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          Macau alerta contra o uso de moedas virtuais      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
As autoridades de Macau alertaram recentemente o uso das moedas virtuais, ilegais no território, depois de um alegado fraude no valor de 2,2 milhões de euros.
          Macau vai registar o maior rendimento “per capita” do mundo em 2020      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
O Fundo Monetário Internacional (FMI) estimou que Macau registe em 2020 o maior rendimento 'per capita' do mundo, destronando o Qatar, de acordo com as últimas projecções da instituição.
          PCB Design Technician - MacAulay-Brown, Inc. (MacB) - Chantilly, VA      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
This position supports an intelligence community customer storage site with a staff of between 20 - 30 made up of both government employees and contractors....
From MacAulay-Brown, Inc. (MacB) - Fri, 22 Jun 2018 17:15:11 GMT - View all Chantilly, VA jobs
          Joe Rogan & Macaulay Culkin on Johnny Depp      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
from JRE Clips: Joe Rogan & Macaulay Culkin on Johnny Depp VIDEO: RELATED: HAS ANYONE NOTICED WHAT HAS HAPPENED TO JOHNNY DEPP???
          The Pagemaster 1994 Movie Free Download 720p BluRay      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

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          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/JNN      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会(United Nations Human Rights Council=UNHRC)が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
(Susumu Fujita)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■藤田隆司さんfacebook
http://ja-jp.facebook.com/takasi.fujita.3
■緑風香ブログ
http://ryokuhuuka.wordpress.com/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

《特定失踪者・藤田 慎さんについて》
※藤田 進さん・隆司さん兄弟の叔父
◆氏名:藤田 慎
(ふじたしん)
(Shin Fujita)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年
◆生年月日:昭和6(1931)年9月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:東京都大田区蒲田
◆当時の身分:三菱重工業か石川島播磨重工業のどちらかに勤務
◆身長:165cmくらい
◆体重:65kg〜70kg
◆特徴:
1)柔道をやっていてがっしりした体格
2)川に潜って魚獲りをするのが好きだった
3)長兄(藤田 進さんの父)と顔が似ている
◆失踪場所:東京都大田区蒲田本町(姉夫婦の当時の居住地)

【失踪状況】
長兄に「旅行に行く」と新品の靴を借りに来る。
次兄夫婦には、「結婚したい人がいる」と相談。
また、弟にお金を借りに来る。
その後音信不通。
失踪から数年後、兄夫婦宅(埼玉県川口市仲町)に年賀状が届く。
字体は達筆(本人の字体に似ていた)。
差出人の名前がなかった。
消印は世田谷だったようである。
昭和51年2月7日、埼玉県川口市で失踪した藤田 進さんの叔父にあたる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■藤田隆司さんfacebook
http://ja-jp.facebook.com/takasi.fujita.3

《特定失踪者・古川了子さんについて》
◆氏名:古川 了子
(ふるかわのりこ)
(Noriko Furukawa)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月7日
◆生年月日:昭和30(1955)年1月1日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:千葉県市原市菊間
◆当時の身分:三井造船社員
◆身長:157cmくらい
◆血液型:B型
◆特徴:
1)中学時代水泳部、高校では卓球部部長。
2)書き初めで入選したことあり、簿記、珠算和文タイプ等資格持っている。
3)左利き。文字を書くのは左右同じに使える。
4)左眉に途切れたような傷がある。
◆失踪場所:千葉県

【失踪状況】
午前中に美容院へ行き、午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。
朝早く家を出て、美容院に「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができた。母親にも浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。
母親は美容院からの電話で、友達にでも会うことになったのだろうと気にしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。
7月に初めて貰ったボーナスは手付かず、預金通帳も置いたまま。
持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。
その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。
元北朝鮮工作員の安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1991年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。
平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。
平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/
■救う会千葉ブログ
http://sukuukaichiba.blog.fc2.com/
■古川了子さんを救う会HP
http://2.furukawanoriko.michikusa.jp/
■しおかぜ収録inハーグ
https://m.youtube.com/watch?v=CeE7fbhZALk

《特定失踪者・関谷俊子さんについて》
◆氏名:関谷 俊子
(せきやとしこ)
(Toshiko Sekiya)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和32(1957)年5月19日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:千葉県市原市徳氏
◆当時の身分:薬品会社勤務。定時制高校在学中
◆身長:160cm
◆血液型:A型またはO型
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
親類の男性と幼馴染の同級生(女性)と千葉市内の飲食店で飲食後、親類の男性が「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。
店の従業員は男性の兄と妹。
男性の乗っていた車も発見されていない。
関谷さんは古川了子さん(昭和48年失踪)と同じ高校で3学年下。
古川事件の1年後の同じ7月の失踪。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

《特定失踪者・遠山常子さんについて》
◆氏名:遠山 常子
(とおやまつねこ)
(Tsuneko To-o-yama)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和32(1957)年6月22日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:千葉県市原市田淵
◆当時の身分:県立高校学生(夜間部)
◆当時の勤務先:千葉市内のスーパーマーケット
◆身長:158cm~160cmくらい
◆血液型:B型
◆特徴:左右どちらかは不明だが眉の上にホクロの切除痕有り
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、峰島英雄さんの兄妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。
峰島英雄さんが、「二人を家まで送ってくる。戻ってくるから、食事を用意しておいてくれ」と兄妹に言い残し、車で飲食店を出たまま三人とも失踪。
峰島英雄さんの車(赤いマーク2)も未発見。
失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。
引越しが終わったあとに、三人で飲食店に食事に来た模様。
失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

《特定失踪者・峰島英雄さんについて》
◆氏名:峰島 英雄
(みねしまひでお)
(Hideo Mineshima)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和27(1952)年9月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:千葉市(稲毛区)轟町
◆当時の身分:会社員(千葉市内の電話工事会社)
◆身長:170cm
◆血液型:B型またはO型
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、峰島英雄さんの兄妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。
峰島英雄さんが、「二人を家まで送ってくる。戻ってくるから、食事を用意しておいてくれ」と兄妹に言い残し、車で飲食店を出たまま三人とも失踪。
峰島英雄さんの車(赤いマーク2)も未発見。
失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。
失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/HBC      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

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このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

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■田口八重子さんのご家族のメッセージ
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■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
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https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
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■国連HP
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■国連日本政府代表部HP
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■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
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■警察庁HP
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■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)
(拉致被害時26歳)
※This person was Abduction by North Korea
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]

Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)
Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.
North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.
The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.

《特定失踪者・森 洋子さんについて》
◆氏名:森 洋子
(もりようこ)
(Youko Mori)
◆失踪年月日:昭和38(1963)年9月20日
◆生年月日:昭和19(1944)年5月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:北海道亀田郡戸井村(現・函館市)
◆当時の身分:雑貨商の実家手伝い
◆身長:163cm
◆体重:48kg
◆特徴:
1)色白
2)長身で痩せ型
3)盲腸の手術跡
4)鼻の右下と口の下に小さなほくろあり
5)髪はパーマをかけていた
◆失踪場所:北海道函館市千歳町のバス停留所付近

【失踪状況】
高校時代の友人の家に泊まりに行き、翌日別の友人と買い物をしたり、函館山へ遊びに行く。
20日夕方、友人と喫茶店2軒で時間をつぶし、午後9時頃のバスに乗るため、2人でバス停に向かう。
その後、洋子さんは前日に宿泊した友人の所へ泊まると言い、バスで帰る友人と別れたのが最後。

《特定失踪者・渡辺栄一さんについて》
◆氏名:渡辺 栄一
(わたなべえいいち)
(Ei-ichi Watanabe)
◆失踪年月日:平成9(1997)年11月9日
◆生年月日:昭和30(1955)年4月17日
◆性別:男
◆当時の年齢:42歳
◆当時の身分:建設技術者
◆身長:165cm
◆体重:59kg~60kg
◆失踪場所:北海道瀬棚郡

【失踪状況】
失踪前、トンネル作業所から「1週間くらいで作業終了する」と電話で知らせ、その後失踪。
警察や消防団が山狩りなど3日間捜索するが何も出てこず。
12月7日本人の車が川沿いで発見される。
指紋採取をしたがきれいにふき取られ何も出なかった。

《特定失踪者・名取志津子さんについて》
◆氏名:名取 志津子
(なとりしづこ)
(Shizuko Natori)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月2日
◆生年月日:昭和27(1952)年2月16日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:金物店勤務
◆特徴:
1)小柄
2)丸顔
◆失踪場所:北海道瀬棚郡北檜山町

【失踪状況】
勤務先であった姉の嫁ぎ先より帰宅途中に失踪。
当時は瀬棚線で通勤していた。
静岡から戻ってくる母が午後7時半頃北桧山駅に列車に乗る予定だったため、いつもより店を出る時間を約1時間遅らせた。
帰り際に「明日母のお土産をもってくるから」と親類に言って店を出た。

《特定失踪者・本多茂樹さんについて》
◆氏名:本多 茂樹
(ほんだしげき)
(Shigeki Honda)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年5月21日
◆生年月日:昭和28(1953)年8月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:北海道札幌市豊平区
◆当時の身分:電話に関する仕事
◆身長:160cm
◆特徴:
1)痩せ型
2)色白
◆失踪場所:青函連絡船

【失踪状況】
就職のため東京へ行く途中、青函連絡船の中に荷物だけ残し行方不明。
北海道警は自殺であろうといい、家族もそうかと思い仏事も済ませたところ、実家や兄のところに、約8ヶ月間、度々無言電話がかかってきた。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

《警視庁公開特定失踪者・小住健藏さんについて》
※西新井事件の被害者
◆氏名:小住 健藏
(こすみけんぞう)
(Kenzou Kosumi)
◆当時の年齢:27歳(行方不明当時)
◆当時の住所:東京都板橋区
◆当時の職業:工員
◆身長:160cmくらい

【失踪状況】
昭和36年以降、行方不明になっています。
「西新井事件」は、秋田県下の海岸から密入国した北朝鮮工作員チェ・スンチョルが、小熊和也さん、小住健藏さんの2人の実在する日本人に成り代わり、対韓国工作、極東におけるスパイ拠点の構築、日本の防衛力等に関する情報収集等を行っていた事件です。
警視庁は、その後の捜査により、自称小住健藏こと通称チェ・スンチョルを免状等不実記載同行使違反の容疑等で逮捕状の発付を得て国際手配の手続を行うとともに、警察庁を通じて、北朝鮮に対し身柄の引き渡しを要求しています。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/ATV      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・今井 裕さんについて》
◆氏名:今井 裕
(いまいゆたか)
(Yutaka Imai)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年3月2日
◆生年月日:昭和25(1950)年12月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:青森県弘前市
◆当時の身分:青森県立弘前工業高校3年生
◆身長:170cmくらい
◆体重:62kg~63kg
◆特徴:
1)眼鏡着用
2)右の頬に子どものとき木に登ってついた傷が残っている
◆失踪場所:青森県弘前市内

【失踪状況】
3月4日の卒業式で答辞を読むことになっていたので、「制服のボタンを買いに行く」と自宅を出たまま行方不明に。
東京の営団地下鉄(現・東京メトロ)に就職が決まっていた。
平成16年1月29日、青森県弘前署に告発状提出。

《特定失踪者・平山政子さんについて》
◆氏名:平山 政子
(ひらやままさこ)
(Masako Hirayama)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年3月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年9月4日
◆性別:女性
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:青森県青森市
◆当時の身分:飲食店従業員
◆失踪場所:青森県青森市

【失踪状況】
当日、絵を描いていた姉妹が入賞し、お祝いのために待ち合わせていたが現れず。
アパートを訪ねると、特に身辺整理した様子もなく、普段の生活状況のまま。
無断欠勤したことのない政子さんが丸2日も職場に連絡せず失踪。
趣味の手品のアシスタントとしてステージに立つこともあった。
同日、ハワイで行われるマジックの世界大会に参加するための打ち合わせがあった。
■三重県警HP
http://www.police.pref.mie.jp/

《特定失踪者・山口浩一さんについて》
◆氏名:山口 浩一
(やまぐちこういち)
(Kouichi Yamaguchi)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年5月
◆生年月日:昭和29(1954)年9月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:大阪府東大阪市
◆当時の身分:高校生
◆身長:168cm
◆体重:60kg
◆血液型:O型
◆失踪場所:青森県十和田湖か?

【失踪状況】
青森の十和田湖のホテルから「お金が足りない」と連絡のあと、女性とともに行方不明。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・木本佳紀さんについて》
◆氏名:木本 佳紀
(きもとよしのり)
(Yoshinori Kimoto)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年10月1日
◆生年月日:昭和38(1963)年5月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:青森県弘前市
◆当時の身分:大学生
◆身長:176cm
◆体重:65kg
◆血液型:A型
◆視力:右0.06、左0.05で眼鏡使用
◆特徴:
1)手首に約1cmの火傷の跡がありケロイド状になっている
2)首の後ろに直径約3mmの大きなほくろがある
◆失踪場所:青森県弘前市

【失踪状況】
下宿先アパートから失踪。
机の引き出しには免許証、預金通帳、キャッシュカード、旅行鞄、衣類も残っている。
10月1日付の新聞が部屋の中にあった。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・山形キセさんについて》
◆氏名:山形 キセ
(やまがたきせ)
(Kise Yamagata)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年8月以降
◆生年月日:昭和18(1943)年9月13日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:和裁見習い
◆身長:159cmくらい
◆特徴:
1)中肉
2)八重歯
◆失踪場所:神奈川県川崎市

【失踪状況】
青森県弘前市の中学校卒業後、川崎で和裁の見習いをしていた。
昭和40年8月以降、手紙も写真も届かなくなり、それ以来音信不通となった。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・木村かほるさんについて》
◆氏名:木村 かほる
(きむらかおる)
(Kaoru Kimura)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日
◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:秋田県秋田市中通
◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生
◆身長:152cm
◆血液型:B型
◆特徴:
1)中肉中背
2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ
3)知的で物静か
◆失踪場所:秋田市内

【失踪状況】
戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。
看護学校の卒業式を10日後に控えていた2月27日午後5時半ごろ、「ちょっと出掛けてくる」と言って学校の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。看護学生の教則「看護必携」を抱えていたという。
「金正日(キム・ジョンイル)の料理人」こと藤本健二氏ら複数の北朝鮮での目撃証言がある。
平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/TUY      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■山形県警HP
http://www.pref.yamagata.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・小谷幸夫さんについて》
◆氏名:小谷 幸夫
(こたにゆきお)
(Yukio Kotani)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年7月21日
◆生年月日:昭和22(1947)年2月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:東京都練馬区
◆当時の身分:大学4年生
◆身長:170cmより高め
◆体重:55kg~56kg
◆失踪場所:山形県飯豊連峰・飯豊本山付近

【失踪状況】
拓殖大学4年生在学中の夏休み、北海道へ帰省する途中に、飯豊連峰に登山中行方不明に。
19日に上野駅を出発し、翌日郡山を経て8:30に磐越西線山都駅に到着。
バスで登山口の一ノ木登山連絡所に行き、9:30頃に登山者名簿に記録を残す。
そこから飯豊山(2,205m)へ向かい、同日は手前の小屋に止まる。
21日朝3:30に同宿した4名とともに飯豊山を目指し、4:40頃に飯豊山着。
ここからガスがかかりだしたことから、同行の4人は引き返したが、小谷さん一人御西岳に向かい、そのまま行方不明。
地元警察などが捜索を行ったが遺留品など一切なし。
その後2年にわたって捜索が続けられたが全く手掛かりがなかった。
同泊した登山者の話では、小谷さんは「北股岳を通る」「朝日連峰にも登りたい」と話していたという。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
(Noriyuki Fuse)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆身長:180cm
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・齋藤 武さんについて》
◆氏名:齋藤 武
(さいとうたけし)
(Takeshi Saitou)
◆失踪年月日:昭和58(1983)年10月30日
◆生年月日:昭和20(1945)6月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:39歳
◆身長:168cm
◆当時の住所:神奈川県横浜市
◆当時の身分:会社員
◆特徴:子供の時、凍傷で左手親指の爪が欠落。
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
昭和60年1月にアパートの大家から家賃未納の手紙が届き、失踪していることが判明した。
家人が会社に問い合わせたところ、昭和59年10月で退職し、以後行方不明であるとのことであった。
失踪者の部屋の様子は衣服にカビが生え、缶詰は錆び付いているなど数年間も住んでいなかったような感じで、荷物もそのままの状況だった。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
(Hidetoshi Sakai)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:京都市右京区
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆身長:170cm
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/IBC      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■岩手県警HP
http://www2.pref.iwate.jp/~hp0802/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
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■ベナTVHP
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■ベナTVブログ
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■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
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■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
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■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
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■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
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■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・鈴木正昭さんについて》
◆氏名:鈴木 正昭
(すずきまさあき)
(Masa-aki Suzuki)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年8月30日
◆生年月日:昭和27(1952)年5月29日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:千葉県千葉市
◆当時の身分:団体職員
◆出身地:岩手県一関市
◆失踪場所:千葉県千葉市

【失踪状況】
失踪当日、前の職場の同僚が自宅アパートを訪ねていったところ、路上で女性と話し込んでいた。
以後情報なし。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・坂川千明さんについて》
◆氏名:坂川 千明
(さかがわちあき)
(Chiaki Sakagawa)
◆失踪年月日:平成12(2000)年3月7日
◆生年月日:昭和51(1976)年10月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:岩手県九戸郡洋野町
◆当時の身分:ガソリンスタンド勤務
◆身長:150cm
◆特徴:右にえくぼ
◆失踪場所:岩手県

【失踪状況】
退勤後帰宅途中失踪。
翌日、警察から岩手県九戸郡種市町の高家漁港に車が放置してあると連絡。
車の中には財布、携帯電話等すべて残っていた。
高家港は職場から家とは全く反対の方向で、夜は真っ暗。地元の人もほとんど近寄らない小さな港。
車は港の端に海に向って停まっていた。
入水自殺してもすぐ死体があがってくる場所。
車の中には高家港の丘の上にあるコンビニでビールを買ったレシートが残っていたが、そんなところでビールを買うことは考えられない。
失踪当時車のガソリンを入れていた。走行距離からすると、勤務先のガソリンスタンドから久慈市を回って高家港の距離と一致する。

《特定失踪者・吉田賢光さんについて》
◆氏名:吉田 賢光
(よしだけんこう)
(Kenkou Yoshida)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月12日
◆生年月日:昭和15(1940)年5月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:36歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:無職(前年11月まで団体職員)
◆特徴:小柄で細身
◆特技:
1)特別上手ではないが、スポーツは何でもこなす
2)登山も少しはする
◆失踪場所:東北本線白石駅

【失踪状況】
体調不良のため次の転居予定地である大阪へ向かう前に約3ヶ月間、宮城県にある伯父の寺へ居候。
実家である岩手へ墓参りがてら帰って来いといっても来ず、居候先の伯父の話では何か連絡を待っている様子だったと話したと聞いている。
失踪前の住所は神奈川県川崎市。
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による吉田賢光さん失踪事件の解説】
◆共通項は「大阪へ行く」
吉田賢光さんは昭和52年(1977)3月12日、「大阪に行く」と言って東北本線白石駅で妹さんが見送ったのを最後に行方不明になっています。ご本人は町役場の職員から社団法人の職員になり、失踪前年退職していましたが曹洞宗の僧籍を持っていました。
また、日高信男さんと早坂勝男さんに共通しているキーワードの一つに「大阪」がありました。
日高信男さんは失踪直前鹿児島の実家に「印刷会社を退職し、大阪で働く会社が決まった」旨の手紙を送付していました。一方会社の同僚には「大阪で仕事を探す」と伝えていました。
早坂勝男さんはお兄さんに「大阪に行って印刷の勉強をしてみたい」とも話していたことがあり、アルバムの中からも大阪市の住之江公園で写した写真が出てきました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/TBC      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/
■救う会宮城facebook
http://ja-jp.facebook.com/sukuukai.miyagi
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・岩佐寅雄さんについて》
◆氏名:岩佐 寅雄
(いわさとらお)
(Torao Iwasa)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年12月20日
◆生年月日:大正15(1926)年12月8日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の住所:神奈川県鎌倉市材木座
◆当時の身分:魚屋の店員(板前も出来た)
◆身長:170cm
◆体重:70kg
◆血液型:A型
◆特徴:
1)少し前かがみで歩く癖があった
2)スポーツが趣味で、陸上短距離の国体に2度出場している
3)酒は少々飲む
◆失踪場所:神奈川県鎌倉市の材木座海岸

【失踪状況】
勤めていた店の人に黙っていなくなった。
その後、横須賀のいとこが四方八方探し回ったが消息はつかめず。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・早坂勝男さんについて》
◆氏名:早坂 勝男
(はやさかかつお)
(Katsuo Hayasaka)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年4月頃
◆生年月日:昭和19(1944)年1月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:東京都墨田区石原
◆当時の身分:印刷会社社員
◆宮城県加美町出身
◆身長:156cm
◆体重:55kg
◆血液型:A型かO型
◆特徴:印刷の仕事で指を怪我し、親指と人さし指がやや変形している
◆失踪場所:東京都墨田区

【失踪状況】
墨田区の下宿先から失踪。正月に兄弟とその家族7人で過ごしている。
別の兄の話によると2月か3月にケガで入院した。
失踪後数ヶ月して、会社から本人の友人に荷物を引き取ってくれと電話ある。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・日高信男さんについて》
◆氏名:日高 信夫
(ひだかのぶお)
(Nobuo Hidaka)
◆失踪年月日:昭和41(1966)年9月29日
◆生年月日:昭和19(1944)年11月27日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:東京都新宿区
◆当時の身分:印刷工
◆身長:155cm
◆体重:50kg
◆特徴:印刷機による事故のため、右手人指し指第2関節と右手中指第1関節欠損
◆失踪場所:東京都台東区上野駅

【失踪状況】
勤務していた東京都新宿区の印刷会社を9月25日退職し、29日に大阪に向かったまま失踪。
実家には『大阪で新しい職場が決まった』と手紙を出しているが、実際に大阪で就職したことは現時点で確認されていない。
平成18年11月6日、警視庁に告発状を提出。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・吉田賢光さんについて》
◆氏名:吉田 賢光
(よしだけんこう)
(Kenkou Yoshida)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月12日
◆生年月日:昭和15(1940)年5月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:36歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:無職(前年11月まで団体職員)
◆特徴:小柄で細身
◆特技:
1)特別上手ではないが、スポーツは何でもこなす
2)登山も少しはする
◆失踪場所:東北本線白石駅

【失踪状況】
体調不良のため次の転居予定地である大阪へ向かう前に約3ヶ月間、宮城県にある伯父の寺へ居候。
実家である岩手へ墓参りがてら帰って来いといっても来ず、居候先の伯父の話では何か連絡を待っている様子だったと話したと聞いている。
失踪前の住所は神奈川県川崎市。
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による早坂勝男さん・日高信男さん・吉田賢光さん失踪事件の解説】
◆共通項は「大阪へ行く」
早坂勝男さんと日高信男さんに共通しているキーワードの一つに「大阪」がありました。
早坂勝男さんはお兄さんに「大阪に行って印刷の勉強をしてみたい」とも話していたことがあり、アルバムの中からも大阪市の住之江公園で写した写真が出てきました。
日高信男さんは失踪直前鹿児島の実家に「印刷会社を退職し、大阪で働く会社が決まった」旨の手紙を送付していました。一方会社の同僚には「大阪で仕事を探す」と伝えていました。
また、吉田賢光さんは昭和52年(1977)3月12日、「大阪に行く」と言って東北本線白石駅で妹さんが見送ったのを最後に行方不明になっています。ご本人は町役場の職員から社団法人の職員になり、失踪前年退職していましたが曹洞宗の僧籍を持っていました。

《特定失踪者・河合美智愛さんについて》
◆氏名:河合 美智愛
(かわいみちえ)
(Michie Kawai)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年4月2日
◆生年月日:昭和38(1963)年12月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:福井県越前市
◆当時の身分:会社員
◆身長:169cm
◆特徴:
1)おでこが広い
2)口元に小さなホクロ
3)右膝外側に10cm程度のあざ
◆失踪場所:福井県武生市(現・越前市)

【失踪状況】
失踪前日から地元の繊維会社に勤め始めていた。
昼食のために会社から一旦帰宅して昼食を取った後、会社に向かったが会社には着かずそのまま行方不明となった。
乗っていた自家用車(カローラ)も見つかっていない。
失踪後、1~2回、実家に無言電話がかかってきたが、名前を呼びかけると直ぐに切れた。
平成6年頃、宮城県内で目撃情報があります。
■福井県警HP
http://www.pref.fukui.jp/kenkei/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/TUF      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■福島県警HP
http://www.police.pref.fukushima.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・坂上良則さんについて》
◆氏名:坂上 良則
(さかうえよしのり)
(Yoshinori Sakaue)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年8月10日
◆生年月日:昭和23(1948)年5月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:28歳
◆当時の住所:福島県南相馬市
◆当時の身分:ガソリンスタンド従業員
◆北海道川上郡弟子屈町出身
◆身長:170cmくらい
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:福島県原町市

【失踪状況】
当時本人は下宿住まいで、叔父の紹介で勤めていたガソリンスタンドまで歩いて通勤していた。
失踪当日普段と変わらず、いつも持って歩く手提げバックを持ち下宿を出る。
スタンドに出勤していないので、下宿に連絡するが普段通り出ていったとのこと。
北海道の親元にも連絡があり、両親が下宿先に行き部屋を見たが、何も持って出た様子もなく、今にもすぐ帰ってくるような状態であった。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・熊倉清一さんについて》
◆氏名:熊倉 清一
(くまくらせいいち)
(Sei-ichi Kumakura)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年2月4日
◆生年月日:昭和24(1949)年11月7日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:福島県会津若松市
◆当時の身分:蒔絵師(吸物椀や重箱などの高級漆器に絵を描いていた)
◆身長:165cm
◆特徴:十二指腸の手術痕
◆失踪場所:福島県会津若松市

【失踪状況】
高校時代の友人Aさんが「新潟に行ったことがない」というので、本人の車に乗せて新潟へ向かったが、そのまま2人とも行方不明。
新潟県五泉町(現・五泉市)の親戚に向かったはずだが、親戚宅に姿を見せていない。
会津若松から新潟にかけて阿賀野川沿いを走る国道などを探したが、事故などの痕跡もなく、車も発見されなかった。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/BSN      Cache   Translate Page   Web Page Cache   


(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■横田めぐみさんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_2.html
■横田めぐみさんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_2en.html
■「めぐみへの誓い-奪還-」PV
https://www.youtube.com/watch?v=J6cZyGknNi8
■「めぐみへの誓い-奪還-」(英語版)
https://m.youtube.com/watch?feature=share&v=VEQdbP3JlVo
■アニメ「めぐみ」
https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI
■曽我ミヨシさんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_3.html
■曽我ミヨシさんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_3en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp
■ブルーリボンの祈り会/スイス日本語福音キリスト教会HP
https://www.jegschweiz.com/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%88%E3%82%8A%E4%BC%9A/
■アニメ「めぐみ」
https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

[November 15, 1977: Young girl abducted]

Abductee: Megumi Yokota (13, female, Niigata Prefecture)
Disappeared on her way home from school in Niigata City.
During the third round of Japan-North Korea Working-Level Consultations in November 2004, North Korea claimed that Megumi Yokota died in April 1994 and handed over what it claimed were her remains. DNA analysis, however, indicates that some of the bones from these remains belong in fact to a different person or persons.
Additional DNA analysis conducted in April 2006 by the GoJ indicated a high probability that Kim Young-Nam, a Korean citizen abducted from the Republic of Korea in 1978 when he was a high-school student, was married to Ms. Yokota.

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(Hitomi Soga)
(拉致被害時19歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:曽我ミヨシさん(Miyoshi Soga)
(拉致被害時46歳)
※This person was Abduction by North Korea
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/

[August 12, 1978: Mother and daughter abducted]

Abductees: Hitomi Soga (19, female, Niigata Prefecture), Miyoshi Soga (46, female, Niigata Prefecture)
Disappeared after saying they were going shopping.
Hitomi Soga returned to Japan in October 2002. Her husband (Charles Robert Jenkins, a US citizen) and two daughters arrived in Japan in July 2004.
North Korea asserts that Miyoshi Soga never entered North Korean territory. The Japanese authorities issued an arrest warrant in November 2006 for a person known as Kim Myong-Suk, a North Korean agent believed to be responsible for the abductions, and listed her with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite her to Japan.

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
(Takashi O'sawa)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。
■大澤孝司さんと再会を果たす会HP
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
■大澤孝司さんと再会を果たす会・巻高同窓会HP
http://www.makiko-doso.jp/osawa/profile.html
■しおかぜ収録inハーグ
https://m.youtube.com/watch?v=CeE7fbhZALk

《特定失踪者・中村三奈子さんについて》
◆氏名:中村 三奈子
(なかむらみなこ)
(Minako Nakamura)
◆失踪年月日:平成10(1998)年4月6日
◆生年月日:昭和54(1979)年9月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:新潟県長岡市
◆当時の身分:高校を卒業して予備校に行く準備中
◆身長:163cm
◆体重:56Kg
◆特徴:
1)硬式テニスをやっている
2)その他のスポーツも好き
3)色白、えくぼがある
◆足のサイズ:24cm
◆失踪場所:新潟県長岡市の自宅

【失踪状況】
4月6日午前中、予備校に入学金50万円を納めに行く予定がそのまま帰宅しない。
後日入学金の中から「3万円借ります」というメモとともに47万円が見つかる。
身支度は普段着のまま。持ち物は自分の白い財布だけ。所持金は5万円~8万円程度と思われる。
通常出かけるときは自転車を利用するがこのときは置いていった。
3月25日に自らパスポートを申請し、4月3日交付。長岡ではなく新潟の旅券センターまで行っている。
大韓航空で出国状況を問い合わせると、7日9時にソウルへ出国していた。搭乗券を購入していた旅行会社によると、中村三奈子の名前で中年のハスキーな声の女性で搭乗券の依頼あり。
旅行は慣れているので新潟空港で出発当日搭乗券を受け取る。帰りの便やホテルは必要ないと言った。
出発当日の朝、中村三奈子の名前で派手なブラウスを着た女性に搭乗券を渡したとのこと。
■中村三奈子さんをさがす会ブログ
http://ameblo.jp/sagasukai98/
■中村三奈子さんをさがす会facebook
http://ja-jp.facebook.com/sagasukai98

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※埼玉県川口市の藤田 進さんとは別人
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
(Susumu Fujita)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年3月26日
◆生年月日:昭和23(1948)年3月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:17歳
◆身長:160cm
◆当時の身分:新潟県立糸魚川高校1年生(休学中)
◆当時の住所:新潟県糸魚川市
◆特徴:
1)おとなしい性格
2)やせ形
3)眼鏡せず
4)前歯がケガで欠けたのでつないでいる
◆失踪場所:信越・新潟県西頸城郡青海町内、自宅から15分、海岸から5分位の映画館

【失踪状況】
自宅から徒歩15分ほどの映画館で開かれる演奏会に、一人で歩いて出かけた。猛吹雪だった。
学生服の上にブルーのアノラックを着ていた。
高校は休学中で登校拒否のようだった。

《特定失踪者・山本美保さんについて》
◆氏名:山本 美保
(やまもとみほ)
(Miho Yamamoto)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年6月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:山梨県甲府市
◆当時の身分:大学受験生
◆身長:160cm
◆体重:51kg
◆特徴:
1)左目の下に3針縫った跡
2)左手にしもやけの軽いケロイド
◆靴のサイズ:23.5cm
◆失踪場所:山梨県甲府市の自宅を出て以来消息不明

【失踪状況】
「図書館に行く」と言ってバイクで出かけたまま失踪。甲府駅前にバイクが置かれているのが発見された。
4日後、新潟県柏崎市荒浜海岸にセカンドバックが落ちていたとの連絡。
失踪半年後の11月6日から無言電話が4年半ほど続く。
無言電話はほとんど数秒で切れるものだったが、失踪から3年4ヶ月後と3年6ヶ月後の2回の電話は10分~15分ほど続き、相手はじっと聞いている様子だった。
3年6ヶ月後の電話はすすり泣くような声が聞かれた。
平成16年1月29日、山梨県警に告発状提出。
■山梨県警HP
http://www.pref.yamanashi.jp/police/
■しおかぜ収録inハーグ
https://m.youtube.com/watch?v=CeE7fbhZALk

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
(Hiromasa Watanabe)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170cmくらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■岐阜県警HP
http://www.pref.gifu.lg.jp/police/



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/SBC      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■長野県警HP
http://www.pref.nagano.lg.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・中塚節子さんについて》
◆氏名:中塚 節子
(なかつかせつこ)
(Setsuko Nakatsuka)
◆失踪年月日:昭和38(1963)年6月16日
◆生年月日:昭和20(1945)年6月5日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:東京都文京区
◆当時の身分:印刷会社勤務
◆身長:155cm~158cm
◆特徴:
1)色白
2)富士額
◆失踪場所:東京都文京区の会社の近く

【失踪状況】
仕事を終えて「ちょっと出かけてくる」と同僚の男性と小銭を持ってサンダル履きで出かけたまま行方不明。
おやつでも買いに出た感じだったという。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・白鳥英敏さんについて》
◆氏名:白鳥 英敏
(しろとりひでとし)
(Hidetoshi Shirotori)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年7月
◆生年月日:昭和24(1949)年10月27日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:長野県松本市
◆当時の身分:信州大学農学部1年
◆身長:165cm~170cm
◆体重:60kg~65kg
◆失踪場所:長野県松本市の下宿先から

【失踪状況】
松本市の下宿先より行方不明。
家主が毎日、下宿から出かけるとき、帰ったときに声をかけていたが、本人が入院中のため留守で、いつごろからいなくなったのか分からない。
退院してきていなくなったのではないかと、家主から家族に連絡があった。
家族が大学に行き調べた結果、7月中旬頃大学の図書館で見かけた人がいることが分かった。
父宛ての最後のはがき(昭和44年6月25日付)では、学生紛争中ではあるが少しはクラスで勉強したり、クラブでコロナ観測所に行くこと、6月30日の夕方に帰ること等が書いてあった。
学生運動に熱中している様子もなく、家出する理由もない。
部屋の中も暮していたままで食事のあとがそのままで、食器も洗わずに置いてあった。

《特定失踪者・小宮山広明さんについて》
◆氏名:小宮山 広明
(こみやまひろあき)
(Hiroaki Komiyama)
◆失踪年月日:平成7(1995)年6月19日
◆生年月日:昭和39(1964)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の住所:長野県坂城町
◆当時の身分:工場勤務
◆身長:167cm
◆体重:60kg
◆特徴:左ひじに手術痕
◆失踪場所:長野県埴科郡坂城町

【失踪状況】
平成7年6月19日、車両で自宅を出た後、行方不明。
詳細不明。
当日他の家族は家にいなかった。

《特定失踪者・菊地寛史さんについて》
◆氏名:菊地 寛史
(きくちひろし)
(Hiroshi Kikuchi)
◆失踪年月日:平成10(1998)年4月5日
◆生年月日:昭和52(1977)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:長野県佐久市
◆当時の身分:自動車会社勤務
◆身長:166cm
◆体重:56kg
◆失踪場所:研修の宿泊施設(長野県長野市サイクリングターミナル)

【失踪状況】
新人研修中に寮から行方不明。
4月5日、宿泊部屋が一緒だった同僚に「ジュースを買ってきてくれ」と頼み、同僚がジュースを買って部屋に戻るといなくなっていた。
荷物、免許証、財布、スーツ、靴等も残したままだった。
平成10年~13年くらいまでの間に時々数回だけ鳴って切れる電話があった。
そのほとんどが非通知だった。こちらが出たとたんに切れる電話もあった。
平成15年くらいからは、ほとんどそれも無くなった。

《特定失踪者・渋谷浩邦さんについて》
◆氏名:渋谷 浩邦
(しぶやひろくに)
(Hirokuni Shibuya)
◆失踪年月日:平成10(1998)年8月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:34歳
◆当時の住所:神奈川県厚木市
◆当時の身分:県庁職員
◆身長:168cm
◆特徴:
1)太り気味
2)むち打ちで寒いと痛みが出る
3)趣味は山とスキー、全国の山を登っている
◆失踪場所:長野県白馬山中

【失踪状況】
8月2日、「5日夜か6日の朝に帰宅する」と言い残して長野県白馬に登山に出かける。失踪当日午後1時頃、「大町市の黒部観光ホテルに着いたので、これから山に行く」と電話があった。
白馬山荘に2泊し、4日の朝5時頃1人で出たが、方角は不明。車でホテルまで行き、荷物を預けて、そこからバスで乗ったのをホテルの客が見ている。
5日、ホテルから自宅に電話が入る。
平成11年3月頃までヘリを何回かとばして捜す。車の中には着替えたものがあった。
預金が引き出された形跡なし。
失踪した年の暮れ頃から平成13年まで無言電話や不審な電話あり。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・高野清文さんについて》
◆氏名:高野 清文
(たかのきよふみ)
(Kiyofumi Takano)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年7月30日
◆生年月日:昭和31(1956)年10月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:東京都調布市
◆当時の身分:電気通信大学2年生
◆身長:172cm
◆特徴:
1)中肉
2)丸顔鼻低い
3)口は大きい
4)眉濃い
◆失踪場所:東京都神津島村の民宿から

【失踪状況】
大学寮の仲間と神津島へ行き行方不明に。
前日に山へ行くと言っていたため、神津島村の天上山を捜索するが発見できず。
同月12日に隣の新島でも若い女性が行方不明になっている。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          【みんな生きている】田口八重子さん[シンポジウム2017]/UTY      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

(2017年)
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!北朝鮮めぐり国際シンポジウム、拉致・核問題で突っ込んだ議論》

【12月16日土曜日】
北朝鮮の人権侵害を啓発する週間にあわせて、政府主催の国際シンポジウムが開かれ、拉致問題や核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮との交渉をめぐり、突っ込んだ議論が交わされました。

「(拉致問題に関して)北朝鮮はタフな交渉相手です。交渉ですぐ成果が出ると期待せず、生産的であってもなくても、時間を費やすつもりで粘り強く交渉を」
(アメリカ・ジョンズホプキンス大学のジェニー・タウン〈Jenny Town〉米韓研究所副所長)

シンポジウムでは、韓国・延世(ヨンセ)大学のイ・ジョンフン教授から核・ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、

「国連加盟国としての資格を剥奪すべきだという声もある」

との踏み込んだ提言もありました。
このほか、東京国際大学の伊豆見 元教授は、北朝鮮は経済政策を重視する方針に加えて、年明けからは平昌(ピョンチャン)オリンピックに参加するかどうかをめぐり、韓国を揺さぶる動きをするとの見方を示しました。

「北朝鮮を拉致問題を含めた協議に引っ張り出せるかどうか、来年に向け、今年のいろんな動きは決して無駄にならない。いいチャンス」
(飯塚繁雄さん。拉致被害者・田口八重子さんの兄)

また、国連のトマス・オヘア・キンタナ(Tomas Ojea Quintana)北朝鮮人権状況特別報告者は、拉致問題の進展のためには、2014年の日・朝ストックホルム合意の見直しが必要だと述べました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■国連HP
http://www.unic.or.jp/
■国連日本政府代表部HP
http://www.un.emb-japan.go.jp/jp/
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■山梨県警HP
http://www.pref.yamanashi.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・川合健二さんについて》
◆氏名:川合 健二
(かわいけんじ)
(Kenji Kawai)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年4月4日
◆生年月日:昭和22(1947)年2月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の住所:山梨県中巨摩郡(現・山梨県甲斐市)
◆当時の身分:会社員
◆三重県津市出身
◆身長:167cm
◆体重:55kg
◆特徴:左利き
◆失踪場所:山梨県中巨摩郡

【失踪状況】
車で接触事故を起こし、被害者を病院に送り届けてから行方不明。
車(ナンバー/山梨55 は7111号)も見つかっていない。
失踪直前、10万円くらい小分けにして300万円が引き出されていた。
■三重県警HP
http://www.police.pref.mie.jp/

【調査会による川合健二さん失踪の調査結果】
川合健二さんは昭和54(1979)年4月4日夕刻、中巨摩郡内で運転中接触事故を起こし、被害者を病院に送り届けてから一旦自宅に戻ったが、すぐに車で家を出て所在不明となる。車も見つかっていない。失踪直前、10万円くらいずつ小分けにして300万円が引き出されていた。
川合さんには当時、「山ちゃん」と呼ばれる在日の友人がおり、川合さんが留守でも自宅に上り込み、借金を申し込むような人物であった。
家族の話では、川合さんの失踪後に北朝鮮に渡ったと聞いており、実際川合さんの失踪後は自宅に顔を見せなくなった。
家族が知らぬ間に合計で300万円の預金を引き出していたこと、川合さんの失踪後に顔を見せなくなった在日の人物が川合さんの失踪の謎を知っているのかについてさらに今後の調査が必要である。

《特定失踪者・山本美保さんについて》
◆氏名:山本 美保
(やまもとみほ)
(Miho Yamamoto)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年6月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:山梨県甲府市
◆当時の身分:大学受験生
◆身長:160cm
◆体重:51kg
◆特徴:
1)左目の下に3針縫った跡
2)左手にしもやけの軽いケロイド
◆靴のサイズ:23.5cm
◆失踪場所:山梨県甲府市の自宅を出て以来消息不明

【失踪状況】
「図書館に行く」と言ってバイクで出かけたまま失踪。甲府駅前にバイクが置かれているのが発見された。
4日後、新潟県柏崎市荒浜海岸にセカンドバックが落ちていたとの連絡。
失踪半年後の11月6日から無言電話が4年半ほど続く。
無言電話はほとんど数秒で切れるものだったが、失踪から3年4ヶ月後と3年6ヶ月後の2回の電話は10分~15分ほど続き、相手はじっと聞いている様子だった。3年6ヶ月後の電話はすすり泣くような声が聞かれた。
平成16年1月29日、山梨県警に告発状提出。
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/

《特定失踪者・角田麻衣さんについて》
◆氏名:角田 麻衣
(つのだまい)
(Mai Tsunoda)
◆失踪年月日:平成14(2002)年11月13日
◆生年月日:昭和57(1982)年2月12日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の身分:大学3年生
◆当時の住所:東京都三鷹市
◆身長:153cm
◆体重:44kg~46kg
◆失踪場所:東京または山梨

【失踪状況】
11月11~13日は学校を休んでいたが、それまで連絡なしで学校を休んだことはなかった。
13日朝7時頃、兄が起きたときはすでに姿がなかった。
失踪後の11月13日、山梨県で携帯電話の電波を交換機がキャッチするも、その後は交信無し。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.
          Blueprint News Celebrates 250 000 Visitors      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

The registration of visitor statistics for "blueprint news" started in May 2010 and reported about 250.000 visitors in August 2018. Here are some numbers that remain incomplete, however, because only the leading 10 visitor nations are given, together with information about browsers and systems applied by visitors. Some rare browsers that came to my attention during the years are not included in the overall statistics as they present only a low number of visitors i.e. < 1%. Same goes with the computer systems where the list is too long to integrate it entirely into the following chart, and there are, as well, some visitors who withhold part of the Information. An increasing trend to data anonymization makes it even more difficult to collect visitor data.



Overall visitor statistics for August 8, 2018.


However, more important than mere numbers should be the following choice of highlights of visitor activity during all those years and which might give an idea of the global acceptance my rather tiny blog achieved.


Visitor Highlights



Chinese visitors coming from River Yangtse and from Hangzhou, both places being
near to Shanghai. A closer look on the satellite images provides interesting features.



The former Portuguese colony of Macao which is now a part of PR China. Two
long bridges, connecting the main parts of Macao, might attract your attention.



Living the Chinese Dream



Economic prosperity and military strength are integral parts of China's global dream. While
facing maritime disputes with other nations, China is enforcing a modernization of its navy.



Japan and North Korea



One visitor came from the diplomatic quarters of Tokyo (above) and which is near to
the Imperial Palace. Another visitor called from Ground Zero in Hiroshima where the
first atomic bomb had been dopped in 1945.



Earlier this year Japanese authorities launched a missile alert via Japan National TV
when a North Korean test missile was heading toward Japanese territory. As tensions
with North Korea were high at the time, I was just watching Japanese news on satellite
TV. I immediately took a photo from my TV screen and posted it. My blogspot was then
available on the internet while the North Korean missile was still in the air over Japan !



One of the rare visitors from North Korea is indicating he came from the Ryugyong
neighbourhood in Pyongyang and which is not far away from the central compound
of North Korea's ruling Workers Party. The internet access point, however, remains
difficult to localize in this case.



In August 2017 two US military bases on Guam were threatened by North Korea which said
it would create an "enveloping fire" around the US territory using four Hwasong-12 missiles
that should detonate 30-40 km off the island. The US side made clear this would mean war.



Nuclear Research

The CERN Institute in Geneva, Switzerland, is operating the greatest particle accelerator
ever built. It was there that a predicted elementary entity, the Higgs boson, was detected
for the first time.



The center for nuclear research in Dubna is situated in the neighbourhood of
Moscow, Russia. In Soviet times it was the most important facility of its kind.



Washington and Israel

No, it's not at all a call from the President but rather from a
public hotspot facing the White House in Washington DC :



In the hustle of the 2016 pre-election times I simply forgot to publish the below picture.
Sorry for that ! The picture can be named "Grabber King at the Chicago Trump Tower".



The US Department of State noticed my translation of a political poem originally written by
Guenter Grass, one German laureate of the Nobel Price for Literature. It's all about Israeli
militarism directed against Arab neighbours (i.e. their Semitic brethren...) and against Iran.



In the week after the author's death, my translation
of his poem was addressed by different US visitors :



US - Iranian Enmity



The National Defense University NDU in Washington DC, a US government institution,
visited a blogspot of mine and which is dealing with a scenario of mutual threats that
has steadily developed between Iran and the USA.

All

All of Central Asia and the Middle East
is under control of The Empire.
Well, not entirely ..........


An Iranian visitor enjoyed, as well, my visualization of the conflict.



One visitor coming from the faculty of law at Ain Shams University in Cairo, Egypt, made
a Google search by simply entering the timeless adage of justice to be found above the
entrance of a Cairo law court, and found ..... my blogspot about decisive battles in Syria.
What an amazing coincidence !



After the ousting of Libyan dictator Muammar al-Ghadafi, a visitor called from some
internet access point nearby to Martyrs Square in Tripoli, the former capital of Libya.
It is on Martyrs Square that a shrine was established for the heroes of the revolution.



A "postcard" from the holy places of Makkah in Saudi-Arabia :



In August 2014 Islamic fighters were threatening Kurdish residents in the
Kirkuk region of Northern Iraq. People fled into the nearby mountaineous
area while Islamists headed further to Mosul. After the fall of Mosul, the
Islamist leader al-Baghdadi declared his caliphate in the great mosque
of Mosul.



Visitors coming from Northern Pakistan took immediate interest in the Iraqi developments.
They came from Islamabad, its southern environment, from Quetta and Peshawar (below).



Mongolia - Chingis Khan and the "Art of War"



A smiling Mogolian leader once presented his Mongolian horsemen to US president Bush.
When a Mongol horde invaded and destroyed the Caliphate of Baghdad in 1258, they left
a gigantic regional chaos similar to what did the US Cavalry under US president Bush. The
difference, however, is: The Mongol horde robbed what they could carry on horseback and
returned home, while the US sat and waited as oil wells cannot be so easily carried away.



Other "cold warriors" can be found on Elmendorf Air Base in Alaska, USA, .....



..... while some people are peacefully fighting the cold in an Inuit community on Greenland :



The "University of the South Pacific" on the lonesome island of Fiji, however, is a real "hotspot".
No wonder they provide a swimming pool needed to cool off the heated brains of young folks.



In comparison, the "Harvard Business School" in Cambridge,
Massachusetts, might make a point with a better reputation.




          Crown Resorts FY profit down 69 per cent      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Casinos operator Crown Resorts has posted a full-year profit of $573.2 million, down 69 per cent on a 2016/17 result that was inflated by proceeds from the sale of its Macau business.
          Final da sessão legislativa      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Com a deslocação hoje do Chefe do Executivo à Assembleia Legislativa, habitual nesta altura do ano civil, começa a contagem decrescente para o final da presente sessão legislativa (15 de Agosto).
Uma sessão legislativa que não deixa grandes saudades, muito menos grandes memórias.
E que termina com toda a gente com os nervos em franja.
Dentro e fora do hemiciclo.
O que se tem visto nos tempos mais recentes recomenda que todos possamos ter uns dias de férias.
Não necessariamente férias no sentido de sair de Macau, de viajar, de procurar outras paragens, que isso alguns de nós já tiveram oportunidade de fazer.
Férias no sentido do termo derivado do latim ferîa (“dia de festa”) e que faz referência a descanso temporário.
É disso que estamos todos a precisar – de descanso dos tristes episódios que a Assembleia Legislativa tem sido palco.
Gostava de acreditar que esse período de descanso será aproveitado para esfriar cabeças, repensar opções, atitudes.
Mas não acredito.
Acredito apenas que será uma pausa para depois se retornar basicamente ao mesmo.
Não é um sentimento nada confortável mas reflecte muito a realidade política e legislativa que se vive em Macau.
Ainda assim, mesmo sendo só uma pausa, vai saber muito bem.
Sim, que muitas vezes a chamada silly season é de todas a mais agradável.

          Macau có thể soán ngôi nền kinh tế giàu nhất thế giới của Qatar      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Macau có thể soán ngôi nền kinh tế giàu nhất thế giới của Qatar#source%3Dgooglier%2Ecom#https%3A%2F%2Fgooglier%2Ecom%2Fpage%2F%2F10000

“Thủ phủ bài bạc” châu Á đang nắm chắc khả năng trở thành nền kinh tế no đủ nhất thế giới...

Được biết đến với biệt danh "thủ phủ cờ bạc" châu Á, vùng cương vực Macau đang nắm chắc khả năng trở thành nền kinh tế giàu có nhất thế giới.

Tờ Bưu điện Hoa Nam buổi sáng (SCMP) dẫn dữ liệu mới nhất từ Quỹ Tiền tệ Quốc tế (IMF) dự báo đến năm 2020, Macau sẽ vượt qua quốc gia vùng Vịnh Qatar để trở thành nền kinh tế có tổng sản phẩm trong nước (GDP) bình quân đầu người cao nhất thế giới.

ít Cập nhật triển vọng kinh tế thế giới do IMF ban bố vào cuối tháng trước dự báo rằng sự tăng trưởng kinh tế duy trì của Macau đến năm 2020 sẽ đưa vùng bờ cõi này vượt qua Qatar về GDP bình quân đầu người.

Theo xếp hạng năm 2018 của IMF, Qatar là nền kinh tế có thu nhập bình quân đầu người cao nhất thế giới, ở mức 128.702 USD/người/năm. Macau xếp thứ nhì với 122.489 USD; công quốc Luxembourg xếp thứ ba với 110.870 USD, và Singapore xếp thứ tư với 98.014 USD.

IMF dự báo, đến năm 2020, thu nhập bình quân đầu người của Macau sẽ đạt mức 143.116 USD, vượt con số dự báo 139.151 USD dành cho Qatar.

Với dân số hơn 650.000 người và diện tích 30,8 km vuông, Macau cũng là nơi có mật độ dân số cao nhất thế giới, theo Liên hiệp quốc. Tính trung bình, mỗi km vuông ở vùng bờ cõi này có 21.322 người sinh sống.

Nơi có mật độ dân số cao thứ nhì và thứ ba thế giới là Monaco và Singapore, kế đến là Hồng Kông - tỉnh thành có 6.490 người trên mỗi km vuông diện tích.

Theo Diệp Vũ

VnEconomy


          Macaulay Culkin Insinuates Johnny Depp Is “All About The Money” On Joe Rogan Podcast      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
It’s unfortunate for Johnny Depp fans to come to realize that the Pirates Of The Caribbean actor has had a string of bad luck lately, from divorces with Amber Heard; allegations of abuse, all the way to serious financial problems. […]
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por Hiro (Publicado Jue Ago 09, 2018 12:55 am)
Mr. Rig escribió:
1- Y lo tiene xD deja este punto anda, hazte el favor.
Si, te creo, con argumentos tan persuasivos como no hacerlo :roll:

Mr. Rig escribió:
2- Que algo surja en la historia no implica que sea un desarrollo histórico de forma autónoma. La fundación de San Esteban de Gormaz es un acontecimiento histórico, el desarrollo histórico es la ocupación de territorios durante la reconquista. Creo que son conceptos bastante distinguibles.
¡Qué bueno! Te inventas una afirmación y después la rebates. Seguro que así no pierdes una discusión

Mr. Rig escribió:
3- Pero lo que tú estás diciendo no es la verdad. Te he explicado ya, y me obligas a abundar en ello, que el hecho de que las características que originan un estilo no pertenezcan a un entorno concreto, e incluso este estilo posteriormente se reproduzca en otros lugares, el estilo, en su génesis, es producto de ese entorno. Es como decir que el arte mudéjar no es andalusí porque ya hay ejemplos de elementos de ese estilo y manifestaciones en otros sitios, o que la construcción de una catedral tardogótica en un territorio colonizado en América hace que el Gótico no pueda ser considerado un estilo europeo. De hecho, los párrafos que estás citando no solo son precisamente fruto de una opinión, sino que también proceden de UNA GUÍA TURÍSTICA. Tócate los...
No te gusta la wiki y ahora tampoco las guías turísticas.
Esa parte de la guía sobre el arte Manuelino está escrita por un tal Pedro Dias. Vamos a saber algo de ese tal Pedro Dias, está en portugués, pero seguro que lo entiendes (Vuelvo a citar la Wiki y además en portugués :oops: )

Wikipédia, a enciclopédia livre escribió:
Pedro Dias (historiador de arte)
Origem: Wikipédia, a enciclopédia livre.
Pedro Dias Nascimento 1950 (68 anos) Coimbra, Portugal Nacionalidade português
Ocupação Historiador de arte
Foi Professor na área de História da Arte da Faculdade de Letras da Universidade de Coimbra (1990-2011), onde se doutorou em 1982,[1] sendo autor de um vasto trabalho de investigação neste domínio.

Vida / Obra
Estagiou e desenvolveu trabalhos de investigação em diversos países (Espanha, Itália, Holanda, Alemanha, França, Itália, Brasil, Índia) como bolseiro do Instituto Nacional de Investigação Científica, da Fundação Calouste Gulbenkian e de outras instituições.[2]

Entre os cargos que desempenhou podem destacar-se os seguintes: Diretor do Instituto de História da Arte da Universidade de Coimbra (1976-97; 2001-03); Diretor do Museu Nacional de Machado de Castro (1984-86); Delegado da Secretaria de Estado da Cultura para a Zona Centro; Diretor-geral do Instituto dos Arquivos Nacionais/Torre do Tombo (2004-05);[3] Diretor-Geral da Biblioteca Nacional de Portugal (2011-12). Em 2005, foi condecorado por Sua Excelência o Presidente da República com o Grau de Comendador da Ordem do Infante D. Henrique.[2]

Foi comissário-científico ou comissário-geral de diversas exposições, nomeadamente as seguintes: O Tempo das Feitorias, Museu Real de Antuérpia, 1991; A Arte da Época dos Descobrimentos, Museu Nacional de Arte Antiga, Lisboa, 1992; Grão Vasco e a Pintura Europeia do Renascimento, Palácio Nacional da Ajuda, Lisboa, 1992; Álvaro Pires de Évora, um pintor português no Quattrocento Italiano, Torre do Tombo, Lisboa, 1994; Reflexos: Símbolos e Imagens do Cristianismo na Porcelana Chinesa, Museu de São Roque, Lisboa, 1997; O brilho do Norte: escultura e escultores do Norte da Europa em Portugal, época Manuelina, Lisboa, Palácio Nacional da Ajuda, 1997; Tesouros do Norte de Portugal, Centro Cultural de Macau, 1999; A Escultura de Coimbra do Gótico ao Maneirismo, Mosteiro de Santa Cruz, Coimbra, 2003; Vicente Gil e Manuel Vicente, Pintores da Coimbra Manuelina, Coimbra, 2003; Memórias de Santa Cruz, Coimbra, 2003.[2]
https://pt.wikipedia.org/wiki/Pedro_Dia ... or_de_arte)


Y lo que escribe este señor a Mr. Rig no le vale porque lo escribe en una GUÍA TURÍSTICA Tócate los... .

Mr. Rig tienes que replantearte ese problema con las citas, ese empeño en despreciar el contenido por el continente y sobre todo deberían intentar en la medida de lo posible no eliminar información relevante y es que esta vez se te olvidó mencionar que esa “guía turística” está dedicada específicamente al arte Manuelino, está escrita por un profesor de historia del arte con un currículo importante y está editada por el Museum With No Frontiers.

Mr. Rig escribió:
4- El derecho se desarrolla a lo largo de la historia. La legalidad se desarrolla en función del contexto concreto, y deja de tener validez como tal en función de cambios en el mismo. Bucear en la existencia de los llamados "pueblos italiotas" para estudiar el origen del Derecho no implica que la legalidad de entonces sea la de ahora. No sé, es que es un argumento tan estúpido... además de ser otro hombre de paja como una casa. De verdad, algunas personas hacéis lo que sea por "tener razón".
¡Lo vuelves a hacer. Te inventas una afirmación y después la rebates, de dónde sacas la afirmación de que la legalidad de antes sea la misma que la de ahora, si precisamente estoy insistiendo en todas las respuestas en que el Derecho y la legalidad (es lo mismo) cambian continuamente. Así no se puede discutir. Es lo de ¿Qué hora es? Manzanas traigo.

Mr. Rig escribió:
6- Eso es una huida hacia adelante, que es distinto, para no contestar lo evidente: que a nadie le define la legalidad vigente, porque la sola idea es absurda.
Nooo, la legalidad vigente te dice lo que puedes hacer o no, lo que nos define me lo tendrás que decir tú. De momento ya me aprendí que a los portugueses los define el arte manuelino :lol:

Mr. Rig escribió:
7- Para el proletariado del Estado español es totalmente indiferente qué partido privado ostente los puestos en las instituciones. Al proletariado del Estado español lo que le afecta es precisamente la forma en la que las estructuras del Estado afectan a su vida, y la forma en la que la burguesía las utiliza en su relación de poder con la clase trabajadora. En este caso, una vez el Régimen del 78 está apuntalado, no importa en absoluto cómo se reparta los escaños el congreso de los diputados, ni nada por el estilo.
En el ejemplo que te puse cite a Pedro Sánchez, el presidente actual y a Arias Navarro el último presidente de la dictadura. Si te das cuenta, otra vez respondes a lo que nadie dice :roll:

Mr. Rig escribió:
9- MONTANELLI, Indro, "Historia de la Edad Media". Ahí puede que encuentres los primeros hitos nacionalistas de la historia. En el siglo XIX, con un desarrollo cultural concreto, se produce un auge de los intereses nacionalistas en un sentido identitario, y nunca se ha dicho en ningún sitio que estos intereses se crearan en ese momento.
Estamos discutiendo de cuando surgen los movimientos nacionalistas, no de los “primeros hitos”.

“El nacionalismo es y ha sido siempre unos de los fenómenos fundamentales de la historia contemporánea, puesto que es consustancial a la misma formación y evolución del Estado moderno.
La cita es del libro titulado “Manual de Ciencia Política” y la escribió Miquel Caminal, profesor Titular la Ciencia Política y de la Administración de la Universidad de Barcelona.
(Fíjate que no busqué la cita en la Wiki ni en una guía, espero que un manual universitario si ya sea de tu nivel) :mrgreen:

Mr. Rig escribió:
11- Ante la afirmación que te has inventado, querrás decir. Los movimientos bursátiles son precisamente especulaciones, no hechos materiales, pero eso no quiere decir que los movimientos de capital no existan... si me tengo que pasar cada dos por tres para puntualizar tergiversaciones normal que esto se estanque. La deslocalización de una empresa es un movimiento de capital (capital industrial), la concesión de un crédito es un movimiento de capital (capital financiero). La oscilación de unas cifras que supuestamente dictan lo que "vale" una empresa son solo la representación del paso del capital de los bolsillos de un accionista a los bolsillos de otro. Ni siquiera representa el capital activo de la empresa.
No, no me inventé nada; la afirmación de que los movimientos de capital (especulativo o no) no son acontecimiento reales la hiciste tú y además insistes en que los movimientos bursátiles son especulaciones, no hechos materiales. Como si fueran incompatibles la especulación y los hechos materiales, cómo si la especulación fuese un invento reciente y como si especulación y comercio no estuviesen íntimamente ligados.



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          Unexpected Bonus      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
I have always enjoyed winding yarn.  It gives me space to think about a yarn, or a project or projects in general.

The yarn I wound yesterday is for a restart of the Rams Horn Cardigan. I purchased Briggs and Little Atlantic for it and I have to say, I can't wait to work with this yarn.  It is such a different creature than Regal, which is the heaviest weight B & L I have worked with to date.  I may have fallen in love with this company all over again.

While I wound that, I did have to acknowledge that it is going to take a while to knit that sweater/coat.  Stranded is never fast and this pattern is fully stranded.  And that means I might want to think of another coat like sweater for outer wear this winter.  I do still have my Argo sweater, 

which is barely a year old, but honestly, that has become such a staple in house sweater, that it is a bit hard to think of it as an outdoor garment again.

I do love the pattern though.  It was fun to knit, and it fit well, without fuss.   And to top it off, it is yet another marvelously designed pattern to adapt if you are not a standard size.  The placement of the increases below the garter stitch section is brilliant. 

 I did buy some MacAuslands Three Ply for another winter coat type garment and I bought it with another Argo in mind, but I am not sure if I want to do that with the yarn.  Sitting here this morning, I think I want something a bit more plain, a bit smoother in line to show up the pretty heathered yarn.


The end result is, I am mulling patterns and shapes and looks today.  I'm not finding quite what I want, and have discarded several ideas already.  I think what I really want with this is something in the shape of an Undercurrent , longer and without a hood, with its simple lines and it's wide abundant collar.  And Undercurrent, but for the striping is such a simple easy sweater shape.

For right now, that is what I am going with.  Simple plain sweater with a wide collar and deep ribbed two by two edges.  For now.  I never really know till the day I start to work with it. Today though is for winding this very interesting yarn.

You know what the best part of winding these lovely made in Canada at small mill yarns is?  Everything smells sheepy and fresh off the farm and wonderful.  Winding the Atlantic was lovely.  It brought back the scent of my travels, driving with the windows down and the scent of freshly mown hay and grain ripening in the fields (Though that last is happening much too fast with this years heat to produce top quality grain) wafting around me in the heat of the days.  My hands feels soft from the lanolin.  

I love that. It is a small unexpected bonus to working with wool close to the source.  

Update:  Though now that I think of it, it's the garter stitch of Argo that I don't want for this sweater.  Maybe if I substituted moss stitch?  See how it goes? The debate rages on.






          US airlines making further websites changes to address China's Taiwan complaints      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
The three largest US airlines have said they are in the process of amending their systems to address Beijing requests over how they refer to Hong Kong, Macau and Taiwan, after mainland media reported that they had yet to complete revisions in time for a T
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          Vintage 80s Sparkling Gold Beaded La Regale Ltd Convertible Evening Purse Clutch or Shoulder Bag Womens Birthday Gift or Anniversary Gift by CloesCloset      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

34.00 USD

Need a little sparkle for that New Year's Eve outfit? Here's the perfect accessory, and you can carry it as a clutch, or over the shoulder! Sparkling gold bugle beads make this purse a hit, wherever the night takes you!

This handbag was hand made in Macau, and is lined with gold satin, and has a small interior pocket. The purse measures 8 1/2 inches across, 5 inches wide, and almost an inch wide. The shoulder chain tucks away if you want to carry it as a clutch, and measures around 36 inches long.

All jewelry and handbags are shipped Priority Mail.

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          FMI estima que Macau registe o maior rendimento ‘per capita’ do mundo em 2020      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
O Fundo Monetário Internacional (FMI) estimou que Macau registe em 2020 o maior rendimento ‘per capita’ do mundo, destronando o Qatar, de acordo com as últimas projecções da instituição. Os dados divulgados pelo FMI a 27 de Julho, agora alvo de análise, indicam que Macau apresenta neste momento um rendimento ‘per capita’ de 105 mil […]
          Bilhetes de comboio de operadora chinesa vão ser vendidos em Macau      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
  Andar de comboio na China pode tornar-se bem mais fácil para quem não é chinês e vive em Macau. A operadora dos caminhos-de-ferro de Guangdong quer abrir, até ao final do ano, pontos de venda de bilhetes de comboio na cidade, algo bem recebido por quem gosta de viajar no continente.   Vítor Quintã […]
          Macaus Glücksspielumsatz: 146 Milliarden US-Dollar im Jahr 2020 möglich      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Die sechs Casino-Betreiber in Macau werden 2020 voraussichtlichen einen Umsatz von 146 Milliarden US-Dollar erzielen. Doch es gibt auch eine schlechte Nachricht: In Zukunft könnte es zu Problemen kommen durch Macaus Lizenz-Bietprozess und den aufkommenden Wettbewerb in Japan und China.

Der Beitrag Macaus Glücksspielumsatz: 146 Milliarden US-Dollar im Jahr 2020 möglich erschien zuerst auf Online Nachrichten aktuell - Epoch Times (Deutsch).


          Guiné 61/74 - P18908: Estória de Bissau (20) : A cidade onde vivi 25 meses, em 1968/70: um roteiro (Carlos Pinheiro)... [Afinal o "Chez Toi" era a antiga casa de fados "Nazareno"...]      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

1. Texto (e fotos) de Carlos Manuel Rodrigues Pinheiro* (ex-1.º Cabo TRMS Op MSG, Centro de Mensagens do STM/QG/CTIG, 1968/70), com data de 17 de Abril de 2011 (, já publicado sob o poste P8138) (*).

O Carlos Pinheiro tem cerca de meia centena de referências no nosso blogue e conheceu Bissau como poucos de nós, já que lá viveu 25 meses... Colocado no QG, nas horas também dava uma ajuda no estabelecimento do o seu parente, Costa Pinheiro, estabelecido em Bissau desde os princípios dos anos 50. A casa Costa Pinheiro era uma das boas casas comerciais de Bissau. Achamos oportuno revisitar a cidade de Bissau dos anos de 1968/70 (**)


A Cidade de Bissau em 68/70

Texto e fotos de Carlos Pinheiro

A esta distância no tempo, recordar a cidade de Bissau onde passei mais de 25 meses da minha vida, obrigatoriamente e sem alternativa de escolha, não é fácil, mesmo assim é bom recordar Bissau, para que a memória não esqueça e para que outros possam também recordar e testemunhar.

Bissau era uma cidade simpática onde havia um pouco de tudo e acima de tudo muita tropa, muitos militares em movimento, a chegar, a partir e a estar. Não era uma grande metrópole mas tinha infra-estruturas que uma cidade de província, na Metrópole de então, não tinha, não podia ter e nem tinha que ter. 

Tinha por exemplo um Aeroporto, na Bissalanca, que é certo se confundia de algum modo com a BA 12, já que as pistas eram as mesmas e, aliás, o Boeing da TAP só lá ia uma ou duas vezes por semana, levar de regresso combatentes que tinham vindo de férias, buscar outros em sentido contrário e acima de tudo levar e trazer correio tão indispensável para o apoio moral das tropas e especialmente dos seus familiares cá na santa terrinha. 

Na maior parte do tempo eram os FIAT G91, os T6 e os DO27, para além de outros meios aéreos, os únicos a utilizar as pistas quando eram lançadas Operações onde o apoio aéreo tinha uma preponderância mais que evidente.

E, claro, também era dali que saíam os helicópteros, os Alouette III, para as Operações, mas acima de tudo para fazer as evacuações dos doentes e dos feridos


Tinha também um porto de mar, que por acaso era no rio Geba onde, por vezes, os barcos maiores, o Uíge ou o Niassa, não atracavam.

Mas barcos como o Rita Maria, o Ana Mafalda, o Alfredo da Silva, o Manuel Alfredo, todos da Sociedade Geral, da CUF, esses porque eram mais pequenos, atracavam. Também o Carvalho Araújo, penso que dos Carregadores Açorianos, nos seus últimos tempos de vida, também ali atracava. Mas era um porto com poucas condições. Este último barco, porque tinha pouca autonomia, tinha que ir, na viagem de ida, a S. Vicente, Cabo Verde, meter água e nafta e no regresso, era no Funchal que atestava.

Tinha ainda outro porto, este mais de pesca, o Pidjiguiti, tristemente célebre pelos massacres que precederam a guerra da independência.

Mas tinha o Palácio do Governador, tinha a Associação Comercial, tinha algumas casas apalaçadas de arquitectura tipicamente colonial, tinha um cinema, a UDIB tinha dois campos de futebol, o campo da UDIB e o Estádio dos Cajueiros,  à Ajuda, tinha um comércio florescente, especialmente dominado pelos libaneses, onde tudo se vendia desde o alfinete ao camião, tudo importado, principalmente do Japão, mas também dos States, da Inglaterra, da Escócia, da Itália, da Holanda, da Checoslováquia, da França, etc., e naturalmente da Metrópole.

E Bissau tinha algumas casas que toda a malta conhecia pois era lá que convivia, que matava saudades e acima de tudo matava a fome e a sede. 

Logo à saída do QG havia o Santos, a que simplesmente, mas com muito carinho, chamávamos o “Enfarta Brutos”, onde se comia, talvez a maior febra de Bissau. Parecia que tinha as orelhas de fora do prato, tal era a sua dimensão. Mas as batatas fritas a acompanhar também mereciam respeito. Quanto à cerveja, ela era igual em todo o lado, desde que estivesse bem fresca e isso às vezes conseguia-se e muita até era da Manutenção Militar.

Mas lá em baixo, na cidade, tínhamos outras casas emblemáticas. Tínhamos a Solmar, que não tinha nada a ver com a outra de Lisboa, mas que já era um bom restaurante que também vendia muita cerveja para acompanhar as ostras e o camarão.

Tínhamos o Solar do 10, casa mais pequena mas mais requintada, onde por vezes à noite se cantava o fado depois de uma jantarada ou ceia.

Tínhamos o Zé da Amura onde se comiam uns chispes que iam para lá enlatados não sei de onde, mas que, à falta de melhor, eram apreciados.

Tínhamos, na Praça Honório Barreto, o Internacional, o Portugal e o Chave de Ouro, tudo cafés/cervejarias mas também onde se comiam umas febras ou uns bifes, quando havia.

Mas na Avenida principal [ , a Av da República], que ía do porto ao Palácio do Governo, também havia o Bento, café e esplanada característica da cidade a que vulgarmente nós, os militares, chamávamos de “5ª Rep.” já que o Quartel-general só tinha 4 Rep, 4 Repartições.

Para a malta, ali era portanto a 5ª repartição onde quem chegava do mato se encontrava com os residentes, onde se trocavam informações e onde, se dizia, que essas informações vadiavam ali dum lado para o outro do conflito. Ao lado do Bento,  mais para o interior, era a Bolola, onde esteve o Serviço de Material, depois transferido para Brá, e onde era o Cemitério que ainda guarda os restos mortais de muitos camaradas nossos.

Nessa avenida estavam talvez as maiores casas comerciais. Por exemplo a Casa Gouveia, da CUF, que vendia ali de tudo e que tudo comprava o que os naturais produziam, principalmente a mancarra (2), o Banco Nacional Ultramarino, o banco emissor da Província, o Cinema UDIB e ao lado uma boa gelataria, mais acima, a Pastelaria, Padaria e Gelataria Império, assim baptizada por estar já na Praça do Império onde se situava o Palácio do Governo e  a Associação Comercial.

Também era nessa Avenida que estava a Sé Catedral, templo de linhas tão simples quanto austeras.

A caminho de Brá e da SACOR, havia um local chamado Benfica onde havia um café com o mesmo nome e onde se apanhavam os transportes para os vários quartéis daquela zona como eram o Hospital Militar 241, o Batalhão de Engenharia 447, os Comandos, os Adidos e mais à frente a BA 12 e o BCP 12 [, em Bissalanca]..

Mas havia outros estabelecimentos dignos de recordação. A casa de fados Nazareno, mais tarde rebaptizada de Chez Toi, a Meta com as suas pistas de automóveis eléctricos, e como novidade também apareceu naquela altura O Pelicano, café-restaurante construído pelo Governo e explorado por privados, com uma belíssima vista sobre o Geba e avenida marginal.

Na Avenida Arnaldo Shulz, que ligava a Estrada de Santa Luzia à tal SACOR, a caminho de Brá, sempre ao lado do Cupelão [ou Pilão], estava o Comando Chefe das Forças Armadas à esquerda de quem subia, um pouco mais abaixo, os Bombeiros Voluntários de Bissau num grande quartel nessa altura muito bem equipado, a Cruz Vermelha, estes do lado direito e até a sede local da PIDE, que nessa altura já se chamava DGS, também do lado direito mas já junto ao Largo do Colégio Militar.

Era uma avenida nova, como se fosse uma circular urbana onde as boas vivendas também começaram a aparecer.

No princípio da Avenida que ia para Santa Luzia, antes de se chegar ao Hospital Civil, estava o Grande Hotel, nome pomposo do melhor estabelecimento hoteleiro da cidade. O resto era pensões, algumas de quinta escolha.

Mas o comércio de Bissau não era constituído só por cafés, restaurantes e tascas. Havia de tudo. E há nomes que não se esquecem. Para além da Casa Gouveia, o maior empório daquele então Província Ultramarina, como então se dizia, a Casa Pintosinho, a Taufik Saad, a Costa Pinheiro, e muitas outras vendiam de tudo, são nomes que ficaram para sempre na memória.

Havia, claro, várias casas de fotografia, como por exemplo a Agfa perto da Amura, que ganhavam muito dinheiro na medida em que era raro o militar que não tivesse comprado a sua Fujica, Pentax, Nicon, etc., a que davam muito uso. Muitas casas vendiam roupa barata, nessa altura já confeccionada em Macau, especialmente aquelas camisas de meia manga, calças de ganga e sapatos leves.

Era assim Bissau naquela época.

Carlos Pinheiro
 [, Torres Novas,]
16.04.11
_______________

Notas do editor:

(*) Vd. poste de 20 de abril de 2011 >  Guiné 63/74 - P8138: Memória dos lugares (152): A cidade de Bissau em 1968/70: um roteiro (Carlos Pinheiro)

(**)  Último poste da série > 9 de agosto de  2018 > Guiné 61/74 - P18907: Estórias de Bissau (19): O Pilão e o Chez Toi que eu conheci... (António Ramalho)... Comentários de Valdemar Queiroz, Virgílio Teixeira, Costa Abreu e Juvenal Amado sobre o primeiro "night club" que abriu na capital guineense...
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Mon, 06 Aug 2018 14:48:25 +0200
          Пленники моря: предложен проект корабля-тюрьмы      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Архитекторы Аксель де Стампа (Axel de Stampa), Сильвен Мако (Sylvain Macaux) и Гийом Дево (Guillaume Devaux) из парижской Школы архитектуры вынесли на суд общественности свое творение Panama Papers Jail …
          Wide As the Waters: The Story of the English Bible and the Revolution      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Author(s): Benson Bobrick Publisher: Simon & Schuster Price: $0.99 Next to the Bible itself, the English Bible was — and is — the most influential book ever published. The most famous of all English Bibles, the King James Version, was the culmination of centuries of work by various translators, from John Wycliffe, the fourteenth-century catalyst of English Bible translation, to the committee of scholars who collaborated on the King James translation. Wide as the Waters examines the life and work of Wycliffe and recounts the tribulations of his successors, including William Tyndale, who was martyred, Miles Coverdale, and others who came to bitter ends. It traces the story of the English Bible through the tumultuous reigns of Henry VIII, Edward VI, Mary Tudor, and Elizabeth I, a time of fierce contest between Catholics and Protes-tants in England, as the struggle to establish a vernacular Bible was fought among competing factions. In the course of that struggle, Sir Thomas More, later made a Catholic saint, helped orchestrate the assault on the English Bible, only to find his own true faith the plaything of his king. In 1604, a committee of fifty-four scholars, the flower of Oxford and Cambridge, collaborated on the new translation for King James. Their collective expertise in biblical languages and related fields has probably never been matched, and the translation they produced — substantially based on the earlier work of Wycliffe, Tyndale, and others — would shape English literature and speech for centuries. As the great English historian Macaulay wrote of their version, “If everything else in our language should perish, it alone would suffice to show the extent of its beauty and power.” To this day its common expressions, such as “labor of love,” “lick the dust,” “a thorn in the flesh,” “the root of all evil,”...

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          Re: Users and Abusers of the Australian Innovation Patent System       Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Mark,
Sorry to be commenting on an old post, but I have been looking at innovation patents filed in the 2017-18 financial year.
Of the 1,835 innovation patent applications filed during that period, 187 have a status of Lapsed and 2 have a status of Refused. Of these, 142 appear to be Chinese applicants with obviously fake agent names (e.g Miss Eric Eric, Mr Zechary366 Zechary366, Mr Jackson2211 Jackson2211), while the remaining 47 appear to be self-filers who were unable to comply with the fairly simple filing requirements.
Thus IP Australia has been successful in weeding out 142 fake Chinese applications. However, I suspect that about another 120 fake Chinese applications have slipped through and been granted. IP Australia may subsequently find those cases and change their status to Refused, but that action is too late, as the applicants have already received their patent certificates and claimed their cash bonuses from their local government authorities.
In my view, the easiest way for IP Australia to prevent the obvious cases of fraud would be to check on filing whether the name of the agent either matches the name of the applicant or is registered as a patent attorney on the TTIPAttorney website. If there is no match, IP Australia should draw to the applicant's attention the provisions of s201 and s201A (unlawful for unregistered person to carry on business as patent attorney) and ask for comments.
Suspicious-looking agents for Chinese innovation patent applicants in 2017-18 include "Hu, Qian" (80 filings) and "Li, Gloria" (19 filings). Mr Taiky Ong who has filed 26 applications for Macau University appears to be a Hong Kong patent attorney, and Mr Alfred Lei who has filed 8 applications for Taiwanese applicants appears to be a Taiwanese patent attorney, but neither appears to be registered in Australia.
In your article above you have suggested that serious users of the innovation patent system are those who get their innovation patents certified. I disagree. In my view one of the intended advantages of the innovation patent system is that no examination is required unless a potential infringement crops up. Thus the applicant and IP Australia both save on the expense and effort of having to examine the application unless and until it becomes necessary. It is not rational for applicants to seek examination unless there is a good reason for it.
In my view a far surer way to identify fake Chinese-originating applications is to look at whether the innovation patents get renewed. If the only purpose of an innovation patent application is to earn the Chinese local government bounty, there is no point in renewing the patent. As the figures you have quoted above are from 2015, and renewal becomes due within 2 years, it is easy to see which of the Chinese applicants have renewed their innovation patents. Listing just the Chinese entrants in your Top 30 Innovation Patent Filers table above, we get the following results:
2 HENGDIAN GROUP LINIX MOTOR CO -- all ceased
3 GONG, ZHU CN -- 4 renewed, 61 ceased
4 ZHEJIANG LINIX MOTOR CO -- all ceased
5 HENGDIAN GROUP INNUOVO ELECTRIC CO -- all ceased
6&13 MACAU UNIVERSITY OF SCIENCE & TECH -- most renewed
10 CHERVON CN -- some renewed
11 INNUOVO INTL TRADE CO HENGDIAN GROUP -- all ceased
12 DONGYANG LINIX MACHINE ELECTRICITY CO -- all ceased
18 HEVAL HENGDIAN MACHINERY CO CNNC -- all ceased
19 TONGXIANG CITY AOPEIOU GARMENTS CO -- all refused or ceased
23 SUFA HENGDIAN MACHINE COCNNC -- all ceased
26 ZHEJIANG LINIX SOLAR CO CN -- all ceased
29 ZHEJIANG JINGUANG SOLAR TECH CO CN -- all refused or ceased
30 NINGBO SHI JIANGDONG QU DAKOU TRADING CO -- all ceased
Thus Macau University and Chervon appear to be legitimate users of the innovation patent system, whereas the other Chinese applicants on the list appear to be bounty collectors.


          Opioids vs Nonopioids for Chronic Back, Hip, or Knee Pain.      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
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Opioids vs Nonopioids for Chronic Back, Hip, or Knee Pain.

JAMA. 2018 Aug 07;320(5):506-507

Authors: Wang W, Macaulay W

PMID: 30088003 [PubMed - in process]


          8/9/2018: NEWS: In Loving Memory of Daniel Malcolm MacAulay      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

August 4, 1934 - August 9, 2017 A year has passed since we lost you, but our love for you will never fade. Your loving wife and family
          AP0146 Apartamento, 1 quarto, Macaúbas, próximo ao IFBA      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
600
Apartamento nascente, 35m², possuindo 1 quarto, sala, cozinha americana, área de serviço, banheiro social. Luminárias com lâmpadas e ventilador de teto no quarto (tudo em bom funcionamento). 3º andar, Prédio de escada. Não possui...
1 dormitórios 1 banheiros 35 m2 17 BRL/m²
Tue, 07 Aug 2018 11:45:54 +0200
          Macaulay Culkin Admits He Passed on 'Big Bang Theory' -- Here's Why!      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
The actor also revealed he's probably going to "put some babies" in his current girlfriend.
          8/9/2018: NEWS: In Loving Memory of Daniel Malcolm MacAulay      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

August 4, 1934 - August 9, 2017 A year has passed since we lost you, but our love for you will never fade. Your loving wife and family
          8/10/2018: World: Macau to replace Qatar as richest place in the world      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Macau, the world’s gambling hub, will overtake Qatar as the richest place in the world in 2020, according to the International Monetary Fund. GDP per capita in the Chinese territory is forecast to reach US$143,116 in two years, compared...
          Moving from Visa-Exempt to Visitor for marriage-based ARC      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

It’s easy.

Fly to Macau and go to the Taipei Cultural and Economic Representative Office in Macau. Apply for a resident visa based on joining family. They have an express service if you apply when they open at 9AM. You will pick your passport up with your resident visa based on marriage as a big sticker inside the next day at 10AM. Once you come back to Taiwan you will have 15 days to apply for an ARC, and then you will have open work rights and the ability to stay in Taiwan forever as long as you are still married. When you give your passport to Taiwan immigration, make sure they see the visa sticker.

You can also do it at other Taiwan representative offices, but Macau is where I did it, and it was easy.

From memory, you’ll need:

  • Wedding certificate (authenticated by Taiwan mission)
  • Your Taiwan spouse’s household registration showing you are their foreign spouse
  • A photocopy of your Taiwan spouse’s national ID card, or passport
  • A criminal record check from your home country (authenticated by Taiwan mission)
  • Health certificate (preferably issued by a Taiwan hospital, Renai is good)
  • Photocopies of all previously mentioned documents

Your spouse does not need to go with you to the Taiwan overseas mission, but it might help.

Before you go leave Taiwan, call the office you are going to and confirm what documents you’ll need.

You could also apply for a visitor visa, and then switch to the joining family visa later, but this is pointless, will be more expensive, will take longer and will be more of a hassle. Additionally, since you are American, they will be hesitant to give you a visitor visa since you don’t need one for Taiwan.


          Macaulay Culkin Shades The Big Bang Theory in Explaining Why He Turned Down Show Three Times      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Macaulay Culkin was almost one of TV's biggest stars. Culkin revealed in a new interview that he was approached to star in The Big Bang Theory but turned it down - three times. The Home Alone actor, 37, appeared on the Joe Rogan Experience podcast where he admitted to passing on the CBS hit, though he doesn't specify which role. "They pursued me for The Big Bang Theory," Culkin said. "And I said no. It was kind of like, the way the pitch was, ‘Alright, these two astrophysicist nerds and a pretty girl lives with them. Yoinks!' That was the pitch. And I was like, ‘Yeah, . . .
          Macaulay Culkin reveals he turned down 'Big Bang Theory' three times      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
"Home Alone" star Macaulay Culkin has recently revealed that he was approached to be on the CBS hit series, "The Big Bang Theory," but turned the offer.
          Fireworks contestants poised to dazzle Macao’s skyline in September      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
The 29th Macao International Fireworks Display Contest (“the Contest”) will be staged above the sea area overlooked by the Macau Tower on 1st, 8th, 15th and 24th September and 1st October. Ten pyrotechnic teams will present spectacular fireworks displays synchronized to music and laser lights within a multimedia experience not to miss. Aside from an […]
          Prediksi Togel Macau Jumat 10 Agustus 2018      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Prediksi Togel Macau Jumat 10 Agustus 2018 Bocoran Togel – Prediksi Togel Macau Jumat 10 Agustus 2018 – Angka Main Togel Macau hari ini – Bocoran Togel Macau Jumat 10/08/2018. Prediksi Bocoran Togel Macau hari ini – Prediksi Togel Hari Jumat 10/08/2018. Menurut rumus togel yang saya lakukan dengan juga membandingkan dari data keluaran togel sebelumnya,

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          Macaulay Culkin, Seth Green & Voodoo Doughnuts #PedoWood #Pizzagate      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

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          Macaulay Culkin Says ‘The Big Bang Theory’ Offered Him A Role Three Times, But He Turned Them Down      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Former child actor Macaulay Culkin says 'The Big Bang Theory' offered him a role three different times, but he turned them down.
          8/10/2018: World: Macau to replace Qatar as richest place in the world      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Macau, the world’s gambling hub, will overtake Qatar as the richest place in the world in 2020, according to the International Monetary Fund. GDP per capita in the Chinese territory is forecast to reach US$143,116 in two years, compared with US$139,151...
          Macaulay Culkin reveals he turned down 'Big Bang Theory' 3 times      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
"Home Alone" star Macaulay Culkin has recently revealed that he was approached to be on the CBS hit series, "The Big Bang Theory," but turned the offer.

          冒險王國PLANET J最新職位空缺(全職)      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Planet J (Macau) Limited

Planet J 冒險王國為全球首個實況角色扮演主題樂園,總投資超過澳門幣10億元,位於路氹金沙城中心,樂園佔地100,000平方尺,場內由8個不同的主題娛樂區組成,超過200種互動遊戲裝置 ,已於20167月正式開幕。現誠邀有意投身主題樂園行業的人才加入,成功被取錄者將會接受我們提供的專業訓練。

 我們現有以下全職職位空缺:

 

見習管理人員 Management Trainee

職位要求

大學畢業或以上

持澳門居民身份證

熟悉電腦操作

流利的粵語及國語,良好的英語溝通能力

一週六天工作,需輪班

工作內容

接待大型主題樂園的客人,為客人提供信息服務

幫助玩家設置隨身遊戲裝置,指導遊戲玩家操作遊戲

樂園營運工作及上司指派的任務

協助樂園內人員處理日常問題

處理主題公園內的突發情況

處理日常文書及報告

 

高級行政助理Senior Administrative Assistant

職位要求

大學畢業或以上

持澳門居民身份證

熟悉電腦操作

熟練使用Microsoft Office軟件

具行政或會計工作經驗優先

一週五天工作

工作內容

樂園內部的行政工作

協助樂園內人員處理日常問題

處理日常文書及報告

分擔會計及人事的工作

上司指派的任務

 

員工福利*包括

有薪年假/有薪病假/有薪婚假/侍產假/生日假/持續進修津貼/醫療福利/全勤工獎金/非定期給付的浮動性奬金

*須符合指定職級及服務日數

 

應徵者請將個人履歷、應徵職位、要求待遇、聯絡電話及身份證副本電郵至hr@planetj.com,合則約見。(申請人提供之全部資料絕對保密及只供招聘用途)

面試及上班地點: 澳門路氹金沙城中心金沙廣場 33009號鋪冒險王國


          Macaulay Culkin Says He Turned Down ‘The Big Bang Theory’ 3 Times      Cache   Translate Page   Web Page Cache   


Macaulay Culkin revealed that he was “pursued” by producers offering him a role on “The Big Bang Theory” years ago.
The actor turned down the opportunity three times.
He did not specify which role he would have been considered for.

"The Big Bang Theory” is one of the most popular comedies on television.
Its stars are among the highest-paid actors on television, earning as much as $1 million an episode.

“I’d have hundreds of millions of dollars right now if I did that gig. At the same time, I’d be bashing my head against the wall.”

source
          Macaulay Culkin explains why he turned down a main role on ‘The Big Bang Theory’      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

"I'd have hundreds of millions of dollars now"

Macaulay Culkin

Macaulay Culkin has revealed that he turned down an offer to star in ‘The Big Bang Theory‘ when the show started up. Speaking on the Joe Rogan Experience, the child star spoke about being pursued for a main role when the CBS comedy was beginning. “They pursued me for The Big Bang Theory and I said, ‘Noooo'”, […]

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          Why Macaulay Culkin Turned Down The Big Bang Theory 3 Times      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
Macaulay Culkin, The Big Bang TheoryMacaulay Culkin could have been one of the biggest TV stars today--and even Ri¢hie Ri¢h-er. The 37-year-old former child movie star, who rose to fame in 1990 after playing Kevin...

          'Ocean Seafood Hong Kong style Restaurant' - Turned the corner with the help of good, reasonably priced food!      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
NO!!!!!!! May be Canada Customs and Immigration need ALL new Chinese immigrants to pass a Culinary Exam before admittance! As for Baked Portuguese Chicken Rice in the Richmond Hill area? Have you tried 'Bayview Kitchen' at corner of Bayview and Major Mac, next to Restoran Malaysia? Also, 'Macau Street' ( Major Mac and Leslie, close to LCBO ) version is actually very good. Otherwise, one would need to go all the way to Peachtree plaza ( HWY#7 and Kennedy ) for really good ones! New City, Blue Ocean, Ming's...etc.
          Macaulay Culkin turned down Big Bang Theory      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Macaulay Culkin turned down Big Bang Theory#source%3Dgooglier%2Ecom#https%3A%2F%2Fgooglier%2Ecom%2Fpage%2F%2F10000


          Macaulay Culkin Says He Lost 'Hundreds Of Millions' Not Starring In 'The Big Bang Theory'      Cache   Translate Page   Web Page Cache   
The actor said CBS "pursued" him for a major role -- three times.
          Macaulay Culkin Shades The Big Bang Theory in Explaining Why He Turned Down Show Three Times (Ale Russian/People.com)      Cache   Translate Page   Web Page Cache   

Ale Russian / People.com:
Macaulay Culkin Shades The Big Bang Theory in Explaining Why He Turned Down Show Three Times  —  Macaulay Culkin was almost one of TV's biggest stars.  —  Culkin revealed in a new interview that he was approached to star in The Big Bang Theory but turned it down — three times.




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