明かりの本 新サイトURL
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明かりの本は9月20日ごろから、新サイトをオープンします。
現在の進行状況は、読書ページが構築できたところで、あとはブログ部分をどうするかちょっと検討しているところです。あと5日後くらいからプレオープン状態になって、2日に1回のペースで、新しい本をブラウザから読書できるようにする予定です。
こちらのページから、オープンベータ版のあたらしい読書ページを読むことが出来ます。
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今回から、あらゆるPCやmacやタブレットだけでなく、iPhoneやスマートフォンでも読書できるようになりました。じつは明かりの本はiPhoneからのアクセスが多かったので、早くiPhoneに対応したかったんですけど、やっとちゃんとiPhoneやスマホで読めるようになって良かったなあと思っているところです。iPhoneをお持ちの方はためしにこちらから読んでみてください。ちゃんと全文読めるはずです。左端をクリックかフリックすると次のページに進み、右端をクリックすると前のページに戻ります。
あとは、いままで横長だった装画を、一般的な縦長に統一しようかなというのと……、今まで通りに無料読書ページを5年以上読める状態にするのはやめて、30日間とか期間限定で公開していったほうが新鮮さがあって面白いかなとか、いろいろ迷っているところです。今回から有料コンテンツ化が可能になったので、売れるようなコンテンツもちょっとは検討しようと思っています。どうやったら、読みたいサイトになるのかを、思案中です。



問題は今まで作っておいたFLASH版はもう使えなくなるということなのです。もし今、なにか明かりの本のFLASH版で長編小説を読んでいるのなら、今年中かあるいは2020年12月31日までに読み終えておくことをお勧めします。それ以降も「シンプル表示版」で読めるのですが、フラッシュ版はまったく表示が出来なくなります。
自分としては2020年までFLASHが使えるのなら、しばらく放置しておけば、いずれFLASHをHTML5に変換する、秀逸なツールが公開されるだろうから、それを合法に利用させてもらって移行しよう、と思っていました。ところが……次回に続きます。
(期間限定公開)
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そういえば3年働いてから会社を辞めて1年間ずっとパリのルーブル美術館に入りびたって、それからまた3年働いたあとにパリに行く、という人が居たのを思いだしました。

以下の「シンプル表示の縦書きテキスト」をご利用ください。(縦書きブラウザの使い方はこちら)
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(約10頁 / ロード時間約30秒)
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今回、作中に出てくるゴシップ記事にムイシュキン公爵のことがデタラメに書かれている中で「ムイシュキン公爵は虚無主義である」という大ウソが書かれているんです。むしろ公爵は虚無主義の正反対ですよ。ドストエフスキーは虚無主義というのは否定的に考えていたかもしれない、と思いました。散々な事件から2週間たって、どうもナスターシャとムイシュキン公爵は結婚をするようである。本文こうです。
ナスターシャは、いろんなところが破綻しているので幸福にはならないのではないか……と思っていたんですが、どうもこの2週間は、彼女がもっとも望んでいた日々を送れたようです。作中にはこう書いていますよ。
ただ、公爵は、同時にアグラーヤにも逢いに出かけていて、親から面会を拒絶され続けている。完了した人間関係、ということをどうも認識できないようです。アグラーヤと結婚したがっていたガーニャはもう、物語から外れてしまっているようで、アグラーヤと上手く話し合いが出来ないままで、もうこれ以上は出てこないのかなと思いました。あの心やさしいコーリャでさえ、公爵の2人の女性に対する態度について、不信感をつのらせている。さまざまな登場人物が、公爵と付きあうことを辞めて行っている。
公爵とはどういう人なのかというと、作中では「生まれつきの無経験と、ひとかたならぬ純情と、適度という感情の極端な欠乏」からさまざまな事件を引きおこした男、ということになっています。公爵とやや対立した立場の脇役を登場させて、主人公は一体どういう人間なのかを考察してゆく。とくに物語の始まりのところも再び読み解いてゆく。こんなふうに人物像と物語を掘り下げてゆくんだなあと、驚きながら読みすすめていました。主人公がスイスからペテルブルグにやって来た、この小説のいちばんはじめのところを別の視点から読み解いているんです。本文こうです。
ここから先の考察が面白かったです。ストーリーのおさらいと新たな眼差しの提示を同時に行って、最後の物語がどう展開しているのかを骨太に見せてゆくのが凄いもんだなあと思いました。
ナスターシャのことについても、いかにも大衆の代表のような態度の脇役が、読み解いてゆきます。
公爵はこういう批評を受けて、自分が悪かったのだと正直に認めるのでした。これで批判者エヴゲニイは憤激する。謝っておきながら改めずに強情なままだと怒るんです。世間的にいえば、公爵は2人の女性を誘惑したふとどきものということになる。それで真相はと言うと……じつは公爵はずっと、はじめから、あの美女ナスターシャの表情から……完全なる狂気というのを読み取っていて、彼女の表情と心を恐ろしいものだと思っていた。そうであるにもかかわらず、ナスターシャと結婚をすると約束をした。どうしてかというと、暴漢ロゴージンとナスターシャが結婚したらきわめて悲惨なことが起きることが明白だったからです。だからムイシュキン公爵はキリストの生き方のように、ナスターシャの抱える苦を受け止めていった。狂っている女を忌み嫌うのでは無く、彼は「僕は心の底からあの人を愛しています! だって、あれは……まるで子供ですものね。今は子供ですよ。まるで子供です!」というのです。
公爵は自分の周囲の状況ということについては、まったく頭が働かない。2人を同時に愛するのは不可能で、1人しか愛しようが無い、ということにまったく思い至らないんですよ。ここがやっぱり、育ち方を誤ったというか、そういう経験がまったくないから、分からないようなんです。
同時に2人の婚約者を愛するというのは不可能だ……という、これ以外の理由ってあるのでしょうか。

以下の「シンプル表示の縦書きテキスト」をご利用ください。白痴は第50回で完結します。(縦書きブラウザの使い方はこちら)
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(約30頁 / ロード時間約30秒)
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★ドストエフスキー「白痴」をはじめから全巻よむ(※無料)
琴の柱というのは音階というか、音の高低を調節するための駒のことで、こういうのです。音色を鳴らす状態にはなっていない琴に、恋でそぞろになっている私(与謝野晶子)の乱れた髪が触れて、奇妙な音を奏でた。歌集「みだれ髪」のなかで、これだと思った歌……なんだと思います。
それから「光に似た煙だ」という言葉が印象的な……謎めいた詩に魅了されました。

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