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]]>2020年2月6日、ネッロ・サンティ先生が88歳で天に召された。
サンティ先生は1931年9月22日、イタリアのアドリア生まれ。1951年、パドヴァのヴェルディ歌劇場にて《リゴレット》を指揮しデビュー。1958年には若くしてチューリヒ歌劇場の音楽監督に就任、1969年の退任後も指揮者陣の一人として密接な関係が続いた。1962年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にデビュー。以来、30年以上にわたり良好な関係が続いた。他にもウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、コヴェント・ガーデン王立劇場、ザルツブルク音楽祭、イタリア各地の歌劇場の指揮台に立った。コンサート指揮者としても成功をおさめ、1986年より97年までバーゼル放送交響楽団の首席指揮者を務めた。日本へは1999年の読響への客演以来、たびたび来日しており、N響には通算10回来演するなど、お馴染みの巨匠であった。
サンティ先生は、職人的指揮者としての膨大な経験はもとより、舞台芸術として捉えた上でのスコアに対する洞察力の深さ、歌手や奏者の息遣いに対する慧眼、そして作品・劇場・人々に対する感謝と敬虔の念において、イタリア・オペラの伝統を体現する最後の巨匠であった。ヴェルディ指揮者としての私の考えには、サンティ先生から授かったものが脈々と流れていると感じている。
本稿では、サンティ先生との出会いから、楽屋やリハーサルでの交流を振り返ることで、私が心から敬愛したマエストロを追悼することとしたい。

私がサンティ先生の実演に初めて接したのは、2007年11月のN響《ラ・ボエーム》。当時の私は弁護士3年目。リーマンショック前の好景気に沸き、毎月の労働時間が300~400時間という日々が続いていた。演奏会に行くなど、およそ不可能な状況にあったが、何かに引き寄せられるようにNHKホールに向かった。そして、雷に打たれたかのような衝撃を受けるとともに、忘れかけていたオペラへの情熱に再び火がついたのを覚えている。
以来、サンティ先生の指揮する演奏会には、僅かな隙間を見つけて、何度となく通うようになった。また、時期を同じくして、アーリドラーテ歌劇団の立ち上げが決まる。オペラ指揮者として歩み始めるにあたり、マエストロの指揮を現地で観たいという気持ちが高まった。
2011年4月、ついに念願が叶い、サンティ先生の指揮するチューリッヒ歌劇場《仮面舞踏会》を観劇した。このときの印象を、私は以下のように書き留めている。
マエストロの紡ぎ出すヴェルディの世界は、もはや「神」の領域である。「音楽」という枠を超え、総合芸術としてのオペラの屋台骨をなす「演奏」のあり方を明確に示す超名演であった。例えば、フォルテ一つをとっても、場面によって音色は千差万別。マエストロは、アウフタクトの溜めの微妙な差異により、場面に最適なフォルテをしっかりと鳴らす。他方、ピアニシモでは、ヴェルディ最晩年にも見られるような枯れた表情を窺わせる。メロディはよく歌わせ、でもその末尾は自然におさめて次への橋渡しとする。アレグロは、まさにアレグロ。駆け足でも早歩きでもない。無論、歌とオーケストラのバランスも本当に完璧である。スコアに記されたあらゆるサインを一つの芸術として昇華させているのだ。
2011年7月から半年間、研修でブリュッセルに滞在する機会を得た私は、オーストリア、ドイツ、イタリアを中心に、毎週末にオペラや演奏会を梯子する計画を実行。その数は合計で100公演を超えたが、この間、サンティ先生の指揮するチューリッヒ歌劇場にも通い、同年9月《リゴレット》、同年10月《ドン・パスクワーレ》と《セビリャの理髪師》を観劇することができた。
なかでもヌッチ主演の《リゴレット》は、実に感慨深い舞台であった。
2006年の収録と比べると、マエストロ・サンティの描く音楽は、より深遠な世界観に到達しており、研ぎ澄まされた弱音部における枯れた響きは、いわゆる通常のヴェルディ演奏の枠を完全に飛び越えている。ダムラウのキャンセルという事態はあったが、その結果、逆に多くのことを学ぶことができた。急な代役という状況下で、マエストロが試行錯誤をしながら、ベストに近い上演に仕上げていく過程を、生で観ることができたわけである。マエストロ・サンティの持つ引き出しの多さ、そしてその卓越したコントロール能力には、完全に脱帽である。

こうして私は、サンティ先生の追っかけを始めた。
ブリュッセルから帰国後は、サンティ先生が指揮した舞台は、ほぼ全演目を観劇。詳細は末尾別表のとおりで、その都度、深夜便で往復する最短3泊5日の日程で、日本から弾丸で飛んでいる。
2013年からは、同一演目の複数公演を連続して見比べ、上演日による違いや変化を観察することも始めた。楽屋口での出待ちも開始し、サンティ先生にも徐々に顔を覚えていただけるようになった。
なお、私が観劇するときはいつも、オーケストラピットの真横か、平土間最前列の座席を確保し、マエストロの指揮姿に全神経を注いでいた。指揮技術の観察と思考過程の追体験を最大の目的としていたからである。晩年10年間に限れば、ご家族以外では、サンティ先生の指揮を最も多く見届けてきたと自負している。

楽屋に初めて突撃できたのは、2015年1月のサン・カルロ劇場《アンドレア・シェニエ》。顔を合わせた瞬間に「あぁ!」という嬉しい一言。これを契機として、終演後には楽屋へ詣でるようになり、帰り際には笑顔で「次はいつ?また会おう!」と固い握手で再会を誓うのが恒例となった。
そして2016年のフェニーチェ劇場《ラ・トラヴィアータ》でお会いした際には、自己紹介を内容とする手紙をお渡しするとともに、リハーサルを見学させて欲しいと直談判。すると、「早く言ってくれればよかったのに!」と、満面の笑みで、その場でご快諾いただいた。

欧州の歌劇場でのリハーサルは、多くの場合、数週間からひと月前頃からリハーサルが開始される。作品や劇場によって様々ではあるが、マエストロが携わるものとしては、歌手との音楽稽古が2~3コマ、合唱の音楽稽古が1コマ、オーケストラとのリハーサルが2~3コマ、歌オケ合わせが1~2コマ。これに、数回の舞台稽古とGPが続いて、本番を迎えるのが通常のようである。なお、いわゆる演出稽古が別に並行して行われる。
私が見学できたリハーサルは、2017年1月のサン・カルロ劇場《リゴレット》、2017年10~11月のスカラ座《ナブッコ》、そして2019年2月のチューリッヒ歌劇場《ランメルモールのルチア》の3演目。
それぞれにつき、約1週間にわたり、マエストロによる歌手との音楽稽古やオーケストラとのリハーサルを連日のように見学した(本音を言えば、舞台稽古や通し稽古まで含めて見学したかったが、そうするとリハーサル開始から公演まで1か月以上も日本を留守にすることとなり、弁護士業が成り立たなくなる。そのため、リハーサルを見学したのち、いったん日本に帰り、2、3週間後に再び現地に飛ぶことで対応した。私のスケジュールが話題にのぼると、サンティ先生やご家族からは、いつも労いの言葉をいただいた。)。


サンティ先生は、歌手との音楽稽古では、ブレスの位置やディクション、そしてフレージングについて、過去の偉人を例に挙げながら、自ら実演し、一つずつ伝授していく。サンティ先生の息遣いや左手に導かれると、それまで硬かった歌声が、たちどころに伸びやかなベルカントな歌唱へと変貌する。声にどんどん輝きが増し、ドラマが宿る過程は、神業としかいいようがない。
休憩時間には、サンティ先生のまわりには、いつも団らんの輪が広がり、歌手たちは皆、サンティ先生の含蓄に富んだ昔語りに耳を傾ける。歌手陣と肩を並べながら、圧倒的なオーラに包まれる中で、リハーサルを見学できたことは、一生モノの経験である。
一方、オーケストラとのリハーサルでは、サンティ先生が自ら歌いながら、絶妙な呼吸とアウフタクトで彩りを添えていく。
冒頭から流しながらも、勘所を押さえた指示と、こだわり所の取り出し方は、簡にして要を得た実に見事な職人技である。サン・カルロ劇場、スカラ座、チューリッヒ歌劇場のそれぞれに、個性や持ち味があって面白い。部屋の隅から見学していても、活き活きとした音色と、密度の濃い音圧が、直接肌に伝わってくる。
なお、チューリッヒ歌劇場の歌オケ合わせでは、マエストロの真後ろの席で見学する機会を得たが、各所から発せられた多様なエネルギーが一つに集まろうとする熱い空気に圧倒された。


私が知る限り、サンティ先生は、弟子を採らない。外部エージェントや音楽マネジメント会社のサポートを受けておらず、全てがアットホームな家族経営であった。それゆえ、リハーサルの見学者は、世話役の奥様、マネージャー役のご子息、そして私。そこに時々、イタリアの若い指揮者2名が加わるのみ。
ある時、サン・カルロ劇場《リゴレット》のリハーサルの合間のことであるが、サンティ先生が私に語りかけてきたことがある。「君はリゴレットを指揮したから、よく分かっているだろう」と。コクリと頷くと、サンティ先生はこれに続けて「でも僕は、65年以上前から知っている(ニヤッ)」。このひと言を残すと、指揮台へと戻られた(上述のとおり、サンティ先生は1951年にパドヴァのヴェルディ歌劇場《リゴレット》を指揮してデビューしている。)。笑い話ではあるが、私が手紙に記した内容まで把握され、目をかけていただけていることの証でもあった。このときの感激は、今でも昨日のことのように思い出される。

サンティ先生の音楽の魅力は、シンプルかつ理論的な造形の上に展開する自然体にあるといえるかもしれない。
和声と伝統様式に立脚した骨太な設計をベースに、カンタービレを温かく瑞々しく花開かせる。快活でありながら、急かさず煽らず、着実な歩みの中で、声の輝き、言葉のドラマ性、歌手たちの表現意欲を極限まで引き出す。歌詞の全てが音楽の流れの中に完璧に収まることで、フレーズと言葉に推進力が生まれる。そして、喜怒哀楽、とりわけ愛情、感謝、優しさ、幸せが、気品を伴って織り込まれるのである。一方、要所では、ドラマを浮き上がらせる絶妙な陰影を挿し込むことで、奥行きと味わいが広がる。特に晩年は、枯山水のごとく澄み渡った明るさを垣間見ることもあった。
何よりも凄いのは、上演のたびに、テンポも表情も間合いも全て変えてくることである。歌手のコンディションは日によって異なるのが常だが、サンティ先生は、個々の歌手の第一声を聞くだけで、瞬時に状態を察知し、その日の声に合った流れに寄せていく。引き締めたり緩めたり、調子が悪そうであれば、導きの助け舟を出したり、逆に調子に乗っていれば、あえてギリギリを攻めて覚醒を狙ったりと、その引き出しの多さは、魔術師のよう。
そのため、同じ歌手陣であっても、生まれる音楽は、日によって全く別物となる。攻めすぎてアンサンブルが崩壊しかけることもたまにあった(そういうときは、終演後に楽屋で「今日はどうだった?」と満面の笑みで私に問いかけるのが常であった)が、事前の仕込みをベースにしつつ、予定調和に陥らず、一から構築し直し、毎回新鮮な舞台を創出するという意味において、「劇場」に「生命」と「魂」を宿らせるとともに、歌として、また芝居として、一つの世界観のもとに「昇華」させることのできる唯一無二のマエストロであった。

晩年のサンティ先生は、どの劇場でもブラボーの大合唱により迎え入れられるのが常であったが、ホームグラウンドであるチューリッヒ歌劇場は、やはり特別な場であった。60年間続くこの劇場との密接な信頼関係は揺るぎない。
マエストロが登場しただけで、割れんばかりの拍手と喝采に沸き、客席が、オーケストラピットが、劇場全体が笑顔に満ちる。音楽が始まれば、サンティ先生が導く音楽の全瞬間を心に刻むべく、演奏者と聴衆が一体となった特別な時間が紡ぎ出される。そしてカーテンコールでは、客席は総立ちでマエストロを迎え、愛に満ちた温かな雰囲気に包まれながら幕が下りる。
舞台裏でも、マエストロが出演者やスタッフの全員から尊敬され、愛されていることが一目瞭然。廊下ですれ違うと、全員が足を止め、笑顔で挨拶、そして雑談に花を咲かせる。そして楽屋には、ご自宅のような寛ぎと癒しが満ち溢れていた。サンティ先生の音楽に対する真摯な姿勢、そして飾らない温かなお人柄ゆえであろう。


これほど偉大なマエストロとそのご家族が、私のような若者に対して、類い稀な包容力をもって接し、これほど親身になり続けてくれたということは、通常はあり得ない。むしろ今でも信じられないくらいである。
しかし、奇跡とはいえ、サンティ先生から学びを得たことで、私は幸いにも、オペラ指揮者としての「礎」を授けていただけたと信じており、オペラ指揮者の作法、劇場での職人魂、そして音楽に対する敬虔な愛情を知ることができたと感じている。


晩年のマエストロの指揮を最も多く観た数少ない継承者のひとりとして、私も微力ながらも、オペラ指揮者として、舞台人として、ヴェルディ先生に捧げる人生を歩んでいこうと思う次第である。
※本稿は、日本ヴェルディ協会の会報誌《VERDIANA》第43号に寄稿した記事を一部改変して掲載したものです。
2011/4/29 – チューリッヒ歌劇場《仮面舞踏会》- Pountney, Beczala, Cedolins, Stoyanov, Naef, Guo
2011/9/18 – チューリッヒ歌劇場《リゴレット》- Deflo, Nucci, Beczala, Guo, Daniluk, Peetz
2011/10/28 – チューリッヒ歌劇場《ドン・パスクワーレ》- Asagaroff, Raimondi, Rey, Mihai, Widmer, Helgesson
2011/10/29 – チューリッヒ歌劇場《セビリャの理髪師》- Lievi, Cavalletti, Daletska, Zeffiri, Chausson
2012/5/23 – チューリッヒ歌劇場《ポリウート》 – Michieletto, Pisapia, Cedolins, Cavalletti, Zanellato
2012/5/24 – チューリッヒ歌劇場《仮面舞踏会》 – Pountney, Beczala, Georgieva, Stoyanov, Pentcheva, Guo
2012/11/24 – チューリッヒ歌劇場《仮面舞踏会》- Pountney, Vargas, Serjan, Markov, Naef, Guo
2013/4/26 – チューリッヒ歌劇場《ファルスタッフ》 – Bechtolf, Maestri, Moșuc, Cavalletti, Guo, Camarena, Schmid, Naef
2013/4/28 – チューリッヒ歌劇場《ファルスタッフ》 – Bechtolf, Maestri, Moșuc, Cavalletti, Guo, Camarena, Schmid, Naef
2013/12/28 – チューリッヒ歌劇場《ラ・ボエーム》- Sireuil, Rutkowski, Sherbachenko, Viviani, Rusko, Tsiple, Conner
2014/5/4 – チューリッヒ歌劇場《アンドレア・シェニエ》 – Asagaroff, Lee, Serafin, Gallo, Tsiple
2015/1/28 – サン・カルロ劇場《アンドレア・シェニエ》 – Puggelli, SK Park, Viviani, Dika, Sagona
2015/1/29 – サン・カルロ劇場《アンドレア・シェニエ》 – Puggelli, Palombi, Murzaev, Pirozzi, Sagona
2015/4/25 – チューリッヒ歌劇場《ランメルモールのルチア》 – Michieletto, Sierra, Jordi, Ruciński, Bernheim, Zhang
2016/4/9 – フェニーチェ劇場《ラ・トラヴィアータ》 – Carsen, Nuccio, Cortellazzi, Fabbian
2016/4/10 – フェニーチェ劇場《ラ・トラヴィアータ》 – Carsen, Dotto, Jordi, Grassi
2016/4/12 – フェニーチェ劇場《ラ・トラヴィアータ》 – Carsen, Dotto, Cortellazzi, Grassi
2016/9/11 – フェニーチェ劇場《ラ・トラヴィアータ》 – Carsen, Schiavo, Pop, Platanias
2016/9/13 – フェニーチェ劇場《ラ・トラヴィアータ》 – Carsen, Schiavo, Pop, Platanias
2017/1/24 – サン・カルロ劇場《リゴレット》 – Cobelli, Petean, Pretti, Feola, Malavasi, Di Matteo
2017/1/25 – サン・カルロ劇場《リゴレット》 – Cobelli, Amartuvshin, Pop, Nuccio, Rinaldi, Giuseppini
2017/1/26 – サン・カルロ劇場《リゴレット》 – Cobelli, Petean, Pretti, Feola, Malavasi, Giuseppini
2017/3/3 – スカラ座《ラ・トラヴィアータ》 – Cavani, Perez, Magrì, Nucci
2017/3/5 – スカラ座《ラ・トラヴィアータ》 – Cavani, Perez, Meli, Nucci
2017/4/7 – チューリッヒ歌劇場《愛の妙薬》 – Asagaroff, Kulchynska, Gatell, Molnár, Girolami, Kristoffersen
2017/4/9 – チューリッヒ歌劇場《愛の妙薬》 – Asagaroff, Kulchynska, Breslik, Molnár, Girolami, Kristoffersen
2017/11/16 – スカラ座《ナブッコ》 – Abbado, Nucci, Pirozzi, Stroppa, La Colla, Petrenko
2017/11/19 – スカラ座《ナブッコ》 – Abbado, Nucci, Pirozzi, Stroppa, La Colla, Petrenko
2019/2/22 – チューリッヒ歌劇場《ランメルモールのルチア》 – Michieletto, Minasyan, Jordi, Ruciński, Sanchez, Zhang
2019/2/26 – チューリッヒ歌劇場《ランメルモールのルチア》 – Michieletto, Gimadieva, Jordi, Ruciński, Sanchez, Zhang
(注1)当初の予定では、上記以外に、2014年8月にはザルツブルク音楽祭《ラ・ファヴォリータ》、2015年9月にはスカラ座《愛の妙薬》、2018年5月にはスカラ座《アイーダ》、2018年10月(当初は同年6月)にはサン・カルロ劇場《ナブッコ》の指揮も予定されていたが、いずれも降板している。
(注2)2016年2月にはサン・カルロ劇場《ノルマ》(デヴィーア主演)を指揮している。私はチケットを入手済みであったが、諸般の事情により諦めざるを得ない状況となり、観劇を果たせなかった。なお、2011年7月以降に私のスケジュールの都合により観劇を断念したのは、この《ノルマ》以外では、2011年12月のチューリッヒ歌劇場《愛の妙薬》、2012年2月及び2017年2月のチューリッヒ歌劇場《ランメルモールのルチア》、2014年5月のサン・カルロ劇場《道化師》のみである。
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]]>アーリドラーテ歌劇団は、ヴェルディ作品の全幕上演に特化したオペラ団体です。
以下では、弁護士である私が、オペラに開眼し、ヴェルディに魅せられ、自ら団体を旗揚げし、ライフワークとしてヴェルディの自主上演の指揮・制作に取り組むようになった経緯、及び第5回公演《イル・トロヴァトーレ》(2017年7月)の成果等について、私自身の自己紹介も兼ねて、簡単にご紹介させていただきます。
(日本ヴェルディ協会の会報誌「VERDIANA」第40号(2017年12月発行)に寄稿した文章をもとに、若干の調整を加えました。)
ご存じのとおり「アーリドラーテ」とは、「黄金の翼」の意のイタリア語で、ヴェルディの出世作《ナブッコ(ナブコドーノゾル)》に登場する合唱曲〈行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って〉に由来します。
各公演の舞台写真その他詳細はこちら
当プロダクションは、
を特色としています。
アーリドラーテ歌劇団の源流は、私の学生時代にさかのぼります。
私は大学在学中、東京大学歌劇団の総監督・指揮者として、《ドン・ジョヴァンニ》《アイーダ》《こうもり》《エフゲニ・オネーギン》《カルメン》を指揮しており、オペラに開眼するに至りましたが、私とともにアーリドラーテ歌劇団の活動をリードする演出家・木澤譲氏との出会いも、ちょうどこの時期のことでした。
木澤氏は偶然にも《アイーダ》の助演ダンサーとして東京大学歌劇団の舞台に立ちましたが、手作りの巨大なパネルが林立し、手書きの象形文字で埋められた舞台セットを目の当たりにし、心が動かされたとのことです。《こうもり》からは、演技指導や演出として、私の指揮する公演に携わるようになりました。
卒業後は、私は駆け出しの弁護士として業務に忙殺され、木澤氏は小澤征爾音楽塾や東京オペラの森等で研鑽を積んだ後にニューヨークで活動することとなり、しばらくは各々の道を歩みましたが、2008年に再会した折、双方から開口一番に、ヴェルディ上演に特化した歌劇団旗揚げの話が持ち上がり、当プロダクションがスタートするに至りました。
旗揚げ当初は、どちらかというとアマチュア団体としての色彩が強いものでしたが、2014年に私が日本オペラ振興会・藤原歌劇団の評議員を拝命するなど、いくつかの転機が訪れ、第3回公演《リゴレット》からは、プロを中核に据えた活動形態への移行を進めました。
そして2017年の公演《イル・トロヴァトーレ》では、当プロダクションの基本方針、すなわち、プロ・アマチュアを問わず、多彩なバックグラウンドをもつ個性豊かな実力者・職人たちが集い、ヴェルディへのリスペクトのもと、全員参加型のチームワークで、高水準の舞台を創出する、という他にあまり類を見ない方向性が、ようやく確立するに至りました。
公演の模様については、公式Webページにて舞台写真を公開中ですので、そちらをご覧いただければと存じます。→こちら
本公演において、個人的にこだわったポイントは、二つありました。
第一は、舞台を彩る照明・美術とヴェルディの音楽との相乗効果です。
今回の舞台では、ホワイトボックスのキャンバスに、ポップで刺激的な照明を射し込むことで、エンターテインメントのような躍動感を目指しました。
演奏や芝居はオーソドックスであっても、その魅せ方においては、現代人の感性に直接的に訴える手法を大胆に採用すべき、という私たちの考えに基づきます。
一方で、実際に照明プランを構築するにあたっては、演出家・指揮者・照明家が三位一体となり、楽譜の小節単位での緻密なプランニングを行っています。
具体的には、ヴェルディが各場面に与えた音楽のリズムや調性感を、徹底的に視覚化することで、目と耳の両面から《イル・トロヴァトーレ》の世界に没入できるよう、細部までこだわりをもって創りこみました。
なお、今回のプランでは、登場人物の性格や心情の緻密な描写に注力し、具体性をギリギリまで排除しているため、世界各地で採用されているような映像投影という手法は用いていません。
《イル・トロヴァトーレ》の場合、よく見られる演出では、炎や戦闘という荒々しいモチーフが前面に押し出され、血の匂い、背徳、反逆、異常なもの、偏奇なものが強調される傾向にあるように思われます。
しかし、これは私の個人的な印象ですが、音楽自体を紐解くと、素朴な青春讃歌ともいうべき箇所が多く目につきます。
オーケストレーションについても、旧来のリコルディ版では、フォルテやアクセントが重ねられ、分厚くマッチョな記譜がなされていますが、シカゴ大学の批判校訂版を見直すと、むしろ明るく軽やかな印象です。
そのような音楽の源泉から汲み上げようと試みたのが、今回の清潔・無垢な舞台でした。
初めて作品に触れる方はもちろん、すでに作品を熟知している方にとっても、新鮮でありながら、どこか温もりを感じ、ヴェルディの描いた音楽・ドラマの素晴らしさに想いを馳せることができる、そんな舞台に仕上げられたのではないかと思います。
第二は、イタリアの小都市のオペラハウスのような空気感の演出です。
本公演から使用するシアター1010は、約600席の馬蹄形の劇場で、舞台と客席を間近に感じる臨場感を満喫できます。
演劇を中心とした芝居小屋であり、舞台機構が充実していることに加え、舞台上の歌手の声が客席にまっすぐ届くという特長も持ち合わせます。
クラシック専用のホールではないため、違和感を持った方もいらっしゃったようですが、私個人の意見としては、日本のホールはどこも響きが豊かすぎ、ヴェルディやそれ以前のイタリアオペラの上演には不向きです。
少なくともイタリアの小都市のオペラハウスは、基本的には、数百席の馬蹄形の劇場であり、声はよく届くものの、響きはデッドで、生音に近い設計になっています。
むしろ誤魔化しの効かない環境において、オーケストラや合唱から、ヴェルディらしい香りが醸し出せれば、それこそがヴェルディの音楽であり、皆様の心をイタリアの小都市のオペラハウスに誘うことができると考え、この劇場を選んだ次第です。
公演後のアンケートでは、出演した歌手陣はもちろんですが、オーケストラや合唱に対する讃辞の声も多く頂戴しました。
今回のオーケストラは、国内外での演奏経験が豊富な若手プロ奏者らを中心とする少数精鋭であり、過去の公演から連続して参加を続けてくれる仲間も増えたことから、現段階としては納得のいくヴェルディサウンドに仕上がりました。
また前回《ドン・カルロ》に続く出演となった合唱団は、プロとアマチュアが一緒に団員・仲間としてつくりあげるという特色を有しますが、その明るくパワフルな歌声と澄んだ美しいハーモニーは、プロのオペラ合唱団にも比肩するほどの充実ぶりでした。
ヴェルディ作品の上演は、スター歌手だけでは成り立ちません。舞台に関わる全員のチームワークが成功の鍵を握ります。
「冷静な頭と温かい心」を持ち合わせた良きメンバーが集い、アットホームなおおらかさのもとで、ビシッと成果を上げる、そんなイタリア的な感性に手応えを感じる公演となりました。
おかげさまで、アーリドラーテ歌劇団は、2011年旗揚げ公演以来、紆余曲折を経ながらも、結果的には、個性と才能にあふれる良き仲間の輪が広がり、公演のクオリティも着実に進化を遂げ、いわゆるリピーターを含む多くのお客様からご声援頂けるプロダクションへと成長することができました。
収支を考えなければ、順風満帆ともいえる環境にあり、さらなる飛躍を目指していけるものと確信しております。
しかしながら、台所事情に関しては、旗揚げ当初から事実上「破綻」しており、改善の兆しは全くありません。これは当プロダクション固有の事情というよりも、むしろオペラ制作・上演という活動それ自体に内在する構造的な問題と思われます。
そもそもオペラ制作・上演は、経済活動という観点からは「非」合理なものです。
制作に関していえば、歌手、合唱団、オーケストラメンバーとの出演交渉からはじまり、スケジュール調整、リハーサル場所の確保、使用楽譜やレンタル楽器の手配、各方面への広報・営業、チケット販売、チラシ・プログラムの作成・印刷、会場運営、コスト管理等、あらゆる事務作業が発生します。関係当事者が多岐にわたるため、通常、その調整は困難を極め、一個人のキャパシティを超えてしまいます。
当プロダクションの場合は、チームワークがスムーズに機能していることに加え、演出関係で生ずる事務はすべて演出チームに任せることができ、また細かい作業については多少なりとも仲間の協力が得られているので、制作に関しては何とか一人で全体をまわせていますが、それでも実際に生ずる業務量は、私自身が弁護士業務に費やす総時間数を明らかに超えているのが実情です(なお、私の場合は、制作に係る業務に加え、指揮者として、作品を勉強し、リハーサル計画を策定し、何よりも自身のスキルと経験を高めていくことも求められます。)。
要するに、通常のコンサートの主催と比べると、何倍もの工数がかかり、それらを一つのプロジェクトとして束ねていく必要があるため、合理的に考えると、一個人として挑むにはあまりに無謀な活動といえます。
しかも当プロダクションが行う規模のオペラ制作・上演においては、本来的に損益分岐点が存在し得ません。別の言い方をすれば、二日間の上演をすべて満席にできたとしても、多額の赤字を覚悟しなければならず、空席が生ずれば、それだけ赤字が膨らみます。
当プロダクションの場合、指揮者と演出家は無償奉仕(むしろ多額の持ち出し)としつつ、各方面にご理解ご協力をお願いし、ギリギリまでコストを削減し、同規模の公演における通常予算の半分ないし3分の1にまで費用を圧縮してもなお、赤字からの脱却には程遠いのが実情です。
財政基盤や支援団体を有しないプライベートカンパニーゆえ、生じた赤字については、その全額が主宰者である私の責任となります。
どう転んでも赤字にしかならない事業ですから、当該事業それ自体のもつ広告宣伝効果やその他関連事業との相乗効果等の何らかのメリットが見出せない限り、合理的な企業・組織・事業者が自ら進んで取り組むことはあり得ないでしょう。
昨今、少なくとも首都圏では、プロからアマチュアまで多くの団体がそれぞれの個性を活かしつつ多種多様なオペラ公演を展開していますが、オーケストラ及び舞台を伴う本格的なオペラ上演を高いクオリティで継続するプロダクションは、国や地方公共団体等から多額の助成金や支援を受ける団体や、大学が教育の一環として取り組む場合等を除くと、稀有といわざるを得ません。
著名な団体の本公演や海外からの引っ越し公演もよいですが、ヴェルディのオペラのさらなる普及のため、当プロダクションはもちろんですが、これに限らず、オペラの本格的な自主上演に真剣に取り組むプライベートカンパニーによる公演には、ぜひ足をお運びいただき、ご声援頂ければ幸いです。
当プロダクションを通じた活動は、私なりの社会への「貢献」と考えています。
上述のように、オペラ制作・上演は、本来的に「非」合理的な活動といわざるを得ません。
それにもかかわらず、私がヴェルディの自主上演に人生を捧げているのは、ヴェルディをキーワードにした「コミュニティ」の再生という私なりの壮大な「夢」があるからです。
スマートフォンに飼い慣らされ、人工知能が台頭しつつある昨今、巷には、画一化された娯楽が満ち溢れており、しばしの快楽や欲望は、何の苦労もなく、クリックひとつで手に入ります。
しかしその背後で、心と感情が希薄化していることに危機感を覚えます。
現代社会を支配する利権の闘争や安易な商業主義のもとでは、心のよりどころを失った個々は、疑心暗鬼になって互いを傷つけあう一方で、思考停止に陥って偽善者らによるプロパガンダに扇動されやすくなっているようです。
この現代の潮流を目の当たりにすると、日本人本来の良識や品格が失われる日も遠くないのではないかと悲観せざるをえません。
知性や良心は文化により育まれます。
ヴェルディの作品は、人や社会を顧みる手がかりの宝庫であり、人々を奮い立たせるエネルギーに満ち溢れています。
ヴェルディを旗印に、良識と品格を兼ね備えた多種多様な人々が集えば、強い絆で結ばれるはずです。
そして各々が立場を離れて心を通わせれば、そこには文化的な「コミュニティ」が再生されます。
ヴェルディへの愛から醸成された信頼関係は、現代日本社会に蔓延する閉塞感を打開する鍵になると信じてやみません。
私たちの舞台を通じた知と感性の対話により、心の共鳴が再生され、そして拡がっていくことを切に願っている次第です。
以上のような信念のもと、今後も私は当プロダクションを通じた活動を続けて参ります。
皆様方からの熱いご声援を支えに「黄金の翼」をさらに羽ばたかせて参ります。多くのヴェルディ同志の皆様方のご来場を心よりお待ち申し上げております。
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]]>The post 平成29年度 日本照明家協会 優秀賞 受賞 first appeared on アーリドラーテ歌劇団 / Teatro Verdi di Tokyo.
]]>「全体を純白のビニールで囲まれたシンプルな舞台に対し、トロバトーレの世界観を出すため、従来の照明手法にとらわれることのない、作者本来の意図を読み解くことに挑戦した今回のデザインは、演出や自分との葛藤はあったと思うが、作品の演出効果に大きく寄与した。」
オペラの舞台において、照明を通じて作者本来の意図を読み解くことに挑戦するというのは、あまり例をみないものと思われます。しかし私たちは、従来の手法にとらわれることなく、ヴェルディ先生の世界観に迫るべく、挑戦を続けます。
今年の《ナブッコ》でも、山島指揮&木澤演出のもと、照井ワールドが炸裂します。乞うご期待。
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]]>The post 主宰者から皆様にお伝えしたい3つのこと first appeared on アーリドラーテ歌劇団 / Teatro Verdi di Tokyo.
]]>ヴェルディの魅力は、テアトロ(劇場)を舞台にした人間感情の追求にあります。その表現にあたっては、ヴェルディへの敬虔な愛のもと、多彩かつ個性豊かな実力者・職人たちによる全員参加型のチームワークが求められます。
アーリドラーテ歌劇団では、旗揚げ当初から一貫して、指揮者と演出チームが制作・上演の中心的役割を担い続け、オーソドックスながらも現代人の感性に直接訴える個性的な舞台を実現してきました。
音楽面では、第一線で活躍するプロの歌手や演奏家を中核に、実力のあるアマチュア音楽家も参画し、高水準かつ熱いヴェルディサウンドが沸き立ちます。
イタリア小都市のオペラハウスのような空気感のもと、プロとアマチュアの垣根を越えた真のプロフェッショナリズムがここに宿ります。
個性と才能にあふれる良き仲間の輪が広がり、アーリドラーテ歌劇団は、公演のクオリティを着実に進化させるとともに、多くのお客様からご声援頂けるようになりました。
しかしながら、その台所事情は、改善の兆しがありません。制作面では、関係者が多岐にわたるため、通常のコンサートの何倍もの作業量を要します。
一方、収支面では、仮に二日間の上演をすべて満席にできたとしても、多額の赤字は必至です。もちろん生じた赤字は、すべて主宰者個人の責任となります。
このような「非」合理性にもかかわらず、私がヴェルディに人生を捧げるのは、ヴェルディをキーワードにした「コミュニティ」の再生という壮大な「夢」があるからです。
ヴェルディの作品は、人や社会を顧みる手がかりの宝庫であり、人々を奮い立たせるエネルギーに満ち溢れています。良識と品格を兼ね備えた多種多様な人々が集えば、強い絆で結ばれるはずであり、そこで醸成された信頼関係は、現代日本社会に蔓延する閉塞感を打開する鍵になると信じてやみません。
知と感性の対話により、心の共鳴が再生され、そして拡がっていくことを切に願っている次第です。
指揮・総合プロデュース
山島 達夫
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