趣味バレエは10年以上やってます(10年間ビギナーです)無論、現在も『趣味、大人、オープンクラス』形式の教室に通っており、時々オンラインでも受講してます。
ネレアさんのは、チャレンジしてみた、という感じです(出来なくても恥ずかしく無いですし…)
]]>今は種々マイクやICレコーダー等が出ているようですね。但し、『二万円』では、いろいろと足りないと思います。
ただスタインウェイで弾けば良いと言う訳ではありません。スタインウェイや、ベーゼンと言った楽器を設置する場所も大事です。
大事なのは音色だけでなく、“音色の響き”ですから。
キチンと共鳴する場所に設置する事、そういう場所を借りるのには、場所と時間がかかります。
響きの悪い場所に設置してあるスタインウェイより、響きの良い場所に置いてある中堅クラスのピアノの方が遥かに良いですし。
ピアノスタジオにも最近はスタインウェイとベーゼンドルファーが設置してある事もありますが、場所がどうか…???
又、私の場合、演奏動画によってはピアノでない曲もあります。
色々と試行錯誤です。
]]>ただ、スマホとか、安いビデオカメラの録音機能なんかだと、録音レベルが手動調整できずに、オートになってしまう。弱い音は大きく、強い音は小さく記録され、強弱再現が不自然になる。
特に、スタインウェイは音量減衰が少なく、伸ばした音量の経時変化は、ヤマハともベーゼンとも、さらにベヒシュタインあたりとは相当な違いがあります。
この問題を解決したいなら、2万円ぐらいフンパツして下さい。
ソニーPCM-A10あたりは、小さくて簡単で手軽でおすすめ。録音レベルは半分以下で、ピアノから1m以上客席側の位置から、できれば三脚か自立式一脚かマイクスタンドにつけて録音すれば、非常にきれいに録れます。
タスカムやズームなどのライバルメーカーからも、いいのが出ています。
『コロナ関連の弱者』と条件を付けていては、救済しきれない程、コロナ被害者が大勢います。必ず零れ落ちます。
この際、コロナをきっかけにBIを取り入れて(試験的にでも)見ても良いと思います。
怠け者の方は試しに大いに怠けてみて下さい。どれくらい怠けていられるか見物です。
怠け続けているのも苦痛ですよ。
]]>本質的な「生産」(物的な生産やサービスの履行)を生まないのに貨幣流通を増やせば、物価は上がります。
くわえて、今年は大幅な税収減は避けられず、国債の大量発行は避けられないでしょうが、それはあくまで緊急避難的なものでしかありません。
あくまで、コロナウィルス関連の弱者救済的な範囲にとどめるのが本筋かと…。
あと、なにか勘違いされてませんか?
「環境問題やら何やらが全て“左翼”になる」
のではなくて、
「左翼が環境問題を取り上げている」だけに過ぎません。
右翼や保守勢力にも環境問題を重視している人は多いです。
河野防衛大臣は自民党では脱原発勢力として知られ、その部分においては内閣の一員として党の方針にあからさまに逆らうことはしないまでも、一線を画した主張を明確に繰り返しています。
原発推進が党議拘束にでもならない限りは、たぶんそれは変わることはないでしょうし、脱原発が叫ばれるこの時代、そんな支持率低下がほぼ確実になるようなことをする自民党総裁は、いくら経団連ベッタリの与党といえども、今後は現れないと思います。
日本国憲法には、思想信条の自由も保証されているうえ、自衛隊は憲法遵守を重視する団体です。
正当な主張なら一意見として尊重するのは当然だし、ましてや人を楽しませるぶきエンターテインメントの世界で、ある程度までは自由な活動が認められるのは当然のことです。
※ちなみに、詳細は関知していないのですが、我が父は勤続25年以上の元自衛官です。
自衛隊員が(仕事がオフの時に)カラオケで尾崎豊の『卒業』を熱唱しているのも見てますよ。私から見れば、「反権力、反体制が好きならば、自衛隊辞めたら?」と思ったのですが、彼にしたら矛盾はないとの事。
宮崎アニメが左翼思想だ、と言うのだったら、環境問題やら何やらが全て“左翼”になりますね。そういう意味では私も“左翼”ですね。
N国党は私は興味深く見てますよ。
]]>別にヘイトスピーチのつもりはりません。ただ、文化には『上品』と『下品』があり、それはキチンとセレクトされるべきではないかと思います。
ジャズの世界は私から見れば“クラシック・コンプレックスに陥ってますね。だから私は好きになれませんが…。
『上品』と『下品』を真正面から描いた作品で、ミュージカルの『マイ・フェア・レディ』があります。オードリー・ヘップバーンの上品と下品の演じ方の区分けは見事です。
ジャズの世界でスタインウェイ等と言い出すのは、私から見れば違和感そのものですね。庶民階級には庶民階級の表現すべき世界がある筈ですから。
]]>これ、一部の音楽ジャンルや表現手法へのヘイトスピーチですか?
モーツァルトの表題がある作品の原題をいろいろ調べてみれば、お世辞にも品があるとはいい難いものばかりです。
プロ活動されているなら、「イタリア歌曲」の楽譜をお持ちかと思いますが、歌詞の対訳を見れば、これもまた情熱先行みたいな生々しいものもあり、品の良さではしっとり系ポップスにとてもかなわないものとなります。
20世紀半ば前後、ジャズの発展期を支えた女性シンガーには、貧困な黒人が多かった背景もある中でも、社会進出の足掛かりを築くべく、娼婦上がりみたいな人は多かったそうですが、そんな中でもスタインウェイは多用されています。
ジャズ・ピアニストにも、ベヒシュタインのエロール・ガーナーや、さらにベーゼンドルファーのオスカー・ピーターソンなど、個々にこだわりを持つ人は多くいました。
先入観を捨てないと、みずから専門とする以外のジャンルを正当には語れないです。
オベラは言わば「劇」だから、世俗と完全に切り離した内容なら別ですが、それこそ少しヤバい内容の作品なんていっぱいあります。そこでは、名手のもとでたくさんのストラディバリウスが活躍してきたことでしょう。
枚挙にいとまがなさすぎるので、この辺でとどめてはおきますが、妙にクラシックの敷居を高い位置に据えたがる人や、ポップスを軽く見ている感じの人が多いのには、違和感があります。
ポップス系の音楽には、どうしても商業主義がより入り込みやすい環境にあることは確かですが、それを否定していたら音楽全般の活性化を阻害しかねない一面もあり、悪とばかり言い切れないのも現実でしょう。