見した、そのときの歓喜を表現した 舞踏 だ!
調べたら本当だった。そうなんだ。
しかし、どうしてオカルトの人ってイスラエル大好きなんだろうね。
位置: 5,963
「つまりだな、伊里野は今、ファイアーストームの何たるかを知っている。なぜなら俺が説明したからだ。白状するしかなかった。教えてくれないのならもう基地の人の言うことなんかきかないとまで言われた。で、フォークダンスの話を聞いてあいつは舞い上がっちまった。大騒ぎだ。あいつの頭の中ではもう、ファイアーストームでお前とフォークダンスを踊るのは決定事項になっちまってる。けどな、」
そこで榎本は細いため息をついた。
「伊里野はたぶん、学園祭には参加できない」
浅羽は目をむいた。
「──そんな、だって、」
「さっき言ったろ、最近色々と忙しいって。すまん、今はそれだけしか説明できん」
含むんだよなぁ、いちいち。このあたりの現実の小出し感はさすがの一言。ファンタジーと戦争の出し入れが非常に上手ですな。
位置: 6,407
──だったら五次まで落とせるだろ。やっぱお前じゃだめだ、木村に替われ。
携帯電話だ。
珍しいな、と父は思う。
もうずいぶん昔の話になる。松代のSAMサイト群に 潜入 した北の工作員が改造した携帯電話で仲間に機密情報を流そうとした事件があって、それをきっかけに電波法が改正され、それまで民生使用が許可されていた周波数帯のかなりの部分を軍が押さえてしまった。おかげで、携帯電話の所持には 履歴書に大いばりで書けるくらいの資格取得が必要になり、以降、携帯電話といえばカタギの持ち物ではあり得なくなったのだ。
携帯電話をどうするか、というのはミステリの世界でも課題となる一つですが、このやり方もまた上手。使いまわしは効かなそうだけど。
最近、ねつもじでタツオさんが「異世界はスマホを排除するための装置」的なことをおっしゃっていたけど、そうじゃなくてもこの手はあるよね。
位置: 6,700
「あんなにへこんでる榎本さん初めて見た。今ごろ、またどっか高いとこ登ってカップラーメン食べてるんじゃないですか」
「死ぬほどへこめばいいのよ」
毛布の端を握り締め、椎名真由美はつま先を見つめてつぶやく。
「自業自得よ。元はと言えば全部あいつが描いた絵じゃない。へこんでへこんで胃に穴開いて血い吐いて死ぬまで悩めばいいのよ」
椎名真由美の立ち位置もいいよね。ミサトさん感を感じます。この頃の「いい女」像ってこんなんだったよなーと懐かしく思い出されますね。
位置: 7,105
近くの席にこっそり座ってみようか。
こちらの面は割れていないのだ。おとなしくしていれば絶対にバレない。そう思って一歩 踏み出したとき、 脳裏に 清美 の泣き顔がフラッシュバックした。
晶穂の 身体 が凍りついた。
自分は一体、何をしようとしているのか。
十兵衛 の死に泣き崩れる 清美。とってつけたような言い訳と、腹の底に巣食っていた 醜悪 な好奇心。
誰もが一度はあるよね。自分の対応と真意のギャップに後ろめたくなること。そのへんの機微を見事に描いています。そして、そんなことで恋に落ちてしまうのもまた、若人の特権。
位置: 7,188
「そうじゃないだろ。あのとき 河口 にひどいこと言われてたのは 島村 だろ。島村 清美」
浅羽 のその言葉に、 晶 穂 の肩がほんの 微かに 震えた。
「ちがうよ」
──浅羽、おぼえてる?
「浅羽がたすけてくれたのは、わたしだよ」
罪悪感と直結しているあの朝の 記憶。しかしそれは、浅羽と出会った最初の朝の記憶だ。
あのとき、浅羽によって救われたのは、一体 誰 だったのか。
鈍感主人公ではあるんだけど、それ以上に「察してヒロイン」すぎて。この手のオンナは間違いなく面倒だ。面倒なはずである、マケインだもの。
位置: 8,702
「……まけない」
ゆっくりと顔を上げていく、その顔が米粒まじりの鼻血にまみれている。震えの止まらない肩を上下させて大きく息を吸い込み、鼻の穴に詰まっている血と米粒と鼻水の混合物をじゅるるるるるっとすすり込んでごっくりと飲み干す。野次馬どもにはもう言葉も顔色もない。
これ、OVAではかなりショートカットされてるんだよね。一話くらい使ったものをゆっくりたっぷり観たかったなぁ。
位置: 8,790
「でも逃げ出したりしたらわたしの負けだと思って、負けるもんかと思った。晶穂がこわかったけど、負けるもんかって、ずっとずっとそう思ってた。わたし、最初に部室で会ったときから、ついさっきまでずっと、晶穂がこわかった」
──じゃあ、今は。
その問いは、結局は、あるかなきかのため息になって消えた。
素晴らしいオンナの友情物語 for 思春期ボーイ。こういうサイドストーリー、大好物です。
位置: 9,831
河口の右手は、 伊 里 野 の白い髪ひと房を 鷲 づかみにしていた。河口は伊里野を立たせようとして、そのまま右手をぐいと引いたのだ。
たったそれだけのことで、河口がつかんでいたひと房の白い髪は、その半数以上が根元からずるりと抜け落ちて垂れ下がっていた。
誰が凍りついていた。
世界系あるある、髪の毛突然ごっそり抜ける。ヒロインの髪がごっそり抜ける、ってかなり衝撃的で映像的にも美味しいよね。
位置: 9,950
が、たしか軍隊では、人員の四割以上が失われた部隊は「全滅」と判断されるのではなかったか。
Geminiに聞いたら本当だった。というか30%でもすでに「全滅」らしい。こういうの、興味がなければ知らない事実よね。すげー基準。やっぱり3割や4割がなくなると、機能不全に陥るもんなんだね。
位置: 10,257
「ぶん殴られて連れていかれて、戻ってきたと思ったら髪の毛が真っ白になってて、今度は目なんですか」
答えはない。ホコリの浮いた空気は動きに乏しく、シケモクの煙は水に溶けない卵の白身のように、いつまでも形を崩さずに漂っている。
目が見えなくなる、というのは兵器としてどうなんだろうね。それくらい追い込まれている、ということなのかもしれないけど、もはや何でもありになりつつある。髪の毛が白い、はまだ分かるけどね。
位置: 10,584
「だって部長、前に言ってたでしょ。心理学なんて科学じゃないって」
「無論だ。あんなもんが科学であってたまるか。しかし、それと好き嫌いとはまた別の問題だろう。正しいか正しくないかとも別の問題だ」
「──なんだ。じゃあ部長は好きなんですね、心理学」
「大好きだね。あんなにオマタのゆるい学問はないぞ。おれに言わせればだな、あれこそは尻に『学』の字をくっつけることで現代に生き残った、正当なる 魔術 の 末裔 だよ」
確かに心理学ってそういうイメージはあるな。まだ自分の中にもある偏見を感じます。今度心理学がなぜ学問なのかの本を読んでみようかな。
かつてはあたくしも心理学というのはメンヘラちゃんが自己分析のためにやる学問チックななにか、だと思っていた節があります。
位置: 11,525
「ところがな、やっぱり音なんだ」
水前寺 はあっさりと浅羽の思考の先回りをした。
「歩けば自分の足音がするだろう。目の前に壁がある場合とない場合とでは、その足音の 反響 のしかたが変わってくる。健常者なら自分の足音なんぞ気にもしないところだが、盲人である被験者はその微妙な違いを聞き分けているのさ。
こうもりのような感覚が、盲人の方にはある、という話は聞いたことがありますね。
位置: 11,587
「──いいかね浅羽特派員、」 顔を上げ、いきなりこう言った。 「科学というのは、自然観察における民主主義だ」
ふむ、面白い提言。
位置: 11,603
別の言い方をすれば『客観性と再現性こそが科学にとっての 錦 の 御旗』ってわけさ。
オカルト論として、面白いよね、この章。
位置: 11,622
科学がアキレスなら真理が 亀 さ」
そこで水前寺はにやりと笑う。
「──極論だと思うかね?」
「──多少は」
「しかしな、そのアキレスと亀の 隙間 にオカルトは潜むんだ」
ホモ・サピエンスだなーという感想ですね。なんと不完全なことか。人間の根源的な欲求なんだろうね、オカルト傾倒ってのは。悲しい仕様だな。
位置: 12,856
そのとき、吉野の腹の底でぐるりと 蠢くものがあった。
こういう描写も入れてくるのが、なんというか本作がジャンルの代表作である所以だと思いますね。戦時中の倫理限界場面で、こういう事に及ぶ。しかも元々は善人然として描かれていた人物に、このような葛藤を与える。面白いね。
位置: 13,149
善人 面した変態野郎め、貴様など死んだ方が世のため人のためだ。これは 天誅 だ。伊里野にあんな 真似 をした 奴 は絶対に、絶対に、
もう、
もう走れない。
これ、解釈が難しいんですけど、どうですかね。浅羽の体力の無さを書きたいのか、根性のなさを書きたいのか、単純に気力の限界なのか。この急激な転換をどう捉えればいいのか、未だに分かりません。
位置: 14,027
明日は学園祭の日だ、と伊里野は言った。伊里野の「世界」にはすでに、 須 藤 晶 穂 も 西 久保 正則 も 花 村 裕 二 も 島 村 清美 もいないはずだ。伊里野の 記憶 は今も退行し続けている。じくじくと鼻血を垂れ流しながら、一寸刻みで光を失いながら、楽しかった時の思い出を踏み石のようにひとつひとつたどりながら。
記憶の退行、っつーのはあんまり他に例を知らないんですよね。果たして効果的だったんだろうか。記憶を無くしていく系の悲しさは、アルジャーノンを筆頭に描き尽くされていると思いますが。
位置: 15,084
「どうしてお前らそんなに自信満々なんだよ。戦争やらUFOやら、そんな絵に 描いた 餅 なしで自分らの不幸に落とし前をつけられたことが今まで一度でもあったのかよ。
なんかぐっと来たんですよね、この台詞。ある意味でオカルトの逆襲なのかな。
でも、絵に描いた餅で自分の不幸を納得する人生も、どこかで行き詰まるでしょ。それを大人になる、と呼ぶのかもしれませんがね。
位置: 15,135
内輪もめしているうちに滅亡したらバカみたいじゃないですか!」
「バカなんだよきっと。お前の意見はまったく正しい」
「真面目 に答えてくださいよ!」
「だから、真面目に答えてるさ」
どんぶりから顔を上げて、榎本は笑う。
「滅亡の危機に 瀕 してさえ、人類は一致団結できなかったんだ」
榎本が笑っている。
冷笑的とも皮肉とも言えます。これ、いいシーンだな。
こういう遣る瀬無さ、あたくし大好きだ。
とはいえ、世界系はあくまで青少年向け。そのへんのディテールを省いて「何となく終末」を演出できるというのもメリットなのかもしれませんね。
位置: 15,551
「──あの、」
「伊 里 野 が 出撃 を拒否した」
足早に歩きながら、 榎本 がいきなり言った。
「この 土壇場 になって、もう戦うのは嫌だと言い出した。おれたちじゃもう手がつけられん。最悪、自殺の可能性もある」
目の前が暗くなった。
その場に立ち尽くして、その場にへたり込んでしまいそうになって、浅羽は必死になって榎本の背中に追いすがる。
「だって、どうして!? もう戦争は終わったんでしょ!?」
榎本は足を止めない、振り返りもしない、
「誰に聞いたそんな話」
ふふ、笑っちゃうよね。あるあるだよ。平凡な生活の裏に、死にゆく沢山の大人がいて、もはや世界は末期になっている。世界系あるあるだね。
位置: 15,959
今にして思えば、私たちの笑顔はどうしようもなく引き攣っていました。自分たちがしていることの残酷さにただ怯えて、必死になって善意の笑みを取り繕っていました。そんな私たちの中にあって、ただひとり榎本だけが、伊里野に子犬を与えることの正しさを最後まで信じていたのではないかと思うのです。
命を賭して守るだけの価値がこの世界にはあるのだと心底から信じて、故にそれを伊里野に知らせることを恐れず、その罪をすべて我が身に引き受けて地獄に落ちる覚悟を決めていたのは、榎本だけだったように思うのです。
榎本のおっさん、かっけーよな。この話、椎名も榎本もかっこよくて、いいんですよね。そういう「必死でかっこいい兄さん姉さん」は物語のよいスパイスになるよね。
位置: 15,972
最後まで読んでくれてありがとう。 T.S.
このT.S.はなんなんでしょうね。。。読み返しても分からなかった。椎名真由美によく似た駅員は「草壁」と名乗っていましたけど。。。。
さて、素晴らしい作品でした。これぞ世界系。
]]>あたくしは読んでいて「自分は普通以下やな……」と痛感して悲しくなりました。
人気ブロガーによる
地味だけど着実に資産が増えていく
令和のお金大全!「お金は汚いもの!」だと思っていた著者が
辿り着いた「富裕層になれるお金の方程式」を全公開!これからの時代を生き抜くための金融リテラシー80
確かにやっていることは普通。ドルコスト平均法で長年積み立てるだけ。
だけどね。それを実直にやり続けるのって、結構リテラシー高いと思うんだな。
そもそもはこちらのサイトの持ち主。
古き良き個人ブログ感もあって、更新を楽しみにしています。自分と似た投資をしている人のブログを探していたらたどり着いたんだったんじゃないかな。
位置: 910
たまに、「従業員も経営者目線を持って働くように」と主張する経営者がいますが、高い能力の従業員を安く使い倒したいだけの方便です。日本以外の国で同じことを言ったら、「経営者レベルの仕事を求めるなら、経営者レベルの賃金を払ってほしい」と返されることでしょう。
これは本当にそう。でも、最近は「そういうこというなら金をよこせ!」を言う人が増えている気もする。リテラシーが上がっている証拠だなぁ、と思います。
位置: 913
このように 過度に競争が激しい日本で、賃金を上げる方法は一つです。自分の希少性を上げることです。
この視点はとても大切。いわば資格もそうだもんね。医師免許や弁護士免許っつーのも一つの希少性だよね。賃金に限らずだとも思います。
位置: 926
技能の掛け算のメリットは、言葉は悪いですが、多少中途半端な知識・技能であっても、掛け合わせれば他の人との差別化が可能なことです。
確かにそうだ。趣味だってそうだよね。あたくしだって地元×落語、だったりとか、地元×草野球だったりとかで人を集められているわけで。何かと何かを欠けわせるだけで意外と差別化は簡単。手広く展開するのは無理でも、そこそこの成功は出来ます。それで十分な領域は確実に存在します。
位置: 954
ここ1〜2年ですと、国家試験であるプロジェクトマネージャ試験に合格しました。国家試験ではITパスポートをはじめとして数多くのIT系の資格がありますが、Level4として最高難易度に位置付けられているものです。IT業界の経験が長い人が中心に受けており、合格率は 14%程度です。
面白いね。プロジェクトマネージャ試験。今度検討してみようかな。何かしら資格を取得するのはいい。あと長年の野望である高校数学もどこかで履修しなおしたい。
位置: 1,641
地震保険の加入は賛否があるものの、一般に火災保険料が2倍以上に跳ね上がりますし、地震が起きた時の補償額は、全損の場合であっても最大で火災保険の保険金額の 50%に過ぎず、コスパが悪いと考えています。
東日本大震災における地震保険の支払い件数は、全損の5%に対し、一部損が 70%でした。多くの家が限定的な損害と認定される中、一部損で受け取れる保険料は地震保険の保険金額の5%です。1000万円の地震保険を掛けていても 50 万円しかもらえないのです。
ちゃんと読んだことないけど、地震保険ってそんな感じなのね。うちは賃貸だし、ま、入らない生涯でいいかな。でも、こういう「いざというときの」支出ってばかにならないからね。
位置: 1,690
まず、 美容において重要なのは、一にも二にも紫外線をカットし、保湿をし、食事から適切な栄養を得て、喫煙と過度な飲酒を避け、早く寝て睡眠時間を十分に取ることです。私は
子どもがサッカーやってたりすると、紫外線をよく摂取してしまうのだけど、それもお肌にはよくないんだろうね。あんまり気にしたことないし、手入れなんかも怠りまくり。いつか後悔するのかしら。すね毛なんかもね、処理していないで短パン履いているんだけど、嫌がられているのかな。
位置: 1,791
あまり深く考えずに(貴重な時間を使わずに)、高い還元率を得たいのであれば、 利用頻度が高い店舗の提携カードを使い分けるのがお勧めです。
そうよね。あたくしは出光カードを持っていて、給油は必ずそこでやっていますね。でも、あとは楽天カードかな。でもそれ以上は面倒くさい。カードを何枚も持つのはね。高い還元率よりも、それを検討するための時間のほうがずいぶんと惜しいよ。
位置: 2,706
万が一、証券会社が義務を怠っても、日本投資者保護基金から1000万円まで補償されることになっています。
常識だけど、再確認。1000万までは補償、なんてのは知ってはいたけど、自分が1000万貯金があることをリアルに考えられていなかった。今は、、、、考えなきゃいけない状況だったわ。うっかり。
位置: 3,200
一つ目は、信頼のおける情報発信者を見つけて、その人の情報を定期的に入手することです。
個人投資家向けに適切な情報を発信している専門家では、竹川美奈子さん、山崎元さん、大江英樹さん、カン・チュンドさんの新著は私は必ず読むようにしています。新しい知見はごく一部で、既知の情報が大半だったとしても、自分の情報が古くなっていないことを確認するのには有効です(山崎元さん、大江英樹さんのお二人は2024年1月にご逝去)。
カン・チュンドさんの本はあたくしも読んだことがあるな。確かに「知ってるー」と思いながらペラペラめくったよね。でも、それでいいのだ。あたくしにとってはこの著者のブログもその一つだったりします。
]]>直木賞作家がおくる、暗黒の少女小説。
ある午後、あたしはひたすら山を登っていた。そこにあるはずの、あってほしくない「あるもの」に出逢うために――子供という絶望の季節を生き延びようとあがく魂を描く、直木賞作家の初期傑作。
再読する前の印象としては「なんか厨二病の遣る瀬無い話だったと思う」程度の記憶でした。でも今読むと全然違うところに目が行きます。
当時思っていた感想と、まるで違うという点もあるかもね。ある意味、「そうやって大人になるんだよな」という無責任な諦観もちょっとはあります。
位置: 351
「彼女はさしずめ、あれだね。〝砂糖菓子の弾丸〟だね」
「へ?」
「なぎさが撃ちたいのは実弾だろう? 世の中にコミットする、直接的な力、実体のある力だ。だけどその子がのべつまくなし撃っているのは、空想的弾丸だ」
本著にちょくちょく出てくる、実弾だの砂糖菓子だのといった用語。「世の中にコミットするかどうか」が線引なんだろうけど、そのへんが実に厨二病的。この世界の説明に一役買っていますね。
位置: 354
「むかしむかし、岩塩で作った弾丸で人を殺した男がいたんだ。男は硬く硬く岩塩を固めて一発の弾丸を作り、暖炉のそばで相手を撃ち殺した。暖かなその場所で死体はほかほかに温まって、体内に残った岩塩は溶けてしまった。跡形もなく、ね」
「へぇぇ……」
あたしは身を乗り出した。
「でも、じゃ、そいつは捕まらなかったの? でも捕まらなかったらおにいちゃんもその話、知らないよね。捕まったの? いつの話? どうやって?」
友彦は肩をすくめた。
「名探偵が出てきて、見事に見抜いたんだ」
氷で殺した、というのは有名だけどね。岩塩というのは初めて聞いた(二度目の通読だけど)。
しかし、こうやって改めて読むと、推理小説って間抜けね。
位置: 794
あたしはまたムキになっていた。あたしらしくなかった。こんなことはまったくあたしじゃない。今日一日の時間にはどこにも実弾がなかった。
「実弾」的である、というのが山田なぎさのアイデンティティなんだな。それが崩れる日がある。とてもリアリティを感じますね。あるよね、「今日は全く俺らしくない」と思う日。そしてそれを誘発させやすい人間っている。あたくしにとっては子どもがそれに当たるかも。
位置: 939
こないだ、嵐のとき父が死んだ話をしたら、制止も聞かずにべらべらと海の底で幸せだとか話していたときも、もしかしたらこのへんな女の子は、あたしのために作り話をしてくれていたつもりなのかもしれない。
そんなふうに思った。藻屑の優しさはずれていて迷惑だったし、現にいまも会ったこともない友彦をべた 褒めされても困るだけなんだけど、そのべたべたの砂糖菓子について、あたしはあまり怒る気になれずに、ただ黙って歩き続けた。
時代で流行の主人公像、という感じするよね。やれやれ系というか。
位置: 1,432
藻屑は子供みたいに笑った。それからなんの脈絡もなくとつぜんテトラポッドから飛び降りると、暗い夜の海に頭から見事に真っ逆さまに落ちた。闇との境がわからないぐらい暗く染まる海に落ちてどんどん消えていく海野藻屑の姿は、まるで唐突な自殺のようであたしは思わず「あっ」と叫んだ。藻屑は今日も黒っぽいシンプルだけどじつに素敵なデザインのワンピースを着ていた。 膝 までの丈でふわふわと広がるスカートの 裾 が、ぷくり、とはらんでいた空気を吐きだして、沈んでいった。
ここ、急にマジックレアリスム的になる。この切り替えに一瞬、まんまとぎょっとしましたね。描写がどことなく不安げで、それでいて美しくて。いいシーンですね。全編を通して、ここだけ毛色の違う描写というのも面白い。
位置: 1,545
何度も何度も、自分が藻屑に腹を立てたときのことを思い出した。
それから花名島が、俺の言うこと無視しやがってと怒っていたときのことも、思い出した。
藻屑に船の転覆の話を「やめて」と言ったとき。花名島がバスの中で話しかけたとき。全部、藻屑の左側から声をかけたときばかりだ。藻屑は都合の悪いことは聞こえないふりする、ずるい、と怒っていたことの数々があたしにのしかかってきた。聞こえなかっただなんて。
差別は無知からも始まる、というようにも読み取れるし、そういうのを申告できないから虐待というのは厄介だ、というようにも読み取れるし、藻屑っぽいなと笑うことすら出来ますね。
位置: 1,768
床に転がって打たれている花名島の顔には、 恍惚 とした、あたしが人の顔に見たことのない不思議なものが浮かんでいた。
ちょっと春琴抄的な美しさがこのシーンにもありますね。ただ、内容としては触れる程度。もうちょっとそこの感情を深堀りしたら、、、、単なるあたくしが好き、ってだけだけどね。見た目が好みの異性に叩かれる、というのは扉を開けてしまう可能性が大だよね。
位置: 1,975
そこをなにかが遠ざかっていった。濃いピンク色をした霧のようなものを一瞬、見たような気がした。なにかがあたしと友彦のそばからゆっくりと離れていった。
なんだろ。厨二性の象徴かな。本著の中の言葉でいえば「砂糖菓子」性とでもいうか。
位置: 2,039
もしかしたら……家を出て歩きだしたときにすれ違ったあれ、あの濃いピンク色をした霧が、友彦が生活や未来や友達や恋と引き替えに手に入れた 神 だったのかもしれなかった。
うーん、まぁ、神だったのか、もっと陳腐なものだったのか。本著ではどちらとも取れます。友彦はこれで良かったのか、という問いにもつながりますね。
当時と比べると、本著への解像度が格段に上がった気がする。自分はずいぶん子どもだったんだな、と懐かしがるくらいでありました。
]]>江戸時代の初期から、各藩で発生したさまざまな「お家騒動」。原因となったのは、金銭をめぐる対立や父子の不和、家臣による派閥争いなど、現代に通じるものばかりだった。島津、伊達、黒田、加賀、秋田、越前といった各騒動の真相を、説得力あふれる筆致で描き出す。武士の本質に迫る、海音寺史伝文学の真骨頂。
とりあえず島津の有名な「お由羅騒動」を。あらすじは講談で知っているから、読みやすいかと思ったけど、結構しんどかったですね。あんまり細かい前提を共有していないと読みづらいかも。
あと、誰が何を語った文言かが分かり辛い。オタクの熱弁という感じ。
位置: 315
斉彬は 稀世 の名君であったし、当主になってからの施政ぶりも立派であったし、彼によって薩藩は維新運動の中心勢力となるきっかけがつけられたし、それが成功して藩の名声が上ったし、藩出身者が多数栄達したしするので、最初から藩内のほとんど全部が斉彬を敬慕し、その 襲 封 を望んでいたように考えられており、伝えられてもいるが、本当はそうではなかったと考えるのが合理的であろう。
斉彬の敵対勢力は思っていたより多かった、ということだね。そりゃそうだ。弟の久光も立派な殿様だったってんだからね。あとは思想の違いかな。
親子で思想が違って、それで対立するの、仕方がないことだけどなんだか悲しいよね。血がイデオロギーで分断されるの、見ちゃいられない。
位置: 344
久光はまた賢明な生まれつきでもあった。その上、薩摩のような片田舎で育ったためか、生来の性質のためか、その趣味や思想は保守的であった。学問の好みも、旧来の儒学と国学で、洋学はきらいであった。彼の保守的な性格や思想や趣味は年をとるにつれて最も頑固となり、西郷や大久保をこまらせ、明治政府も閉口することになるのだが、若い頃の保守好みは、父の斉興や、老臣や、大多数の藩士らには着実で好もしい人がらと思われた。
その「好ましく」思われたのが久光にとって成功体験だったのかもしれない。成功体験は人間には必要だが、それが歴史にそぐうかどうかは本当に分からないよね。関係ないけどこの「そぐう」って変換で出てこないのはなんでだろ。副う、と書くと思うんだけどな。
かなり細かく書かれた、歴史小説。かなり史実に近い気はするけど、とはいえフィクションとして楽しむべき。それにしてもこのレベルの歴史小説が楽しめる人ってかなり歴史が好きな人だろうな。
]]>「一人旅は思いがけず楽しかった。/アローンだがロンリーではなかった。一人でどこにでも行けた」この小説家に必要なもの、それはーー野球場、映画館、マッサージ、うどん、ラーメン、ビール、編集者、CPカンパニーの服……そして旅。沖縄へ、四国へ、台湾へ。 地方球場を訪ね、ファームの試合や消化試合を巡るトホホでワンダフルな一人旅。珠玉の紀行エッセイ。
あたくしも、地方球場が好き。長良川球場とか、鎌ケ谷とか、今度できたジャイアンツのホームタウンも行きました。それはきっと野球に限らず、サッカーでもラグビーでも何でもいいんですよね。ただ単に地方球場が好きなんです。旅行でついでにふらっと寄れたら最高。
だから、本著を読んだら絶対に好きになる!と思ったんですけどね。奥田さんという人があまり好きになれない。
位置: 369
地下の日本食レストランが空いていたので、そこで焼魚定食を食べる。ただし、運悪く、うしろのテーブルは小さな子供連れの四人家族。ビービーうるさい。
昨夜から客層ははっきりと低下している。わたしがもっとも嫌う膝までのショートパンツを 穿いたニイチャンたちが、汚いすね毛を丸出しで廊下を歩いているのを見ると、かなりげんなりする。
子連れで外食いいじゃないの。ショートパンツは駄目なのか。この奥田という老人に、あたくしは初っ端から反感を覚えてしまいました。ドレスコードのある場所でないなら、子連れだろうが短パンだろうが、認められるべきではないか。
一言で言って老害である。
位置: 383
読谷球場は、実に素晴らしいところだった。
一面がサトウキビ畑のなだらかな丘を登っていくと、稜線の向こうに、森が徐々に姿を現してくる。ああ、あの中に野球場があるのか――。そう思っただけで、じんときた。丘の上の野球場。なんて素晴らしいのだろう。丘の上に何を建てるかで、町の民度がわかる気がする。
そうなんだよ。「この先に野球場がある」と思うだけでじんとくるんだ。丘の上の野球場、素晴らしい。
位置: 669
目が覚めたら練習は終了していた。若手がマシン相手に居残り特打をやっている。観客はもうまばら。スコアボードの時計を見る。午後三時だった。一時間以上、寝た計算だ。
えもいわれぬ充足感を覚える。熟睡の余韻を噛みしめるように、しばらく横になったままでいた。
青い空、乾いた空気、そよ風、緑の芝生、そして野球場! もしかして、我が人生で三本の指に入る昼寝なのではないだろうか。そんな感慨すら湧いてきた。
手に取るようにその感動が伝わってくる。沖縄いいよね。野球場で昼寝、最高だね。
しかし、どうしてそのような素敵なことが理解できる人に、冒頭のような老害ムーヴが行えるのか、人間とは不思議なものだ。
位置: 762
係の人に「坊っちゃんの間も見ていってくださいな」と言われ、端の六畳間をのぞく。そういえばわたしも作家だったのだ。自覚、ないなあ。わたしは文学に傾倒したことも、ミステリーにはまったこともない。読書量はきっと最低レベルだ。それで作家になったのだから、小説家志望の方々には腹立たしいだろう。
でもね、言っておくよ。小説家はなりたくてなるものではない。それしか生きていく 術 のない人間がなるものだ。流れ着いた先の孤島なのだ。なんて、エラソーに。
一応「このミス」も受賞している人なんだけどね。確かにWikipediaによるとプランナーや構成作家出身のようだ。こういう小説家のなり方もあるもんだな。行き着いてみたいものだ、その島に。
位置: 1,170
弱った。あんまりおいしく感じない。
スープを飲んでも、肉を口に入れても同じだった。
小さく吐息をつく。そんな気もしていた。
二十代の後半、立て続けに香港に通った時期がある。東南アジアの猥雑なエネルギーに、魅せられたのだ。わざわざ安いホテルに泊まり、安い食堂で胃袋を満たした。わたしにとって、それは小さな冒険だった。いんちきな英語と広東語でずんずん奥へと進んだ。九龍城にも行った。船上生活者の船にも乗った。なんでも、口に入れてみた。空腹だから、たいていのものは旨かった。まずかったとしても、面白がれた。異国に恋するとは、そういうことだ。
翻って、今のわたしにその素地はない。ホテルはLグレード以上を探す。ジャケットを着用するのは、レストランでよい席に通されたいからだ。そこは世界共通の場で、「異国」はない。
わたしの側に、変化があった。青春は、遠い日なのだ。
まだ、あたくしは異国のまずい料理を楽しめるマインド・肉体ではある。ホテルは安くて良い。まだ青春が続いているのかもしれない。嬉しい……のか?喜んで良いのかな。まだ老成していないということではあるか。
位置: 1,880
ここでポップコーンの封を切り、一握り分を空に撒いた。
ミャーミャーミャー。一斉に海鳥が集まってきた。おお、わが友たちよ。わたしは天王洲でも、ときどきカモメに餌をやって遊んでいるのです。
鳥の餌付けっていいんだっけ?まぁ、観光地で売ってたりもするし、いいのかな。こういう無邪気な遊びが何かしらの新しい害を生んでいないか、ハラハラしちゃうんだよね。小市民的というか、小物というか。だからあんまり野生と接さない。これって本当にいいことなのかしらね。
位置: 2,497
わたしは、心とストライクゾーンがとても狭い人間である。神経に障ることがいっぱいある。繊細と言いたいところだが、たぶん狭量なのだろう。
これはあたくしも非常に近い自意識を持っています。分かっている分まだマシになろうとしている。先程も筆者の狭量なところをあげつらいましたが、まぁ、それも人間かもね。分かっている分まだマシよね。
]]>私立探偵フィリップ・マーロウは化粧品会社の経営者ドレイス・キングズリーのオフィスに呼ばれた。彼の妻はどうやら男と駆け落ちしたようだ。マーロウは妻の安否確認を依頼され、その足取りを追うことに。だが、たどり着いた湖の町でマーロウが見つけたのは、別の女の死体だった――。旧題『湖中の女』の新訳版
久々にマーロウでも、と思ったけど、微妙でしたね。
雰囲気はハードボイルドだけど、内容は……あまりピンとこない。風景描写とかもあまり頭に入ってこず。好きな人はどういう想像をしているのかな。
水死体、と読んだ時点で何となく「でも本人じゃないんでしょう?」という気持ちになりました。悪い客だ。
それにしてもあとがきが秀逸。あたくしが微妙だと思った理由がバッチリ書かれていました。村上春樹、やるな。
位置: 1,430
「あんたのもうひとつの考えについて言えば、それはただ馬鹿げているとしか言えんね。自殺をしておいて、誰かに殺されたように見せかけるなんて、わたしの考える人間の素朴な本性とはまるで相容れないものだ」
「じゃあ、あなたの考える人間の本性は、いささか素朴すぎるということになるかもしれない」と私は言った。「なぜならそういうことは現実に起こっているし、その手の仕掛けをするのは、だいたいいつも女性なのだ」
「あり得ない」と彼は言った。
偏見強め同士の言い合い。ちょっとコメディだよね。ただ、おじさん同士はよくあるんだ。おじさんってやつは(これも偏見)
位置: 1,588
ミルドレッド・ハヴィランドはつまりミュリエル・チェスだったわけだ。
そしてミュリエル・チェスはクリスタルと入れ替わってあっちゃこっちゃするんだけど、これがねー。分かりづらい。村上春樹訳、誰が誰のことを言っているのか、いまいち分からない時がある。そしてミュリエルとクリスタルの差がいまいちピンとこない。この作品の最大の難点かもしれません。
結局、チェスとクリスタルの造形が違わなくて、入れ替えトリックが「だから何?」になるんだよね。
位置: 2,210
彼の苦悩はいささか芝居がかって見えたが、真の苦悩というのはしばしば芝居がかって見えるものだ。
春樹だなー。春樹構文と言ってもいい。
位置: 2,756
少しばかり話が単純すぎるのではないかという気がした。
探偵の直感、大体あたる。もはや神託。
位置: 2,843
「アルモアは今まで、また今も疑いの余地なく、 麻薬医者 だった。娘は我々に向かってはっきりそう口にした。彼の聞いているところでな。彼はそれが気に入らなかった」
(中略)
「扱っている患者の大半が、飲酒や放蕩によって神経崩壊の瀬戸際に置かれている人々だということだよ。そういう連中は常に鎮静剤なり麻薬なりを服用していなければならない。そして倫理観を持つ医師であれば、これ以上の治療はできない、 療養施設 に入ってもらうしかないという段階にやがて達する。しかしアルモアのようなタイプの医師たちもいる。そういう医師たちは、支払いが続く限り、患者がまだ生きていてある程度の正気を保っている限り、面倒を看続ける。たとえ相手が治療の途中で、後戻りできない中毒患者になってしまったとしてもだ。金にはなるが」と彼はしかつめらしい声で言った。「医師にとっても危険を伴う医療行為であるはずだ」
倫理的にどうなの医者、ってことだよね。まぁある話。
このグレイソン夫妻の下り、冗長なんだよね。ただ文字が滑っていく。
位置: 3,694
「君はとても上手にそのキャラクターを演じている」と私は言った。「ハードで苦々しいものを込めた、混乱した無垢さみたいなものをね。みんなは君についてずいぶん思い違いをしてきた。君のことを無軌道な、脳味噌と自制心の足りない、可愛い浮かれ女だと見なしてきた。でもそれはとんでもない思い違いだった」
位置: 3,700
「君はまたフォールブルックの役をもじつに巧妙に演じていた」と私は言った。「あとから振り返ってみると、いささか演技過剰の感もあった。でもそのときはまんまと騙されたよ。あの紫色の帽子は金髪には合っていただろうが、ばらけた茶色の髪にはまるで似合わない。そしてまるで暗闇の中で、手首を挫いた人が施したようにしか見えない出鱈目な化粧。調子っぱずれなそわそわした態度。どれもまことに見事だった。そして私の手に拳銃をあのように押しつけたとき──まさに度肝を抜かれたよ」
彼女はくすくす笑った。
真犯人への鬼気迫る謎解き。ここはとてもスリリング。とても推理小説の探偵然とした振る舞い。本著で最もいい場面の一つ。
ミュリエル・チェスの徹底したヒールっぷり、好きだなぁ。
位置: 4,475
「そうかい?」とデガルモは言って、首をさっと彼の方に曲げた。「スカーフはどうなんだい、太っちょ? それは証拠とは呼べないのか?」
「確たる証拠と言えるものじゃない。私の耳にした限りにおいてはな」とパットンはのんびりと言った。「それにわたしは太ってはおらんよ。ただ怠りなく肉に包まれているだけだ」
あたくしも使ってみようかな、「ただ怠りなく肉に包まれているだけ」ってね。怠りなく、ってのがいいじゃない。春樹のオリジナルかしらね。
位置: 4,518
ずいぶん長い時間が流れたような気がした。それからデガルモは静かに言った。「それはどういうことだ? おれはキングズリーの女房のことなんぞ、何ひとつ知らんぜ。おれの知るかぎり、一度たりともその女を目にしたことはない。昨日の夜まではな」
彼は瞼を少し下げ、何かを考え込むような目で私を見ていた。私がこれから何を言おうとしているのか、彼にははっきりとわかっていた。いずれにせよ、私はそれを口にした。
「そして昨夜だって君は彼女を目にはしなかった。なぜなら彼女は一カ月も前に既に死んでいたからだ。リトル・フォーン湖で溺死したんだよ。君がグラナダ・アパートメントで発見したのは、実はミルドレッド・ハヴィランドだった。ミセス・キングズリーはレイヴァリーが殺害されるずっと前に死んでいた。そしてミルドレッド・ハヴィランドはミュリエル・チェスだった。ミセス・キングズリーはレイヴァリーが射殺されるずっと前に死んでいたのだから、レイヴァリーを撃ったのは彼女ではないということになる」
ぐっとミュリエル・チェスへの解像度があがる瞬間。「赤毛のレドメイン家」とか「その女アレックス」みたいな、対象の印象がコロコロと万華鏡のように移ろう作品、あたくしは好物です。これがきっとチャンドラーが一番言いたかったシーンなんじゃないかな。
位置: 4,847
そのふたつの話をひとつに結びつけたわけだが、その結びつけ方にはいささか無理がある。まるでスタイルの違う家を二軒、むりやりくっつけたみたいなところがある。流れの異なるプロットを合流させるために、作者は「偶然」の力に頼り過ぎていると感じさせられる箇所が、ところどころにある。
だよね。あたくしもそう思ったよ、春樹。あたくしだけじゃなくて安心した。なんかハナシがチグハグだよね。
]]>アデルの、それほど大きくはないが自信満々の谷間につい目が行ってしまう。
]]>安政江戸大地震の中で生まれた愛娘もすくすく育ち、再びおえいの商いへの意欲も芽生えてきた。だが、始めた団子屋を手助けしてくれるお加代はわけありの様子で……(「御用」)。三代目九尾亭天狗の最後の弟子にして、晩年最も身近にいた礫は、芸への思いがこもった形見を譲り受けることになったものの、兄弟子の妬みを買ってしまう(「点取り、無双の三杯」)など人情が涙を誘うシリーズ大好評第四弾。
個人的に「人情が涙を誘う」みたいなことを言われると「人によりますけど?」となっちゃうけどね。面倒くさいと思うけど、人の感情はその人が決めることだから。
位置: 2,020
分かるのは、二人が新助のために五十両の大金を携えてきてくれた、ということだけだ。
おれみたいな、酔いどれの 身代 に五十両。
――こいつら本当に。
本当に、馬鹿のお人好しだ。それもとびきり上等の。
いや、しかし本当に人情噺の演出法なのよ。そして、やっぱり読むとそりゃ、いい話だなーと思う。思うからこそ、あんまりアウトプットを規定されたくない、みたいな気持ち、分かるかしら。
シリーズも四巻目。読むと、どんどん席亭として秀八が頼もしく、みんなが熟れてきているのが分かります。あたくしも、ちょっとは席亭として成長出来ているのかしら?と我が身を振り返りつつ。
まだまだ続くよね。嫁姑関係や兄弟関係、まだまだ捻れるもんね。
]]>
江戸市中に大被害をもたらした安政江戸大地震の最中、おえいが玉のような赤ん坊を産み落とした。名前はお初。大工の棟梁の秀八は町の復興に大わらわ。そんな中、神田の両親が清洲亭に避難してきて──。さらに、薩摩の隠密に付け狙われている男を助けたり、病気の天狗師匠の跡目争いの騒動が起こったり。溢れる人情が涙を誘う、落語時代小説シリーズ第三弾。
あれよこれよと、いろんなことが起こって、退屈させないエンタメ時代小説。その「いろんなこと」の具合がちょうど良くってね。ページを捲る手が止まらんのですよ。
本筋は寄席経営の大変さなんだけど、そこに細かくサイドストーリーが重ね合わされて、上手に退屈させない。人間関係が複雑なんだけど、読んでいて苦にならないんだよね。筆者の腕といってもいいのではないでしょうか。
位置: 598
商家の旦那などには、噺や講釈などをいっぱしにやってしまう「天狗連」と呼ばれる人たちがあって、そういう人が芸を披露する会などもある。
ただ、そういう旦那方の中には時折、その道で生計を立てている噺家や講釈師を大事にしない人があって、秀八は嫌っている。
耳の痛いところではある。もちろん、自分ではその道で生計を立てている人を大事にしていると思っていますが、実際に足りているかと言われると、、、、ねぇ。自分は正真正銘の天狗連なので、気にしてはいますが。
位置: 602
「 素人 が楽しめるのは、玄人があってこそだ。いくら芸自体が上手くたって、しょせん自分が楽しむだけの素人と、生業として人を楽しませる玄人では違うんだ。そこが分からないのは何よりいけねぇ」というのだ。
そうなのよ。それはよく知っているつもり。自主的に戒めているつもりなんだけど。どうかな。
位置: 2,577
「芝浜本、日本橋末広、神田紅梅亭、両国御禊亭、品川清洲亭」
自分の席の名が呼ばれて、つい背筋がぴんと伸びる。
「この五つの席において、この順に、各席八日ずつ、四代目争い興行を行ってもらうよう、お席亭にお願い申し上げる」
「四代目争い興行……」
「そりゃあ面白そうだな」
若干展開が秋元康的というか、商業主義的というか。これ、粋な計らい、という体で書かれているような気がしますが、結構乱暴だよね。三代目の天狗師匠、なかなか傍若無人というか。
位置: 2,601
「ふうん。しかし、品川じゃあ、旅で来てる田舎の 一見 さんなんかも多いんだろう。そんな素人客にこんな大事な入れ札させるの、どうもおれは気が進まねぇ。 見巧者 の集まる市中の席だけでやる方が……」
見巧者(みごうしゃ)、という言葉、初めて知りました。落語によくある田舎者差別意識。結構あたくしは苦手です。百川とかね。
位置: 3,373
「おまえ……最後だけは、最後だけは、親孝行だったね。やっと……」
お幸の 嗚咽 は、やがて客席の拍手にかき消され、聞こえなくなった。
安政三年十月九日。
三代目九尾亭天狗は、寄席品川清洲亭で息を引き取った。
四代目天狗の門出と、息子木霊の再出発を、見届けての最期だった。
いいシーンだ。ジーンとくる。エモい。この辺の行間が、小説のいいところだよね。映像ではどうも、しっくり来ないんだよね。
位置: 3,436
池波正太郎先生の「(人間は)悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく」(『 鬼 平 犯科帳 8』文春文庫)という言葉を読んだ時、その通りだなと思いました。
ここ、みんな好きだよね。あたくしも大好き。人間だからね。それを絶望ではなく諦観、しかもやや愛情をもって見つめる。これが池波イズムだと思うんですよね。
]]>江戸は品川、清洲亭。大工の秀八が始めた寄席はお客もついて順風満帆。本日も開業中。常連の真打・弁慶がトリを務めていた時、清洲亭の周りに幽霊が出没!? 気味悪がるおえいだが、その正体は弁慶への弟子入り志願の男だった。頑なに弟子を取らない弁慶の切ない理由とは。一方、乗り込んできた女義太夫がひと悶着を起こし―。芸を愛し、人のために尽くす。人の情けが身に染みるシリーズ第二弾。
一巻を読んだら、もう止まらない。とりあえず既刊分はすべて読みました。感想をぼちぼちと。時代小説だと、こういうクサい話もすんなり読めるんだよね。ワンクッション挟むからかな。
位置: 144
〈助六由縁江戸桜〉。 花川戸 の助六、実ハ 曽我五郎 といえば、 成田屋 がよくやる 伊達男、お芝居の人気者だ。その恋人と言えば……。
「なんだ、それくらいならあたしだって知ってるよ、 総角 花魁 じゃないか」
「な、だからさ、あげとまき。揚げ寿司と巻き寿司だからさ」
これは有名な話。これを助六と呼ぶあたり、若干のペダンティズムというか、粋さを感じます。日本人だなーと思うよね。
位置: 560
芝居の〈勧進帳〉の弁慶は、何も書いてない白紙の巻紙を広げて、さもその中に普請したい寺や橋のありがたい 謂 われが書いてあるかのように読み上げる。
この辺を知っていると知らないとじゃ、物語の楽しみ方が全然違ってくる。あたくしも全然詳しくないけど、このレベルなら分かる。これ以上になると分からない。
位置: 1,230
佐平次がにやにやと語ったところによると、佐平次は浅田屋の宗助と、「六月の清洲亭の一番大入りの数」を賭けることにしたらしい。
「八十より多かったらおれの勝ち。少なかったら浅田屋の勝ち。おれが負けたら、例の講釈師の先生方を思う存分、島崎楼でタダで遊ばせる。向こうが負けたら、この根付けを全部、庄助さんの証文ごと、おれに譲る、ってな」
――つくづく、喰えないお人だ。
この佐平次がなかなかいいんだよね。善人でも悪人でもない。人間臭くって良い。この理想主義的な時代小説において、ひときわ異色を放っているといっても良いでしょう。
佐平次が女郎宿の主人、って設定もまた、既成概念の真反対でいい感じ。
]]>北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か? 異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
こうやってちょっとずつでも消化していかないとね。
人並みだけど世界観だよね。なんとも言えない不思議な、だけど読み応えや共感もある。「SFを読んでいる」という充実感がたっぷり味わえる。これぞ醍醐味ですよね。淡々としていながら、深い余韻が味わえました。
ラゴスはいつも旅を続けます。一箇所にとどまっていられない。奴隷になったり、知識をもとめてシェルターに引きこもったりするけれど、ある程度で旅に戻る。「人生とは旅だ」みたいなありきたりなフレーズが思い浮かびますが、まさにそれを一冊かけて味わわせてくれました。
位置: 1,518
四カ月後、おれは歴史と伝記に読み耽っていた。年代を追って史書を読み、各時代への理解を深めるため、それぞれの時代における重要人物の伝記はその時代の歴史に並行して読むという方法が、なんとぜいたくな、そして愉悦に満ちたものであったかは、かくも大量の書物に取り囲まれているおれにしかわからず、実際おれにしか体験できぬものであったろう。それはまた歴史理解の最も効果的な方法であったとおれは確信している。それにしてもかの星における歴史は長く、複雑でもあった。いつ読み終えるかしれぬそれらの歴史をおれは散歩する暇さえ惜しんで読み続けた。といっても、 焦躁 とは無縁だった。かくも 厖大 な歴史の時間に比べればおれの一生の時間など 焦ろうが怠けようがどうせ微微たるものに過ぎないことが、おれにはわかってきたからである。人間はただその一生のうち、自分に最も適していて最もやりたいと思うことに可能な限りの時間を 充てさえすればそれでいい 筈 だ。
読者に読書について問う、素晴らしい文章であります。立身出世のための読書ではなく、それ自体が目的である読書。かくあるべし。
人物の伝記を歴史に並行して読む、というのはとても立体的な理解になるよね。歴史の勉強の時にすごく有効。
位置: 2,195
腹立ちはやがておさまった。こういう連中に腹を立ててもしかたがない。身の安全をはかろうとするには、怒りが邪魔になる。
怒りの感情は邪魔、というのもまた至言。よくあるよね。平和な現代でもある。あたくしは理解していながらつい怒りの感情に飲み込まれる。幼稚である自覚はある。
位置: 2,787
このキテロ市に、わたしは帰郷したのではなかった。実は旅の途中に寄っただけに過ぎなかったのだ。旅をすることによって人生というもうひとつの旅がはっきりと見えはじめ、そこより立ち去る時期が自覚できるようになったのであろうか。
またいい言葉だ。旅をすることによって人生というもう一つの旅が見える。これがこの本の答えなのかもしれません。ラゴスだけじゃなく、みんな旅人なんだよ、ということね。言葉に直すと陳腐だけど。
]]>ここに、ある人物が、三十人を超す屈強な若者の集団である巨人軍を誘拐することを考えた。果して、そんなことが可能かどうかを書いてみたのが本書であり、誘拐と捜査と、犯人追及のサスペンスを存分に味わって頂きたい(著者)。東京から大阪へ移動中の[ひかり号]から、選手全員が忽然と消えた!犯人の要求は五億円。私立探偵・左文字進が犯人の奸智に立ち向かう、日本誘拐ミステリー史に輝く不朽の名作。左文字進探偵事務所シリーズ第一弾。
黒い霧事件だの、誘拐だの、新幹線で食堂車に行くだの、タバコをそこらじゅうで吸うだの、昭和トラベルものとしても優秀な本著。なにげにあたくし、西村京太郎は初めてかもしれません。
当時の空気感が本の合間から漂ってきそうな、素晴らしい小説でしたね。探偵のダンディズムや、助手のええ女感も、また昭和的で良い。作品自体がレトロ感丸出し。また登場する選手がいいじゃないの。新人の定岡投手、王選手、長嶋さんは監督になりたての様子。当時の熱狂が行間から漂ってきます。
位置: 785
「犯人のことに決まってるじゃないの。名探偵なら、灰色の脳細胞とやらを働かせて、犯人を推理するんじゃなかったかしら?」
「残念ながら、僕はハードボイルド派でね」
「じゃあ、その青い眼はビー玉なわけ?」
ポアロと比べる皮肉に、「ハードボイルド派」という理由で返す左文字。この場合のハードボイルド派というのはマーロウとかがそうなのかな。左文字はハードボイルド派の割には、本作ではバイオレンスなんかはかなり少ないイメージあるけどね。
位置: 1,200
「左文字君からの報告はどうだね?」
「今、岐阜羽島駅にいます。彼の考えでは、誘拐は、あの駅で行われたのに間違いないということでした」
あたくしもそう思った。自分の推理と同じ路線で進むと、推理小説は面白い。たぶん、西村京太郎氏は狙ってるんじゃないかな。ある程度読者の思い通りにさせ、興味深く読ませるように。
位置: 2,495
「それが妙な具合でしてね。大阪に着いたら、梅田駅前にある『栄屋』という食堂に入って食事をし、 美味いといってくれればいいというだけなんだそうですわ。新手の宣伝でっかなあ。口コミという」
「それだけ?」
「それだけらしいんですわ。ああ、もう一つ、行きは、最終の〈ひかり 99 号〉にすること、という条件があったそうですわ。そんなことぐらいでええんなら、わたしも応募したですわ。大阪にも、そんな奇特なスポンサーはいてへんかいなと思いますわ」
運転手が、笑ったとき、ふいに、左文字が、ぱっと眼を開けて、 「その話をくわしく聞かせてくれないか」
と、運転手にいった。
このいかにもな手がかりの出し方、今だったら随分手垢にまみれた下手な演出だと思うけど、当時はどうだったんだろうな。
それにしても、読者であるあたくしに、大阪の土地勘がまるでないのは、結構なアドバンテージの可能性がありますね。人生を損している気がする。大阪、ほとんど行ったことないのよね。都会は別に珍しくないから、行きそびれているんだよな。
位置: 2,777
「優秀な部下たちですから、上手くやってくれるでしょう。ところで、あなた方は、黒い霧事件で追放された選手の中に、誘拐事件の犯人の一味か、リーダーがいるとお考えなんですか?」
「十中、八九ね」
と、左文字がいった。
それほど黒い霧事件ってのは生々しく興味深い事件だったのかね。あたくしは過去の記事や野球ブログなどでしか知らないけど、当時の人間の反応が知りたいな。
いちばん有名な池永選手のスタッツをみると、とてもすごい選手だったのは分かりますけどね。
実名で巨人の選手を使い、また黒い霧事件を使う、となるとどれくらい世間は注目したのかな。
位置: 3,230
「侍従です。入江という有名な侍従がいたじゃありませんか。それで、生田は、入江のことを、侍従と呼んでいたんだと思いますね。
急にインテリな話題。岩崎弥太郎の養子だよね。
なんだかプロ野球と全然違う路線だから、唐突な感じがしますけど。「入江侍従」は当時巷でも有名だったのかな。
位置: 3,305
犯人は、多分、あるタイムリミットを作って行動している。少なくとも、左文字は、そう信じている。だが、それが何時なのか、わからないだけなのだ。
この左文字という探偵、あんまりロジカルに動かない。終盤は勘で動いている。実際の捜査、しかもこういう期限が決まったものは、勘に頼るところが多いのかもしれない。ただ、これは推理小説のはずです。だから、「勘」とか「信じている」とか言われても、ピンと来ない。これが本作の最大の欠点だと、あたくしは思いますね。
スリルはあるけど、「騙された」感じがしないし、ミステリとしての質は低いと言わざるを得ないと思います。
位置: 3,317
「それも悪くないね。だが、今、僕が欲しいのは、三十七人の人間を入れられる物件だよ。誘拐した選手たちは、大阪近辺に監禁されていると、僕は信じている。
大阪付近である証拠なんかは、特に示されないんだよね。あくまで左文字の「信じる」ベース。ちょっとミステリとしてはがっかりだな。
]]>時は幕末、ペリー来航の直後の品川宿。落語好きが高じ寄席の開業を思い立った大工の棟梁・秀八。腕はいいが、けんかっ早い。駆け落ちして一緒になったおえいは団子屋を切り盛りするいい女房だ。芸人の確保に苦労するも、寄席の建物は順調に出来上がってきていた。そんな中、突然お城の公方さまが――。秀八の清洲亭は無事柿落しができるのか? 笑いあり涙あり、人情たっぷりの時代小説、開幕!
時代小説はいいよ。余計なものがない。世間の些事を忘れて没頭できる。意外とSFより時代小説のほうがそれができるのはなぜだろうね。
それが寄席の席亭が主人公だっていうから、こりゃあもうあたくしのための小説だろう、と。あたくしが読まずして誰が読む、的な。そういう気持ちで読み始めました。いい感じです。
位置: 1,426
真面目 な女郎がそんなに珍しいか。
女郎でも、素人女でも、女なんてだいたい、みんな男より真面目に生きてるものだと、おえいは思う。
それより、本当に真面目な女郎なら、もっと違うやり方をしたらいい。最後まで女郎らしく、すべての客をだまし通して金できれいに片付くべきなんじゃないか。それがまっとうな女郎ってものだ。
世辞で丸めて浮気で 捏ねて。 噓 で飾り立てて男から金を取ることが 生業 なら、最後だけ、 初心 な男の真情にすがって逃げ切ろうってのは、むしろ女郎の風上にも置けないやり口なんじゃないのか。
ふむ。確かにその論は筋が通っている気もする。悪役なら最後まで役を通したらどうだ、ということね。ヒールだという自負があるのかどうか。玄人ならそこはしっかりと徹してほしい、というのはまさにプロフェッショナリズムかと、あたくしもそう思う。
位置: 2,853
それが、先代の 天狗 師匠だったんです」
――先代の。
木霊の 伯父 である。
返すあてもないのに、どうして良いか分からないと困惑する隠居に、先代は次のように言ったという。
「自分に返してくれなくて良い。自分は芸人だから、明日からと言わず、今日の今からだって高座に上がれば金は作れる。だから、おまえさんがいつか一人前の商人になったら、ぜひ、芸人たちの良い 贔屓 になっておくれ、って。今でも私はこの時の先代の声、覚えていますよ」
――粋だねぇ。
格好いいぜ。粋だなぁ。
こういうこと、さらっとやるのが格好いいんだよな。うーん、いい話。
どことなく文七元結な感じも、落語好きな作者が落語好きに向けて書いている感じがして、いいよね。俄然興味が出ました。自作も読んでみたいと思います。
]]>和久山隆彦の職場は図書館のレファレンス・カウンター。利用者の依頼で本を探し出すのが仕事だ。だが、行政や利用者への不満から、無力感に苛まれる日々を送っていた。ある日、財政難による図書館廃止が噂され、和久山の心に仕事への情熱が再びわき上がってくる……。様々な本を探索す るうちに、その豊かな世界に改めて気づいた青年が再生していく連作短編集。
筆者は『銀河鉄道の父』『家康、江戸を建てる』の門井先生。読みたいと思ってはいましたが、しっかり積んであります。てへへ。
位置: 1,106
「失礼。それならひとつ研修をしてもらおうか」
「研修?」
「そう。私もひとりの市民だ。むろん住民登録もしている。レファレンス・カウンターに相談を持ちこんで悪い道理はあるまい?」
「つまり……」
「決まってるだろう。本を探してもらう」
「どのような?」
「長いぞ。書き取りなさい」
と言われ、隆彦はジャケットの胸ポケットから三色ボールペンとメモ用紙をとりだした。たしかに短くなかった。或る一つの語をタイトルに含む本。 その語は、
A 意味的には、日本語における外来語の輸入の歴史をまるごと含む。
B 音声的には、人間の子供が最初に発する 音 によってのみ構成される。「お得意の通常業務だ。かんたんだろ?」
面白いよね。知識と想像力で戦う。ただ、これは読んでいるうちにあたくしには答えが分かりました。もちろん、すぐにじゃないけどね。嬉しかったなぁ。
本筋とは関係ないけど、和服の襦袢って外来語だったんですね。本著で知りました。結構びっくり。今やどちらかというと純和風な着物だと思っていたけど、意外と外来語。面白いね。
位置: 1,352
たくさんの類書のなかから隆彦がこの一冊を選んだのは、ひとつは収録語数が約六千五百とほぼ必要にして十分であるからであり、もうひとつは原語がいわゆる 隅 付 パーレン(【 】)で 括られて見つけやすいからだった。
隅付パーレン!これも、校正のときによく使った言葉。懐かしい。いろんな呼称があって面白い。
位置: 1,581
「そうじゃありませんか。そもそも副館長の目的は、私たちが『研修に合格しなかったと市長に報告する』ことでした。となれば、事がこうなったら、当然副館長は反対の行動をとるべきです」
「だから報告しないと」
「違います。反対の行動とは『合格したと報告する』です」
静寂が訪れた。館長がぽかんと口をあけたまま身を固くしているのが隆彦の視界のすみに入った。 「調子に乗るなよ」
と潟田が舌打ちするのへ、 「言いかたが悪いなら謝ります」隆彦はまた頭をさげた。「が、副館長がおっしゃったのは、ご自分に都合のいい情報はこれを本庁に送り、そうでない情報はにぎりつぶす、そういうことでしょう。フェアではありません」
「君たちは有能だ。市長にそう進言しろと?」
「そうは言いません。ただ事実を伝えて下さればいいのです。ただし、そこに一言だけは付け加えてほしいのですが」
「どんな?」
「図書館には、レファレンス・カウンターがある」
隆彦は、胸を張った。言葉がすらすらと出た。
ひりつく場面。会話にト書きを混ぜ、臨場感や緊迫感を出す演出。痺れるね。そして和久山さん、頑張るなぁ。いい踏み込み具合だ。勇気をもらえるね。
位置: 1,804
「とにかく彼は、地盤も資金力もじつに手堅いということだよ。N市のような小さな自治体では、名士一族というのは思わぬところへ人脈の手をのばしているからな。ゆくゆくは市長になるか、それとも都政や国政に転じるか……しかし彼は、読書家だった」
隆彦が口をさしはさまないので、潟田はつづける。
「あまつさえ文学青年ときた。おかげで若獅子はいったん自分を疑いだすと引き返すことを知らず、しだいに他人との接触そのものを嫌がるようになった。あの『自分』というやつの黒い毒気にあてられたんだ。
なんだかステレオタイプな読書嫌いの理由だ。もはやクリシェになっている。
文学青年嫌いという設定も、程々にしないといけない。
ただ、この、『自分』というやつの黒い毒気にあてられた、という表現は好きだなぁ。
位置: 1,813
「しかし本というものの蔵する危険をよく示す例ではあるだろう。本は酒とおなじだ。ほどほどにしないと体をむしばむ。むしろ本のほうが、たちが悪いかもしれないな。百 升 飲めば酒飲みは恥じるが、本読みは読んだぶんだけ誇り顔になる。世間もいましめない」
確かに、世間が読書に対する評価を高く持ちすぎているところはある。自分も好きなのでそれに便乗してきたという自負もある。
それにしてもこの潟田という敵役、なかなかいい味を出す。ちゃあんと敵役を全うしています。
位置: 1,953
「正直、僕にはそのデータベースというやつがいまひとつ、しっくり来ないんです。こんなにたくさんの本が、ぜんぶ、一冊残らず、コンピューターに打ち込まれるなんてあり得ますかね? 実際には二百点や三百点、登録もれがあるんじゃありませんか。やっぱり人間のやることには限界があると思うけど。いまの紛失本にまつわる情況からもわかるとおり」
素朴だが、それだけに誰もが一度は抱く疑念といっていい。隆彦は首をふり、 「二点や三点なら、君の言うとおりかもしれない。が、社会人をなめんなよ。業務のために絶対必要なものの構築と維持のために私たちが費す努力は、まだまだ君の想像を絶するんだ。
効率性や費用対効果の対極にある考え方かもしれませんね。
ただ、こう言い切れる和久山さん、かっこいいなぁ。あたくしはここまで言い切れない。仕事が適当だからかな。
位置: 2,092
「あれ?」
いったん本を閉じ、裏表紙をあらため、こんどは表紙から一枚ずつ繰って行く。どこにもない。著者名も、版元も、刊行年も。
「あるわけないだろう」
潟田は、鼻から息を吐いた。
「どうしてですか?」
「それは刊本じゃない。写本だよ」
「写本……」
「印刷されたんじゃなしに、手で書かれた書物ということだ。墨を含んだ筆で、ひとつひとつの字をな」
なるほど、と唸りましたね。早川図書というのは人名だったと、はたと気付いた。こういう瞬間が欲しくて、ミステリを読んでいるようなもんです。うーん、見事。ハヤカワといえば!という人間の先入観を利用した、見事なトリックですね。
位置: 2,195
「今月が山場です」
「え?」
「今月の末、市役所の議会棟において文教常任委員会がひらかれます。そこで 大勢 が決まる。あなたの、私たちの、図書館にかかわる議論のね」
クライマックスを持ってくる。ここで、大演説を要求される。ドラマの最終回への引きとしては十分でしょう。潟田さんと和久山の最終決戦。ドキドキしますね。
位置: 2,684
いわば広い意味でのテキスト主義。こういう社会にあっては、どのみち私たちは文字を読むという行為から逃れられはしません。すなわち文字を読むのは人間必須の能力にほかならないでしょう。生存のために必須ではないかもしれないけれど、近代的生存のためには必須です。
文字を読むということを当たり前に共有している社会は、今やちょっと遠のいた感じすらします。今は動画で勉強してしまう時代だからね。
法治国家とはテキスト国家、という言葉が本著に出ていましたが、まさにそれ。法もテキストなんで、やっぱり読み書きの力が大切になる。そういう信念が、多くの人に共有されている時代はもう下り坂なのかもね。
]]>幼馴染の紘に恋心を抱く少女・景。だが、その紘は自由奔放な少女・みやこに振り回されていく…。景に興味を持った映画研究部員の京介。景の映画を撮るため、京介は彼女を追う…。建築家の父親を持つ蓮治。彼は駅のホームで景の双子の妹・千尋と出逢う…。音羽という街を舞台に少年少女たちが織り成すさまざまな恋物語。(C)minori/「ef」製作委員会
人気アニメ「ef – a tale of memories.」の第2期シリーズにあたるTVアニメ。火村夕は、自分のことを知っている不思議な少女・雨宮優子と出会う。一方の羽山ミズキは、従兄妹・麻生蓮治の隣に住む久瀬修一が奏でるヴァイオリンの旋律に心を奪われてしまう…。ここに真実の旋律が幕を開ける…。(C)minori/「ef2」製作委員会
思えば、シャフトの名前が超メジャーになったのもこの頃だった気もする。
]]>タコ社長の娘・あけみ(美保純)が夫婦喧嘩の果て、家出してしまう。ワイドショーに出演して「戻ってこい」と訴えるタコ社長。帰宅した寅さんの広い顔のつてで、あけみが下田にいることが判明する。そこまでは良かったが、あけみの傷心を慰めるはずの寅さんは、式根島への連絡船で知り合った島の小学校の同窓生達を迎えた、美しい真知子先生(栗原小巻)に一目惚れ。あけみを放って、同窓会へ参加してしまう・・・ 壷井栄原作、木下惠介監督作品『二十四の瞳』(54年)へのオマージュらしく、島の先生と同窓生たちのエピソードを軸に、第4作『新男はつらいよ』以来二度目のマドンナをつとめる栗原小巻と寅さんの物語が綴られる。式根島から柴又に戻ってから、気が抜けてしまった寅さんの“恋やつれ”ぶりも楽しい。個性派・川谷拓三や、下田の寅さんの仲間の渡世人を演じ、これがシリーズ初出演となった笹野高史など、名傍役たちの演技も光る一篇。
知りませんでしたが、マドンナの栗原小巻さんは吉永小百合さんと人気を二分するほどの方なんだとか。サユリスト・コマキストとそれぞれ熱狂的なファンのことを呼ぶ、それくらいだそうです。Wikipedia情報ですけどね。
それにしても、この回の満男のセリフが良かった。
「俺分かるよ、あけみさんの気持ち。伯父さんのやっていることは鈍くさくて、常識外れだけど、世間体なんて全然気にしないもんな。他人におべっか使ったり、お世辞言ったり、伯父さん絶対そんなことしないもんな」
いや、結構言ってるけどね。お世辞。でも、これって寅さんが好きな人間のかなりの代弁になっているはず。
それにしても、やっぱり本作の出色なところはお終いのところ。
調布飛行場から旅立つ真知子先生から、心中を打ち明けられたときに返した言葉。
俺のような渡世人風情の男にはそんな難しいことは分からねぇ。ただ、お話の様子じゃ、その男の人はきっといい人ですよ。さ、先生、お乗りなさい
この去り際だよね。何と言っても、寅さんの魅力。
ここに、観客がぐっと感情移入するんだ。寅さん、いい男だ。男は辛いよ、ってね。
プロ野球選手・近藤健介はなぜ誕生したのか?
父が語る近藤家の子育て
子どもの夢の実現へ
幼少期、小・中学生時代に親ができること
一般的に考えると「育て方」となるが、あえて「育ち方」と表現した。「育てた」というよりも、健介自身が自らの意思で道を切り拓き、目標を次々と実現しているからだ。親として大事にしてきたことは、健介が好きなことを存分に頑張れる環境を作ること。そのために、健介がやりたいことにとことん付き合ってきた。
夫婦ともども、運動神経がずば抜けていいわけではない。私の家は父親だけでなく母親も教員で、絵に描いたような「教員一家」。そんな近藤家からなぜプロ野球選手が誕生したのか。
あくまでも近藤家の事例になるが、幼少期からプロ野球選手になるまでの歩みを振り返りながら、子育ての中で大切にしてきたことを書き残していきたい。
特にアスリート家庭ではない家から、突然変異的に日本有数の巧打者が育った。そんな育成の秘訣だけでも興味があります。
本著のタイトル「育ち方」ってのがいいじゃないですか。育て方、じゃないのに、意図を感じます。
位置: 337
自分たちの感覚で話すのではなくて、何でも子どもにやらせてみて、良いことも悪いことも、子ども自身で感じたことを大事にしてあげたいです。
うん、普通のことを言っている。まずは安心。
とはいえ、自分には経験があるからね。自分たちの感覚で話さないというのはかなり至難の技。まず無理でしょう。ただ、それを振り回さないということを心がけたいですね。
位置: 922
武藤さんに進路について相談すると、的確なアドバイスをくれたことを覚えている。
「中学からは、信頼できる指導者に任せたほうがいい。高校では寮に入れて、親から離したほうがいい。特に近藤先生は野球の指導者だから、そばに健介がいると、いろいろ言いたくなると思う。そうなると、健介の中に2つの評価軸が生まれて、必ず迷う。だから、中学に上がってからは、口を出さないほうがいい」
ふむ。そうだろうね。可愛い子には旅をさせろというけど、あたくしもそれには賛成。親はたまに帰るところ、であればよい。もちろん、さみしいけど。
位置: 1,111
なぜ、学ぶのか。それは、テストの点数を取るためではなく、「課題解決能力を上げるため」だ。人は生きている限り、何らかの課題やカベに必ずぶつかる。そこから逃げるか、立ち向かうか。立ち向かうとなれば、課題を乗り越えるための知識や経験が必要になる。丸腰で挑んだところで、カベに跳ね返されてしまうだけだろう。
知識や経験を得るために、学校での学びがある。それは何も教室の中だけでなく、グラウンドでも、課外活動でもいい。さまざまなところに学びの機会は転がっている。
本当にそう。ただ、課題を見つけ乗り越えるのは結構訓練なしには難しいから、そこは気をつけないといけないところだと思う。近藤選手はそこをグラウンドで見つけたんだろうね。素晴らしいことだ。ただ、自ら見つけて解決まで独学でやれる人というのは少ないよ。
]]>“うわさ”が5人を殺したのか?
この村では誰もが、誰かの秘密を知っている。
2013年7月、わずか12人が暮らす山口県の限界集落で、一晩のうちに5人が殺害され、2軒の家が燃やされる事件が発生した。凶行に及んだ男が家のガラス窓に残した貼り紙に書かれてあった「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」。メディアはこぞって「犯行予告」と騒いだが、真相は違った……。
気鋭のノンフィクションライターが、拡散された「うわさ話」を一歩ずつ、ひとつずつ地道に足でつぶし、閉ざされた村を行く。発表のあてもないまま書いた原稿を「note」に投稿したところ思わぬ反響を呼び、書籍化。事件ノンフィクションとしては異色のベストセラーとなり、藤原ヒロシ、武田砂鉄、能町みね子ら各界の著名人からも絶賛の声が上がった。
事件から10年という節目に、新章となる「村のその後」を書き下ろし加筆して文庫化する。
「隣のバカは火事より怖い」というけれど、本当に火事になっちゃうんだから困るしかない。
犯人は統合失調症だったのでしょう。でも、いつから?そんな疑問が最後まで解決しない。当たり前だけど。ノンフィクションだからね。
位置: 64
だが翌日の昼前、その聡子さんも、遺体で発見された。遠方に住む娘が自宅を訪ね、二階に血まみれで倒れている聡子さんを見つけたのだった。
昨夜から連絡がつかなかった石村さんも、その数分後、自宅を訪れた県警に遺体で発見された。すぐに、村の入り口に黄色いテープの規制線が張られた。現場検証が始まる。 「二軒の火災による3人の死亡」が、「5人の連続殺人と放火」に姿を変えた瞬間だった。
ゾクゾクする展開。すわ!連続殺人!
位置: 83
「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」
山口県周南市金峰(みたけ)で 21 日夜、全焼した民家2軒から3人の遺体が見つかり、翌 22 日に別の民家2軒から新たに2人の遺体が見つかった事件で、火災現場で見つかった3人はいずれも頭部に外傷があり、ほぼ出火と同じ時刻ごろまでに死亡していたことが、司法解剖の結果わかった。県警は、3人が殺された後、放火されたとみている。
県警は 22 日、5人が殺害された連続殺人・放火事件と断定し、周南署に捜査本部を設けた。県警は同じ集落に住む男( 63)が何らかの事情を知っているとみて、自宅を殺人と非現住建造物等放火の疑いで捜索した。男は行方が分からなくなっている。(中略)
全焼した山本さん方の隣の民家には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と、放火をほのめかすような貼り紙があった。(朝日新聞 2013年7月 23 日)
怖すぎな展開。火事・殺人はすべて計画だったのか。これは八ツ墓村の匂いがプンプンとします。そりゃ、新聞も群がるわな。
位置: 163
この事件についてはそのような認識を持っていたが、依頼された取材の目的は少し違っていた。編集者は、金峰地区における〝夜這い風習〟について取材をしてきてほしいと頼んできたのだ。
古い村・連続殺人・夜這い というキーワードとなると、いよいよ津山三十人殺しだよね。おもしろがってそういう依頼をしたがる人の気持ちはよーく分かる。痛いほど分かる。面白がりすぎだけど。
位置: 438
保見と同じように、閉ざされた集落に住むひとりの人間が突如として近隣の者たちを皆殺しにする事件を、私は他にも知っていた。1938年に岡山県津山市の貝尾部落で起きた「津山三十人殺し」である。実際、山口連続殺人事件を〝平成の津山事件〟と報じたマスメディアもあった。
田舎の集落で、周囲に馴染めないひとりの男が突如として村人たちを殺害してまわる……たしかにふたつの事件は似ている。津山事件の犯人は、当時 21 歳だった 都井睦雄。 匕首 と日本刀、九連発ブローニング猟銃を携え、自宅で祖母の首を 刎 ねたのを皮切りに、わずか一時間半の間に 30 人を殺害し、近くの山で猟銃自殺した。山中へ逃げた保見光成は自殺まではしなかったが、このふたりが、自らも暮らす集落の人々に対して、強い嫌悪感を抱いていたことは共通している。
このあたりまで読むと、あたくしのテンションはマックスですね。もう「間違いない!平成の津山事件だ!」と無責任な盛り上がりを一人でしてニヤニヤ。読者というのは本当に勝手なものです。
位置: 902
「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」
この貼り紙は当初、ワタルによる事件の犯行予告と思われていたが、そうではなかった。事件の数年前に、河村さんの家の風呂場でボヤ騒ぎがあり、その直後に貼られたのだ。そして、その犯人は「ワタルじゃない」。確信をもって皆が言うのである。
「だったらいいのに!」という誠に失礼で無作法な願望を見事に現実は打ち砕く。一瞬でもそう思った自分を恥じる。しかし、現実はもっと後味の悪く、筋書きのないものだったんだな。
位置: 2,173
根も葉もない、何の根拠もなしに、皆その、誰かがひとりを叩き上げて悪者にしてしもうた、ちゅうことじゃ。うちは全く身に覚えのないことで、親父もわしも、村八分にあったちゅうことやね。
ここの地域の特性じゃな、これは。
特性ちゅうのは……貧乏人の揃い、ちゅうたら大変失礼じゃけど、ここは、そんなに裕福な人が少なかったために、自分中心にしかものが考えられんかったちゅうことじゃな。
松本清張先生なら社会派ドラマにするところだろうけど、現実はそこまで悲痛一辺倒でもなく。ただよくある村八分で、ただ泣き寝入りするしかなかった。そういうことが平然と行われていた村だった。事件との因果関係は不明。スッキリはしないけど、そういうことなんだろうな。現実だなー。
位置: 2,973
よく統合失調症で用いられる用語でそれを『屈曲点』というんですが、ある時点からガクッと社会生活レベルが下がるポイントがあるんですね。たとえば、有名高校、有名大学と順調に進学し、ちゃんと就職した人が、突然働けなくなり、以後ニートをしていたりとか。もうその時点で怪しいと思うわけです」
心当たりがある。確かにそういう転換点のようなものが、あるひとにはある。急にメンタル崩す人とか、もしかしたらそういう屈曲点に当たっているのかもしれない。
位置: 3,030
ワタルに殺害された被害者らの遺体には頭蓋骨の骨折があり、なかには口に棒のようなものを突っ込まれた形跡もあった。聡子さんは、歯が折れていた。村で囁かれている自分のうわさを止めたい、黙らせてやろう、黙らせるしかない。そんな気持ちから起こした事件だったように、私には思える。
うーん、想像はしちゃうよね。ただ、相手はいかんせん統合を明らかに失調している方なので、理屈だけで解明するのは無理筋のような気もするけどね。
位置: 3,264
「今日の判決も、被告人としての判決。遺族に対しての思いは彼にどこまで伝わっているのかなと思いますし、どこかの社が広島拘置所で被告人にインタビューしていましたが、全く反省の色もない。反省もせず死刑になっても何の意味もない。ちゃんと反省してご家族の思いを知ってから死刑になるのならわかるが、悔しいだけだなと思いますし、判決は聞けましたが、残された遺族にとっては今からがスタートです」
そう、ワタルはこのままでは事件を反省することはないのだ。本当によいのだろうか。
良いわきゃないけど、仕方がない。落とし所だろう。他に妙案があるなら教えてほしい、てなもんです。難しいね、人が人を裁くのは。それにしても妄想性障害というのは人間の扱える領分を超えた病ですね。価値基準を別に作らなきゃならないから厄介であることこの上ない。
位置: 3,298
いま、普通の〝事件ノンフィクション〟には、一種の定型が出来上がってしまったように感じている。犯人の生い立ちにはじまり、事件を起こすに至った経緯、周辺人物や、被害者遺族、そして犯人への取材を経て、著者が自分なりに、犯人の置かれた状況や事件の動機を結論づける。そのうえで、事件が内包している社会問題を提示する。これが昨今のスタンダードだ。介護殺人や少年犯罪をテーマにした書籍など、世に出回っている事件ノンフィクションを数冊読んでもらえれば、だいたいがこのスタイルであることに気付くだろう。
いつの頃からか、出版業界は、このスタイルにはまっていない事件ノンフィクションの書籍化には難色を示すようになってしまった。ノンフィクションは新書と同様、読み手に何らかの〝学び〟や〝気づき〟を与えるものでなければならないというのである。
あたくしもその傾向に加担してきな自負はあります。松本清張の影響下に未だにあるのかな。社会問題を根底に置かないと物足りない、カタルシスを感じない、そういう風潮があるのかもしれません。
確かにあたくしも「因果応報」的な話が好きで、その型でないとモヤモヤすることが多々あります。悪人を「悪人」のまま味わえないといってもいい。絶対悪などない、という価値観に染まっているのかも。
位置: 3,309
「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」。 始まりは、ワタルの家の窓の貼り紙からだった。事件当時、この不気味な川柳は犯人の犯行声明だと騒がれた。わずか 12 人が暮らす村で5人もの人々が殺害された事件は、一般のメディアだけでなく、ネットユーザーにも火をつけたのである。
そうこうするうちに「村八分」のうわさが〝祭り〟を呼んだ。(中略)
強い関心を持たずに事件の報道を耳にしていた「事件と無関係の者」たちは、いまも、そう信じていることだろう。これは「Uターンしてきた村人が、他の村人たちに村八分にされた挙句、恨みを抱いて犯行声明を掲げたのちに起こした事件」なのだと……。第一報が世間に与えるインパクトは強力で、そのイメージはなかなか払拭しづらいものだ。
いかに事件にレッテルを貼って、型にはめて、情報化して、処理するか。そういう「作業」をあたくしも行ってしまっていたという自覚はあります。ただ、それもある程度は処世術ではあるでしょう。そうしないと情報の波を処理しきれない、情報の波をそんなに処理する必要はないのかもしれないけど、それはまた別の問題かと思います。
位置: 3,402
書籍で私は村八分説を否定したものの、いまもYouTubeには「村の嫌われ者が復讐」「限界集落の闇」など派手なタイトルが付けられた動画がアップされており〝村八分の男による復讐〟説は消えることがない。
うーん、難しいのは、村八分の要素がなかったかというと嘘だと思うんですよね。ワタルのような統合を失調していそうな人が訳わからんことしていたら、距離をおく人がいたっておかしくない。それを村八分の要素がないかというと、あたくしは違うと思うんだよな。
型にはまっていない事件ノンフィクション、もやもやしながらも面白い。結局Why-done-itは解決せず。
]]>国語辞典って、こんなにも個性豊か!
学者芸人のサンキュータツオさんが代表的な国語辞典から食べ物に関する言葉を読み比べました。
これであなたも「国語辞典グルメ」に。
度々タツオさんがおっしゃっている「書いてあること以上に書いていないことに注目する」ってのは汎用性のある知識で、とても面白く感じます。
位置: 539
ビーツの汁で色がつけてあるといわれると、なんか着色料の入っている体に悪い食べ物のような気もしてくる。っていうか、ビーツってなんだよ(第七版では「赤カブ」っていってたくせに)。
ふむ、確かにビーツってなんでしょうね。
赤カブとは全く違うらしい。ビーツはヒユ科、カブはアブラナ科。味も全然違うんだって。見た目はそっくりだけどね。
位置: 840
忌み言葉でこうなったということか。
これも最近知ったことだが、たくあんが 二 切れで出てくるのは、 一 切れだと「 人 斬り」、 三 切れだと「 身 を 切れ」に通じることから、二切れで出てくるらしい。武士に対する配慮かよ。
「おから」の項目。関西では「きらず」という、というのは『鹿政談』で知った知識ですが、理由はやはり「から」が「空」に通じるのを嫌ってなんだとか。
日本人って、結構、きにしいだよね。迷信みたいなのを大切にしている。言霊っつーやつかね。他の国でもこういう「忌み言葉」みたいなものはあるのかね。
『世界のタブー』って本もあるし、ちょっと読んでみようかな。
位置: 1,221
酒石酸! 具体的な名前が出てきてビックリした。酒石酸は、朝ドラの2014-15年のNHK連続テレビ小説『マッサン』などでも出てきたが、戦時中はカリウムなどと化合させて軍事利用された。もともとはぶどうやワインからよくとれるものとして知られている。こう記述されると化学の力ででき上がった体に悪い飲み物のように感じられるが、ラムネはまさに文明の産物だった。
ラムネの説明。そして今、ラムネはノスタルジーの文脈で消費されることも多いですものね。再現性のある話だなーと思います。クラシックカーとかも、そうなんじゃないかな。昔は最先端、ちょっと経つと燃費悪く壊れやすいので忌避され、そして今オシャレだということで再注目される、みたいな。
位置: 2,814
しかも、オノマトペは日本でも時代によって使われ方が全然違う。たとえば「ずかずか(づかづか)」は、今は「ずかずかと土足で上がり込む」「ずかずかと心に入る」といった使い方をするけれど、昔は「のこぎりでづかづかと切る」のように、物を切る音に使われた。「キンキンに冷えたビール」のキンキンの使い方は2000年代に入ってから定着したし、「びしびし」は今は「びしびし鍛える」だけれど、万葉の昔は鼻水をすする音に使われた。言葉がコミュニティで使われていく中で意味や用法が変化し、生き続けていることがよくわかるのがオノマトペだ。
これは初耳。そうなんだね。オノマトペ面白い!のと同時に、どんだけ学習者には難しいんだ、とも思いますね。日本人でも数十年単位で使い方が変わる。こりゃ無理だね。
興味の幅を広げてくれる、素晴らしい本でした。
]]>第171回芥川賞受賞作!
同じ身体を生きる姉妹、その驚きに満ちた普通の人生を描く、芥川賞受賞作。
周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える、隣のあなたは誰なのか? そして今これを考えているのは誰なのか――三島賞受賞作『植物少女』の衝撃再び。最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語。
一つの体の右左にそれぞれ人格が宿った女性の話。
荒唐無稽のような気がしますが、しかし語り口は落ち着いている。「え?本人そうなん?」と思うような視点の細やかさ。そして、なんともいえない読み応え。
位置: 339
アビー&ブリタニー姉妹は胴体が全部くっついているが、首は二本で頭は二つある。ベトちゃんドクちゃんは腰部がくっついていても、それぞれの上半身を持っている。
私たちは、全てがくっついていた。顔面も、違う半顔が真っ二つになって少しずれてくっついている。結合双生児といっても、頭も胸も腹もすべてがくっついて生まれたから、はたから見れば一人に見える。今でも初対面の人は、私たちの顔を見た時、面長の左顔と丸い右顔がくっついたものとは思わない。結合双生児ではなく、特異な顔貌をした「障がい者」だとみられる。
うーん、小説のテーマとしてよくこれを持ち出したよね。すごく挑戦的。
描くこと自体が差別的と言われかねないと危惧する人はいたんじゃないかな。でも、小説ってそういうことだよね。タブーに切り込むのが、人の心を揺さぶるのに一番手っ取り早い。
位置: 377
彼は名前を順番に呼んだ。濱岸杏さんと呼ばれると私は左手をあげて、濱岸瞬さんと呼ばれると瞬は右手をあげて元気よく返事をした。そして、右半身と左半身を交互に観察した後、彼は私と瞬のどちらでもない場所、つまり境界を見いだした。
読んでいるうちに、やっぱり「人間を人間足らしめているものってなんだろう」ってなる。思考?身体?でも、思考が流入している主人公みたいな人は? フィクションだからこそ、なんとも言えない気持ちになる、そうなることが許される。
位置: 474
大学を卒業した後で知り合った人には何の説明もしていない。初対面の人に濱岸杏ですと杏が自己紹介すればわたしは黙り、わたしが濱岸瞬と名乗れば杏は黙っている。深く知り合う前から自分たちの状況を説明したところで惨めでしかない。
杏と名乗った人と瞬と名乗った人が同時に存在する状況ではどうするんだろう。そんなことはないのか。だから工場がいいのか。 この距離の取り方、なんとなく現代の処世術な気がするんだよね。必要以上に開示しない感じ。
位置: 505
ロッカーが離れ離れになったあたりからどうも扱いが雑になって、卒業式でも中学の卒業証書授与は二枚重ねてもらえたが、高校では杏が証書を受け取って、同じ名字の浜岸 泉 が呼ばれて壇上にあがる間にぐるりと回ってもう一度壇上にあがるハメになった。わたしたちを良く知らない市長は校長に耳打ちしていた。なんであの子だけ二回取りにいったの、とでも聞いていたのだろう。校長が一言二言返すと、市長は頷いていたから、校長も校長で、中学生のときにわたしたちのことをあしゅら男爵と揶揄した体育の先生みたいに、都合の良いキャラクターでも引用して市長に説明しているのかもしれなかった。
ほんと、あたくしも失礼ながら、最初にあしゅら男爵だと思った。もしこういう人間がいるんだとしたら失礼な話だ。ただ、自分の知っているカテゴリに事象を当てはめて理解するムーブはやめられない。
位置: 551
そもそも父と伯父の関係もそうだ。胎児内胎児だって 50 万出生に1組。人口が何十億人もいることを考えれば、たびたび結合双生児も胎児内胎児も生まれてくる。たいしたことではない。
これ聞くとさ、この話のようなことって本当にあるのかと思うよね。脳みそ半分ずつ、顔半分ずつ、みたいな。いるのかな?
位置: 668
意識はどこからも独立している。タチアナとクリスタの意識は脳からも互いからも完全に独立している。思考や感覚が混じっても、意識が混じることはない。人間存在は内臓や心身のすべてを超越している!
じゃあ、人間を人間足らしめているのは、あたくしをあたくしたらしめているのは? デカルトは何をもって「我」としたのか。東洋哲学みたいになってきたな。自分とは、みたいな。
位置: 938
以前から時おり、二人の間に挟まっているものの薄さに怯えていた。身体の中では二人をわけている薄っぺらい何らかの隔たり。その隔たりを、血や内臓、感覚も記憶もひょいと跨いで行き来している。
ひょっとしたらそれは、決して他人事ではないのでは。自分を自分たらしめているのがなにか、自分でもよくわかっていないんだから、ひょいと跨いで何かが一時的に自分を動かす、ということもないとはいえない。あたくしは自分を単一人格の単一個体だと思っていますが、果たしてそうかな。
位置: 1,123
あぁ、これは伯父のお腹の左側、父の反対側に居た父の弟、私たちにとって叔父にあたる人物の水子供養の墓石だと杏が感づいた。
ふむ、予想外の展開。急に水子が出てきた。双子が生まれやすい家系というのがあるように、くっついて生まれやすい家系というのもあるのかもしれませんね。
そしてさらに、自分を自分たらしめているものが何なのか、分からなくなりました。自分は様々な人格を経由した先の現在の一時的な人格に過ぎないんじゃないか、とか思ってみたり。
絶望の淵にいた少年、直枝理樹。そんな彼に手を差し伸べたのは、正義の味方「リトルバスターズ」のリーダーを名乗る棗恭介だった。それからはずっと、お祭り騒ぎのような日々。いつしか理樹の心の痛みも少しずつ癒されていった。あれから数年。恭介の就職活動が始まり、理樹は仲間たちがバラバラになることを心配していたが…。
~Refrain~までみた感想です。
]]>「絶望」から「希望」を信じた男がいた。慶国に新王が登極した。即位の礼で行われる「たいしや大射」とは、鳥に見立てた陶製の的を射る儀式。陶工である丕緒(ひしょ)は、国の理想を表す任の重さに苦慮する。希望を託した「鳥」は、果たして大空に羽ばたくのだろうか──表題作「丕緒の鳥」ほか、己の役割を全うすべく、走り煩悶する、名も無き男たちの清廉なる生き様を描く短編4編を収録。
登場人物の名前が分かり辛いのが本当に玉に瑕。仕方がないんだけど、名前が覚えられない。あたくしは赤ペンを片手に読みました。人物の名前が出てきたら丸して、すぐ振り返られるようにしていました。漢字の名前、本当に馴染みがない。
4編のなかでも、あたくしは「落照の獄」という短編が好きだったな。
p88
清花自身は、自分にも道理が分かると主張するが、彼女の道理は彼女の情がすなわち道であることを大前提にした「道」理であることが多い。それは必ずしも道ではない、と言うと、情を欠いた道などありえないはずだ、と清花は反駁する。
ありがちな反駁。道理と情の区別がついていないやつ。筆者も人が悪い。そういうことを、感情的で無学な妻に言わせるあたりに難しさがあります。
p132
「実際こうして話せば話すほど、殺人には殺刑を持って報いる、これは理屈ではないのではないかという気がいたします。犠牲者の家族がそのように思うことは当然のことでございますが、関係のない民までがそういう。これは根本的な正義---というより、理屈を超えた 反射 なのではないかと」
「……反射、か」
はい、と如翕は頷いた。
「殺刑を求めるのが理屈ではないのに対し、殺刑否定には理屈しかございません。どうしても理を弄んでいるという感じがしてならないのです。現実に即した実感を欠きまする。それでも強いてあげますなら、殺刑は野蛮だ、としか言いようがございません。 五刑の多くが 野蛮として忌避されて参ったように、殺刑も忌避されるべきだ---としか」
殺刑否定には理屈しかない、というのはパワーワードですね。理屈をもって感情にどう勝つか、というのが合理的人間かどうかの分水嶺だと思っていましたが、どうやら世間ではそうでもない様子。
p147
「私が言葉を惜しんだせいかもしれないな。もっと 言葉を尽くして、自分の職分について話をしておくべきだったのかもしれない。今 何を思い、何を迷っているのか」
そうは言うものの瑛庚は自身がそれをしたとは思えない。清花には理解するのが難しいことだろうし、理解して欲しいとも思えなかった。——これは拒絶ではない。むしろ逆だ。清花には 単純に義憤を感じ、率直に怒る、そのようであって欲しかった。
だが、そういう瑛庚の身勝手な思いが清花を怒らせ、そして恵施を怒らせたのかもしれない。 少なくとも同じ言葉を投げつけられる 以上、全ては瑛庚に原因するのだろう。
ちょっとした男の幻想というのも含まれていて、複雑である。妻には可憐で純粋でいてほしい、という幼稚な理想と、意図せず女性を軽視している感じがよく出ている。身に覚えがあります。
「多分そういうことではありません。芝草の治安は乱れ、いつの間にかそれが王宮の中にまで及んでいます。ただでさえ不安なのに、狩獺の存在は、救いようのない罪人がいる、という事実をさらに突きつけるのです。理解し難く共感もできない。自明のはずの正義を踏みにじって寸毫もキにしないものがいるという、そのことが、姉上を—–姉上のような民をたまらなく不安にする」
言って、蒲月は力なく微笑んだ。
「狩獺さえ取り除かれれば、不安もまた取り除かれます。姉上も民も、ほどほどに世間を信用していられる。そうやって自分の目に見える世界を整えようとするのです」
そうなんだよな。程々に世間を信用していられる、ということがとても大切。結末も含めて、なんとも言えない気持ちになる、いい短編。
]]>博の父・飃一郎の墓参で、備中高梁にやってきた寅さん。蓮台寺の住職・石橋泰道(松村達雄)の娘・朋子(竹下景子)に一目惚れした寅さんは、二日酔いの住職に変わって、見よう見まねで法事を勤め上げてしまう。そんなある日、飃一郎三回忌で、さくら夫婦は満男とともに岡山へ。相続をめぐる兄弟の対立もあり、すっきりしない博たち。しかも法要で読経をしたのは、なんと寅さんだった・・・ 第8作『寅次郎恋歌』で家庭の大切さを、第22作『噂の寅次郎』で人間のはかなさを、寅に教えてくれた飃一郎の法事で、岡山にやってきたさくらたちは、寅さんが坊さんになっているのでビックリ!という、もっともスリリングかつ喜劇的な展開となる。啖呵売で鍛えた説法は、なによりもありがたい効力を発揮し、寅さんは水を得た魚のよう。朋子の弟の中井貴一と、幼なじみの杉田かおるのエピソードを絡めつつ、朋子のために僧籍に入る決意までする寅さんの奮闘努力ぶりが描かれた、幸福感に満ちた一篇。
竹下景子さんの色っぽさ。やはり寅さんはマドンナのこれに尽きるわけですが、今回はワキの具合もとても良い。中井貴一さんと杉田かおるさんの若いご両人のやり取りも最高だし、寅さんの説法は思わずニヤリとさせられるし。
とはいえ、ちょっと解せないところもあります。
こちらのブログにもありますが、ちょっとあっさりしすぎ。
ちゃんと振られるでも、振るでもなく、ただぼんやりときっかけを失い、そのまま梨の礫。
これじゃ寅さん、粋じゃないよ。そこがいい!のかもしれないけど、ちょっと不満でもある。あっさりすぎる。竹下景子も、もうちょっと、なんとか、ならんのか!柴又まで来て、それで終わりでいいのかい?
……つい熱くなってしまいます。昭和58年公開、つまりあたくしの生まれた年だ。父と母も観たのかな、観てないだろうな。
]]>プロよりも強いスゴイ奴がいた!“新宿の殺し屋”と呼ばれた将棋ギャンブラーが、闇の世界で繰り広げた戦いと破滅。日本一の真剣師を決める通天閣の死闘など、壮絶な軌跡を描く傑作評伝。
「そういう人がいた」という話は聞いたことがありますが、本著は想像よりはるかに面白かった。
話題の映画『聖(さとし)の青春』を観た。二十九歳で亡くなった天才棋士・村山聖を描く大崎善生の原作がまず涙なしには読めない感動の徹夜本なのだが、この『聖の青春』の中で大崎は、十三歳の村山が真剣師(賭け将棋で生計を立てるアマ棋士)小池重明と偶然将棋センターで遭遇し、平手で対局、激戦の末に勝利したエピソードを紹介している(映画ではカットされていた)。
当時、小池は三十四歳。アマ名人戦を連覇、プロを相手に勝ちを重ね(後に村山の師匠となる森信雄にも勝っている)、圧倒的な強さを誇っていた。その小池から「僕、強いなあ。がんばれよ」と励まされたことで自信をつけ、村山は重い病を押して「プロになる」と決意するのだから、劇的な運命の交錯ではないか。
その小池重明を描いた徹夜本といえば、団鬼六『真剣師 小池重明』に止めをさす。とにかく小池は強い。新宿の将棋道場を拠点に勝ちまくり、奉られた二つ名が「新宿の殺し屋」。「通天閣の死闘」と呼ばれる激戦を制したり、泥酔して暴行事件を起こし、一晩とめおかれた留置場から駆け付けて大山康晴十五世名人との対局(角落ち)に圧勝したり、と、格好良すぎるくらい強いのに、いよいよプロへの道が開けようかという時にホステスに入れ込み、将棋道場の金を使い込んで逐電。重要な節目節目で必ず女に溺れて失敗する小池のジェットコースター人生から目が離せなくなる。
本書の魅力は、小池に何度煮え湯を飲まされようと彼の将棋を見たい、勝負に“乗りたい”と思ってしまう人間の不思議さを描いていることだ(著者の団もそのおかしな一人)。天才の一手に「夢」を託し、「夢」の先を見届けたいと願う人の姿が、また読む者の胸を打つ。(愛)
上記、徹夜本研究会さんの評は過不足なく詰まっていますね。素晴らしい評だ。ただ、「新宿の殺し屋」はちょっと解せない。きっと例えじゃない、本物の方がいたんじゃないかな。
位置: 14
人間としては出来損いであったが、その出来損いにできているところが彼の人間的魅力であった。
まさに、そういうところなんだよね。
そして、あたくしはそういう人物に幾度となく惹かれ、しかしあまり深い関係にはならずにここまで来ましたね。なんでだろうな。こっちは興味があっても、向こうはそんなにあたくしに興味がないんだよね。
位置: 16
彼のように身体と心がいつも均衡を失っていた男も珍しい。最後まで自分の生活に統制がとれなかった男であった。そして、宿命的に逃亡と放浪の生活をくり返していた男である。
しかし、それは天才のもつ本質に深く根ざしたもののような気がするのだ。彼は人間として幸せな生活を営もうと苦心して結局は大きな滅亡に向かって奔走してしまった感じがする。
やることなすこと、裏目に出る。そんなときはある。ただ、そんなときばっかりという印象なのがこの人。だからこそ、こうやって評伝にされると愛らしさに満ちているのかな。旗から見ていると「破滅に向かって喜んで進んでいる」ようにも見えたりするんだろうね。
位置: 22
飯場生活から東京へ戻って来た小池に将棋を指させたのは私である。「将棋界から追放された小池に二度と将棋を指させるな」、という世間の 依怙地 さに対し、「小池の人間性と小池将棋とは別のものだ」、とこちらも依怙地になってしまったのも今では懐かしい思い出である。
その御蔭でこんな面白い本が読めるんだから、感謝しかない。
位置: 84
また、金庫の中の金を盗んでの逃亡ですか、と私があきれていうと、古沢氏は、ああ、今度はそれにプラス新車を持っていかれました、と 呻くようにいった。
古沢氏の運転手も小池は兼ねていたようで、そろそろ新車に切り換えたほうがいいと小池にいわれて古沢氏は新しく買い入れたが、待ってました、とばかり小池はその新車に女を乗せて石岡から逃亡したというのだ。その女が菊美という三十四歳の土地の人妻であった。彼女は三人の子持ちで、一番年少の弘美という女の子を連れて小池といっしょに駆け落ちしたのだ。
上手くいくはずない、と筋書きを読んだだけで分かるのに、それでもそちらへ行ってしまう。なんだろうね。将棋だと数十手先まで平気で読むのだろうに、人生となると数手先も読めないんだろうか。やはり「破滅に嬉々として向かっている」ように見えちゃうよね。
位置: 92
それにしても、古沢氏の人のよさというか、小池に対する甘さも異質なもので、これまで幾度となく小池に煮え湯を飲まされながら性こりもなく小池を庇護したがる気持ちはなんだろうと不可解なものに思われることがある。古沢氏は小池が異端のアマ強豪といわれるほどの強烈な個性をもった将棋の天才であることをもっとも深く認識している一人であり、その異端ゆえにもつ性格 破綻 ぶりもどこかで容認しているとしか思えない。いや、次第に私が晩年に近い小池の破滅型人間性に 魅せられていったように古沢氏は若年期からの小池の、もう救いようのない破滅性を愛さずにはいられない一人になっていたのかもしれない。
そういうことだよな。
あたくしも破滅型の人間が好きで、結構色々と支援したこともありますが、あんまりそういう人間はあたくしの近くに長くはいないんだよね。あたくしが他人を甘やかさないからかな。一緒につるんで旨味がないんだろう。
破滅型人間は、あれはあれでかなり打算的だ、というのがあたくしの持論です。
位置: 413
仕方がないからみんなのなけなしの小銭を集めて、焼酎を買って、そいつをまわし飲みしながら身の上話なんかを始めるんです。その連中の身の上話ってのが面白いのですね。みんな、でたらめの昔話を得意がって聞かせ合っているのです。噓と 法螺 で自分の過去をでっち上げているということが聞いていてすぐわかるんです。
飯場の体験を語る重明。昔、警備員のアルバイトしていたときに、そんなことがあったな。宿泊所に押し込められて、そんな話をした記憶がある。意外と、あれって記憶に残ってる。つまらないバイトだったけど、覚えているもんだな。
位置: 422
人間って、最低の生活圏内に入っても見栄をはるのだけは忘れないのですね。
至言だな。そういう性なのかもしれない。底辺同士でマウントを取り合う、みたいなこと、あるあるなんでしょうね。
位置: 430
♪ここはお国を何百里、離れて遠き満州の、赤い夕陽に照らされて、友は野末の石の下……と、やったら、土方たちは急に汚い手拭いを目頭に当ててシクシク泣き出すんで僕、驚きましたね。いい親父さんだったんだな、と、土方の一人がすすり上げながらそういって僕の歌について低く唄い始めるとやがてそれがみんなの合唱となり、♪ 戦 すんで、日が暮れて、探しに戻る心では、どうぞ生きていてくれと……といった具合で涙声の大合唱となり、いや、飯場に巣くう男たちがこんなに感傷人間だったということには驚きました」
自分の少年期のこうした境遇というものは人は何と思っても勝手だが、小池はそれを自分では決して不幸だとは思わなかった。
重明の父は傷痍軍人の格好をしてアコーディオンを弾くなどのその日暮らしをしていて、ってことなんだけど、なんだか、ちょっといい話なんだよね。世間から白眼鏡だろうが、自分にとってはいい両親だった、っていうの。
あたくしも子供に愛される父になりたいね。世間からは疎まれたとしても。ま、世間からも愛されるのが一番だけど。
位置: 788
「学校で教えるもの、すべて野暮、飲む、打つ、買うの粋の精神をどうして教えないか」
「同感っ」
小池はこの頃から一座を陽気にするコツをつかんでいたらしい。
太鼓持ちの気質がある、というのはとても大切。実際、この能力が低い人は結構苦労すると思う。相手をいい気にさせておいて要求を飲ます、というのは世渡りの基本。
位置: 1,143
「私と将棋とどっちが好きなのよ」
関は盤面を凝視しながら、 唸るように答える。
「そんなわかりきったことはいうな」
小池が、将棋が好きに決まっている、と盤面を睨んでいえば関も、そう、将棋のほうが好きなんだ、と盤面に視線を向けたまま口ずさみ、彼女は、ワッと泣いて部屋から飛び出して行く。そのあと二人は指し手を続けて、小池が、「女を泣かせちゃいけませんな」といえば関が、「そう、女を泣かせちゃまずい」と受け答えする。
これ、素敵な場面だね。いや、彼女にとってはお気の毒だけど。でも嘘をつくよりマシじゃないかな。くすぐりとしてとても秀逸。この「私と将棋」って問もテンプレで良し。
位置: 1,554
小池に「新宿の殺し屋」という異名がついたのもこの頃からだった。
二つ名、かっこいいけど、新宿には普通に本物の殺し屋さんがいるんじゃないかしら。
位置: 1,935
日本一強い真剣師といっても所詮、妻には理解できない職業である。また、職業として成り立つものではない証拠に小池はこの十四歳年上の妻にろくに生活費も入れていない。単なる遊び人と彼女にけなされたとてしようがないのである。
小池は妻のもとから逃げるようにして新宿に戻って来たのだ。
たしかに俺は性格破綻者だ。破滅型の人間だ。家族の生活の面倒一つ見られぬ情けない遊び人だ、と誇張的に自分に言い聞かせ、将棋が強くなっていくのとは反比例して人間的には立ち直りにくくなっていく自分を意識する。
こういうとき、どれくらいヒロイズムを感じているのか、気になるんだよね。あたくしは全く破滅型の人間でないので、こういうとき「おれは酔っているだけだ」とすぐ自認しちゃう。破滅型の人は本当に幸福を追求した結果なのか、ヒロイズムに翻弄された結果そうなったのか、そのへんは気になるところ。
位置: 2,109
粋に生きるも無粋に生きるも人生だと教えた源太郎は三十四歳でこの世を去った。度胸がよく、気前がよく、男っぷりもよかったあの暴力団の御曹司の、これも一つの人生だったのかと思われてくる。
あたくしなんざ、粋に憧れながら生涯無粋な人生を送るのであろう。それもまた受け入れています。源太郎氏のような生き方、かっこいいけどね。ひとにはニンというものがある。
位置: 2,163
小池が昨夜、深夜のスナックでボーイに暴行を働き、留置場入りとなった情報はアマ連盟のほうには伝わって、これは一体、どうなることやら、とショックを受けた関や宮口たちは、ともかく、対局時間に将棋連盟に駆けつけたのだが、予定通り、大山・小池戦は始まっていると職員に聞かされてホッと胸を撫で下ろした。
そこで、今、形勢はどうなっているの、と宮口は職員に聞いた。
「形勢? 全然駄目ですよ」
「そりゃ、そうだろうな。留置場から二日酔いの頭を抱えて出てきたところなんだから」
「いや、全然駄目なのは大山名人のほうなんです」
かっこいいよなー、こういうの。憧れちゃうよね。団氏の書きっぷりもまたいい。
位置: 2,295
ところが──これが棋士の総会にかけられて検討されると、大方の棋士の猛反対を喰うことになった。
「新宿の殺し屋」なんぞと異名をとる素行もはなはだ宜しくない街の真剣師に特例まで設けてプロ棋士に仕立てるなど言語道断というのが大方の意見であった。
素行を問題にされる、というありがちなホモ・サピエンスのむら社会ムーブ。ま、やりがちな感じ。後年からみると大体ダサくみえるよね。
位置: 2,301
小池は反発して、高段棋士と対戦させて採用、不採用をはっきりさせればどうか、それが納得のできる放逐の手段だろう、などとプロ棋士に挑戦状を突きつけるような抗議をしたが、そんな、果たし合いみたいなものが受け入れられるはずはない。
そりゃ、受けられないわな。万が一ということもあるからね。リスクゼロ信仰というか、保身的というか。とにかく格好悪い。
位置: 3,567
小池の晩年は不遇であった。しかし、それは小池を愛惜する言葉にはならない。真剣師が不遇な生涯を送るのは当然で、それは本人も意識していたことだろう。
また去り際もいいんだ。まさに朽ちるという感じ。真剣師が晩年幸せに暮らしていたら、それはそれで、ねぇ。
ノワールものとして大変に面白い読み物でした。
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