3年半前に、ほぼ中身そう取り換えでパワーアップしたマイパソコン。つい先日、プロ野球スピリッツ2024-2025が9月発売されることを知り、これはぜひ購入してプレイしたい!とちょっと興奮。
PS5とSteamで発売されるけど、PS5は持ってない。じゃ、PS5買えば・・・・と思うけど、年末当たりのPROが発売されるかもと言われてるのに、今さら無印は嫌だ。とはいえ、今の自分のパソコンのスペックでは快適にプレイできないよな・・・・。せっかくだし、FHD以上の映像でやってみたいし・・・ということで、今のパソコンをパワーアップするすることを決意。
モニターも増設するので、パソコンのパワーアップに割く予算は少ないので、非常に悩みました。マザーボードと電源ユニット、PCケースは流用することはすぐに決まりました。そして、肝であるグラボは中古で行こうかな・・・と思ってましたが、さんざん悩んですべてのパーツを新品で行くことに決定。
そして注文したのが、こちら。すべてドスパラで注文。注文翌日、しかも午前中にすべて届いた・・・ドスパラ、恐るべし(^^;)

グラボの箱がでかいな・・・。CPUもパッケージ使い回しだから、こんなにでかいのに3センチ四方のCPU入っているだけという・・・。

現状はこちら。巨大なCPUクーラーを外すのはこのままでは不可能なので、マザーボードごとすべて取り外してケース外で作業します。

マザーボード出してみた。CPUクーラーデカすぎるだろ・・・。この状態でも、メモリとかは取り外せない。しかし、前にも思ったけどこんなでかいクーラー乗ってるCPUは大丈夫なんだろか?

CUPクーラー外した時に、CPUがそのままくっついてきたときには正直めっちゃ焦った。CPUのピン折れも曲がりもなく、マザボにも異常がななさそうに見えたのでそのまま組み上げましたけど・・・・Windows立ち上がるまではずーっと心配してました。
メモリは16GB×2枚。SSDは2TBを増設。OS入ったSSDはそのまま流用してます。

新旧のグラボを並べてみた。デュアルファンだから多少コンパクトだけど、旧グラボに比べたら1.5倍くらいになってる。トリプルファンなんて支えられるのかどうか不安。

意外なほど時間がかかりましたが、なんとか組み立て完了。マザーボード取り外したので、それなりに清掃もしました。

あれやこれやで、BIOS画面が立ち上がって今までの苦労が報われた・・・。取り替えたパーツもすべて認識されていのを確認。
で、4代目マークⅡのスペックはというと・・・・
マザーボード:ASUS TUF GAMING B550-PLUS (キャリーオーバー)
(Socket AM4、チップセットB550(OC対応) BIOSは最新バージョンに更新)
CPU:AMD Ryzen 7 5700X(更新)
(AMD Ryzen 5 3600 (旧))
CPUクーラー:Scythe(サイズ) SCNJ-5000 (忍者五)(キャリーオーバー)
メモリ:Crucial CP2K16G4DFRA32A [DDR4 PC4-25600 16GB 2枚組](更新)
(Crucial CT2K8G4DFS832A (DDR4 PC4-25600 8GB 2枚組)(旧))
グラフィックカード:ASUS DUAL-RX7700XT-O12G [PCIExp 12GB](更新)
(玄人志向 GALAKURO GAMING GG-GTX1660SP-E6GB/DF [PCIExp 6GB](旧))
SSD1:crucial P1 CT500P1SSD8JP(キャリーオーバー:OS用)
SSD2: ADATA LEGEND 800 ALEG-800-2000GCS-DP (M.2 2280 2TB) (追加)
HDD:SEAGATE ST2000DM006 [2TB SATA600 7200](キャリーオーバー)
DVD:LGエレクトロニクス GH24NS50BL(キャリーオーバー)
BD :PIONEER BDR-208BK(キャリーオーバー)
ケース:ENERMAX Fulmo ST ECA3270A-G-BL [Titanium gray](キャリーオーバー)
電源:玄人志向 KRPW-BK750W/85+(キャリーオーバー)
モニター1:BenQ RL2755(27インチ:FHD)(変更なし)
モニター2:INNOCN 27M2V Lite(27インチ:4K)(追加)
OS:Windows10 Home(64bit)(変更なし)
青字が変更および追加点です。ちなみ更新にかかった金額は・・・・
CPU:22,580円
メモリ16GB2枚:8,770円
グラフィックカード:65,800円
SSD:16,360円
4Kモニター:75,800円
しめて・・・189,310円なり!!
おお!20万近いじゃん。いいのか?たとえへそくりを投入したとしても、この散財はばれたらまずいのでは?
こんな結果になったのも、モニターとグラボが完全にオーバースペックだから。モニターはWQHD、グラボは7600XTで十分すぎると思うのに、勢いで最初に4Kモニター買っちゃったもんだから、それ合わせたグラボを選択ししまったせい。中古を選ばなかったのもかなり影響しているな・・・。
さて、これでどこまで性能がUPしたのか、これまた次回のブログで。同じベンチマークソフトで数値を見てみたいと思います。どんな数値が出るか楽しみだわ(^_^)
]]>マザーボード:ASUS TUF GAMING B550-PLUS (更新)
(Socket AM4、チップセットB550(OC対応))
CPU:AMD Ryzen 5 3600 (更新)
CPUクーラー:Scythe(サイズ) SCNJ-5000 (忍者五)(更新)
メモリ:Crucial CT2K8G4DFS832A (DDR4 PC4-25600 8GB 2枚組)(更新)
グラフィックカード:玄人志向 GALAKURO GAMING GG-GTX1660SP-E6GB/DF [PCIExp 6GB](更新)
SSD:crucial P1 CT500P1SSD8JP(更新)
HDD:SEAGATE ST2000DM006 [2TB SATA600 7200](キャリーオーバー)
DVD:LGエレクトロニクス GH24NS50BL(キャリーオーバー)
BD :PIONEER BDR-208BK(キャリーオーバー)
ケース:ENERMAX Fulmo ST ECA3270A-G-BL [Titanium gray](キャリーオーバー)
電源:玄人志向 KRPW-BK750W/85+(キャリーオーバー)
モニター:BenQ RL2755(27インチ)(変更なし)
OS:Windows10 Home(64bit)(変更なし)
M.2 SSDがどれほどのものなのか、CrystalDiskMarkというソフトで、ストレージのデータ転送速度を測定してみました。


上がSATA接続のSSD、下がM.2 SSD。上二段が、「連続したデータ」シーケンシャルリード/ライト:ファイルコピーなどの速さの目安、下二段が、「不規則なデータ」ランダムリード/ライト:OSやアプリの起動・基本操作、web閲覧などの快適さの目安、だそうです。
当然のごとく、M.2 SSDのほうが早いです。連続したデータのリード/ライトだと4倍くらい差がありますね。
次に、CrystalMark 2004R7というベンチマークソフトで測定。


数値の意味はよくわかってなかったりするんですが、ほぼ倍の数値。性能それだけ高くなったということでしょう(^^;)
前回と同じく、「ファイナルファンタジーXIV: 漆黒のヴィランズ」というゲームのベンチマークソフトで測定してみます。


どちらも快適と出ていますが、数値が10158から15624へ上昇。モニターが4Kではないので、HDでしかテストできないのが残念ですが。
テキストデータだと差がはっきりわかります。
3代目
ファイナルファンタジーXIV: 漆黒のヴィランズ ベンチマーク
SCORE: 10158
平均フレームレート: 71.24156
最低フレームレート: 26
評価: 非常に快適
-非常に快適に動作すると思われます。お好みのグラフィック設定でお楽しみください。
ローディングタイム:
シーン#1 6.045sec
シーン#2 11.604sec
シーン#3 7.704sec
シーン#4 5.554sec
シーン#5 3.319sec
合 計 34.226sec
4代目
ファイナルファンタジーXIV: 漆黒のヴィランズ ベンチマーク
SCORE: 15624
平均フレームレート: 112.2112
最低フレームレート: 45
評価: 非常に快適
-非常に快適に動作すると思われます。お好みのグラフィック設定でお楽しみください。
ローディングタイム:
シーン#1 1.108sec
シーン#2 2.755sec
シーン#3 3.756sec
シーン#4 2.481sec
シーン#5 1.243sec
合 計 11.343sec
フレームレートが三桁にのりました。ローディングタイムも少なくて快適さが全然違うものと思われます。
オマケとして、重いゲームとして評判のある「ファイナルファンタジーXV」のベンチマークテストもしてみました。

≪快適≫と出ました。すごいぞ、4代目(^_^)
「快適な動作が見込めます。グラフィック設定をより高品質にしても快適に動作すると思われます。」とサイトに書いてありますが、テスト中時々グラフィックがカクカクするところがあったので、4Kなんかにすると大変なことになるかもしれない・・・・。でも、HDで十分な美しさだし、なによりゲームほとんどしないし(^^;)
紆余曲折を経て爆誕した4代目パソコン。最低でも3年は元気に突っ走っていただきたい。約9万円の元が取れるまでは(^_^)
]]>もうどうしようもなくなったので・・・・仕方なく、給付金に手を付けることにして、4代目パソコンを自作することに決定。少しでも、安くするため、比較的新しい電源ユニットと、PCケースは流用することにしました。要するに、中身のみ更新するということですな。
予算内で、買い揃えたパーツたちがこちら。

初めてIntelからRYZENのCPUを選んでみました。というか、こいつがコスパ高くておすすめと出ていたもので、これにあわせてマザーボードやらメモリやらをチョイス。

新しいマザーボード。先代にはなかった、M.2スロットが2個ありますね。

名刺サイズ大のペラッペラなM.2 SSDをセット。こんのものの容量が500GBもあるのかと思うとすごいなぁ。ちなみに、ヒートシンクはマザーボード付属のもの。

CPUはの乗せるだけ。問題はこの巨大なCPUクーラー。デカいとデカいとは聞いていたが、想像以上でした(^^;) こんなでかいのCPUの上に置いて大丈夫なんだろうかと。あと、固定ネジをどこまで締めこんでいいのかわからず、ちょっとハラハラドキドキ(死語)

後から思ったのは、グラフィックボードは買わなくてもよかったんではないかと・・・・。で、無時に起動したので、ケーブルをちゃちゃっとまとめてみました。
で、4代目パソコンのスペックはこうなりました。
マザーボード:ASUS TUF GAMING B550-PLUS (更新)
(Socket AM4、チップセットB550(OC対応))
CPU:AMD Ryzen 5 3600 (更新)
CPUクーラー:Scythe(サイズ) SCNJ-5000 (忍者五)(更新)
メモリ:Crucial CT2K8G4DFS832A (DDR4 PC4-25600 8GB 2枚組)(更新)
グラフィックカード:玄人志向 GALAKURO GAMING GG-GTX1660SP-E6GB/DF [PCIExp 6GB](更新)
SSD:crucial P1 CT500P1SSD8JP(更新)
HDD:SEAGATE ST2000DM006 [2TB SATA600 7200](キャリーオーバー)
DVD:LGエレクトロニクス GH24NS50BL(キャリーオーバー)
BD :PIONEER BDR-208BK(キャリーオーバー)
ケース:ENERMAX Fulmo ST ECA3270A-G-BL [Titanium gray](キャリーオーバー)
電源:玄人志向 KRPW-BK750W/85+(キャリーオーバー)
モニター:BenQ RL2755(27インチ)(変更なし)
OS:Windows10 Home(64bit)(変更なし)
青字が変更点です。ちなみ更新にかかった金額は・・・・
マザーボード:15,880円
CPU:26,378円
CPUクーラー:5,698円
グラフィックカード:26,620円
メモリ8GB2枚:7,520円
SSD:5,980円
しめて・・・88,076円なり!!
おお、給付金の10万円がこれで飛んでいく・・・・(^^;)
さて、これでどこまで性能がUPしたのか、これまた次回のブログで。同じベンチマークソフトで数値を見てみたいと思います。どんな数値が出るか楽しみだわ(^_^)
]]>「甲賀流忍者甲賀五十三家の筆頭格「望月出雲守」の江戸時代(元禄年間)に建てられた旧邸を甲賀流忍術屋敷として、公開しています。忍者の住んでいたからくりのある住居として、国内で唯一現存する歴史的にも、非常に価値のある本物の忍術屋敷です。」(Web上の説明より)

左:全景。想像していたより小さな屋敷でした。
右:屋敷内及び付属する倉には忍者と望月家に関する資料が展示されていました。

左:真ん中の窓がからくり窓。押し入れから忍者?
右:中二階はかくし梯子を使って上がるようになってます。刀が振り回しにくいように天井が低いです。格子窓があり、この格子の一本が外れるようになっていて、これをはずして一階へ逃れることもできるとか。

左:3階もあります。思ったより広くてここで趣味の部屋を作りたいくらい(^.^)
右:3階から縄梯子で一気に1階に行けます。
小さくても見どころ満載な忍術屋敷を後にして、亀山城に向かいます。
「亀山城は江戸時代における伊勢亀山藩の藩主の居城。一国一城令により、丹波亀山城の天守を解体するよう命じられた堀尾忠晴がまちがってここ伊勢亀山城の天守を取り壊してしまったという逸話がある。」(web上の説明より)
方向的には全然違う方向の城なのに、普通間違えないだろ?というおまぬけなことがされたことで有名(?)なお城です(^^;)

左:亀山公園の外れにある「ますみ児童園」にSLが展示されていました。C58359とあります。近くには以前セスナ機も展示してたそうですが、もうなくなっていました。
右:天守台の上に築かれた多門櫓(現存)。復元修理において破損箇所の修理の他、江戸末期の姿に戻すため板壁から漆喰壁になりました。土日祝日のみ見学可能なので中は見れず。

左:三重櫓跡。寛永18年(1641年)、当時の城主の本多俊次(1595~1668年)が天守閣の代わりに建てた、亀山城で唯一の三重櫓だったとか。
右:二ノ丸帯曲輪が整備されて江戸時代末期の状態に復元されています。草ぼうぼうなのも江戸時代末期だから?(^^;)

左:与助井戸跡。本丸で使用されていた。天正18年(1590)岡本宗憲による亀山城築城の際、この場所にあった民家「与助鍛冶」を城外に移したとの伝承から「与助井戸」と呼びならわされてきました。城外への抜穴伝説がありましたが、確認されていません(看板の説明より)
右:亀山神社内にあった明治天皇行在所(重要文化財)。1880年、明治天皇が亀山で行われた軍事訓練をご覧になられた際に伊藤市治郎宅へ宿泊され、お泊りになった建物がこちらに移築されています。
亀山城から次の目的地、津城へ。
「織田信包(信長の弟)が天正8年(1580)に津城を創築。その後、藤堂高虎が四国伊予の今治(愛媛県)から移封、 慶長16年(1611)に大規模な改修を行い、北側の石塁を高く積み直し、その東北と西北の両すみに三重の櫓をつくりました。
現在では、本丸・西の丸・内堀の一部を残すのみとなりましたが、 復興された角櫓の三層の白壁に老松がはえ、苔むす石垣とともに昔を偲ぶことができます。」(web上の説明より)

左:津城は現在津市役所の東隣にある「お城公園」となっています。隅櫓が再建されいますが、これは模擬櫓。
右:本丸跡の日本庭園があり、そこの入口に藩校「有造館」の正門である入徳門が移築されています。

左:本丸にある天守台。藤堂高虎の改修による津城では、天守台は築かれたものの天守は上げられなかったとされています。
右:本丸北西隅の戌亥櫓跡です。石垣は立派ですので、それを見るだけでも価値があります。
ここまで来て、ほぼ夕方になりましたので帰路につきました。亀山は関町関宿重要伝統的建造物群保存地区がありましたが、時間の都合で寄れていないので、また改めて訪れたいと思います。あくせくする観光はあまり好きじゃないですから・・・・ね(^.^)
]]>まずは、忍者屋敷に向かうべく伊賀へ。その道中にある城をまずは攻めてきます。一つ目は水口岡山城。登城口横に小さいけど駐車場がありますので、そこに車を止めて散策開始。
「羽柴秀吉の命により中村一氏が天正13年(1585年)、甲賀郡の支配の拠点として築き、入城した。その時、平安時代の昔から、都から伊勢国へと通じる街道の要所として栄えていた宿場町水口の原型をつくった。その後、天正18年(1590年)に増田長盛が、文禄4年(1595年)には長束正家と五奉行を務めた2人が相次いで入城している。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは長束正家は西軍に属し、南宮山麓に布陣していたが戦闘には参加できず敗走。水口岡山城に籠城したが追ってきた池田長吉、亀井茲矩らに攻められて降伏、開城し、長束正家、直吉兄弟は切腹させられた。城はその後池田長吉の預かりとなったが、廃城となった。城の石垣は後に水口城の築城にあたり、部材として転用された。城そのものは廃城時もしくは水口城築城時に破却されたが、城跡は御用林とされ、結果的に保全された。」(Wikipediaより)

左:駐車場横の坂道を登っていきます。
右:坂道登ったと最初の曲輪は公園になってます。自転車で来た人はここに止めて後は徒歩になります。
で、ここから案内が不十分でどう行けばいいかよくわからなくなり、忠魂碑の横の道しか見えなかったのでそこを通ることに。こちらは西の丸に出るルートだと後で知りました。で、別に大手道ルートもあることも後から知りましたどこから行けばよかったんだろ?

左:ほぼ山道。意外ときつかった。
右:西の丸に到着。展望台がありました。草ぼうぼう(^^;) ていうか、草ぼうぼうすぎて歩くのがはばかられるほどの道がありました。もうちょっと整備してください。おかげで城の半分以上見れてません(^^;)

左:堅堀跡。
右:堅堀の先にある本丸石垣。城内に残る最大の石垣だとか。小規模しか残ってないものの迫力あります。草ぼうぼうすぎてわからなかったけど、この奥にも少し石垣あったみたい。頼むから草刈ってくれ(^^;)

左:本丸に到着。左に見えるのが阿迦之宮。山麓にあった大岡寺の奥の院として、長束正家を祀ったものだとか。
右:本丸東にある伝天守跡。今はただ少し盛り上がっているだけ。本丸西には本丸櫓跡もありました。どちらが天守だったんでしょうか?で、この奥に2の丸、三の丸へ続く道を見つけたのですが、草ぼうぼうすぎて行くのを断念。頼むから草刈ってください(^^;)
最初は城山中学近くに車が止められるとネットにあったので、行ってみたらどこに止めていいか全くわからず。で、水口小学校近くの無料駐車場に引き返して登城しました。この辺りもなんか不親切のような・・・。観光地として大々的に押しているのであれば、もう少し何とかしてほしいところです。とりあえず道がわかなくなるほど草ぼうぼうなの何とかしてください(^^;)
近くに水口城があるので、寄ってみました。この日は残念ながらお休み(木曜日に行った)でしたので、外から眺めてきました。
「寛文11年(1634年)徳川家光の上洛の宿館として小堀遠州によって築かれた。 築城に際しては水口岡山城の石垣を転用してたという。天和2年(1682年)加藤明友が石見国吉永より二万石で水口城主となり水口藩を立藩した。城内には二条城の御殿を模した豪華な御殿が築かれたが、この御殿が将軍の宿舎として使われたのは築城時の家光上洛の一度だけであった。」(WEB上の説明より)

左:廃城後に民家へ移築されていた本丸乾矢倉を二階造りとして再移築。水口城資料館として開館しました。
右:本丸跡は水口高校の運動場として利用されています。
城攻めの後は忍者屋敷へGO。つづきはその2へ。
]]>
初めて行った東洋陶磁美術館ですが、なんと国宝含めすべての展示品が撮影可能という超太っ腹な対応。いろんな美術館、博物館に行ってますがここまで撮影できるところはほとんどなかったですね。陶器なのでフラッシュでは劣化しないからなのかなぁとも思うけど、どちらにしろ国宝が写真に撮れてよかったわ。
ということで、国宝、重要文化財、重要美術品などなどに絞って写真をUPしたいと思います。

左:玳皮天目(南宋時代・12~13世紀) これは文化財等ではありません。
右:木葉天目(南宋時代・12~13世紀)重要文化財。見込みには本物の木の葉が焼き付けられています。

左:白覆輪天目(金時代・12~13世紀)
右:禾目天目(建山天目)(南宋時代・12~13世紀)

油滴天目(南宋時代・12~13世紀)【国宝】
油滴天目のうち国宝指定はこの1椀のみで、茶碗3椀と鉢1点が重要文化財に指定されています。

左:青磁彫刻 童女型水滴(高麗時代・12世紀)重要美術品
右:青磁象嵌 鳳凰文 方盒(高麗時代・13世紀)重要美術品

左:青磁象嵌 童子宝相華唐草文 水注(高麗時代・12~13世紀)重要文化財。
右:白磁 壺(朝鮮時代・18世紀)泥棒が粉々にしたものが、優れた技術による修復で以前と変わらぬ姿に復元されました。

左:三彩 壺(奈良時代・8世紀)重要文化財。
右:紛青象嵌 蓮花文 角杯(朝鮮時代・15世紀後半)重要美術品

左:三彩貼花 宝相華文 壺(唐時代・7~8世紀)重要文化財。
右:緑釉国花 牡丹文 瓶(金時代・12世紀)重要文化財。

左:青花 蓮花魚藻文 壺(元時代・14世紀)重要文化財。
右:白磁刻花 蓮花文 洗(北宋時代・11~12世紀)重要文化財。

左:白磁銹花 牡丹唐草文 瓶(金時代・12世紀)重要文化財。
右:青磁刻花 牡丹唐草文 瓶(北宋時代・11~12世紀)重要文化財。

左:青磁 鳳凰耳生花(南宋時代・13世紀)重要文化財。
右:飛青磁 花生(元時代・14世紀)【国宝】
いい仕事してますねぇと、言ってみました(^.^) いい美術館でしたねぇ。なんで今まで行かなかったんだろ・・・と思いますな。これからは催し物はきちんとチェックしていこうかな(^.^)
]]>旧長浜駅舎、長浜鉄道文化館、北陸鉄線電化記念館の3施設を総称して「長浜鉄道スクエア」と命名されました。

左:旧長浜駅舎は、1958年に日本鉄道記念物に指定されている歴史遺産です。1882年、北陸線の始発駅として建設されたものだとか。
右:出札口。ジオラマ風。

左:一・二等待合室から休憩室、駅長室なんかがあります。
右:隣接する長浜鉄道文化館は史料展示室になっています。鉄道クイズ・ジオラマ・鉄道おもちゃ・絵本などのコーナーもありました。
北陸線電化記念館には北陸線で活躍した車両2台が展示されています。

左:D51形793号 蒸気機関車。当初は市内の豊公園に保存されていましたが、現施設の前身である長浜駅資料館の開設に伴い移設されました。
右:ED70形1号 交流電気機関車。19両製造され、唯一1号機のみがここに保存されています。
長浜鉄道スクエアのちょうど向かいに「慶雲館」という施設が。これがなかなかのものでした。
「長浜の豪商・浅見又蔵氏が明治天皇の御休憩所として建築しました。 近代日本庭園の先駆者、七代目小川治兵衛(植治)が手がけた庭園は、国の名勝に指定されており、大きな起伏をつけた立体的な構成と巨石を用いた豪壮な意匠が見事。 長浜盆梅展の会場としても有名です。館名は当時の総理大臣であった伊藤博文の命名したと伝わっています。」(WEB上の説明より)

左:慶雲館入り口。ここから前庭までは見学無料。本館や主庭を見学するには300円かかります。
右:本館。 1887年(明治20年)竣工。総檜造・寄棟造・瓦葺で2階建の書院風建築。

左:玄関前庭にある茶室。本館とともに明治20年(1887年)に建設され「恵露庵」と名付けられています。
右:二階から眺める主庭。中央に深い涸池を配置するなど地形に大きな起伏をつけた立体的な構成の池泉回遊式庭園。ここだけでも300円以上の価値はあるかと。

左:本一階。
右:本館二階には両陛下をお迎えする為に「玉座の間」が設けられました。ちなみに明治天皇・昭憲皇太后夫妻は13時前に長浜港に到着し、同館で昼食および休憩をとったあと、13時45分発の列車で名古屋へ向かったとか。この滞在のために当時破格の1万円という建設費をかけたとか。今の価値に換算すると2億くらい?
この段階で余り時間も残されてなかったのですが、せっかく長浜に来たので黒壁スクエアにも行ってみました。向かう途中でいい感じの建物発見。

左:長浜旧開知学校。明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物で登録有形文化財。今はBARとして利用されているようです。
右:長浜タワービル。1964年(昭和39年)に、地元の資産家が「長浜にも東京タワーのような名物を作りたい」という意向で建設したそうな。見た目1軒のお店が営業中のようですが・・・。
黒壁スクエアはほんとに気持ちブラっとしただけ。もう4時回ってましたので・・・・(^^;)

左:黒壁ガラス館。1900年(明治33年)に建てられた国立第百三十銀行の跡を利用したガラスのアートギャラリーで登録有形文化財。
右:町並みも、今度来た時にはゆっくり散策したいと思いますね。
海洋堂フィギュアミュージアムを駆け足で見て、最後の最後に寄ったのが「曳山博物館」でした。

曳山博物館は「長浜曳山祭」を紹介する博物館で、本物の曳山を常時2基公開しています。

左:「月宮殿」 右:「猩々丸」 本物を近くで見ることはなかなかできないので、これはすごいと感じました。木彫りなんて細かすぎてその技量のすごさに圧倒されますね。
出来れば祭りで見てみたかった。今年はコロナで中止になりましたからね。来年は開催されることを祈ります。
滋賀はいい観光スポットがいっぱいあって好きな県です。まだまだ回れていないところありますからね。また機会を見つけて散策しようっと(^.^)
]]>道中で、雰囲気のいい神社があるなと思ったら結構有名なところでした。
「白鬚神社(しらひげじんじゃ)は、滋賀県高島市鵜川にある神社。国史見在社で、旧社格は県社。別称は「白鬚大明神」「比良明神」。神紋は「左三ツ巴」。全国にある白鬚神社の総本社とされる。沖島を背景として琵琶湖畔に鳥居を浮かべることから、「近江の厳島」とも称される。2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定される。」(Wikipediaより)

左:拝殿と本殿。本殿は豊臣秀吉の遺命を受け、秀頼の寄進により1603年(慶長8年)に建立されたもので重要文化財指定。拝殿は拝殿は1879年(明治12年)の建築だそうです。
右:社務所。1932年(昭和7年)の造営。書院造で中世を思わせる造りであるとして、国の登録有形文化財に登録されています。

若宮神社(高島市指定有形文化財)。階段上がって左から外宮、内宮、三社(すべて高島市指定有形文化財)。
湖上に浮かぶ鳥居が有名ですが、交通量が多く道路横断するには危険が伴うので、禁止の看板が出てました。
城攻めもちょいと。これは大溝城跡。天正6年(1578年)織田信澄によって築かれたといわれています。

遺構は病院付近にある本丸に残る天守台のみ。近くに分部神社もあります。
車を走らせていると、なんか文化財っぽいものを発見。

浅見絅斎書院。案内板によると「 承応元年(1652)にこの地に生まれた浅見絅斎は、名を安正、字を重次郎という。京都で医学、後に山崎闇斎に儒教を学び、錦陌講堂を開き弟子を教えた。性剛穀廉潔尊皇の心篤く仕官せず、清貧窮乏であったが志を曲げなかった。赤心報国を刀に刻み、中国誠忠の士8人の略伝を『靖献遺言』に著し、幕末の勤王の志士たちの精神的原動力となった。」とありました。
浅見絅斎書院の向かいに、神社を発見。

左:大田神社とあります。御祭神は大年神・菅原道眞。また天津久米命を合祀。
右:本殿は滋賀県指定有形文化財だそうです。
時折雨が降る天気の中、小谷城跡まで車を走らせました。さすがにこの天気で小谷城を攻めることは断念。まぁ、時間的な都合もありましたので(2時間以上は優にかかるらしい)また別の機会で攻めたいと思います。

小谷城戦国歴史資料館で御城印と名城スタンプをGET。ここの展示物ですが・・・・ぶっちゃけ、しょぼいです。まぁ、入館料300円でお安いというのだけが救いかもしれません(^^;)
小谷城から南下して、最終目的地である長浜に到着。まずは長浜のシンボル、長浜城へ。
羽柴秀吉が築城した水城で、一国一城の主になったことで有名ですが、大阪の陣後廃城となり、遺構はあまり残っていません。

左:現在の天守は1983年に犬山城や伏見城をモデルにして模擬復元されたもので、市立長浜城歴史博物館として引用されています。
右:天守からの眺望は中々のもの。
その1はここまで。その2は城以外の長浜を駆け足で見て回ってきた内容になります。ではまた(^.^)
]]>

左:入口。
右:入口入ったろことろで、MCUの映画作品全ての解説がパネルで展示されています。まぁ、解説といってもさらっとだけですけど。

左:キャプテン・アメリカのシールド(インフィニティ・ウォー)。
右:キャプテン・アメリカのシールド(キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー)

キャプテン・アメリカのシールド(シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ)。ブラックパンサーがひっかいた跡があります。
この3つの盾は一列に並べて展示されていました。恐らく展示用のレプリカなんでしょうね。

キャプテン・アメリカの等身大フィギュア。着ている衣装は実際に使われたかどうかはわかりませんでした。

「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」でブラック・ウィドウが乗ったバイクの製品版。作中ではコンセプトモデルでした。ハーレーダビッドソンのLiveWire(R)という電動バイクで0-100km/h加速3秒という性能を持ち、1充電での最大航続距離は235kmだそうです(シティモード)。2021年から日本でも買えるようになるとか。300万円以上しそうだからまず買えないけど(^^;)

左:トニー・スタークのラボを再現したアイアンマンのホール・オブ・アーマー。マークIからマーVIIまで並んでいます。
右:向かいにはラボのディスプレイパネル風の映像が。

左:アイアンマン・マークIII 右:アイアンマン・マークIV

左:アイアンマン・マークV 中央:アイアンマン・マークVI 右:アイアンマン・マークVII
全部展示用のレプリカ。実物大にこだわらなければホットトイズのフィギュアでもよかったような気がしなくもない(^^;)

左:ポータルを使って空間移動を体験。一応大阪バージョンだそうで。
右:ドクターストレンジの等身大フィギュア。この衣装も実際に使われたかどうかは分かりません。

左:ロケット&ベビー・グルートの等身大フィギュア。
右:グルートと踊ろうみたいな。モニターの前で体を動かせば、その動きをグルートがコピーしてくれます。

左:アスガルドと9つの宇宙を結ぶ橋”ビフレスト”を抜けると、そこはソーの世界。まぁ、ドクターストレンジとおなじく映像をプロジェクターで投影しているだけですが(^.^)
右:ソーの等身大フィギュア。この衣装も実際に使われたかどうかは分かりません。

左:ムジョルニア。
右:ストームブレイカー。まぁ、これも展示用でしょう。

左:インフィニティ・ストーンパネルで紹介されていました。
右:サノスの等身大フィギュア。さすがにでかい。こんなんに睨まれたら泣くわ(^.^)

会場の締めは、アイアンマン最後の指パッチン、ナノ・ガントレット。もちろん展示用。
会場出口には、展覧会限定品を含む約1000種類以上の商品を販売するグッズ店が併設。この店だけ入店することはできないようです。要は、グッズ買いたきゃ毎回1300円で展示を見ろと(^^;)
ささっと見るなら30分もかからないボリュームです。これで1300円は正直どうかなぁというレベル。すべて撮影可能というのだけが救いですかね。海外のマーベル展の記事を見ましたが、もう比べ物にならないくらい規模が違う。この展示ならこれの倍以上の金額払ってもいいなぁと思いましたよ。
ま、撮影会だと思ってお気軽に見るくらいでいいかなぁ。会期は長いけど、2階も行きたいとは思いませんね(^^;)
]]>専用駐車場から舞鶴赤れんがパークへのアプローチには3棟の赤れんが倉庫と赤れんがロードがあります。

左:旧舞鶴海軍需品庫需品庫(前から第二水雷庫、第一水雷庫、電機庫)明治35年竣工(重要文化財)
右:逆から見たところ。残念ながら内部は見学できません。
ロードの先には4棟の赤れんが倉庫が並んでいます。それぞれ重要文化財に指定されています。

左:赤れんが4号棟・赤れんが工房。旧舞鶴海軍兵器廠雑器庫並預兵器庫(雑品庫並損兵器庫とも) 明治35年竣工。
右:創作工房や音楽スタジオ等を備えた、市民のものづくりの拠点として開館。この日は何もしていなくて休憩スペースとして使用されてました。

左:赤れんが3号棟・まいづる智恵蔵。旧舞鶴海軍兵器廠弾丸庫並小銃庫 – 明治35年竣工。
右:舞鶴や海の京都エリアの土産物が並ぶ赤れんがショップのほか、旧海軍ゆかりの展示等を行っています。

左:赤れんが2号棟・舞鶴市政記念館。旧舞鶴海軍兵器廠予備艦兵器庫 – 明治35年竣工。
右:歴史や文化とふれあう、出会い、交流の場として使用されています。

左:赤れんが5号棟・赤れんがイベントホール。旧舞鶴海軍軍需部第三水雷庫 – 大正7年竣工。
右:自由なレイアウトを可能とする多目的ホールとして開館しています。
赤れんがの建物が楽しめたのですが・・・・商業施設として改修されているので、内部はほとんど面影もくそもない感じなのがちなのがちょっと残念な感じ。特にわたしはお土産ショップとかそういうの興味ないので余計にそう感じるんでしょうね。
外観はよく保存されているので、コロナが収束し海自の自衛艦見学等ができるようになったらまた訪れたいなと思います。
赤れんがパークの近くにもれんが倉庫がありましたので、少しばかり紹介。海上自衛隊の施設内なので自由に見ることはできませんが・・・。

左:旧舞鶴海軍軍需部第一需品庫 – 大正8年竣工。現・海上自衛隊舞鶴補給所No.17倉庫。
右:手前から旧・舞鶴海軍経理部衣糧科被服庫・2棟(明治34年築)、旧・舞鶴海軍軍需部第三被服庫(大正10年築)。現在は、海上自衛隊舞鶴補給所倉庫として使用されています。
海上自衛隊が所有する赤れんが倉庫は重要文化財等には指定されていません。
まだ少し時間があったので、近くにある田辺城跡に寄ってみました。
「田辺城は細川藤孝(幽斎)・忠興親子によって築かれた城です。田辺城は「関ケ原の戦い」の前哨戦である「田辺城の戦い」の舞台となった城です。関ヶ原での功により嫡子忠興が豊前中津に加封されたあとは、代わって京極氏、ついで牧野氏が入り、牧野氏は明治の廃城まで10代にわたってつづきました。現在は本丸と二の丸の一部が舞鶴公園として整備されており、大手門と模擬ニ重櫓が復興されています。なお園内には歴代藩主の資料を展示する田辺城資料館があります。」(WEB上の説明より)

左:大手門が田辺城資料館なります。
右:天守台石塁が復元されていました。実際には天守は築かれなかったようです。

城跡公園のすぐ西側にある明倫小学校は、牧野氏時代の藩校「明倫館」跡で、写真の校門は当時の現存だそうです。舞鶴市有形文化財。
舞鶴はほぼ半日しかいませんでしたので、回りきれてないところも多いです。いずれコロナが落ち着いたころに子供たちを連れてもう一訪れたいと思います。大きな船見たら恐らく大興奮だと思いますしね(^.^)
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